2009/11/09
目からウロコの仏教入門 ── 行動が仏ならば、夜叉でも仏 ──
□□□□ □ □□□ 目からウロコの仏教入門 □□ □□ ~ひとりで学ぶ歴史と思想~ □□□ □ □□□□ ── 行動が仏ならば、夜叉でも仏 ── 日本経済が伸び悩んでいる理由として、 作り出す製品の品質が、 新興国と、ほぼ変わらない状況になって来ているという事があります。 以前は、日本製品の品質が他国を圧倒していた。 新興国とは比べるまでもなかった。 ところが、今はほとんど変わらない。 品質が同等であるならば、安いほうを買ったほうが良いじゃないか、 という事で、日本製品よりも、新興国の製品が買われるのです。 私も、電子レンジとスカパーのチューナーはサムスン電子のものを使っています。 以前は、韓国製品は日本製品よりも明らかに劣るものであったのですが、 今はほとんど変わりませんので、結果として、安いサムスン電子を購入してしまう。 日本人でさえ、日本製品よりも、他国の製品を購入する時代なのです。 これでは、日本の産業が伸び悩むのも当たり前です。 今後、日本の産業を維持して行くためには、 より安く、なおかつ、高品質のものを製造して行かねばなりません。 そのためには、労働者には、安い賃金で、 しかも、精確な仕事をしてもらわねばならない。 「安い賃金で精確な仕事」というのがキーワードです。 ところが、そうなりますと、労働者にかなりの負担がかかって来ます。 今、ストレス過多の時代と言われておりますが、 その原因は、この「安い賃金で精確な仕事」というところにあるのです。 賃金が安い上に、気の遠くなるような緻密な仕事を求められるから、 労働者はどんどん追いつめられて行きます。 典型的なのが、パソコンで用いるソフトではないかと思います。 競争に打ち勝つために、ソフトの価格を安くしようとしますと、 まず、プログラマーの賃金を安くせねばなりません。 プログラマーは、賃金が安い上に長時間労働を強いられます。 しかも、賃金が安いからと言って、バグを発生させてはならない。 気の遠くなるような作業を行わねばならないのです。 このような状況が各産業において生じておりますから、 まさに、日本の労働者は精神崩壊の一歩手前です。 現実に、メンタル的な病を抱えている労働者が急増しております。 喜ぶのは、精神科医ばかりです。 悪い事に、精神科医がこの社会状況に便乗し、 次から次へと病名やらキャッチフレーズを生み出し、マスコミがこれを煽る。 そうなりますと、大して悪くない人まで、 その病名を自分にあてはめ、安心する。 なぜ安心するかと言えば、自分は病気であるとすることによって、 自己が肯定化されるからです。 このような状況が社会全体に蔓延し、 大人は仕事に行かず、子どもは学校に行かない。 これではますます、日本は低迷して行ってしまいます。 「安い賃金で精確な仕事」というのは、決して良い傾向ではありません。 しかし、これを成さねば現実として経済戦争に勝てぬ事を考えるならば、 「安い賃金で精確な仕事」という事を、ある程度、覚悟する以外にはありません。 そのためには、精神的にタフである必要があります。 精神的にタフであるというのは、安易にメンタルメルスの世界に依存して、 自分の心に対し、「かわいい、かわいい、よしよし」というのをしない、 という事です。 現代人は、自分の心の面倒を見過ぎるのです。 これがかえって、精神的に弱くしております。 森田療法という強迫神経症の療法がありますが、 ここでは、自分の心の面倒をみるな、という事が言われます。 心というのは、いじればいじるほど悪くなるので、いじらないで放っておけ。 不愉快であるとか辛いという心をそのままにして、 ただひたすら仕事に専念せよと言うのです。 現代のメンタルヘルスのまるで正反対です。 森田療法を考える時に、いつも重なるのは道元の思想です。 若き日、天台僧であった道元は、悟りとは何かという事を一生懸命に考えました。 師匠に対し、 「天台の教えでは、衆生はそもそも悟っていると言います。 それなのになぜ、修行をする必要があるのですか?」 と質問したのです。 それに対する明確な答えを得る事ができず、道元は中国に留学したのです。 そして、中国に渡り道元の掴んだ答えがあります。 それは、禅、そのものが悟りであるという事です。 座禅する姿、そのものが悟りなのだという事なのです。 これはちょっとわかりにくいかも知れません。 私なりの例を出しますと、 例えば、あるサラリーマンが路上でチンピラに絡まれている。 複数の通行人が、それを遠巻きで見ていた。 その人々の中には、温厚で、周囲からは「善人」と慕われている教師がいた。 この教師は何もせずに見ていた。 ところが、どこからともなく、一人の人物が現れた。 指定暴力団組員であった。 組員はチンピラをあっという間に排除し、サラリーマンを助けた。 ここで問題です。 このサラリーマンにとっては、教師と組員のどっちが善人でしょうか? 答えは明らかでしょう。 黙って眺めているだけで、見てるだけの人物よりも、 行動して助けてくれる人物のほうが善人です。 善、悪というのは、心ではありません。 行動なのです。 ですから、いくら心が美しくても、行動で悪事を成せば悪人。 いくら心が醜くても、行動で善事を成せば善人なのです。 座禅は仏の行儀ですから、座禅を行えば仏なのです。 座禅という仏の行儀を行う者、その者は結果として悟っているという事なのです。 悟りとは、心の中にあるのではなく、行為の中にあるのです。 これが道元の見つけた答えです。 道元の開基した永平寺では、たくさんの雲水と言われる修行者が修行しております。 そこで最も頻繁に使われる言葉は「威儀即仏法」です。 威儀とは、座禅をはじめとする諸々の作法です。 永平寺では、食事の仕方からトイレの使い方まで、 実に細かい作法が定められております。 これらはすべて、禅である、というのが道元の思想です。 ですから、作法を守る事が修行であり、同時に悟りなのです。 逆に言えば、作法を守れぬ者は、悟ってはいない、迷いの中にあるという事です。 我々は永平寺と言えば、テレビのドキュメンタリー番組で観た、 静寂な雰囲気を思い浮かべますが、現実は、それは永平寺の表に過ぎぬようです。 裏にはもっと激しいものがあって、 作法を守れぬ者は、先輩から厳しい仕打ちを受けるようです。 一般人の我々から見れば、 「これは本当に仏道を目指す者たちの世界なのか?」と疑われるような状況でも、 彼らからすれば、行儀を精確に行えぬという事は迷っているわけでありますから、 殴り蹴りして、その迷いをさまさせてやるという事なのでしょう。 彼らにすれば、いくら口先で正論を言っても、 精確に行儀を行えぬ者は、チンピラに絡まれているサラリーマンを救えぬ 教師と同じであるという事なのです。 正しいと思っている事を行えぬ者は、正しくないという事なのです。 それほど彼らは「心の内部」よりも、「行動」に重みを置いているのです。 心の中が夜叉であっても、行儀をきっちり守れれば、それは仏なのだ。 性格が温厚だとか正直だとかいう事は、まったく関係ない。 ただ、ふるまいが正しければそれで良いのだと。 彼らの思想ではそのようになっているのです。 ただし、人を殴るのは仏の行為では無いと私は思います。 暴行、しごきは、坊さんの世界に蔓延している悪癖です。 色々と問題はありますが、まったく心の内面を無視し、 ただひたすら行為だけに注視して行くというあり方は、 まさに、森田療法に通じるものがあると思います。 心がどうの、心がどうのといくら言っても、 ちっとも問題は解決されて行かないのです。 心の事などどうにもならぬと棚に上げて、 ただひたすら、自分の行うべき事は何かと考え、 それを行いきって行く中でこそ、結果的に心の問題も解決されて行くのです。 今、日本人が妙にデリケートになり過ぎているというのは、 大変に問題であると思います。 小学校で教頭が少女淫行で捕まった。 すると、全校の生徒に対し、「心のケア」とやらが行われる。 これではまるで、教頭が犯罪を犯したら、 生徒が心を病まねばならないかのようです。 ハッキリ言って、教師など今の子供は信じてはおりません。 淫行をやろうが泥棒をやろうが、子供は平気です。 それなのに、いちいち、「心のケア」とやらを開催することで、 子供の精神的なタフさを奪っているのです。 皮膚はさらしているから強くなるのであり、 保護し続ければ、皮膚は弱くなります。 人の心も同じであり、心の面倒を見ますと、心は弱くなるのです。 心を強くするには、心の面倒を見ないようにする事です。 「心のケア」は精神科医のセールストークです。 「安い賃金で精確な仕事」を強いられる現代の労働者は、 大変に過酷な状況にありますが、 安易にメンタルヘルスの世界に逃げ込まず、 現実を受け入れ、精確な仕事をし続ける以外にありません。 考えようによっては、仕事さえしっかりしていれば、性格など問われない時代。 ある意味、出世しやすい時代です。 いくら人柄が良くても、仕事で結果を出せぬ者は評価されません。 仕事で結果さえ出せれば、人柄など、どうでも良いのです。 開き直ってしまえば、実にやりやすい社会なのです。 とにかく、仕事さえすれば良いのですから。 あなたがもし、職場で悩んでいるとしたら、仕事で勝つ以外にありません。 いくら口で正論を言っても通用しないのです。 結果を出せねば評価されない。 そういう時代になったと言う事です。 裏を返せば、結果さえ出せれば、それで良いのです。 そういう社会風潮が正しいか正しくないのかは、 今さら議論しても間に合いません。 資本主義の帰結として、こういう国家が完成してしまったのですから。 そしてこれは、我々が望んだ事なのです。 -【著者運営サイト】-------------------------------------------------------- まとめページ http://www4.ocn.ne.jp/~buddhism/meuro.html ひとり仏教の会 http://buddhism.fc2web.com/ 幻住書店 http://blog.so-net.ne.jp/genju/ 宗教被害者相談所 http://jbbs.livedoor.jp/study/8478/ 登録解除 http://www.mag2.com/m/0000159892.html ◎著者へのメールは、このまま返信すると届きます。



