2009/10/03
目からウロコの仏教入門 ── 一隅を照らすということ ──
□□□□ □ □□□ 目からウロコの仏教入門 □□ □□ ~ひとりで学ぶ歴史と思想~ □□□ □ □□□□ ── 一隅を照らすということ ── 一隅を照らす、これすなわち国宝なり (最澄) スマップの歌に「世界に一つだけの花」ってのがありまして、 ナンバーワンになれなくてもいい、 オンリーワンになりなさいっちゅう説教臭い歌でありましたが、 そのオンリーワンになりなさいって歌ってるのが、 芸能界でナンバーワンのスマップであるという・・・ どっちかと言えば、出川哲朗に歌わせたほうが説得力があったのではないかと。 ま、売れなかったでしょうが。 また、五木寛之が本の中でさかんに「成功しなくてもいい」みたいな事を書いてます。 ですが、その五木寛之が無駄に靴を買い集められるくらいに、 社会的に成功し、おかねもっちーな人物であるという・・・ この「お前が言うな」感が、「一隅を照らす」という言葉にもありまして、 最澄さん、あなたは一隅を照らすどころか、日本中の注目を浴びていたでしょうに。 そんな「お前が言うな」感は、一度、脇に置いておきまして、 この言葉自体はなかなか深いなと思うのであります。 以前は、「一隅を照らす」というのは、あまりビッグな思考ではないな。 貧乏人、非成功者の自己満足にすぎんなと思ってた時期もあったのですが、 今思うに、一隅を照らすことがいかに難しいことであるか。 一隅を照らすというのは、具体的には会社で一生懸命に働くようなことです。 主婦として、家庭の中で一生懸命にがんばるということです。 ところが、現代では、働かせてくれる会社がなかったり、 家庭が持てなかったりするわけで、 一隅を照らす権利を獲得するのさえ、容易ではない状況になって来ております。 一隅を照らしたいと思えば、一隅を照らすことに全身全霊を傾けねばならない。 あれもこれも言ってられない。 その道だけを見て行かねばならんわけです。 たとえば、スポーツ選手の中には、そのスポーツ以外の事は、 何も知らない馬鹿がおります。 よく、一流のプレーヤーで、マスコミのインタビューに答えるたびに、 人間的な円満性を感じさせぬ(“る”ではなく“ぬ”)者がおりますが、 人間的に円満になる努力を投げ捨てて、 そのスポーツに打ち込んで来たからこそ、その道で一流になったのであります。 読者の皆様方が、仏教書を買い集めて、 朝から晩まで、本と取っ組み合いになっている間、 彼らはスポーツの練習に励んだわけであります。 だから、成功したわけであります。 一隅を照らすというのは、それくらいの覚悟が必要なのでして、 まさに、いろんなことを切って捨てねばならんのです。 それは人の道としてどうよ?とか、関係ないのであります。 まさに、一本道をずっと突き進む覚悟がなければ、 この社会は、一隅を照らす場すら、与えてくれないのです。 少欲知足という言葉があります。 これはまことにつつましい響きのあることばですが、 いやいや、そうではないのです。 そんな、なまっちょろいものではないのです。 多欲というのは、つまり、あれもこれもということであり、 そうなってしまいますと、結局、何も得られないのです。 たとえば、自分がモデルであるとするならば、 それがどんなにおいしそうなものであっても、がまんしなければならない。 その欲におぼれますと、モデルという職業を失ってしまうのです。 ですから、少欲は成功への道なのです。 これを忘れたら決して浮上できないということなのです。 もし、タイムスリップして、二十年前の自分に会えるならば、 この話をどっぷりと、夜明けまで語ってやりたいと思うのです。 一隅を照らすってのは甘っちょろいものじゃないぞ。 俺の時代では、みんな、一隅を照らす機会を獲得するために競争してるのだぞと。 それから、もひとつ、言ってあげたい。 ビールとスルメソーメンには注意しなさい! あれはお前の体系を変える!と。 -【著者運営サイト】-------------------------------------------------------- まとめページ http://www4.ocn.ne.jp/~buddhism/meuro.html ひとり仏教の会 http://buddhism.fc2web.com/ 幻住書店 http://blog.so-net.ne.jp/genju/ 宗教被害者相談所 http://jbbs.livedoor.jp/study/8478/ 登録解除 http://www.mag2.com/m/0000159892.html ◎著者へのメールは、このまま返信すると届きます。


