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仏教とは何? 仏様とは? 私たちが死んだら何処へ行くの? など、分からないことがいっぱいありますね。私が過去数十年の間に聞かせて戴いた和尚さんの法話の中から分かり易いお話を配信しています。

  • 発行周期 不定期
  • 最新号 2009/11/10
  • 部数 131部
  • メルマガID 0000173374
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2009/01/01

『般若心経(3)』  1

この話は、1月1日から始まっていますので、初めての方は
最初からお読み下さい。



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『般若心経(3)』    1







この般若心経はひじょうに難しいお経でございまして、仏教哲学の代表的なお経でござ
いますね。

信心とか信仰とか少しニュアンスが違いまして、お慣れにならない方はちょっと馴染み
難いことが多々あると思いますが、これも勉強でございますのでご了承頂きたいと思い
ます。

前回も言いましたとうり般若ということは、智慧ということでございますが、その智慧
というのは一般の我々のいうあの人は知恵がある知恵があるというような意味の智慧で
はないわけです。仏教の説く智慧というのは全く次元の違うものであります。


一般に知恵があるというのは頭がいいというような意味でいうのですが、その場合、心
理学でも哲学でもその頭がいいというのはいったいどういうことかというと、記憶がい
いということをいってるんですね。

それから想像力が優れている。素晴らしい想像力をもっていると。それからもうひとつ
は推理。推理と想像と記憶と、この三つのうちのひとつでも優れていると頭がいいとい
うのですね。心理学でも哲学でもそういっていますね。そういう意味合いで知恵という
のですね。


ところが仏教でいうところの智慧というのは、そうではなくて全くその次元が違う。

仏教では布施、自戒、忍辱、精進、禅定、智慧と、これを六波羅蜜というのですがその
なかの般若波羅蜜というのです。その六つのうちから三つをとると戒、定、慧とこうな
るわけです。


戒というのは戒律を守るということですね。定というのは禅定の定です。座禅を組んで
心を静めて煩悩を断じていくというのが禅定ですね。そしてその禅定が体験できました
ら必ず智慧というのが出て来るのです。仏教でいう智慧というのが自ずから発揮される
のです。

ですから禅定と智慧とは裏表である、一枚の紙の裏と表である。裏があれば表もある、
表があれば裏があるということで、禅定が体験できれば必ず智慧が出る。智慧を悟りと
いってもいいのです。智慧があるならば必ず禅定が体得できている人だということで
す。禅定と智慧とは表裏一体。


あの人は禅定はできてるけれども智慧が無いというそんなものじゃないわけです。

だから般若というのは禅定が問題になってくるわけなんです。その禅定とか三昧という
のは日々の生活とは全く次元の違うことで、心の世界の話です。

我々の日常の生活というのは、五感というのが活動してるわけですね。五つの感覚。
眼、耳、鼻、口、身体ですね。その五つの五感は身体はみな五感を備えているわけです
が、その五感に対して仏教では肉体の中でそれぞれの五感に五つの心が分かれて働いて
いるわけです。眼には眼の心。耳には耳の心というようにその場合は心といわずに識と
いう字を使いますね。だから我々の日常の生活はその五つの識が働かなければ生活がで
きない。だから我々の日々の生活は五識の生活だといってもいい。










続く




 
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