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「自分の長所って何?」「友人はいい得意分野あるんだけど私にはない」そう思った事ないですか?大丈夫です!貴方には他の誰にもない長所があるはずです!歴史(特に戦国)を通して色々な人物の生き様、事例を見て,本当の自分の魅力を見つけるヒントを出していきます。

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2006/02/20

「せんみりょ!」2006年第11号 配信

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戦国武将から学ぶ男の魅力(略して「せんみりょ!」)  2006年第11号 
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☆ 山内一豊が生涯千代を愛し続けた理由






こんばんわ!片岡です。




毎度、更新がギリギリ(週一)になってしまい、申し訳ありませんm(__)m




2月中旬から3月いっぱいという時期は毎年多忙の時期なんです。




役所(官公庁)は毎年、年度末(1月〜3月)になると、
仕事の発注件数が激増します。




先週も告知したように、私は腰痛です。



ジッとしていればもう少し早く直ると思うのですが、
ジッとしている時間がありません。




私がやらないと何も進まないからです(泣)。






こういう時、切に思います。




「私の分身が欲しい〜!」








でも、出来るところまで頑張ります!

















さて、今回は、先日お話した山内一豊と千代に関する話です。





ご存知かもしれませんが、一豊と千代の間には娘がいました。



一豊が長浜城主となる時期に不運な事に地震によって一人娘を
死なせています。




その後、二人の間に子が授かる事もなく、それでも一豊は生涯
側室を置く事もなく、千代を一筋愛していたと聞いています。




当時の時代の背景を考察してみますと、このとき既に一豊41歳。




明日の命をも知れぬ戦国の世である事を考えてみますと、一豊にし
てみれば、一日も早く嫡子もしくは、娘婿は欲しかったはずです。




当時は何より、家名存続こそが第一とされた時代でした。




それでも一筋に千代を・・・。





一豊の義理堅い性格といえばそうかもしれません。








「何故、側室を置かなかったのか?」





というよりも、ここでは、





「何故、千代を死ぬまで一筋に愛する事ができたのか?」





こう考えてみたいと思います。







一豊は15歳で父を失ってからおよそ10年の間、仕官の口を
求めて諸国を放浪しなければならなかったんです。




一豊の青春時代は決して明るいものだったとは言えないでしょう。




ずっと貧乏なままかも知れなかったですし、NHK「功名が辻」
のでもやっていたように、枡を裏返してまな板の代わりにしていた
ような貧乏暮らしにも決してめげない千代。



まだ功名ならぬ夫を必死で支え続けてくれた歳の離れた妻だから
唯一心を許せ、愛せるかけがいのない相手だったに違いないと思
うのです。






現代に生きる私達は一豊と千代の生涯変わらぬ夫婦愛をどう感じ
るべきなのでしょうか?




戦乱の中を寄り添って生きた二人と、平和な現代を生きる私達。



はたして、どちらが充足した中身の濃い時間を過ごしているので
しょうか?




歴史から学べる事項の一つとして、私は一考してみる余地がある
かもしれないと思うのです。










 
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※ 編集後記



先週、テレビを見る時間がないと言いましたが、毎週、必ず時間
を取ってみるテレビが一つあります(ウソついてすいません)。




ご存知、「功名が辻」です(笑)。




日曜日も仕事をやっている時間が多いので、休憩みたいな感じで
見ているのですが、


オープニングの演奏からバッチリ入ってしまいます。 



私にとってあのドラマには考えさせられる場面が毎回あります。




昨今、離婚件数が多いこの時期、本当の夫婦のあり方とは何か?



このことを示唆しているような気がしてならないのは私だけ?
でしょうか?






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 10秒で分かる基礎知識


 山内 一豊(やまうち かずとよ  1545年〜1605年)



戦国時代から安土桃山時代、江戸時代の武将、初代土佐藩主である。


通称は伊右衛門。

父は岩倉織田氏の家臣の山内盛豊。


弟に山内康豊。のちに康豊の子の山内忠義(第2代藩主)を養子とした。



NHK大河ドラマ『功名が辻』では「かずとよ」とされている。

なお、山川出版社の『日本史広辞典』では「やまうち」、
新人物往来社の『戦国人名辞典』では「やまのうち」となっている。






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と考えています。

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 まだ、未完成で、デザインとか見るに耐えないのですが、
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 「人文歴史から発見する自分の長所を見つける方法」

            ⇒  http://rekishi-hassou.main.jp/





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「戦国武将に学ぶ男の魅力」


2006/02/20 第11号発行

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