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こころ豊かに、さわやかに生きたいと願うすべての方へ。いのちにあふれ、恵みに満ちた聖書の世界へご案内します。聖書のことばを少しずつ味わっていきます。ガイドをつとめるのは、テレビ「ライフ・ライン」の司会者で牧師の関根弘興です。

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2009/10/08

恵みあふれる聖書の世界 10/8

☆……恵みあふれる聖書の世界へようこそ……☆
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
あなたについて聞かされていることは根も葉もないことで、
あなたも律法を守って正しく歩んでいることが、
みなにわかるでしょう。使徒21:24
 ~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~~ 
 パウロたちは、モーセの教えに背いているという風評のために、
何をしたのでしょう。もちろんパウロは、ガラテヤ書においては、
割礼を受ける受けないが大切なのではないとはっきりと言っています。
ですから、この風評を無視することも出来ました。
イエス様の福音は、こうした宗教的な規定から解放するものだからです。
しかし、パウロは、コリント教会へこう書きしるしています。
「私はだれに対しても自由ですが、より多くの人を獲得するために、
すべての人の奴隷となりました。ユダヤ人にはユダヤ人のようになりました。・・・」
そこで、エルサレム教会のヤコブが、ひとつの提案を出しました。
ヤコブの仲間の中に誓願を立てている者が四人いました。
この人たちを連れて、パウロも彼らといっしょに身を清め、
彼らの頭をそる費用を出してやりなさい、というものでした。
そうすれば、パウロが、モーセの律法にそむくようなことはしていなという証に
なるというわけですね。
 パウロは、その提案を受け入れました。
まるで妥協しているかのようにさえ見えますね。でも大切なことは、
パウロはユダヤ人にはユダヤ人のように、律法の下にある者には、
律法の下にある者のようになったということです。
それは何とかして、福音の恵みを共に受ける者となるためだったのです。
  愛の配慮となるのか、ただの妥協、迎合となっていくのか、境目は難しいですね。
しかし、パウロが記しているように、何とかしてキリストに導くために、
愛の配慮をもって、その人の立場を理解していくことは大切なのです。

☆日曜礼拝の説教は、下記サイトからお届けしています。
城山キリスト教会 http://jly.jp/ 
毎週の礼拝の映像と音声がアップされています。

†ブログ「恵みあふれる聖書の世界」
 http://jly.jp/blog
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