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仏教とは何? 仏様とは? 私たちが死んだら何処へ行くの? など、分からないことがいっぱいありますね。私が過去数十年の間に聞かせて戴いた和尚さんの法話の中から分かり易いお話を配信しています。

  • 発行周期 不定期
  • 最新号 2009/11/17
  • 部数 132部
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2009/10/15

『俱舎論の改作問題』― 唯識に関連して ― 15



この話は、10月1日から始まっていますので、初めての方は
最初からお読み下さい。



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『俱舎論の改作問題』―唯識に関連して ―   15






ところが、この六の文章は意根を認めていないんですよね。
五と六は認めていない。
第六意根は認めていない。
第六意識は別の所依無し。
といってるんですよね。第六根は無いんだといってるんですよ。
だからそれで納得いってるんですよ衆賢は。
ところが今言う、倶舎論の三のところでは、六根というものは
認めてる。意根を認めてるわけです。

同じ一つの倶舎論の中に世親は三のような文章も書いてあるん
ですよね。六根を第六意根と書いてある。ところがこの六へき
たら、第六意識は別の所依無し、とこういうことをいうわけで
す世親は。


で、三のほうは意にはまらんから批判した、順正理論は。然ら
ばとね。

ところが、五は自分の意にはまってるから批判してないわけで
す。それはそうだけど、同じ根を説きながら、第六意根の話し
を説きながら、倶舎論で、ですよ、世親がこれまだ別の論書だ
ったら、またということも言うていえなくはないけれども、一
つの倶舎論という一冊の本の中に世親が、一方では第六意根を
認め、一方では第六意根を否定すると、こんなバカなことはな
いですね。矛盾ですね。

だからこれも最前の一と二の例と同じように、これはおかしい
と、同じ世親が言うていることに一方では意根を認めてるのに
一方では認めていない。これはおかしいと。こういう疑問を感
じているわけです。


この倶舎論を批判した順正理論があるわけですが、納得のいく
部分はただ書き写すだけで批判しない、とこう言ってるが、和
尚さんは、これは倶舎論の部分を順正理論の中へ引いたように
なっているが、逆に順正理論のこの部分を倶舎論の中へ入れた
んではないかと、誰かがね。つまりその改作者は誰が改作した
かわかりませんが、改作者は順正理論と同じ考えを持った人だ
と思うのです。意根を認めない人なんですよね。だからその順
正理論の中にある文章を倶舎論の中へ入れた。そうすると、上
っ面はすらーっと読んでいたらこれも世親の説だと思ってしま
う。



七、若し経主の言にして理、教に順わば則ち印述し、非を求めず。
                     ― 蔵顕宗論 ―


ということの文章を、改作者は利用したのではないかと思うの
です。

この文章があるが為に、逆に順正理論の中から倶舎論へ入れて
も順正理論の中ではこれを批判してないんだから。あたかも倶
舎論の理論を順正理論へ引き抜いて、そして批判してないよう
な書き方をしているように、順正理論だけを見たらそういう気
になってくる。










続く。。。










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