井上暉堂老師の心の相談室 RSSを登録する

02年、老師暉堂を拝命。慶応義塾大学卒業後、慶應ビジネススクールでMBAを取得。毎日新聞記者、アメリカではロッキー青木の秘書を経て、現在に至る。禅暦は鎌倉報国寺より。主な著書「臨済宗の常識」(朱鷺書房)「新・堕落論」(共著・KIBAブック)

  • 周期 日刊
  • 最新号 2008/08/31
  • 発行部数 79
  • マガジンID 0000171862
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2008/07/08

「知的個人」確立の条件・・・

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 現代社会は「個人」を無視するもの。一般的な「人間」だけを考慮に入れる。さら
普遍的性格の実在を信じ、人を抽象概念として扱う・・。個人と一般的な人間の概念を
混同することにより、産業文明は人を規格化するという根本的な過ちを犯すにいたって
いる。もしも人みな同じなら、家畜の牛のように群として育て、生活させ、働かせる
ことができるだろう・・。BUT、各人は、それぞれの人格を持っている。符号として
取り扱われるわけにはいかない。学校では子どもを十把ひとからげで教育するから
あんまり幼い時から学校に入れてはいけない・・。
よく知られているように、たいていの偉大な人物は、比較的孤独のうちに育てられたり
また、学校の型にはめられることを拒んでいる。もちろん、学校は技術的なことの
勉強には欠かせない。また、子どもにとって必要な、他の子どもとの接触がある程度
得られる・・。だが、教育は、頼りになる不断の指導でなければならない。
このような指導は両親の仕事である。両親のみが、そして特に母親が、子どもが生ま
れてきて以来その生理的、精神的特性を見守ってきたのであり、それを正しく方向づけ
ることこそが教育のもくてきだからである。現代社会では、家族がすべき訓練をすべて
学校が代わって行うが、これは重大な誤りかも・・・。母親たちは職業、社会的野心、
性的快楽、文学的、芸術的嗜好を満たすために子どもたちを幼稚園に送り込む。
子どもたちが大人と接触し、多くのことを学ぶ場所であるべき家族の集いがなくなった
ことは、こういった親たちの責任ではないか?
犬小屋の中で、同じ年齢の他の子犬たち育った若い犬は、両親と駆け回って育った子犬
のようには成長しない・・。他の子どもたちと大勢と一緒に育った子どもと、知的な
両親もとで育った子どもについても同じことが言える。子どもは自分の周囲で行われる
生理的、情緒的、知的活動によって、容易に自分のそうしたもの形成する。
同年齢の子どもたちから学ぶことはほとんどない・・。学校ではただの一員にすぎない
から、十分成長しないままだ。子どもがその力を十分に発揮するためには、比較的
孤独であることと、家族で構成している限られた社会単位によって世話されることが
必要なのである。

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