2008/09/12
『言葉の香りを楽しむ』
『言葉の香りを楽しむ』 毎日がお暑うございます。 皆様、如何お過ごしでしょうか? 先日、大学時代のテニス部の友人と久々に話しておりましたら、 その彼がひとつ話をしてくれました。 「なんだかすごい早口で、かむ奴がいてさ・・・・・・。 おまえと違って、いじると機嫌悪くなる男だから、 あんまり何回も「えっ?何?」って言うの可哀相じゃん? だから、適当にあいづちをうっていたんだけど、 知らない間に、そいつと海行くことになってた」 言葉には意味がございます。 言葉というのは文字にすれば有形ですが、 意味というのは無形です。 言葉が花だとすれば、 意味は香りと言えるかもしれません。 本は昔の偉人と対話することができる 世界中の人間、全てにとっての財産と言えますが、 その意味をとれるかとれないかは、 花をプレゼントすることができても、 その香りを感じることができるかどうかは、 受け取る本人次第ということに似ています。 現代人のほとんどは鼻が「知識」でつまっている 鼻づまりの状態で、 ほとんど嗅覚が働いていません。 「う〜ん、今朝もすごくいい天氣で氣持ちいいな♪ なんだか朝ごはんのいい匂いもするぞ! ひとり暮らしの僕の家なのに、 いったい誰が素敵な朝ごはんを作ってくれているのだろう?」 と鼻で感じて朝起きたら、 寝ている間にどうやら自分が漏らしていた大便だった・・・・・・。 というくらいに現代人の鼻はもうつまりたい放題でございます。 ごくごく当たり前の挨拶の中に、 その人の氣持ちからにじみ出る膨大な香りが、 含まれているかもしれません。 有り難う 左様なら 今日は 同じ文字でも、それぞれ香りが違います。 そして、大切なものは、 有形な文字よりも、無形の香りです。 むしろ香りが届くのであれば、 言葉なんていらない場面だってあるかもしれません。 どんな言葉を自分から発しようが、 そこから素敵な香りがほのかに香る・・・・・・。 そのほのかな香りをしっかりと味わえる・・・・・・。 そんなことをやり合える日本人でありたいですね。 人が酒を飲みますが、そのうち、酒が人を飲みます。 人が言葉を発しますが、そのうち、言葉が人を支配します。 人は有形を好みますが、そのうち、有形が人を奴隷にします。 常に、有形の奥にある香りを看ようとする、 静寂な姿勢を持っていたいものですね。 何百万とある言葉の中にわずかに存在する ほんのかすかな香りに光が当たりますように・・・・・・♪ 粋な教師『連』 代表 高草雄士 拝 【編集後記】 お釈迦様は、ある日、霊鷲山というところで、 花(金波羅華)を84000人の大衆に突然、 グーって指し示されたそうです。 84000人の大衆はさっぱりわからず呆然としていたそうですが、 迦葉というお弟子さんだけが、にっこり微笑んだそうです。 花の向こう側にあるは何があったのでしょうか? そんな疑問を噛みしめながら、 夏の公園を散歩するのもたまにはいいかもしれませんね♪ 迦葉さんが感じた香りが、あなたの元に届くかもしれません。


