【お城ファン倶楽部 No.138】日本100名城(その10)足利氏館
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【お城ファン倶楽部 No.138】日本100名城(その10)足利氏館
2008/04/09(Wed)
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栃木県で日本100名城に選ばれているのは、足利氏館のみです。こうした中世の
方形館が選ばれているのは、従来の名城選とは異なって評価できます。ただ栃木県で
したら、例えば飛山城や唐沢山城などが選ばれても良いのではないかと思ってしまい
ます。特に飛山城は知名度は必ずしも高くはないですが、是非とも一度は訪れて欲し
い城です。
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足利氏館
所 在 地:栃木県足利市家冨町2220
史跡区分:足利氏宅跡として国の史跡(大正11年3月8日に指定)
足利学校跡も同じく国の史跡(大正10年3月3日に指定)
鑁阿寺の本堂、鐘楼および経堂は国の重要文化財
入 場 料:なし、足利学校は400円(9:00〜16:30、第三月曜休館)
交通機関:車の場合は東京方面からは東北自動車道の佐野藤岡ICで下り、国道
50号線を西(桐生方面)に向かう。ICから十数kmで東武伊勢崎線をオ
ーバーブリッジで越え、少し先の朝倉町交差点を右折して国道 293号
線を足利市方面に向かう。渡良瀬川と続いてJR両毛線を越えた先の
中央通り(県道67号線)を過ぎると右手に太平記館があるので、ここに
駐車する。道を渡った右手が足利学校で、その裏手が足利氏館跡の鑁
阿寺となる。太平記館からは、歩いてすぐである。
公共交通機関の場合は、JR両毛線足利駅または東武伊勢崎線足利市
駅で下車する。足利駅前から中央通りを左に500mほど歩くと足利館と
いうホテルがあるので、ここを右に曲がると正面が足利氏館の鑁阿寺
である。足利駅からは、歩いて10分ほどである。足利市駅利用の場合
は、駅を出たら右に進んで渡良瀬川を渡る。そのまま直進すると、鑁
阿寺となる。こちらも、駅から歩いて10分ほどである。
http://woodone3831.web.infoseek.co.jp/c-1-3-4-5-siro-ASIKAGA.html
http://shiro39.hp.infoseek.co.jp/kantou/ashikagashiyakata.htm
http://www.asahi-net.or.jp/~ju8t-hnm/Shiro/Kantou/Tochigi/Ashikaga/index.htm
http://www.miyatasan.com/~yagifau/fujinamiism/ashikagashi.htm
http://joe.ifdef.jp/tochigi/023ashikaga.html
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◆清和源氏の名門足利氏が居館として平安末期から鎌倉初期に創建
現在鑁阿寺となっている足利氏館は、平安時代の末期に足利氏が居館を構えたとこ
ろである。足利氏は八幡太郎義家の系譜を引く清和源氏の名門で、のちに室町幕府を
開いたことでも知られる。義家の三男源義国は、康治元年(1142)に下野国足利にあっ
た伝領を鳥羽院御願寺の安楽寿院に寄進して足利庄として成立させる。この義国の長
男が義重で、上野国新田荘を本拠として新田氏の祖となった。この義重の異母弟が次
男義康は足利荘を相続して、足利氏の祖となった。
足利義康は保元の乱では源義朝とともに後白河天皇方として活躍したが、保元2年
(1157)に41歳の若さで亡くなる。跡を継いだのは義兼で、治承4年(1180)に源頼朝が
伊豆で挙兵すると、頼朝に従っている。翌年には頼朝の命で、北条政子の妹を妻とし
ている。その後も頼朝方として力を尽くし、奥州藤原氏討伐にも従っている。このよ
うに鎌倉幕府創設に多大な力を発揮した義兼であったが、最終的には鎌倉御家人の一
人として位置づけられてしまった。
足利の地に館を構えたのは初期の足利氏であることは間違いないが、その詳細につ
いては不明となっている。足利氏の祖となった義国が館を構えたという説や足利氏初
代の義康説などがあるが、義兼説が有力のようである。義兼は鎌倉の御家人という地
位になってしまったが、文治元年(1185)に頼朝は義兼など清和源氏の一族の内でも特
に功績のあった6人に源姓を名乗ることを許した。これを認められた家は御門葉と呼
ばれて、将軍家に次ぐ格式で他の御家人とは一線を画した。
◆足利氏3代義兼が出家後に持仏堂を創建し、のちに氏寺・鑁阿寺となる
建久6年(1195)に義兼は東大寺で出家し、義弥と称して足利に戻って隠棲した。翌
年には館内に持仏堂を建立したが、正治元年(1199)に亡くなった。跡を継いだ三男義
氏は天福2年(1234)に伽藍を整備して、足利氏の氏寺とした。寺名の鑁阿寺は、義兼
の法名「鑁阿寺殿義弥」から取ったものである。
足利氏には、先祖の源義家が残したという置き文があった。これには「自分は七代
の子孫に生まれ変わって天下を取る」とあり、以下のように7代のちの子孫は家時と
なる。
義家→義国→義康→義兼→義氏→泰氏→頼氏→家時
しかしながら足利氏にはそのような力はなく、家時は3代のちの子孫に天下を取ら
せよと八幡大菩薩に祈願し、願文を残して自害してしまった。家時のあとは貞氏が継
ぎ、そして孫の高氏の登場となる。周知のように足利高氏(尊氏)は願文通り天下を取
り、延元3年(1338)に征夷大将軍となって室町幕府を開いた。
◆館としての遺構は堀と土塁のみだが、鑁阿寺創建時の古い建物が残る
足利氏館は一辺が約 200mほどの典型的な方形館で、周囲を幅数m程度の堀と土塁
が囲んでいる。堀と土塁といっても中世城郭のように防御に優れたものではなく、仕
切りと言ってもよいほどのものである。これは大規模な戦闘が行われなかったことに
加えて、堀も防御のためというよりも農業用水や灌漑用水としての役割が強かったと
いう。すなわち、水利権を有することによりその土地を支配していることを示すとい
う説で、納得できるものがある。
館としての遺構は堀と土塁程度であるが、鑁阿寺としてみると古い建物などがよく
残っている。門は東西南北4ヶ所にあるが、南の山門がいわば正門である。建久7年
(1196)に足利義兼によって造られたもので、堀に架かった橋は上屋付きの反った形で
太鼓門と呼ばれている。残念ながら兵火で焼失してしまい、現在残るものは永禄7年
(1564)に室町幕府第13代将軍足利義輝によって再建されたものである。また西門と東
門は四脚門形式で、北門は薬医門となっている。
山門を入ってすぐ右手にあるのが、国の重要文化財に指定されている鐘楼である。
正面に見える大きなお堂が本堂(大御堂)で、建久7年(1196)の義兼による創建時から
の建物である。唐・和様折衷の本瓦葺きで、やはり国の重文に指定されている。本堂
から一つ置いた左にあるのが経堂(重文に指定)で、義兼が妻の供養のために創建した
ものである。ただし、現在残る建物は、応永14年(1407)に関東管領足利満兼によって
再建されたものである。
本堂と経堂の前には樹齢数百年といわれる大銀杏があるが、江戸時代にはここで青
年男女のお見合いが行われ、縁結びの御神木と崇められた。そのとなりの多宝塔もま
た、義兼が創建したと伝わる。経堂の裏手には赤御堂とも呼ばれる御霊屋があって、
源氏の祖先が祀られている。現在の建物は、徳川11代将軍家斉によって寄進されたも
のである。徳川氏は足利氏と同族の新田氏から分かれたとされているので、こうした
寄進を行ったものと思われる。なお、国の重要文化財とはなっていない御霊屋、多宝
塔、太鼓橋と楼門および東西の門は、栃木県指定文化財となっている。
◆隣接する日本最古の学校である足利学校も必見
足利氏館(鑁阿寺)のすぐ南に隣接して、日本で最初の本格的な学校ともいわれる足
利学校がある。平安時代あるいは鎌倉時代に創建されたといわれるが、諸説あって未
だにはっきりとした結論は出ていない。いずれにしても室町時代に入ってからは衰退
していたようで、永享4年(1432)に上杉憲実が足利を領すると足利学校を再興した。
中心としたのは儒学で、北は陸奥国から南は琉球まで全国各地から学びに来た。
享禄年間(1528〜32)には火事などもあって一時衰退したが、小田原北条氏の援助な
どもあって再興された。この時期には、3千人の学生がいたとされている。しかし天
正18年(1590)に小田原北条氏と足利長尾氏が滅びると、所領を奪われて学校経営が窮
地に陥った。これを救ったのが徳川家康で、足利学校に 100石の所領を寄進して保護
した。足利地方を領した歴代の領主もこれを保護し、江戸時代前期から中期にかけて
は二度目の隆盛をみることとなった。
江戸時代中期以降は朱子学が官学となり、易学中心の足利学校は時代遅れとなって
しまった。さらに平和な時代が続いたことで、兵学などの実践的な学問が好まれなく
なってしまったこともあって、次第に衰退してしまう。明治維新後は足利藩が藩校と
して復興を図ったが、明治4年(1871)の廃藩置県で足利県に管理が移り、翌年には廃
校となってしまった。その後は敷地の東半分が小学校になるなどして、多くの建物が
撤去されてしまった。こうした状況に対して、旧足利藩士の田崎草雲らの活動で西半
分の敷地や蔵書などが地元に返還された。
明治36年(1903)になると地元の足利町は敷地内に県内最初となる公共図書館・足利
学校遺蹟図書館を設立し、大正10年(1921)には国の史跡に指定されることで現存する
建物などの保存が図れることとなった。1980年代になると、小学校の移転や足利学校
遺蹟図書館が所蔵する一般図書の移管なども始まった。こうした保存整備事業によっ
て、平成2年(1990)には建物と庭園の復元が完成した。
このような復元整備事業によって、現在我々は江戸中期の最も栄えた時代の足利学
校を目にすることが出来る。寛文8年(1668)に創建されたとされる学校門や孔子廟は
現存で、往時の学校の姿を物語っている。是非とも、こちらにも立ち寄って欲しいと
ころである。
▼足利学校については、下記サイトを参考にしてください。
http://www.ashikaga-kankou.jp/nihoniti/gakkou.html
http://marie.saiin.net/~tochigi-castle/ashikaga-gakkou.htm
http://www.page.sannet.ne.jp/ai1040/magazine/ashikaga/asikagagakkou.htm
◆時間があれば足利の西を守る足利城へも
足利市の西側には南北に両崖山という山が走っているが、この山頂一帯に築かれた
のが足利城である。この城がいつ、誰によって造られたのかは定かではないが、戦国
末期には長尾氏が籠もって小田原北条氏との間で攻防が繰り返された。
現在はハイキングルートとなっているが、結構きつい山歩きである。この城に登る
には北からと南からとがあるが、南からだとずっとかなりきつい登りが続くので北か
らの方をお薦めする。中世山城ということでメインは堀切、切岸や空堀などだが、一
部では石積みも使われている。また晴れた日には眼下に足利氏を一望することが出来
るので、時間と体力があれば是非攻略して欲しい城である。
▼足利城については、下記サイトを参考にしてください。
http://homepage2.nifty.com/yogo1394/totigi/asikagasi.htm
http://marie.saiin.net/~tochigi-castle/ashikaga.htm
http://www.asahi-net.or.jp/~ju8t-hnm/Shiro/Kantou/Tochigi/Ryougaizan/index.htm
◆足利氏館関係の参考書
足利氏館を散策するにあたって参考となる書籍には、以下のようなものがあります。
・「史跡めぐり 栃木の城」(島遼伍編、下野新聞社) 2,100円
足利氏館については詳しくありませんが、栃木県内の城めぐりを行うにはお薦めで
きる本です。県内130ほどの城が紹介されています。
・「とちぎの古城を歩く」(塙静夫著、下野新聞社) 1,995円
こちらも足利氏館については詳しくありませんが、県内 108ほどの城が紹介されて
います。カラー写真が豊富なことと、小さいながらも縄張図が付いているので、こ
ちらの方が参考になるかと思います。
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