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2009/08/15

左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii 第192号「名作の中の左利き(5)『朗読者』」

前人未到 第192号! <日本一>の左利きメルマガ「週刊ヒッキイ」
◆2009年4月 東京書籍発行『左利きの子』「参考資料」欄に掲載!
http://www.amazon.co.jp/dp/4487803799/ref=nosim/?tag=hidarikikidei-22
◆2008年12月発売の『左利きの人々』渡瀬けん/著(中経の文庫)
「参考サイトその他」欄に「週刊ヒッキイ」が掲載されました!
http://www.amazon.co.jp/dp/480613256X/ref=nosim/?tag=hidarikikidei-22
◆2007年12月、雑誌『R25』メルマガ『親力』で紹介されました!
http://r25.jp/b/honshi/a/ranking_review_details/id/1112007120616
http://archive.mag2.com/0000119482/20071227011750000.html
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      左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii
 【左利きを考えるレフティやすおの左組通信】メールマガジン

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 右利きにも左利きにも優しい左右共存共生社会の実現をめざして 
  左利きおよび利き手についていっしょに考えてゆきましょう!
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 第192号(No.192) 2009/8/8 
           「名作の中の左利き(5)『朗読者』シュリンク/著」

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─目次― 
 ≪左利き学入門≫ ■名作の中の左利き■ ..第三土曜日掲載
  ―その5― 『朗読者』ベルンハルト・シュリンク/著
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 ▼c(^0^)y レフティやすおの編集後記 ( ..)φ▼
欄外≪初歩的古典入門メルマガ「楽しい読書」第23号のお知らせ≫
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 ≪左利き学入門≫ ■名作の中の左利き■ ..第三土曜日掲載
  ―その5― 『朗読者』ベルンハルト・シュリンク/著
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   映画『愛を読む人』の原作で、ドイツの作家のベストセラー
   小説『朗読者』における左利きに関する記述をめぐって、
   左利きと人における自由や尊厳について考察してみます。


 ――――――――――――――――――――――――
 *** 『朗読者』ベルンハルト・シュリンク/著 ***
 ――――――――――――――――――――――――

ベルンハルト・シュリンク/著『朗読者』松永美穂/訳
(原著1995、新潮文庫2003)。

これは、映画『愛を読む人』の原作で、
アメリカでもベストセラーになったドイツの小説です。

ナチスのユダヤ人収容所の問題を取り上げて、
親の世代の社会的な罪をどう受け止めるか、
あるいは個人的な愛し合う者同士の人間関係のあり方について、
そして主体として生きる人間の自由と人間の尊厳についてなど、
色々と考えさせられるお話です。

この本は2003年に文庫になってからは、ほぼ毎年のように、
新潮文庫「夏の100冊」フェアの一冊に選ばれていました。
それで、そのうち読もうと思いつつ、
今更ナチスものもどうかという気もあって、今日まで来ていました。
でも、この際読んでみようかという気になりました。

映画は見ていません。
大体、映画を見るという習慣がないもので。
私は本だけで十分です。


 ―――――――――――――――
 *** 女性の隠している秘密 ***
 ―――――――――――――――

第I部で出会った15歳の少年と36歳の女性が、
第II部で
ゼミの一環としてのナチス関連裁判を傍聴する法学部の学生と、
その裁判の被告として登場します。

少年(今では青年)は、女性の隠している秘密に気付きます。

その秘密を守らんがために、
女性はより重い罪に問われることになります。

そして青年は悩みます。
女性を救うために秘密をばらすか、
本人の意志を尊重し、秘密を守るべきか、と。

それはこんなことです。


  ... 考えてごらん、誰かが自分の意志で破滅しようとしてい
  る。そしてそれを救える手だてがあるとしたら、きみはやっ
  てみるかい? ... 裁判の場面を思い浮かべてごらんよ、左
  利きだということを告白しない限り、有罪になってしまう被
  告がいる。犯行は右手によるもので、左利きならその犯行は
  あり得ない。しかし彼は左利きだということを恥じている。
  君は裁判官に、何がどうなっているかを言うかい? ... 
  左利きやホモを恥じるべきかどうかという話じゃないんだ。
  被告が恥ずかしがっているということが問題なんだ。
   (p.159-160)


ここで述べられている「左利き」云々というのは、一つの喩です。

実はそれに類した恥じるべき要素(と本人は思っている)を
この女性は持っていて、それを隠している、ということです。

そこで青年は哲学者の父に相談します。


 ―――――――――――――――――――――――――――
 *** 「子どもに対してどこまでお節介が許されるか」 ***
 ―――――――――――――――――――――――――――

すると哲学者の父は青年にこんなふうな話をします。

それは、自分の意志に基づいて行動するという
「主体」としての人間における、
その人格とその自由と尊厳を尊重することの大切さと、
他人を目的物にしてはいけない、といったことです。


  「... 子どもに対してどこまでお節介が許されるかというこ
  とがすでに、重要な問題なんだ。それは哲学的な問題だけれ
  ど、哲学は子どものことを気にしていない。哲学は子どもを
  教育学に任せっぱなしにし、虐待されるままにしている。哲
  学は子どものことを忘れちゃったんだな」
   (...)
  「でもわたしは大人たちに対しても、他人がよいと思うこと
  を自分自身がよいと思うことよりも上位におくべき理由はま
  ったく認めないね」/
  「もし他人の忠告のおかげで将来幸福になるとしても?」/
  父は首を左右に振った。/
  「わたしたちは幸福について話しているんじゃなくて、自由
  と尊厳の話をしているんだよ。幼いときでさえ、君はその違
  いを知っていたんだ。ママがいつも正しいからといって、そ
  れが君の慰めになったわけじゃないんだよ」
   (p.162-163)


私はこのくだりを読んで、
 「あなたのためだから、
 あなたが将来左利きで苦労することのないように、
 右手を使えるように訓練させるのです」
といった左利きの子供への「教育」のやり方を連想しました。

自分の考えを良かれと思い、
たとえ自分の子供であれ、他者に押し付ける大人のやり方を。


右利きの子の場合は、
ほぼ無条件に利き手を自由に使う権利が、
初めから本人自身に与えられています。

要するに、基本的に右利きの子供は、
利き手である右手を使うことに何の制約も受けない。

ところが、一部の左利きの子供の場合は、
利き手である左手を使うことに対して、
誰か大人(親なり先生なり)の許可を必要とします。

利き手を使うことをとがめられるケースもあるのです。

それが、将来の本人の幸福につながる(かもしれない?)
という理由で。

たとえ子供であれ、
そこでは、自分で自分自身のことを決めるという、
主体である人間としての本人の意志や、
本人の自由、本人に対する尊厳といったものは踏みにじられます。


 ―――――――――――――――――――――――
 *** 「目を開かせる努力をする必要はある」 ***
 ―――――――――――――――――――――――

さて、小説は、

本人の意志、主体性を尊重し、
その人の人格と自由と尊厳を大切にすることのほうが大事だ
という父の忠告により、
裁判官に女性の秘密を話す必要はない、という結論を得て、
青年はこの助言にホッとした気持ちになります。

しかし、父は続けて言います。


  「いや、君の問題に快適な解決はないね。君が言ったような
  状況から、責任が生じたり、引き受けざるを得ない事態にな
  ったら、もちろん人は行動しなければならない。ある人にと
  って何がいいことかわかっていて、その人がそのことに目を
  開こうとしないなら、目を開かせる努力をする必要はあるよ。
  最後の決断はその人に任せるとしても、その人と話さなくち
  ゃいけないよ。その人の知らないところで他の人と話すんじ
  ゃなくて、その人自身とね」
   (p.165)


即ち、先の左利きの例に戻れば、
左利きの子供に自分の考えを話し、
自分が良かれと思っていることを納得させられるかどうか、が
ポイントだ、ということになります。

そして、最終の判断を子供自身にさせる、ということでしょう。

こういう手続きをしっかりと踏んだ結果なら、
子供も満足するのかもしれません。


さて、物語はさらなる展開を迎えますが…。


 ――――――――――――――
 *** 比喩としての左利き ***
 ――――――――――――――

この「左利きを恥じる」という比喩が、
はたしてどれだけの人に届いているのか、
どうも私には、疑問に思われます。


右利きの友人から薦められて、この本を読むことになった、
というのが実情ですが、

その右利きの友人は、
この左利きを恥じる云々というくだりについて
まったく記憶にないというのです。

私はある意味では、それは当然の事と思います。

私が思うに、
あの比喩は、右利きの人には通じにくいように思います。

頭では理解できるかもしれないけれど
実感を伴ったものとはならない、
だから意識には残らない、と思うのです。


こういう問題はやはり、
当事者でなければ気付かないものではないでしょうか。

いかに、左利きに対する蒙を啓かれている人であっても、
実際に、実感としての「左利きを恥じる」経験のない人には、
理解しがたい部分があるように思います。


どうもこういう比喩を書いた著者を想像するに、
著者のシュリンクさんは左利きかもしれない、
と思ったものでした。

そうでないと思いつかないような比喩でもあるかと思います。

あるいは単に、彼が三流ミステリ作家だったからかもしれません。

三流ミステリには、
左利きが犯人、あるいはその逆に犯人ではない、
なぜなら、右手でつけた傷だから…、
といったものが結構多いものです。

(巻末訳者のあとがきに、この著者がこの本の前に、
ニ、三のミステリを出版していたといったことが書かれています。)


 ―――――――――――――――――――
 *** 「左利きを恥じる」ということ ***
 ―――――――――――――――――――

「左利きを恥じる」という感情は、

昨今では、「左利きはカッコイイ」というイメージを持つ人が
増えているそうですが、

そういう若い人の中には、
自分自身左利きであっても、自分には想像できない、
という人もいるかもしれません。

これはやはり、ある程度経験がないと思いつかないと思うのです。

自分自身がそういう感情を持っているか、
まわりにそういう人がいたか、あるいはいるか、
そういう人との経験を持っていないと。


何度も言いますが、
はっきりいって、あの比喩で心から納得できる人は、
少ないのではないかと思います。

理屈としては理解できても。

それだけにあの女性の恥じる意識が、
どの程度異常なことではなく理解されるか、は、
なんとも難しいように思います。


私には、この部分が、
このストーリーの核となるところだと思うのですが、
その辺をどの程度の読者が、
実感としてこの秘密を持つ女性の気持ちに迫れるのか、
ちょっと疑問…に思うところです。


※ 参考文献:
・『朗読者』ベルンハルト・シュリンク/著 松永美穂/訳
 新潮文庫(2003)
http://www.amazon.co.jp/dp/4102007113/ref=nosim/?tag=hidarikikidei-22

* レフティやすおの左組通信
「左利きphoto gallery〈HPG2〉左利きの本だなぁ」
小説で読む左利き
http://homepage3.nifty.com/lefty-yasuo/hg.hph2.html#小説

* 左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii■名作の中の左利き■
・第176号(No.176) 2009/4/18「名作の中の左利き(1)」
 ―その1― ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』
http://archive.mag2.com/0000171874/20090418074500000.html
・第180(No.180) 2009/5/16「名作の中の左利き(2)」
 ―その2―『黄金虫』エドガー・アラン・ポー
http://archive.mag2.com/0000171874/20090516074500000.html
・第185(No.185) 2009/6/20「名作の中の左利き(3)」
 ―その3―『左手のパズル』萩尾望都/文 東逸子/絵
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・第188号(No.188) 2009/7/18「名作の中の左利き(4)」
 ―その4―『オズのつぎはぎ娘』R・F・ボーム/著
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 「楽しい読書」別冊編集後記
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 第193号(No.193) 2009/8/22 
 「<左利きプチ・アンケート>」(予定)

内容:
 ●<左利きプチ・アンケート>● ..第四土曜日掲載 
  【再版】第33回 新版・利き手調査第1回―
   利き手テスト側性係数を調べる 

   「第33回 06.9.24 新版・利き手調査第1回―利き手テスト
   側性係数を調べる」の再版アンケートを実施します。
   「プチ・アンケート」さんの関係で、2006年以前の古いアン
   ケートが削除されます。そこで、【再版】を発行します。

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 ▼c(^0^)y レフティやすおの編集後記 ( ..)φ▼  
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 8月13日は、国際左利きの日でした。テレビで報道したようで、
ネットでもブログやSNSで多くの方が書き込みされていました。
でも総じてお若い方には浸透していないようで、ちょっと残念でし
た。それと左利きの人の書き込みは当然あるのですが、右利きの人
による、左利きの日があるなんて云々、といった書き込みに出会う
ことがなく、その点がもっともっと残念でした。
 本当は右利きの人にこそ、知ってもらい、考えてもらわなければ
ならない問題なのですが…。
 私自分自身もその辺の取り組みにまだまだ至らない点がある、と
いうことは自覚しているのですが、では実際にどういうふうな具体
的な行動を取ればよいのか、ということがよくわからない状態です。
 ウーン…。

では、次週まで、さいならサイナラさいなら /~~~

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      「レフティやすおの楽しい読書」第23号のお知らせ ◆

第23号は、
「私の読書論―その5―読書のイロハ(1)なぜ読書が必要か」
をお送りします。

今年も夏休みにはいって、読書感想文の季節となりました。
でも、なぜ本を読まなければいけないのでしょうか。
読書はなぜ必要なのでしょうか。
その辺を考えて見ましょう。

 2009(平成21)年8月15日号(No.23)-090815-
  私の読書論―その5―読書のイロハ(1)なぜ読書が必要か

*『レフティやすおの作文工房』「別冊編集後記」
2009.8.15(予定)
 私の読書論―その5―読書のイロハ(1)なぜ読書が必要か
 ―第23号「楽しい読書」別冊編集後記
http://ameblo.jp/lefty-yasuo/

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