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仏教とは何? 仏様とは? 私たちが死んだら何処へ行くの? など、分からないことがいっぱいありますね。私が過去数十年の間に聞かせて戴いた和尚さんの法話の中から分かり易いお話を配信しています。

  • 発行周期 不定期
  • 最新号 2009/11/10
  • 部数 131部
  • メルマガID 0000173374
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2009/01/06

『般若心経(3)』  6

この話は、1月1日から始まっていますので、初めての方は
最初からお読み下さい。



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『般若心経(3)』    6










話が飛びますが、狭い意味の法ですが、心だといいましたけれども、その心から色が出
てくる。

例えば極楽は阿弥陀様の心の世界なんですよね。阿弥陀様の懐なんです。阿弥陀様の心
から蓮の花や金殿の七重欄楯とか七重羅網とか荘厳の姿がお経に出てきますけど、あれ
はみな阿弥陀様の心から出てきてるわけです。

自分の心を広げて衆生を済度しようとしてるわけです。だから心というのは客観世界に
あるけど具体的なそういう姿に変化するんです。

考えるとか意思とか無形のものじゃなくて、我々の心というのはそういう不思議なもの
なんです。これは理屈だけでは分かって頂けないんじゃないかと思うのですけれども。



色を単に色ということもあるけれども色法ということもあります。

そこで、或るお経の中に、「色等の諸法は相似して現前するも只心のみなり」。
これは唯識二十論という世親の論書の中の一説なんです。


色等の諸法は相似してとは、これは法界の色を言ってるのです。

禅定の世界に現れる色相をいってるわけです。あの世へ行ったら現実の世界と同じよう
にいろんな客観世界が現れて、この世とそっくり同じものが禅定の世界に現れることが
ある。

そんな色がたくさんあるので諸法といってるのです。たくさん色が現れるといってるん
ですね。壁もあれば箪笥もあるし畳もある。いろんなものが現れる。



「色等の諸法は相似して現前する」ということは、何に似ているかというと、現実の物
質に似ているということです。禅定の世界に現れるこの色というものは、我々人間の世
界の見ている色相と同じだということです。けれども、それは心から出たものであって
外にある物質のものではありませんといってるわけです。唯識はそういう世界を説いて
るんです。(この禅定の世界の体験を和尚さんが実際に体験しているから言えることで
すね。兎に角、この世の物質と同じものが現れるそうです。触った感覚も実際と全く同
じだそうです。)

般若心経に説いてる色はそういう意味の色なんです。肉体でも無し、物質でもないとい
うことを強調してるわけです。




受想行識はちょっとあとへまわさせて頂きまして、もう少し色の説明を致します。

「色等の事相は識の境なり。色の識を色と名付く」
事相というのは、現象のことです。この世の事相ですね。


ところが今言う禅定三昧の世界にもこういう事相がある。目の前に現れたものを境(き
ょう)というのです。眼の対象は色境。耳の対象、口、鼻、身と五つの境があります。
色がいっぱい禅定の世界に現れてくるそういう現象は、識の境なり。意識の識ですね。

五識が消えてしまって、意識だけが活動してる。意識は主観ですから。それに対して客
観。境というのは客観です。主体に対する客体。自分の向こうに見えるものですね。











続く









 
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