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仏教とは何? 仏様とは? 私たちが死んだら何処へ行くの? など、分からないことがいっぱいありますね。私が過去数十年の間に聞かせて戴いた和尚さんの法話の中から分かり易いお話を配信しています。

  • 発行周期 不定期
  • 最新号 2009/11/17
  • 部数 132部
  • メルマガID 0000173374
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2009/10/12

『俱舎論の改作問題』― 唯識に関連して ―  12




この話は、10月1日から始まっていますので、初めての方は
最初からお読み下さい。



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『俱舎論の改作問題』―唯識に関連して ―   12







扶塵根のこの塵というのは「五識身の如きは別に眼等の五界ありて
依と為る」と言ってるのは、この扶塵根のことですよね。我々は肉
体を持ってる。それでその扶塵根を今風にいえば神経といっていい
んです。
神経と一緒に働いてるような細かいものですね。
簡単に考えたら聴神経、視神経などの神経ですね。
神経が無かったら見えたり聞こえたりしませんね。
扶塵根というのは五識というのは、眼根等の五つの根があって所依
と為ると。
増上縁の役目をすると言ってるのは、この扶塵根なんです。

ところが第六意識にはこれが無い。意識の神経というのはありません
わね。意識を支える神経というものはありません。
ところが、ここが問題なんですが、この衆賢という人は、根が扶塵根
だけだとしか考えてないのかなと思うのですよ。勝義根のことを全く
念頭に置いてない。

勝義根というのは、本当の根の意味になるんですよ。

これは例えば、我々は死んだら霊界へ行きますね。そうすると身体は
あるけれども、その身体は肉体ではない。霊魂としての身体なんです
よね。それで悟りを得て上へ上へと行ったら色界、無色界へ行くんだ
けど、まあまあ我々は行っても欲界の何処かの人間界へ行くとします
と、すると五識、六識は皆揃ってるんです。まず五識は全部揃ってる。

五識があって、やはり五根もある。根が無ければ識は働かないんですよ。
識だけでは働かない。仏教の教えはそうなってるんです。根、境、識と、
これが完全な説明なんですから。だから人間界であろうが霊界であろう
が、欲界を対象にとれば人間界の延長ですからね、あの世の死んであの
世へ行ったら。そうすると六識、六根は皆あるはずなんです。これは人
間だけじゃない。

ところがこの人は、肉体があるから五根があるけど、生きてる人間には
第六神経というものはあり得ないんだから第六根というものは無いんだ
と。
で、無いでは困るから等無間縁としての前に消えた識と仮に所依の働き
をするんだと、こういうわけですよね。
これは屁理屈ですよね。帳尻を合わすためにそういう説明をするんですね。













続く。。。







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