2006/09/13
【マグニチュード7.3! 巨大地震を体験して】
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【マグニチュード7.3! 巨大地震を体験して】
週刊 2006/9・13 15号
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けっして自分の身の上にだけは、地震なんて起こらない!
と考えている方たちのために!
阪神淡路大震災に遭遇したizumiが、その体験を通して得た、地震にたいする
防災や心構えを、ドキュメンタリータッチでお届けする防災メルマガです。
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<目次>
【1】袖すりあうも多少の縁
【2】ひとくち地震用語
【3】地震トピックス
【4】編集後記
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初めてお読みになられる方、又、前号までの話を、もう一度読んでみたい!
とお思いの方は、
ブログ http://jishin.livedoor.biz/
をご覧下さいね。
【1】袖すりあうも多少の縁
わたしは、やっとの思いで、ガレキが積み重なっている住宅地専用の小さな道
路から、表通りへ出て行った。
この道路は、西へ100メートルほど行った先には、国道が走っているので、
日ごろは、幹線道路に向かう人や車で、往来が、多かった。
だが今は、車1台通っていない。
あたりを見回しても、まったく人影が見当たらないのに驚く。
つい、数十分前には、周辺のガレキの間から、何組かの人たちが、姿を現して
いたのに、どうしたことだろう?
いったん表に出てきた人たちが、又、引っ込んでしまった。
きっと、それぞれの自宅での対応に追われているのかも知れなかった。
わたしは、通りの真ん中に立ち、周辺をあちらこちら見渡した。
そして、見慣れた建物の変わりように、今更ながら胸がつぶれる思いだった。
道路の両側の建物は、昔ながらの木造住宅が多かったが、所々に、低層の商業
ビルが建っていた。
それらが、強度が違うからか、全壊、半壊入り乱れて、道路側に倒れかかって
いた。
角にあった米屋の木造2階建ての家が、1階建ての高さになっていた。
表から見るとシャッターの骨組みだけは、そのまま残っている。
だが、その上にある2階部分が、すっぽりと無くなっているのだ。
同じ並びで数件先にあった小間物屋の店も、なぜか、店の表の戸の部分は、し
っかりと立っているのに、奥の住居部分は、完全に崩れ落ちていた。
(あの老夫婦は、どうなったのだろう?)
わたしは、思わず、店の前まで駆け寄った。
この店は、片手間に宅急便も取り扱っていたので、わたしは時々、利用してい
たからだ。穏やかな笑顔を見せる老夫婦が、いつも二人で店番をしていた。
ゆっくりと丁寧に応対をしてくれるのはいいが、急ぐときは、いらいらしたも
のだ。だが、時間のことなどわれ関せずで、いつも自分のペースで事を進める
夫婦に、いつの間にやら慣らされて、いつしかわたしも、のんびりと世間話な
どをするようになっていた。
「おじさん! おばさん! 大丈夫ですか?」
わたしは、小間物屋の店の前で、奥に向かって、何度も、呼びかけた。
だが、何の応答もない。
わたしは混乱していた。
(どうしょう。どうしょう。どうしたらいいのだろう!)
だが、このガレキの山を乗り越えて、奥の住居部分に行くことは、とうてい無
理な話であった。非力なわたしでは、老夫婦の安否を確かめる手段がなかった。
(どうしょう。どうしたらいいのだろう!)
わたしは、奥に向かって、声をかけたり、表戸を叩いたり、がたがたと揺らせ
たりしながら、店の前をウロウロしていた。
その時、通りの向かい側の路地から、一人の中年男性がフラフラと出てきた。
そして、わたしの目の前を通りすぎて、国道の方にゆっくりと歩いて行く。
わたしのことなど、まったく、目に入っていないようだった。
彼は、自分だけの思いに捕らわれているのか、周辺の状況など、目にはいらな
い様子だ。
ハッとわたしは、思い出した。
小間物屋の老夫婦のことで、すっかり混乱していたわたしは、自分が何のため
に通りに出てきたのかを、一瞬忘れるところであった。
ガレキを掘るための「助け手」を探しにきたのだ。
「あっ、あのー、すみませんが……」
わたしは、フラフラと歩いている男性の背中に向かって、急いで呼びかけた。
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【2】ひとくち地震用語
○地震対策
<ご近所力の大切さ>
阪神淡路大震災の犠牲者の8割以上が、倒壊した建物の下敷きになったといわ
れています。そして、倒壊した家屋のほとんどは、木造住宅でした。
約24万棟の住宅が崩壊し、数万人の人が生き埋めになった被災地で、初期救
出活動の中心になったのは、近所の被災者同士でした。まさに90%以上の人
がご近所力で助け出されています。
一刻を争う生死がかかった場面では、地域でのつきあいの有無が重要です。
お互いに顔も知らず、よく知らない人同士は安否の確かめようがありません。
日頃からどれだけの人とつながりを持っているかが、家族の生命を守る大切な
鍵となります。
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【3】地震トピックス
○住民500人43機関真剣 南海地震に備え県総合防災訓練
南海地震を想定した大掛かりな徳島県総合防災訓練(県、三好市、東みよし町
主催)が三日、同町昼間の小川谷運動公園を主会場に県内七カ所で行われた。
地震発生時には地形的に大規模な土砂災害などが懸念されるため、参加者は
本番さながらの緊張感の中で訓練を繰り広げた。
徳島新聞 (9/4)
http://www.topics.or.jp/News/news2006090405.html
○東海地震備え訓練 可児 市民1万5000人参加
〜同市は、9月の第1日曜日を市防災の日と定め、毎年訓練を行っている。こ
の日は、午前7時の予知情報の発表に伴い、市職員が指定の避難所に駆け付け
ほか、市役所に集まった職員が、ロールプレイング方式で各地の状況を問い合
わせ、対応した。午前8時の東海地震発生とともに、防災無線のサイレンが鳴
り、地域ごとに避難所に集まり、初期消火訓練や炊き出し訓練をした。
中日新聞 (9/5)
http://www.chunichi.co.jp/00/gif/20060905/lcl_____gif_____005.shtml
○宮城県沖地震想定し訓練
近い将来に高い確率で起こるとされる宮城県沖地震を想定した防災訓練が1日、
東北各地で行われた。岩手県一関市では宮城、山形両県からも含め陸上自衛隊
など243機関、約1万5000人が参加。震度6弱の地震が一関市で起きた
想定し、県の防災ヘリや自衛隊ヘリを使い、負傷者や支援物資の運搬など
計83項目の訓練を実施した。
産経新聞 (9/2)
http://www.sankei.co.jp/local/tohoku/060902/thk000.htm
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【4】編集後記
9月1日は防災の日でした。【地震トピックス】をご覧になれば分ると思いま
すが、各地で、防災訓練が行われました。
実施されたところは、他にもたくさんありますが、この記事だけでも、南海地
震、東海地震、宮城沖地震を想定した防災訓練が行われたとあります。
そして、枕詞に、「近い将来に高い確率で起こるとされる○○地震を想定して」
と報道されているのが、目につきます。
阪神淡路大震災は、当時の被災者にとっては、まったく想定外の地震でした。
(地震学者の間ではどうだったのでしょうか?)
なぜなら、少なくとも、このように報道されることのないままに、突然、ドカ
ンと襲われたというのが、正直な気持ちです。
「近い将来に高い確率…云々」と報道されるからには、きっと、科学的根拠が
あるのでしょう。
何の予備知識、報道もされなかったのに、あれだけの地震があった阪神淡路大
震災。そして、「近い将来に高い確率で…云々」と報道されている現在の各地
域の地震情報。
いたずらに、パニックになることはありませんが、この地震王国の日本に住ん
でいる以上、地震対策だけは、常に心に留めておかなければならない必須事項
ですね。
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