2009/10/14
『俱舎論の改作問題』― 唯識に関連して ― 14
この話は、10月1日から始まっていますので、初めての方は 最初からお読み下さい。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 『俱舎論の改作問題』―唯識に関連して ― 14 七、若し経主の言にして理、教に順わば則ち印述し、非を求めず。 ― 蔵顕宗論 ― これは順正理論を更に補強して作った蔵顕宗論の中に、この文章が 出てくるんです。 これはどういうことを言ってるのかといいますと、この教主といっ てるのは、世親のことを言ってるんですね。 で、世親の言葉で道理が教えに従ってると、教えどうりであると、 間違いないという部分は、印述してと、いうのはただ書き写すだけ で、あえて非を求めて批判を求めたりしていないと、こういってる んですね。 で、今の六の部分は今の七の相当して批判していない。次の文章へ 移ってるんですね。 四のほうは、然らばとすぐに批判の文章が出てくるわけですね。 これは自分の意にはまっていないから。 ところが、この五のほうは、六のほうとほとんど同じことですね。 つまり経主の言にして理、教に順わば則ち印述しと、相応してるん だと、だから批判していない。順正理論には批判はしていない。 ところが、それがどうも。倶舎論というものが先に出来て、それを 批判するために順正理論というものが出来たんでしょ。この倶舎論 を読んで、これは批判をせにゃいかん、これはこのまま認めたらい かんというので、この順正理論を作り上げたと。ところがそのなか には、意にはまったところと、はまらないところがあると。 意にはまったところは教主の言にして理、教に順わば則ち従って印 述しと。批判はしないで、ただ書き写すだけにしましょうといって るんですよね。これは第一おかしいですよね。普通は私たちもです よ、人様の論文を批判するときに全部がおかしいというわけじゃな くて大抵は、ここのこれはおかしいなと思うところが、ぽつんぽつ んとあるものですよね。 それを批判するときに、意にはまらない部分だけを引き抜いて、著 者はこう言ってる、これを出さなければ関係の無い人も読むかもし れないから、だからその著者の何ページの何行から何行までこうい うことを書かれてると、書き写さないとなりませんね。然しながら 私はこれはおかしいと思うので、というので次に批判が始まって行 く。 そういう形で論文というものは出来上がっていく、批判しようと思 うたらね。 自分の考えと同じようなことをなにも書き写す必要がないと思うわけ です。 手間がかかってるだけですよね。なにも批判しなくていいのだったら 書き写さんでもいいと思うのが、第一の疑問なんです。それをまあ、 百歩譲って、然しながら批は批、としてこれはまことに良心的だと、 とればとれますね。 続く。。。


