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仏教の根本思想とは何なのか?仏教の歴史的展開において、失われたもの、また、得たものは何なのか?現代において、仏教はいかに実践されるべきか?すらすら頭に入る仏教入門。

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2008/04/27

目からウロコの仏教入門 ── 完全主義の反動 ──

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── 完全主義の反動 ──

以前、「空仮の二諦に遊ぶ」というお話をさせていただきました。
今日はそのおさらいです。

「空諦」とは仏法的価値観の事。
「仮諦」とは世俗的価値観の事。

仏法的価値観とは、自我を離れ、自他平等の世界に生きる事ですが、
世俗的価値観とは、欲を満たし、社会的成功を求める事です。

「仏法的価値観=悟り」「世俗的価値観=煩悩」

こう言い換えても良いと思います。

仏道修行とは、世俗的価値観から仏法的価値観に、
次第にシフトして行く事です。

ですが、「人」である以上、完全に世俗的価値観を放棄する事はできない。
少なからず、世俗的価値観を有したまま、寿命を終える事になります。

また、出家し、厳しく己を戒め修行する者であっても、
世俗的価値観から逃げ切る事など、絶対に出来ません。

座禅瞑想し、心を落ち着けたと思うや、
次の瞬間には、さまざまな欲望が頭をもたげて来ます。

信徒に法話で「不殺生」を説きいたその日に、
肉や魚を口にしているのです。

「仏法的価値観=理想」「世俗的価値観=現実」

こう置き換える事も可能でしょう。

人は理想を追い求めて生きておりますが、理想のままには決して行かない。
常に、現実の波に翻弄されるものです。

この時に重要な事は、理想を貫けなかったことを嘆くのではなく、
現実を受け容れる事です。

100%、理想通りになど行かなくてもいい。
少しでも、理想に近づけたらそれで良いのだ。
そう考える事です。

もし、完全主義におちいってしまうと、
それが上手く行かなかった時に、反動が来るわけです。

陶芸家が、自分の作品に少しでも失敗があれば、それを砕いてしまう。
それに似た行為に出てしまう。

少女がレイプされると、自分の身体が汚されたと思い、
自ら、不特定多数の男性に抱かれるようになる事があるそうです。

100かゼロか。
こういう考え方は非常に危険です。

失敗と成功の間を揺れ動くのが人間なのです。
三歩進んで二歩さがる。
常にそのような大らかな気持ちでいなければ、自暴自棄になってしまうのです。

また、煩悩即菩提と申します。

世俗的価値観はいわば煩悩ですが、煩悩を煩悩と直視する事で、
それを悟りの因とする事ができます。

そもそも、「煩悩」こそ、生きるエネルギーそのものなのです。
「煩悩」の用い方が間違っていたから問題なのであり、
「煩悩」を正しく用いる事ができれば、それは菩薩行となるのです。

今回失敗したのは、煩悩を向ける方向が間違っていた。
では、今度は、その煩悩を正しい方向に向けようではないか。
そう考えるのが大乗仏教のあり方です。

だから、失敗しても嘆くには当たらないのです。
失敗したら、

「ああ、私にはまだ生きるエネルギーがあるのだ。」

そう思って、喜ばねばなりません。

ただ、今回は、そのエネルギーを向ける方向が間違っていた。
あり余るエネルギーを利己に向けるのではなく、利他に向けて行く。
そうする事で、煩悩は菩提と転ずるのです。


-【著者運営サイト】--------------------------------------------------------

まとめページ
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http://buddhism.fc2web.com/

幻住書店
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なんとなく、とぎれとぎれに
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