2009/01/04
『般若心経(3)』 4
この話は、1月1日から始まっていますので、初めての方は 最初からお読み下さい。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 『般若心経(3)』 4 そこで、入ったときにその五蘊皆空を照見するというわけです。 その五蘊といいますのは、「色、受、想、行、識」。この五つ。五蘊を蘊ともいいます が集まりという意味なんです。五つの集まり。 蘊蓄を傾けてといいますね、蘊蓄を傾けて説教をするとかね。 智慧のありったけを披露する。集めた知識を全部披露して講演、説教する。それを蘊蓄 を傾けるという言葉がありますね。その蘊ですね。つまり集まりという意味です。 この色、受、想、行、識。この五つの集まりです。人間でいいましたら、色が肉体。 受想行識が精神。霊魂ですね。精神と肉体と二元論ですから、この五つで人間というの は大雑把にいうとこうなってるわけです。 その代表を精神の働きをこの五つに現したんですね、五つといっても働きは違いますけ どね。肉体と精神を五蘊というのです。我々人間でいうとそうなるのです。 広い意味でね。法という意味を広い解釈で五蘊というと肉体を持っている我々人間のこ とですよね。 ところが心経がいってるのは肉体じゃないんです。色をいうならば肉体じゃなくて身体 ですね。つまり霊魂から現れる身体。見えたり写真に写ったりしますね。その写ってる のは感情が写ってると違うんですよね、身体が写ってるんですよね。だから霊魂にも身 体があるわけなんです。だから極楽へも行く、地獄へも行く、それは霊魂が行くんで す。 それは身体を持ってるわけですよね。霊界でも身体があるわけです。それを色といって るのです。肉体じゃないんです。 それを肉体と解くのが従来の誤り。一般に色を物質だといってるが、これが誤りです。 身体をいうならば肉体じゃなくて霊魂が持ってる身体です。 色というのは色形を持ったものを色というわけなんですよね。肉体も色も形も持ってま すから肉体のことを色というのですけど、あらゆる物質を色と広い意味ではいうわけで すが、ところが霊魂の世界にもこの身体がある。それが見えるんですよね。見えるとい うことは色や形を持ってるわけです。霊魂には霊魂なりの色や形を持ってるわけです。 だから見えるんです。 その霊魂の姿が見えるというのもちょっとした般若ですね。肉眼では見えない。肉眼は 智慧は関係無いわけですからね。智慧に関係のある眼というのは法眼とか慧眼、天眼、 仏眼とかありますね、これに加えて肉眼、これで五眼といいます。肉眼の他はみな心の 眼です。 五蘊が皆空というのは、当然色が空ですが、この肉体とか物質とかいうものは空にはな らんということです。 分析すると机もばらばらの木になってしまいますね、ところがその木がまだ残ってい る。それを火で燃やしたら灰になるけど灰が残る。灰が残って分散してもまだなにかが 残ってるわけですね、細かいものがね。物質というのは無にはならない。無にならない ものは空ではないのですよ。 続く


