武侠伝奇 dead or alive ~活死剣譜~   RSSを登録する

古代中国、項羽と劉邦の時代。楚漢の戦いの水面下で繰り広げられる、人と人ならぬものと、覇王との戦いを描く中華伝奇ストーリーのメルマガ小説。

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2008/09/06

dead or alive ~活死剣譜~ scene7 江湖へくだる

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dead or alive 〜活死剣譜〜
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戦乱の大陸、天下に覇を唱えんとする項羽と劉邦の戦い。
あるいは、求道の剣士と、屍魔として蘇った死美人と、覇王との戦い。
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scene7 江湖へくだる
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 このころ、楚漢の戦いは大きな局面を迎えていた。
 韓信は戦功大にして。その勢力も、楚漢と肩を並べるものとなっていた。
 項羽側もこれを黙っているわけはなく、韓信を味方に引き入れようとする
も。昔冷遇されたことを理由に、にべもなく断られてしまった。
 また荊通(けいとう)と言うものは、韓信に劉邦より独立することを薦め
た。斉を制して、一大勢力を築いた韓信はその気になれば独立して、この大
陸に三つ目の国を打ち立てることも出来た。
 しかし、韓信は劉邦への恩義を忘れずあくまでその臣下でいようとした。
荊通は後難をおそれ、発狂したふりをして韓信のもとから離れた。後に劉邦
に捕らえられながらも、その弁舌をもって、命をながらえた。が、自分に出
来たことは、せいぜい自分の命を助けることだけであった、と歎いたという。
 ともあれ、韓信が北方の戦線を駆け巡っている間にも、項羽と劉邦の戦い
は繰り広げられ。
 両雄広武山(こうぶざん)という山にて陣を敷き、長い間にらみ合いを続
けていた。
 その時のことである。
 軍師張良のもとに、思わぬ人物かかえってきた。
 智之である。
 智之は華山で屍魔たちに襲われるも命を助けられ、ほうほうの体でかえっ
てきた。が、その旅路も散々たるもので、すっかり臆病者と成り果てた智之
は、乞食となって、身を縮めて草葉の陰に隠れるようにして、長い月日をか
けてようやくにして張良のもとに帰り着いたのであった。
 変わり果てた部下を目にして気の毒に思う以上に、がたがたと震えて歯を
鳴らしながら物語る華山での出来事に、張良はただ唖然とするしかなかった。
 智之までが、貴志のように血迷ったことを言う。果たして屍魔など、ほん
とうにあるのだろうか。任務をしくじり、そんなうそをでっち上げて弁明し
ているわけではあるまいか。
 それとも、まさかほんとうに血迷ってしまったのだろうか。
 張良は眉根をしかめて考えた。
 それから、智之は姿を消した。どこか静かに暮らせるところを求めて、旅
立ったのであろう。
 ともあれ、華山に何かがあるのは間違いない。
 項羽のこともまだ片付いていないのに、軍を裂いて崋山に向けるのもどう
かと思われ。かと言って捨て置けず。さてどうしたものか、と思ったとき。
 はっと思い当たることがあった。
 最近、剣士をひとり持て余してるが、どうしたらよかろうか、という書簡
を韓信から受け取った。その剣士は腕は確かなのだが、軍隊において戦場働
きをするにはいささか向いていない。かと言って、捨てるのももったいない
し……。
 とういことであった。
「そうだ、そうしよう」
 何か思いついたらしく、張良はいそいそと何かを竹簡に書き(当時はまだ
紙は発明されておらず、竹に字を書いていた)。使者にそれを持たせ韓信の
もとに向かわせた。
 その竹簡を受け取った韓信は、源龍をただちに張良のもとに向かわせた。
 羅彩女も、貴志も、水朝優と麻離夷もついてゆく。
 源龍は、軍師張良が何かの極秘指令があって源龍たちを使いたがっている、
と韓信に言われて張良のもとに向かったが、内心はなはだ面白くなかった。
 龍且を討ち取って韓信は喜ぶには喜んでくれたが、それ以降どうもよそよ
そしく、何か源龍を持て余しているようだ、と源龍も薄々は気付いていた。
 韓信は龍且を矢で射殺そうとしたが、源龍が先走って単騎龍且に戦いを挑
んでいった。幸い討ち取ったからよかったものの、集団線である戦争におい
てひとり抜け駆けするものは、やがて何かで足を引っ張ってしまうこともあ
りえる。韓信は極秘指令にかこつけて、そんな源龍を態よく手放したのかも
しれない。が、源龍も今さらつべこべ言わず、わだかまりををかかえながら
も韓信のもとを離れていった。
 後味の悪い離れ方ではあるが、龍且を討って恩返しはしたのだ。未練がま
しく居残ろうとすれば、かえって見苦しいだけだ。
 源龍は、韓信との最後の別れを思い浮かべる。
 出立の前夜、一同を呼び寄せささやかな酒宴をもよおし。そこで、張良の
もとへゆくことを聞かされた。
「張良どのが、お前さんの剣の腕を必要としている。ひとつ、頼まれてくれ
ないか?」
「あ、ああ。韓信さんが言うなら……」
 我が強く聞かん坊なところのある源龍だが、韓信には全然頭があがらない。
しかしそれでも、よそへ行かされることに、驚きと戸惑いは隠せなかった。
「なんだ、しけた顔をして。本陣の大軍師さまじきじきの御命がくだるのだ
ぞ。これほど栄誉なこともないだろう」
 酒を飲みながら、韓信はからからと笑っていたが。酒でも喉は潤わないの
か、その笑いはどこかかわいた響きがあった。
 他の連中は、黙ってことのなりゆきを見守っている。
 ふと、視線を感じた。
 韓信の腹心、荊通だった。じっと、源龍を見ている。別に荊通のことは好
きでも嫌いでもなく、なんとも思っていなかったが、その視線はどこか自分
に対しよくない感情を含んでいそうだった。
(なんだ、こいつ)
 とすこしむっとしたが、無視して酒を飲み肉を口に放り込んで、むしゃむ
しゃと食って。また酒を飲み、それを干すと侍女が酒を注いだ。このとき、
侍女と源龍に向かって、羅彩女から痛いほどの視線が飛んだが、源龍はとん
と無頓着だ。侍女はひどく怖がっていたが。
「だけど、俺は……」
「わかっているさ。だが、漢はお前を必要としている。俺の剣で、またひと
つ手柄を立ててくれよ」
 江湖にくだることは、韓信にそんな理由で、だめだと言われたが。今この
場でもそういわれた。初めは嬉しかったが、しばらくして、どこか首に縄を
かけられたような気持ちになったのは、どうしてだろう。
「……。うん」
 返事をして、酒を一気に飲み干した。
 俺の剣で、とまで言われれば、いよいよ自我を通すことが出来なかった。
「そうか、そうか、引き受けてくれて嬉しいぞ。これで俺の顔も立つという
ものだ。わはは」
 韓信は、また乾いた笑いを立てて。たわむれに、酒を注ぐ侍女の尻を触っ
た。源龍はそれを見て、目ん玉が飛び出しそうなほどの驚きを覚えた。韓信
はその軍才に合わぬ、気さくな性格をしているし、時として下品なことも言
うが。
 酔っても女に触れることはせず、なんだかんだで自分を律していたのに。
 侍女は、「きゃっ」とか細くも鈴の音のような可愛らしい声を出し、まん
ざらでもなさそうな顔をして足早に逃げてゆき。韓信もにこにこと逃げる侍
女に笑いかける。
「今夜、気に入った女でも抱いていけよ。なんなら、さっきの侍女でも……」
「韓信さま、あまりはしたない真似は……」
 荊通が静かにいさめる。韓信は苦笑し、わかってるよ、でも今夜は硬いこ
とは言いっこなしだ、と答えた。が、源龍はすこし愛想笑いをし、侍女に目
もくれない。
「いや、いい。出立が遅れるとまずいだろう」
「そうだな。源龍、お前は相変わらず生真面目だなあ」
 と、ははは、と笑った。今度は乾いた笑い声ではないが、どこか湿っぽさ
が含まれている。どうにも、韓信の様子がおかしい。
(気のせいだろうか)
 とは思うものの、源龍に笑顔を向けつつも視線は定まらず変にきょろきょ
ろとしている。かと思うと、
「うーむ、いかんな、今夜は調子が悪い。もう酒に酔ったようだ。悪いが俺
は先にあがらせてもらうよ」
 と額に手を当てて、引っ込んでしまった。源龍は呆気にとられて、後姿を
見送るしかなかった。
 翌朝、韓信は見送りには来てくれなかった。変わりに荊通が来た。
「韓信さまは、急用のため貴殿のお見送りができなくなってしまった。源龍
どのには、くれぐれもよろしくと、そして詫びてくれ、とのとこでござる」
「わかりました。韓信どのには、くれぐれもよろしくとお伝えくだされ。で
は、いってきます」
 と、広武山へと旅立った。それを荊通は、笑顔で見送っていた。
 急用はほんとだろうか。わからない。しかし、仕事師の韓信なら源龍らを
見送るくらいの時間ならすぐに空けられそうなものだが。やはり、どこか持
て余されているように思えてならなかった。
 そもそも、どうして韓信は源龍を持て余したのだろう。源龍は韓信のもと
を去って、江湖にくだろうと思っていたのに。
 言うまでもない、龍且を討ち取るほどの剛の者を野に放ち、もしそれが何
らかの形で漢に仇なすようなことがあれば、今までの労苦が無に帰していま
いかねない。昨日の敵は今日の友になり、またその反対もあることなど、人
の世では当たり前にあることで。それが何よりも一番恐れるのであった。
 ちなみに、韓信に源龍を手放さぬよう、また張良のもとにゆかせるよう進
言したのは、荊通であった。
「あれを、決してお放しになってはなりませぬ」
 かといって、戦働きをさせるには不向きなきらいもあるし、どうするのか、
といえば。
「飼い殺しになされればよろしいかと」
 その言葉に韓信は眉をしかめる。いくらなんでも、それはむごいのではな
いか。
「天駆ける龍を、わざわざ池にひそませるのは、それはそれで勿体無い。な
により、あいつは俺を信じてくれている」
「左様。源龍は斉王をお信じになっております」
 荊通は韓信を斉王と呼んだ。荊通は、しきりに韓信に王となるよう進言し
ていた。が、当の韓信は乗り気ではなかった。
「斉王か、それはやめてくれ」
「いいえ、あなたは王と名乗るに相応しいお方でおわします。なぜに王とお
なり遊ばされぬ」
「いや、今はその話じゃない。源龍をどうするかだ」
 荊通は密かに眉をしかめた。韓信も、なんだかんだで源龍を信じている。
何せ、剣を譲り渡したのだから。そして源龍はその剣をもって、大功を立て
たのだ。信をもって信に応える。これほど理想的な人間関係があろうか。
 悲しいのは、源龍は江湖の一剣客以上のものにはなれないことであった。
どういう運命の巡り会わせなのであろうか、それがなまじ天下国家にかかわ
り、大功を立てたために、韓信は源龍をもてあますこととなった。源龍は身
の置き場に不自由することとなった。
 荊通も、その剣技を惜しみつつ、これからのことを思えば源龍を今のうち
に何とかしなければならないと考えた。
 また、王になれという進言を韓信がわずらわしく思うあまり、源龍にそれ
を漏らし暗殺でも頼んでしまえば大変なことになる。これも荊通の恐れるこ
とであった。
 前々から、荊通は源龍と馬の合わぬことを感じていた。荊通も源龍と同じ
く、韓信に惚れ込み、信じている。身一つで江湖をさすらい、韓信とめぐり
合いその軍才を見出したとき。
(我が道を得たり)
 と歓喜が湧いた。韓信こそ、荊通が弁士として道を切り開くための最適な
材料であった。
 荊通は剣こそ振るえないものの、弁士として己のもちうる能力を政治や外
交において存分に発揮してきた。弁士とは、政治参謀のようなものだった。
 そのために犠牲もあった。だが、荊通は立ち止まらずひたすら弁士として
の己の生き様を貫こうとした。それは、あたかも源龍が己の生き様を剣に込
めたのと同じように。
 ともに韓信を通じて己の生き様を歩んでいたのだが、いかんせん、得物が、
求めるものが違うために同じ道を歩むことが許されず。
 その果てにあるのは、どちらかがどちらかを消し去ることであった。弁士
荊通は、韓信の心を独り占めにしようと思うようになっていた。もし韓信の
心が他に隔たるようなことがあれば、弁士として己の才能を揮うことが難し
くなってくる。
 韓信に必要と思われてこそ、荊通が荊通でいられるのだ。そのために、源
龍は邪魔な存在となっていた。
 そういうとき、人の舌は剣に勝るものであった。
「されば、軍師張良どののもとにお預けあれば、よきように取り計らってく
れるのではないかと」
「張良どのか。そうだな、かのお方ならば悪いようにはしないだろう」
 韓信は進言にあっさり乗った。してやったり、と荊通は心の中で喜び、源
龍に舌を出した。
(あの武骨者、おそらく張良とは馬が合うまい)
 やがては、自滅へと追い込まれるだろう。源龍は韓信のもとで力を発揮で
きる人間だが、それ以外の人間のもとでは違和感を感じることだろう。
 というのが、荊通の算段であった。
 こうして、源龍は張良のもとへゆくこととなったが。韓信が見送りに来な
かったのも、荊通の進言によるものだった。
「源龍どのを惜しむお気持ちは、よくわかります。しかし、ここで会えば未
練が増して、足止めでもすればかえって龍を淵に潜ませるようなもの。惜し
めばこそ、ここで未練を断ち切るのでございます。それが、お二人のためで
ございます」
 韓信はうなずいて、自室にこもった。
「源龍、すまぬ」
 と、ぽそっとつぶやいたのは、源龍も荊通も知らない。

続く

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発行者:赤城康彦
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