2008/09/09
『臨終の一念』 9
この話は、9月1日から始まっていますので、初めての方は 最初からお読み下さい。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 『臨終の一念』 9 十一、 「大方生死を離れて往生を遂ぐる事易かるべきに非ずと雖も仏願の名号不思議に縁りて 凡夫の我執名聞慢心貪欲、瞋恚、愚痴等の識情、みな臨終の一念に名号の利剣を以って 業を切る間、即身成仏と名付けず浄土往生と号するなり。」 ― 他阿上人法話 ― 浄土門では、即身成仏とは言わないです。真言宗では即身成仏といいますね。 浄土門は、まず極楽に往生してそして向こうで成仏していくのです。 そういうことで浄土往生というのです。 業や煩悩を除いてしまって、そして極楽往生して生死を解脱するということです。 十二、 「設い我仏を得たらんに十方の衆生至心に我が国に生ぜんと欲し、乃至十念せんに若し 生ぜずんば正覚を取らず、と、此の願既に成就して阿弥陀仏と号し奉る。 然れば即ち 我等凡夫往生極楽の決定は仏の正覚に究されり。 但だ南無阿弥陀仏と唱えて臨終一念 に娑婆生死の身を捨てて必ず安養浄土に詣うずべし。」 ― 他阿上人法話 ― この願は既に十劫以前に成立してるんです。仏教では、どの仏様でも元は凡夫なんだ、 初めから仏様と言うのはない。 皆、凡夫が修行をして声聞と成り、縁覚と成り、菩薩に成って如来に成っていくので す。そういう教えですね。 阿弥陀様も初めから如来様じゃなくて、元は凡夫の時代もあるのですが、お経には法蔵 菩薩というところからお経は始まってます。 或る国の王が仏様の法を聞いて、発心して国を捨ててしまって、坊さんになって法蔵と いったんです。既に過去に前世からずっと仏縁のある方なんですね。 今生では国王として生まれてきたのですが、世自在王如来様の説法を聞いて、そこで発 心して国の王位を捨ててしまって沙門となり法蔵となったわけです。 それで法蔵菩薩といったのです。 その法蔵菩薩様が、世自在王如来様の前で、私が将来、阿弥陀如来という如来に成りま す。そして極楽浄土という浄土を作ります。こういうのを作りますという中に、この 「「設い我仏を得たらんに十方の衆生至心に我が国に生ぜんと欲し、乃至十念せんに若 し生ぜずんば正覚を取らず、と、此の願既に成就して阿弥陀仏と号し奉る。 然れば即 ち我等凡夫往生極楽の決定は仏の正覚に究されり。 但だ南無阿弥陀仏と唱えて臨終一 念に娑婆生死の身を捨てて必ず安養浄土に詣うずべし。」 という誓いをたてたのです。 これが菩薩のときにたてた誓願なんです。仏に成ったときには必ずするということで す。 それが既に過去において成立して極楽浄土を作ってらっしゃるから、実行すれば必ず救 われるんだということです。 我々は阿弥陀様のこの誓願によって、臨終の一念を称えるだけで救われるのです。


