藤野康一のわくわく建築事務所日記  RSSを登録する

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2006/05/16

【康一のわくわく日記0051】幸せは主観による


本日から日記を再開します。
今日のテーマは豊かさ、成功について僕なりの考えと言うか感じている事と言うか思いを
ばぁーと書いていきます。

今現在僕は自分の思いをノンストップで書き出すために、キーボードを連続的に叩いて、
そのあいだ考えにふけることをやめ、ただただ心に浮かんだ事を書くという実験と言うか
チャレンジを行っています。

というのも、一旦考え出すと、筆が止まり、結構書くのが億劫になって、面倒くさいなぁ
と思い出してしまうからです。

今現在ただただ思った事を書いているので、とても気が楽であります。誰かにどんな風に
伝えようかと考えなくてもよいので、そういった意味で気が楽なのです。
いまこの瞬間に思った事を文の脈絡など考えずにただただタイピングすると言う行為は、
どこかイメージにたよるところもあり、叩きながら考え、思いをめぐらせ、まるで話し言
葉のように書き出すとこんな風な感じかなと思いながら、イメージを膨らませているとこ
ろです。

ですので、少し読みにくいかもしれませんが、ざーっと流し読みにする感じで読んでもら
えれば幸いです。

まぁいわゆる一人ブレインストーミングのようなもので、一旦左脳の処理機能をストップ
させて、はたしてイメージと思いつきだけで話すというのはどんな感じだろう、なにか面
白い事がおきるかもしれないな程度の気持ちで書いています。

ここでテーマに戻って、えっと、豊かさ、成功について少しゴチャっと考えてみようと思
います。

確かに豊かさとはお金の量に比例するかもしれないけども、そもそもお金が沢山あったと
して、それで幸せになるとは限らない。
何故かと言うと、お金とはあるだけでは機能しなくて、使って初めて意味のあるものだか
らである。

お金自体に意味は無い。ここに断言します。お金は使ってなんぼです。と言う事は貯蓄す
ることは意味がないのかというとそうではない。
僕の考える貯蓄とは、お金を未来の為に「使う」投資だと思っている。貯蓄を投資と見る
ならば、これも立派にお金を使っていることになると思う。

と言うと、お金は稼いだ瞬間に使っている事になる。まぁ、未来の為に今は使わないで、
貯蓄と言う場所に保管する。お金は減らないけど、お金の存在価値は使う時に発生するの
で、貯蓄は未来の価値保存の為の投資的な使い方ということかな?
 
と考えて、さて、それでは幸せとは何でしょう。お金を使う事が幸せだと言うなら、お金
を沢山もっている人がイコール幸せだという事になるが、チョッと待てよ。
例えば子供なんかお金を使う量は少ないけども、ニコニコ顔で幸せそうだ。いや、貧乏な
子供は幸せではないかもな。

と言う事は、「自由に」使える量のお金があれば幸せであると言う事ができるかな。要す
るに、何かが欲しい!と思った瞬間に、お金の事をまったく考えずに使えれば幸せなのか
もしれない。と言う事は、物価の安い国に行けば、たとえば日本の物価の五分の一の国に
行けば、単純に年収が五倍に増えるわけだから、使える量も五倍に増えるのだから、それ
だけ豊かになるという事であるのかな?

しかし、例えばフィリピンなんかに言って、そこは物価の安い国だから、日本で稼いだお
金をそこで使えばそれはそれは悠々自適な暮らしができるであろう。しかし、それで幸せ
なのだろうか?なんだか半年もいると飽きてしまいそうだな。

なんだかいつも同じような感じの生活で、ただ生きていくのに困らないだけ。悠々自適だ
けど社会とは隔離され、接触のない、社会に貢献していない、つまらなそうな人生だな。
やはり、生きているのだから、その人生の中で、できるだけ沢山の人によいインパクトを
与えるような人生を生きていければ良いな。それも、自分のペースで有意義に。

例えばこんな文章ひとつとっても、もしかしたら何か人の役に立つかも知れないし、例え
ばこういうことひとつとっても、社会と関わって生きている事なのかもしれない。

そういえば、ちょっと話が変わって、このあいだ読んだ記事の事だけれども、日本の障害
者の方が、日本では物価が高く、また政府の障害者の方への自立支援の援助が十分ではな
く、苦しい生活を強いられていて、そこで、物価の安いフィリピンに住んで、安い人件費
のフィリピン人のヘルパーを雇ってその助けを借りながら自立して生活をしようとしてい
るという記事を読んだ。

物価の格差や、日本の支援状況に苦々しさを感じたが、こういう発想の転換も時には必要
だし、そうやって「よし、やってみよう」と一歩を踏み出す人もいて、要は幸せとか豊か
さとは、その人の主観が入ってくるので、何が幸せかなんて誰にもわからない。

だから占いで「あんた、このままじゃぁ幸になれないよ」なんて大きなお世話だと思う
し、結局主観なのだから、幸せの定義をする事自体間違っているのかもしれない。
ただ、もしココで、多少強引でも、幸せの定義に折り合いをつけるなら、僕の場合はこう
だ。

「ある程度お金に不自由しない質素な生活はお幾らだ?と知っていて、普段はその生活を
守り、たまに使う時は自分の収入の器に合う程度の贅沢をして、その器の大きさは、社会
との係わりあいの中で自分のペースで大きくしていき、大きくする方法は、どれだけ多く
の人の人生によいインパクトを与えたかで、計る」、ということかな。





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