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2008/06/30

【読むと幸せになるメルマガ! 怒りは不幸のもと#176】

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【読むと幸せになるメルマガ! 怒りは不幸のもと#176】2008.06.30
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【目 次】
●1 怒りは不幸のもと
●2 お知らせ
●3 文献案内
●4 はじめて読んだ方に
●5 編集後記
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●1 怒りは不幸のもと
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お元気ですか?発行人の寺崎です。

『法句経』の134番目の法句について考えてみたいと思います。


134、いかなることばをきくとも

    なんじ もし

    毀(こぼ)れたる鐘のごとく

    黙(もだ)しなば

    かくて汝に

    いかりは来たらざるべし

    これすでに

    涅槃(ねはん)に達(いた)れるなり (友松圓諦訳)

   (現代語訳)こわれた鐘のように、声をあららげないならば、
         汝は安らぎに達している。
         汝はもはや怒り罵(ののし)ることがないからである。
                               (中村元訳)


怒りを制御するのは並大抵のことではなく、しかし幸福になるためには必要不可欠
のことです。

釈尊は、怒りに身をまかせて声を荒げることがなければ、「涅槃」(安らぎ、悟
り)に到達していると、この法句で示しています。


ところで、根本的な三つの煩悩「貪(とん)・瞋(じん)・癡(ち)」を善行を妨
げる毒という意味で「三毒」と言います。

「貪」とは「むさぼり」、「瞋」は「いかり」、「癡」は「おろかさ」のことで
す。

この法句で出できた「怒り」の原語は「サーランバ」、「瞋」は「ドーサ」で、少
しニュアンスの違うことばのようです。

「サーランバ」は怒り心頭に発し、大声を出し、罵声を浴びせるというような激し
い怒りのことをいい、「ドーサ」は持続的な心の性質・あり方を示しているのでは
ないかと思います。

他人のことばや行為が当人の「ドーサ」を刺激し、それが時によって「サーラン
バ」という状況にいたるのだというのが私の解釈です。


「ドーサ」(瞋)を因とし、他人のことばや行為を縁として「サーランバ」(激
怒)が引き起こされる心のプロセスを考えてみましょう。

仏教には、この世の存在を「五蘊(ごうん・ごおん)」という5つの構成要素の関
係性としてとらえる見方があります。

したがって、私たち人間も「五蘊」から成り立っているということになります。

「五蘊」とは、「色・受・想・行・識」のことで、「色」は物質一般、人間につい
て言えば肉体であり、残りの4つの「受・想・行・識」は心のはたらきです。

「受」は感受作用のことで、単なる感覚のことです。

「想」は表象作用で、対象をイメージとしてとらえるはたらきです。

「行」は意思形成作用とでも言えばよいでしょうか。

「識」は認識・識別作用のことです。

たとえば、道を歩いていたらネコに出会ったという状況を考えてみましょう。
                             、、
下町風の住宅街の道を歩いていたら、前方左側の家の板塀の上に何かがいる(あ
る)ことに気づきました。

これは単なる感覚ですから、「受」ということになります。
              、、
もう少し近づいてみたら、その何かの形がしっかりと心に映りました。

この作用は、「想」と言ってよいでしょう。

何のことはない、それは私の好きな三毛猫ではないか。きれいでつやつやの毛をし
てして、何とも愛らしく、かわいいなあ。

「好きな」「三毛猫」「きれい」「つやつや」「毛」「愛らしい」「かわいい」
は、すべて認識・識別のはたらきですから、「識」にほかなりません。

そして、そのネコを撫でたい、抱きたい、連れて帰りたい、と思うのが、「行」と
いう作用です。


同様にして、ある人の言動に怒り狂い罵声を浴びせてしまった、という場合の心の
はたらきを分析してみましょう。

あなたがAさんに、「このゴマすりめ、そんなに部長に気に入られて出世でもした
いのか」となじられ、それに対してあなたは「なんだと、お前こそこの前部長にゴ
マすってたじゃないか、出世したいのはお前の方だろ」と、逆ギレして怒鳴り返し
たとしましょう。

これを「受・想・行・識」を使って分析してみます。

まず、Aさんが何か言ってるな、という段階が「受」です。

次に、それは自分に向かって発せられていて、ことばとしてわかっているが、意味
まではわからないという瞬間が「想」だと思います。

聞こえているが何を言われたのかわからない、という経験がありませんか。

そして、相手に「え、何と言ったの?」と聞いた瞬間に意味がわかった、というこ
とがあると思います。

相手が何か言い、それがことばであるととらえられてはいるが、まだ意味まではわ
からないという、まさにこの時点が「想」のはたらいている瞬間です。

意味を理解するのが「識」のはたらきですから、自分が部長にゴマをすり、それは
出世したいがためだ、と言われたのだとわかった時点が、「識」の働き出した瞬間
と考えてよいでしょう。

この理解が「瞋」を呼び覚まし、怒りが生じ、言い返したい・怒鳴ってやりたいと
いう衝動が形成される、という作用が「行」ということになると思います。

そして、実際に怒鳴りつけるという行為にいたるわけです。

場合によっては、相手を殴りつけてしまい、その衝撃で不運にも転倒、頭を床に強
打して、死亡、などどいうことにもなりかねません。

このように、「怒り」は他者と自分の両方を傷つけ、害してしまうのです。


では、怒鳴りつけるという行為をしないで済ませるには、どうしたらよいのでしょ
う?

相手のことばを聞いて怒鳴りつけるまでには、いくつかのプロセスがあります。

時間にすればほんの一瞬かもしれませんが、こころの動きが確かにあるのです。

そのどこかで怒りの連鎖を断ち切ればよいわけです。


「受」は単純な感覚ですから、怒りとは無関係です。

「想」は像を心に描くだけですから、やはり怒りとは無関係です。


「識」は想によって心に描かれたものが何であるかを識別し判断するはたらきです
から、このプロセスで怒りが生じることになります。

したがって、「識」が生じなければ怒りの連鎖はそこで終息し、怒鳴りつけること
もなくなります。

「識」が生じない・生じさせないとはどのような状況でしょうか。

それは、やたら何でも判断しない・価値づけしないということです。

少し鈍くなる、アホになるということでしょうか。

「天然(ボケ)」といいますが、意識的に「天然ボケ」になると言ってもよいかも
しれません。(「天然ボケ」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E7%84%B6%E3%83%9C%E3%82%B1 )

もっとも、意識的ならばもはや「天然」ではないのかもしれませんが。


怒りの「識」が生じても、それに対応する「行」が生じなければ、怒鳴りつけるこ
とは回避できます。

一般的なレヴェルで怒りを抑えるというのが、このやり方に相当するのではないか
と思います。

怒りをグッと押さえ込むという行為です。

大人物は腹におさめ、中人物(こんな言い方はあるのでしょうか)はなんとか胸で
押さえ込み、小人物は頭に昇ってしまって怒り出すことになるのだそうです。

私たちが子どもの頃には、怒ると「頭に来た・来る」と言ったものです。

しかし、この方法は身体に悪そうですね。ストレスがたまりそうです。


ところで、なぜ「識」が生じると怒りが引き起こされるのでしょうか?

怒りを誘発するようなことを言われたから・されたから、というのは一つの原因に
しか過ぎません。

同じことがらに対して、怒る人と怒らない人がいるからです。

あるいは、同一人物でも怒るときと怒らないときがあります。

つまり、外面的な要素は怒りの主たる原因ではなく、副次的なものなのであって、
問題なのはすぐに好ましくない反応をしてしまう「心のあり方・くせ」なのです。

それが前述した「瞋(しん)」あるいは「瞋恚(しんい・しんに)」だと私は考え
ています。

この「瞋」を生滅させるのは、「如実知見」つまり、ものごと・ことがらをありの
ままに見る、ものごと・ことがらの真実のありようを見ることに尽きると思いま
す。

先ほどの例を見てみましょう。

「このゴマすりめ、そんなに部長に気に入られて出世でもしたいのか」と言われた
のでした。

これは事実無根なのか、それとも少なからず出世したい気持ちがあり、それを指摘
されたためカッとなったのでしょうか?

事実無根ならばそうではないことを説明すればよいし、説明してわかってもらえな
いとしても、それはそれで大したことではないでしょう。

別に怒ることでもないですよね。

図星をさされてカッとした場合は、真実を見ていないのでしょうね。

出世したいという自分の気持ちをごまかしています。

自分の本当のありようから目をそむけてしまっています。

出世したいと思うことは悪いことではないでしょう。

後ろめたいと感じるならば、その理由をとことん追求してみましょう。


「真実を見る」ことは、まことに、「言うは易く行うは難し」です。言い古された
ことばですが、真実であり、現実です。

心のはたらきを理解し、それを丹念に見ていっても、やはりカッとしてしまいま
す。

それはそうです。当たり前ですね。

心のいわば悪い癖たる「瞋」は、私の生きてきた歴史そのものなのですから。

数え切れないほど、何度も何度も反復して強化し続けてきたのですから、それを変
えるのは生易しくはありません。

けれども、この世に変わらないもの・変われないものはありません。

だからこそ、釈尊は仏陀になれたのですし、歴代の祖師が存在するのです。


心を励まし、日々精進してまいりましょう。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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●2 お知らせ
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このメルマガのバックナンバーを中心にした「法句経.net」というサイトを作り始
めました。
少しずつコンテンツを充実させていきたいと思いますので、よろしくお願いいたし
ます。
→ http://www.hokkukyo.net/

「般若心経ドットインフォ」も変わらずよろしくお願いいたします。
→ http://www.hannyasingyo.info/
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●3 文献案内
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当メルマガで使用している『法句経(ダンマパダ)』の翻訳本を紹介します。

1、友松圓諦『法句経』講談社学術文庫
名訳として知られています。詩のリズムを大切にして訳しています。

2、中村元『ブッダの真理のことば・感興のことば』岩波文庫 
仏教学の世界的権威の翻訳です。意味の正確さはさすがです。
『法句経』のほかに、『感興のことば(ウダーナ・ヴァルガ)』の翻訳も収められ
ています。

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●4 はじめて読んだ方に
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このメルマガは、最古の仏教経典の一つ『法句経(ほっくきょう)』を題材に
「幸せ」について考えようというものです。

月に一度のペースで配信していきたいと思っています。

末永くおつき合いをお願いいたします。

『法句経』についてはコチラをご覧下さい。↓
 http://blog.livedoor.jp/blackbutter/archives/24112876.html

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●5 編集後記
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去年の五月頃、キーボードとマウスの操作で右手が腱鞘炎になっしまいました。

そこで、マウスを左手で扱うようにし、かな入力をローマ字入力に変えました。

かな入力はワンストロークでかなを入力できて、キーの打鍵数が少なくなるのはよ
いのですが、キーボードを4段にわたって使うため、指に無理をかけているような
気がしたからです。

しかし、ローマ字入力は2ストロークでかなを1文字入力するわけで、ストローク
数が多くなってしまいます。

また、頭に浮かんだ日本語の音をアルファベット2文字に変換する作業が余計に必
要で、何となく違和感がありました。

そこで大量の入力作業をする方々の一部に根強い人気があるという「親指シフト」
をマスターしてみようと思い立ちました。(何年も前から関心はあったのですが)

(親指シフトの詳細は、以下をご参照ください。
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A6%AA%E6%8C%87%E3%82%B7%E3%83%95%E3%83%88 
 http://nicola.sunicom.co.jp/ )

かつて、かな入力とローマ字入力のタッチタイピングは割合簡単にマスターできま
した。

それは私の能力の高さではなく、増田式という練習方法に出会えたからでした。
(増田式については、 http://homepage3.nifty.com/keyboard/ )

以前使用した増田式の本は人に差し上げてしまっていたので、アマゾンのマーケッ
トプレイスで古本を求め、練習をはじめました。

しかし、身についているローマ字入力が邪魔をして、今回はなかなかうまくいか
ず、難渋しています。

まあ、そのうちには気持ちよく打てるようになるでしょう。

その日の来ることを楽しみにしています。


くれぐれもご自愛ください。

合掌
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    発行人 寺崎 敬道(てらさき けいどう)

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