2008/09/08
『臨終の一念』 8
この話は、9月1日から始まっていますので、初めての方は 最初からお読み下さい。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 『臨終の一念』 8 九、 「其の名号を聞きて信心歓喜し、乃至一念至心に回向して彼の国に生ぜんと願ずれば即 ち往生を得。」 ― 大無量寿経 ― 極楽往生を願って、我が名を称えよ。そうすれば必ず迎えて往生させるぞという本願で すね。 それを聞いて歓喜して喜んだんですね。こんなことで易々と往生させてもらえるのか と、信心歓喜した。 乃至一念とありますが、本願は十念と出てきますが、ここでは一念と、これはお釈迦様 のお言葉なんですよね。お釈迦様が一念といってるのです。 乃至十念の誓いは阿弥陀様のお言葉でです。では阿弥陀様とお釈迦様のお説が違うじゃ ないかという疑問がありますが、どちらも如来様ですから、十念でも一念でもいいので す。どちらも正しいのです。如来様のいうことに矛盾は絶対にありませんから。 だから十念でもいいし、一念でもいいのです。 そうなれば、十念よりも一念のほうが楽ですから一念のほうをとったらいかがかなと思 うのです。 仮に十念でなければならんと決まってたら、三遍か四遍称えてるときに死んでしまった ら往生できないということになる。だから臨終の一念をとるのです。 十、 「若し人臨終の時阿弥陀仏を念ぜば決定して彼の国に往生す。」 ― 往生要集 ― 十一、 「大方生死を離れて往生を遂ぐる事易かるべきに非ずと雖も仏願の名号不思議に縁りて 凡夫の我執名聞慢心貪欲、瞋恚、愚痴等の識情、みな臨終の一念に名号の利剣を以って 業を切る間、即身成仏と名付けず浄土往生と号するなり。」 ― 他阿上人法話 ― 浄土門では、即身成仏とは言わないです。真言宗では即身成仏といいますね。 浄土門は、まず極楽に往生してそして向こうで成仏していくのです。 そういうことで浄土往生というのです。 業や煩悩を除いてしまって、そして極楽往生して生死を解脱するということです。 十二、 「設い我仏を得たらんに十方の衆生至心に我が国に生ぜんと欲し、乃至十念せんに若し 生ぜずんば正覚を取らず、と、此の願既に成就して阿弥陀仏と号し奉る。 然れば即ち 我等凡夫往生極楽の決定は仏の正覚に究されり。 但だ南無阿弥陀仏と唱えて臨終一念 に娑婆生死の身を捨てて必ず安養浄土に詣うずべし。」 ― 他阿上人法話 ―



