『死者と仏事』 10
この話は、5月11日から始まっていますので、初めての方は
最初からお読み下さい。
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『死者と仏事』 10
なんでもかんでも遅れたらいかんと思わなくてもいいのですが、この中陰だけが遅れた
らいかんのです。
だから月のお参りであろうが年忌の法要であろうが、これは遅れてもいいのです。
もう既に生まれてるんですからね。生まれた先の功徳が早いか遅いかというだけのこと
ですから。それは早いほうがいいですね。ですがそれを早くもらうとか遅れるとかいう
ことで生まれる場所が違うというような問題ではないから。だから年忌の法要は遅れて
もかまわないのです。中陰は遅れたらいかんのです。
こういう言葉もあります。「極善極悪、無有中有」といって、極善の人、極悪の人です
ね。極端に善人。極端に悪人。
中有というのは、中陰のことです。無有中有ですから中陰が無いということです。
ですからこういう人は、死んだら中陰へ行かずにすぐに生まれるところへ生まれて行く
ということです。
もの凄く善人とかもの凄く悪人というのは、生きてるときから行き先が決まってるわけ
です。だからそういう人は中陰を経ずしてすぐに生まれるところへ生まれ変わっていく
というのです。「無有中陰」ということです。
だから極楽に往生する人も、もう阿弥陀様がお認めになっているのだから、どんな罪が
あっても信仰によってその人の罪が消えて、そして極楽へ往生させていただける。それ
はもう息を引き取ると同時に阿弥陀様がお迎えに来てくださるから。だから中陰は関係
ないのです。
それからついでのことですが、亡くなったら「忌」という字を書いた紙を貼りますね。
これは忌むということですね。避けるということです。だからあの家は死んだ家だなと
わかるわけですね。神道というのは死んだ人を嫌いますね。仏教は喜びです。キリスト
教でも死んで天国へいくというので喜びですね。
ですが死後に行くところによって違うわけです、極楽へいくのであったら喜ばしいこと
ですね。
この忌むということは、死んだことを忌むというのを言ってるのではないのです。
死んだらあと、冥福を祈らないとなりませんね。謹んでご冥福を祈るわけです。
冥福というのは、あの世の幸せという意味ですね。冥途の幸福という意味ですから、あ
の世の幸せを、少しでもいいところへ行ってもらいたい、少しでもあの世の幸せを獲得
してもらうように、ということを残った人が祈るわけです。
今では、亡くなった人があると、あくる日から商売をするというような時代ですが、昔
は亡くなった人があると、戸も閉めて商売も休んで、ひたすら冥福を祈ったのです。喪
に服すんですね。それくらい一所懸命に亡くなった人のために祈ったんです。
商売をしたり遊びごとをすることを忌み嫌うというのです。忌み嫌うというのはそうい
う意味なんです。
だからそこの家は、そういうことを忌み嫌って祈る家だという意味です。だからそこの
家へは遊び事を誘いにいっちゃいかんということの目印なんです。遊び事を忌み嫌って
いる家だという意味です。
続く。。。


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