武侠伝奇 dead or alive ~活死剣譜~   RSSを登録する

古代中国、項羽と劉邦の時代。楚漢の戦いの水面下で繰り広げられる、人と人ならぬものと、覇王との戦いを描く中華伝奇ストーリーのメルマガ小説。

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2008/11/11

dead or alive ~活死剣譜~ scene9 覇王別姫・4

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dead or alive 〜活死剣譜〜
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戦乱の大陸、天下に覇を唱えんとする項羽と劉邦の戦い。
あるいは、求道の剣士と、屍魔として蘇った死美人と、覇王との戦い。
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scene9 覇王別姫・4
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 死の町より戦のあとを追いかけ、今しがたここに来たのだが。
 いよいよ楚漢の戦い終結するか、城を取り囲む漢の大軍。数える気もうせ
るほど、大地を埋め尽くし。今にも城を揉みつぶそうとしている。それが、
何を思ったか楚のうたを大合唱していた。
 さすがに源龍も、これが韓信の策によるものだとは思いもいたらなかった
が。もはや韓信のことを特別にどうこうと思うこともなかった。香澄に腕を
断たれるとともに、韓信への友情の思いもどこかへと断たれ、飛ばされたよ
うだった。
 ぞのくせ股夫剣はずしりと重い。
 それに重なるように、楚のうたが心にずしりと重かった。
 剣士として項羽との闘いをもとめて江湖にくだってから、今に至るまで。
よもや香澄と出会い、また屍魔と戦い、その果てに片腕を失い。それでも香
澄と項羽を求める自分がいる。
 今までのことが、明滅しながら脳裏に浮かぶ。
「ねえ」
 大軍の気風に押されてか、羅彩女はそっと源龍に耳打ちする。
「これからどうするのさ」
 大軍のために、自分たちの出る幕はないのではないかと、羅彩女は思うの
だが。源龍がそこまで考えているかどうか。
 この男は片腕のもげた木偶のように那二零にまたがり、じっと大軍取り囲
む城を眺めていた。
「さあ」
 夜闇に吹くよそ風とともに、源龍はそう言ったきり、押し黙り。
 馬を降りて、右手を地に着け、足を投げ出してすわって、楚のうたに聴き
入って。羅彩女もそれにつづいて、隣にすわる。
 ちらりと、源龍を見れば、そよ風に吹かれて、左の袖はゆらゆら揺れてい
た。そよ風の運ぶ楚のうたとは無関係に、我が道を進むように、うたの音律
に乗らず。
 風任せに揺れていた。
 地を覆う大軍のかがり火は、真っ暗な夜闇の中に無数に灯り。それが、か
がり火より救い出された垓下の城を十重二十重に取り囲んでいて。まるで雲
に隠された星たちが地から湧き出て、地上に銀河を形成しているようにも見
えた。
 垓下の城は銀河の中。無限に広がる大宇宙に放り投げられてしまって、今
にも飲み込まれてしまいそうだった。
 そこから楚のうたが大合唱されている光景は、端から見れば異様でいて、
腹に響きわたって腸(はらわた)から脳髄にかけて、強く手を添えられて
いるようだ。
 楚の兵の心をくじくためにうたわれる楚のうたは、おおいに感傷的にして、
怨念をも含んでいるように聴こえ。それを聴く楚人は郷愁と哀惜に心焦がさ
れ。楚とは風土の違う匈奴の生まれの羅彩女でも、楚のうたを聴くにつれ、
言いようのない心のむずがゆさを感じずにはいられず。
 こと楚生まれの源龍がじっとしているのは、ひとえにこのむずがゆさを堪
えるためなのかも知れない。
 城内の項羽は、どうするのだろう。ともすれば、堪えきれずに自害する恐
れもあった。源龍に恐れるものがあるとすれば、それだった。
 事実、項羽は最期をさとっていた。ともに、虞ののちのことも、憂えてい
た。
 ふるさとよりいまだ遠く離れた垓下の城で聴く楚のうた。
 項羽の心は麻のごとく乱れ、少しでも油断すれば衝動的にすべてを破壊し
そうになるほど。ともすれば、虞すら壊してしまいかねなかったが。項羽の
中の十五の少年が、それをかろうじて抑えていた。
 だが、それもいつまで持つのか。
「虞よ、そなたには、苦労をかけた」
 香澄、虞の頬にのこる涙のあとが、項羽にはいたたまれなかった。
「……」
 香澄無言。いまにも深い眠りにおちいりそうであった。それが項羽の心を
さらにえぐった。どうにも様子がおかしいが、まさか屍にかえろうとしてい
るなど、夢にも思わない。
 それでも、項羽のさとるところはあった。
(虞も、もう生きてはいられまい)
 一見傷も負ってはいないが、病なのかどうか、彼女から命の雫が一滴一滴
と漏れこぼれて、今にも涸れ果ててしまいそうな雰囲気であり。それに対し
て、言葉もなく。たた受け止めるより他なく。
 深くはわからずも、もうすぐ、虞の命は果てることを項羽は直感し。
 おもむろに剣を抜き、剣舞を舞い。
 うたう。
 項羽剣を振るい、舞うたびに、剣風巻き起こり灯火は激しく揺れ。それに
つられて影も激しく揺れた。
 うた声は外より流れ込む楚のうたをすべて覆いつくし、うた声響くこの間
こそが世界のすべてであり。この世には項羽と、香澄こと虞しかないようで
あった。

 力拔山兮 氣蓋世 (力は山を抜き 気は世を蓋う)
 時不利兮 騅不逝 (時は利あらずして 騅ゆかず)
 騅不逝兮 可奈何 (騅ゆかざるは 如何とすべきも)
 虞兮虞兮 奈若何 (虞や 虞や 汝を如何せん)
  
 剣舞を舞いながら、虞への想いを激しくうたい上げるその様。言葉こそ悲
痛に満ちていたが、項羽は十五の少年に戻って、ここに晴れて憧れの少女に、
己の想いを告げていた。
 最後のひと振り、剣風が香澄に触れる。
 いまにも屍にかえろうとしていた香澄であったが、触れる剣風に生命を呼
び戻されたか。ゆっくりと目を開き、顔を上げて項羽を見つめると、七星剣
を手に取り立ち上がって。
 さきほどの項羽にかえすための、剣舞を舞って。
 うたをうたった。
 ひらり、ひらりとひとひらの蝶々のように舞う、剣の北斗七星。紫の衣ひ
らめき、風に遊ぶ花のようにゆれ。
 可憐なうた声、そよ風のように流れる。
 
 漢兵已略地 (漢兵すでに地を略し)
 四方楚歌聲 (四方に楚の歌声す)
 大王意氣盡 (大王の意気つきたれば)
 賤妾何聊生 (賤妾なんぞ生をやすんぜん)

 香澄の命は、風前の灯火。
 だが灯火は、最期の一瞬に強く光りを放つ。
 その光りに照らされるように、項羽は知らずに恍惚と香澄の舞を見つめて
いたが。その舞う七星剣を見、五体に雷落ちるがごとく衝撃が走った。
 その舞は、ただ美しいというだけでもなく、覚悟を決めた潔さや悲壮感だ
けでもない。
(これは)
 香澄の剣舞を目にし、項羽は震えが止まらなかった。
 やがて、舞いは終わる。
 香澄剣を背にして跪くとともに、ひらめく紫の衣、蝶が羽を休めるように
してさがり。顔を上げて、項羽に微笑む。
 それまでの間、永遠であったか、一瞬であったか。 
「おさらばでございます」
 香澄は最期の言葉を言い終えると、崩れるようにたおれ。七星剣は紫の珠
きらめかせながら、乾いた音を立てて落ち、横たわる。
 項羽は慌てて香澄、虞を抱き上げようとするも、息はなく。とこしえの眠
りについたことを、いやでもさとらなければならなかった。
 ここに、香澄は屍にかえった。

scene9 覇王別姫 了
last scene 虞美人草 に続く

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発行者:赤城康彦
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またこのストーリーはフィクションです。史実と違う場面もあります
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