2009/11/14
渡部亮次郎の「頂門の一針」1725
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渡部亮次郎の「頂門の一針」1725号
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平成21(2009)年11月14日(土)
机上の論法・東アジア共同体構想:古澤 襄
米軍撤退でカルザイ支持派は虐殺か:宮崎正弘
わけのわからぬ鳩山答弁:阿比留瑠比
『李登輝学校研修』報告:門 佳之
東北人の西洋との出合い:平井修一
身 辺 雑 記
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机上の論法・東アジア共同体構想
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古澤 襄
鳩山首相の東アジア共同体構想は吟味してかかる必要がある。アジア諸
国に対する日本の経済援助の歴史は戦後賠償から始まり、政府開発援助
のODAになっていったが、政府と商社の癒着疑惑の歴史でもある。ま
た復興支援の美名の下で、相手国の為政者に資金が流れ、数々の汚職が
生まれている。
フィリピン、インドネシアなどの東南アジア諸国に対する戦後賠償の歴
史を振り返ると、国民の血税→賠償→ダム工事などに日本企業が進出と
いう構図の中で、日本の三井、三菱、住友といった商社が深くかかわっ
た。
戦後賠償が終わるとODA(政府開発援助:Official Development
Assistance)という発展途上国に対する有償、無償の資金などの援助が
活発化した。
日本が二国間援助の累積総額で一番援助している国は中国。2007年度末
までで、円借款:約3兆2079億円、無償資金協力:約1472億円、技術協力
:約1505億円。さらに2007年度までに日本は中国に多国間援助と合わせ
て約6兆円のODAを行っている。
中国は敗戦国・日本に対して賠償請求権を放棄した歴史がある。これは
日本国内では、あまり知られていない。中国に対するODAは、ある種
の戦後賠償だとみていい。
このようなアジア諸国に対する膨大なODA援助は、日本が驚異の経済
復興を果たして世界第二の経済大国になったことによって順調に進めら
れてきた。
このことは1947年の欧州復興計画(マーシャル・プラン)で、アメリカ
の支援によってヨーロッパが目覚しい復興を果たしたことと対比される。
表面的には日本が行ってきた経済援助は、アジア諸国に歓迎され、一定
の効果をあげてきたが、裏面では戦後賠償にしろODA援助にしても、
負のイメージがつきまとっている。
戦後賠償に積極的に取り組んだのは岸信介首相であった。その発足時に
は、国民の血税によって支払った賠償金や援助資金が、欧米諸国による
復興工事で、そのまま欧米諸国を利することになってはいけないという
ナショナリズム的な発想があったという。
日本の業界がアジア諸国の復興計画にかかわり、いわば投じた資金が日
本に還流する仕組みが同時進行で進められたといっていい。
たとえば南ベトナムのダニム・ダム(総発電量16万キロワット)は日本工
営(久保田豊社長)の設計工事。1957年、岸首相は南ベトナム訪問、
賠償金の支払いに調印している。
ダニム・ダムの建設には、日本工営のほか、三菱、東芝、鹿島、間など
の企業が参画した。あまり知られていないが、日本工営はミャンマー、
インドネシア、韓国でもダムを造ってきている。岸首相と久保田社長は
戦前の満州国時代からの仲である。
岸首相とよかったインドネシアのスカルノ大統領やフィリピンのマルコ
ス大統領が失脚した後は、自民党の渡辺美智雄副総理が東南アジア諸国
からもっとも信頼を得た政治家となった。
ODA援助を背景にしてインドネシア、フィリピン、マレーシアなど各
国との交流を深めた。アキノ・フィリピン大統領との信頼関係はよく知
られるところである。
しかし膨大な日本の援助が、そのままインドネシアやフィリピンの経済
発展に寄与したのであろうか。シンガポールの奇蹟的な経済発展に較べ
ると問題が残る。大多数のインドネシアやフィリピンの民衆は貧困のま
ま取り残されている。
1974年1月に田中角栄首相はタイを訪問している。学生たちによるはげし
い反日運動が起こった。「札ビラで人の頬をたたくような行為、何から
何まで売り込む、タイが乗っ取られるのではないか。」という批判であ
る。
田中首相はインドネシアのジャカルタを訪問している。反日暴動で日本
大使館に投石、日の丸が引きずりおろされる事件が発生している。イン
ドネシア軍が出動して暴動を鎮圧する騒ぎとなった。北京では朝野をあ
げて歓迎された田中首相だが、東南アジアでは別のアジアの顔に直面し
た。
これは田中首相のせいではない。むしろタイやインドネシアの為政者の
責任に帰せられるが、それだけ、これらの諸国のリーダーが民生を正し
く導いてこなかったことでもある。日本の経済援助が一部の為政者を利
しているという民衆の反発が根底にある。
これらの歴史を知らずして、やみくもに東アジア共同体構想を唱えるこ
とには危うさを覚える。机上の論法と言わざるを得ない。
2009.11.13 Friday name : kajikablog
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米軍撤退でカルザイ支持派は虐殺か
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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成21年(2009年)11月14日(土曜日)
通巻2771号 (11月13日発行)
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アフガニスタンへの外人部隊はイランからも夥しく潜入
チェチェンやアラブ諸国から原理主義軍事派がアフガンでの騒擾を加速
********************************
アフガニスタンの北西部とイランは国境を接する。ヘラートの西寄りに
位置するイスラムカラという街が国境、チェックポイントである。
難民もこの街を抜けてイランへ逃れた。
州都=ヘラート周辺はハザラ人の居住区で、アフガニスタンの主流パシ
ュトンや北部同盟のタジク、ウズベクとも異なる。ペルシャ系とされる。
タリバンの兵の補充は難民の聚落でもリクルートされ、月給は240ドルか
ら360ドル。ほかにやることもなく貧困に喘ぐ難民のなかには、タリバン
兵士に応募し軍事訓練の拠点へ移送される。
彼らが自爆兵士予備軍となる。
イスラムカラという国境の街で検問をパスすると多くはヘラートへやっ
て来る。
ヘラートに1軒だけ外国人の宿泊できるホテルがある。「バーミヤン・
チャール・フェイサル・ホテル」という。
アラブ系と見られる外国人が目立つようになったと経営者がアジアタイ
ムズの取材に応じている。
「彼らは数日間宿泊し、『一番良い部屋を寄越せ、一番うまい飯を出せ』
と要求し、数日ぶらぶらして(連絡を待っているかのように)、それか
らアフガニスタンの何処かへ消える」(アジアタイムズ、11月13日付け)。
会話をすると『アメリカがアフガニスタンを占領している。アメリカを
追い出せ』と喋るという。
或る時、1人のアラブ系が鞄の忘れ物をしていった。「鞄を空けるとヘ
ラート空港や、夥しい地図を書類が詰まっていた」とヘラートの警察幹
部がいう。
▲アメリカが撤退するとタリバニスタンになるばかりか、カルザイ支
持派は虐殺されるだろう
こうした状況を「陥落前のプノンペンと酷似している」と暗い比喩を展
開するのは『プノンペン・ポスト』のミカエル・ヘィエズ社長だ。
「ロン・ノル政権は確かに腐敗していた。アメリカの傀儡と言われた。
そして米軍が出ていくと共産主義者がやってきて200万の虐殺がはじまっ
た。
カブールでカルザイ政権はひどく腐敗している。カルザイを本気にで支
持するアフガン人はいないし、カルザイはアメリカの傀儡とも言われて
いるが、もし米軍が出ていくと、カブール市民はほぼ全員がタリバンに
虐殺されるだろう」(ヘラルドトリビューン、11月13日付け)。
西側多国籍軍の現地司令官マクリスタル将軍はオバマ大統領に4万の増
派を求めた。
バイデン副大統領が「カルザイ政権は腐敗の固まり」と言って増派に反
対し、民主党の多くも反対し、いまもってオバマ政権は意見が分裂して
収拾がつかない。
加えて駐カブール米国大使カール・アイケンベリーは元アフガン駐在司
令官(准将)。軍歴が華々しくもあり、その彼も何の因果か米軍の増派
に反対しているから話はややこしい。
増派4万から1万でOK、いや2万から3万と侃々諤々の論争が続いて
いるためオバマ大統領は増派への躊躇いが見られる。
オバマは食事も喉に通らない日があり、痩せてきた。
日本にはなにも期待しないでやってきたオバマを待つのは宇宙人首相で
ある。
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樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫の
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樋泉克夫のコラム
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――ある恋の空騒ぎ・・・いや、ドンキホーテが編んだ戦塵訓だった
『毛沢東最高指示』(新島淳良編 三一書房 1970年)
△
過般亡くなった安彦(アンピコ)こと安藤彦太郎共々、かつて“都の西
北”から毛沢東思想を鼓吹した新島は、「いまの日本の新左翼の大部分
と、旧『左』翼・つまり日共代々木派が、プロレタリア文化大革命や毛
沢東思想に狂気じみた攻撃と極度の無関心で対していることを思いうか
かべながらこの」本を編んだとのことだ。
そして、「彼らは主観的に革命を志向しながら、8億の人間が、そのた
めに生き、死んでいる魂の問題は無視している」と糾弾し、「もしそれ
が、日本の革命とは関係ないというのであれば、私はあえて彼らをファ
シストと呼び、昭和の初年の青年将校と同列におく」と猛々しくも告発
する。
こういわれても、「いまの日本の新左翼の大部分と、旧『左』翼・つま
り日共代々木派」も「昭和の初年の青年将校」も戸惑うほかないだろう
が、そんなことはお構いなし。
新島は当るを幸いに無人の荒野を驀進するばかり。“一点突破全面展開”
である。まさに、いけいけドンドン電車道。恐れを知らない。
「中国のプロレタリア文化大革命の主要な任務は、『資本主義の道を歩
む党内実権派をたたきつぶす』ことである。しかし、日本での任務はそ
こにはない」。
「日本での任務」を完遂するためには、中国での文化大革命のために
「配列された語録は参考にはなるが、そのまま使えるものではない」と
考えるのであった。
かくて新島は獅子吼する。「任務(課題)別に編集するなら、日本の革
命家が独自に作らなければならない」、と。
ここからが純正マオイストたる新島の真骨頂だ。
彼は熱にうなされるように続ける。
「毛主席は、中国人民の心の中の赤い太陽であるばかりでなく、全世界
人民の心の中の赤い太陽だと、中国の友人たちは言う。それならば、そ
の太陽を雲でおおうのはどうしてなのか。中国の友人たちよ、あなたが
たのその態度は、大切な宝物を私有して人に見せない金持ちの態度に似
てはいないか。
あるいはまた、見せるのならいいところだけをみせようとする、国営観
光業者の態度に似てはいないか」と「中国の友人たち」に説教を垂れ、
「世界の人民は、毛主席の指示に教条はしない」と語った後、遂には林
彪を持ちだし、「公表未公表を問わず毛主席の著作は、人民にとっては
『問題をもって学び、活学活用し、学ぶことと用いることを結合し、さ
しあたって必要なことから学び、すぐ効果のあらわれるように学び、
「用いる」という点に全力を傾注する』(林彪『毛主席語録』再版のま
えがき)という態度で学習される」と、高らかに革命の進軍ラッパを鳴
らす。
以上から判断できることは、新島が「このささやかな毛主席最高指示集」
と形容する本書は、新島が日本を革命するために編んだ、いわば“新島
版毛沢東語録”ということになる。
さらに新島は「この日本語版のささやかな『最高指示』が、英語・フラ
ンス語・スペイン語等に訳され、世界中の人民に伝わることを望む」と
し、「毛主席の指示は、プロレタリア文化大革命を媒介とし、たんに一
国の最高指示にとどまらず、世界のたたかう人民の最高指示になりつつ
ある」と、飽くまでも無邪気で意気軒昂だ。
それ行け!新島・・・ッ。
以上の考えから新島は本書に「1964年1月から1969年9月までに毛主席
がおこなった指示、談話、および毛主席が起草した重要な決定・通知を
発表の年代順に収録して」いる。
新島が選んだ毛沢東の文章はどれもが意義深い。だが、やはり最高と思
われるのは次の一節だろう。
「じっくり考えよ。――『解放軍報』一九六七・九・一」。
《QED》
(宮崎正弘のコメント)安ピコは先日、亡くなりました。中国に捧げた
人生。日本のためには何の役にも立たなかった人。ニイジマ? そうそ
う、70年安保の頃、変なことを獅子吼した御仁でした。
△ △
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◇読者の声◇◆ ☆DOKUSHA―NO―KOE▲◎ ☆◇どくしゃ
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♪
(読者の声1)貴誌読者中どなたも取り上げないようですが、「樋泉克
夫教授のコラム」に驚嘆。
貴誌購読を始めた頃はスルメの様に噛み難く消化困難な同氏コラムにつ
いて、「何だこれは?」という感じ(笑)があったのですが、慣れてく
るとどうしてどうして貴誌中の楽しみの一つになりました。
注目すべきは同氏コラム中で取上げられる書籍の殆どが難解な支那語原
書でそれを週複数回のハイペースで解説に、いくら専門家とはいえ、
「えっ?」という感じです。
恐らく樋泉氏はそれら書籍を読む時に、「日本人でこれを読むのは先に
も後にも私だけだろう」という孤独な苦しみと喜びの入り混じったよう
な感じがあるのではないか?
そもそも、膨大な原書中から解説に適切な物を選ぶだけでも大変です。
研究者自身が読むだけで埋もれていく資料中から、日本の一般読者が関
心を持ち紹介するに相応しい書籍を探し当てる事は、高い専門能力を持
つが象牙の塔に籠りがちな学者の最高の社会貢献。
また、紹介内容から見る限りレベルを落とすわけでもない樋泉氏が一方
でシニカルかつおどけて書く書風も良い。
こういうコラムを創る貴誌も大胆だが、樋泉教授に続く良質の支那専門
家が続々と育てば、情報分析の分野における日本の未来も明るいのでは
ないだろうか。(道楽Q)
(宮崎正弘のコメント)一般読者のなかには難しいという反応もありま
すが、小誌の多くの読者は中国問題に関心が深く、ですから同一の文脈
のなかで楽しんで読まれる人が多い。現在同氏のコラムは連載300回を突
破し、おそらく単行本にすると上下貳冊になりますね。
ところでご指摘のように樋泉教授は北京語ぺらぺらですが、広東語もで
きる。日本のチャイナ・ウォッチャーで両方できる人はほかに少ない筈
です。
福建語なまりのホーロー語を喋る人はたまにいらっしゃいますが。。。
♪
(読者の声2)アメリカの「Huffington/Post」は最大のブログです。
日本に関するブログも教えてくれる。「広島の記録映画」が長年禁止だ
ったが公開される記事は何かをヒントしている。軍の上部はみんな後悔
した~アイゼンハワーハ「あんなこと必用じゃなかった」と。ご参考ま
でに。
http://www.huffingtonpost.com/greg-mitchell/for-veterans-day-
the-grea_b_353270.html
(伊勢ルイジアナ)
(宮崎正弘のコメント)ときおり、このブログ読んでいます。拙著近刊
にも、このブログを紹介しております。でも時々しか覗かないため、当
該箇所には気づきませんでした。有り難う御座いました。
♪
(読者の声3)11月12日付日経朝刊、天皇陛下御即位20周年記念の特集
において、保坂正康氏と原武史氏が対談を行っておりますが、その中で
原氏がこんなことをいっています。
「今の学生たちはある程度皇室に関心を持っているどころのレベルでは
ない。皇居がどこにあるか知らない学生もいる。彼らの東京の地図から
は皇居がそっくり抜け落ちている」
いくら英霊や皇室を貶めることで名を売ってきた男とはいえ、これはあ
まりにもひどい暴言です。
たまたまそうした無知な学生が一人くらいはいたかも知れませんが、そ
れを現代の学生に一般化することには無理があります。
原氏の論理展開にはこういったこじつけが良く見られます。
NHKも目立たないようにBS放送に原氏を出演させて皇室批判をして
いますが、日経もよりによって慶祝の日をこんな記事で汚すとは、あき
れてものもいえません。
そのNHKですが、12日午後9時のBSニュースは、トップに御即位20年
奉祝行事のニュースを放映しましたが、続けて反対派の集会とデモの様
子も報道していました。
デモ隊の掲げるプラカードには、天皇制廃止、税金の無駄遣い、極右宗
教天皇制・・・といった悪辣な言葉が列び、それもしっかりと映ってい
ました。
同時刻の地上波では反対派に関する報道はありませんでしたが、トップ
ニュースは事業仕分けでした。(MA生、中野区)
(宮崎正弘のコメント)日経は財界人が読む新聞ですから(投資家も読
みますが)、財界の空気をそれとなく反映しているんですね。財界有力
者の暴言を思い出します。『靖国へ首相は参拝するな。商売に差し支え
る』と
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わけのわからぬ鳩山答弁
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阿比留 瑠比
鳩山由紀夫首相は11日夜、5億円以上とされる自身の巨額な資産報告漏
れ問題について「恵まれた家庭に育ったものですから、自分自身の資産
管理が極めてずさんだったことを申し訳なく思います。心を入れ替えて、
しっかりとやりたい。しっかりと国民の皆さんの目線にあった政治を行っ
ていきたい」と語りました。
まあ、どんな家庭に生まれるかは本人の決められることではありません
が、「恵まれすぎだろ」とひがみたくなる昨今です。弊紙の冬のボーナ
スは…。それに、恵まれた家庭に育ったから政治資金にずさんでいいと
いう理屈は成り立たないように思います。
気を取り直して本日も、予算委員会シリーズを続けます。今回は10日
の参院予算委での西田昌司氏(自民)による鳩山首相と小沢幹事長の政
治資金問題追及の第2弾です。
この質疑では、法廷で辣腕検事が被告を問いつめているような雰囲気を
感じました。この中で首相は、元秘書が鳩山家の資産管理会社「六幸商
会」から引き出したお金が6年間で3億円に上ることを明かしたのです
が、これ、もっとさかのぼったら一体いくらになるんでしょうね。いや
はやなんとも。
西田氏 総理は検察が捜査しているとどこから知ったか
鳩山氏 そういう報告を受けたし、新聞報道でも見ていた。
西田氏 誰から報告を受けたのか
鳩山氏 確か党の職員だったと思う。職員も新聞報道で受けたのかもし
れない。そこは理解していない。
西田氏 総理自身が捜査を受けているわけではないですね
鳩山氏 私自身が捜査を受けているとは認識していない。
西田氏 この件について、検察に説明を求めたことはあるか。また、指
示をしたことはあるか
鳩山氏 私自身がそのような報告を受けたということは、まったく記憶
していない。
西田氏 総理が指示をしたことはないか
鳩山氏 指示などした覚えはない。
西田氏 政府参考人に聞きたいが、総理からそういう指示を受けたとか、
説明を求められたことは
西川法務省刑事局長 一般論として言えば、検察当局では法と証拠に基
づいて、取り上げるべきものがあれば適切に刑事事件で取り上げる。検
察当局の姿勢に、検察に不当な制約を疑われるようなものはなさらない
と承知している。
西田氏 総理はかつて、小沢さん問題で国策捜査だと表現された。それ
は訂正されたようだが、私たちはまだ危惧している。逆国策捜査の形で、
指揮を執ったり、指導はしていないですね
鳩山氏 私は誤解を招きやすいような、そのようなことは一切行ってい
ない。
西田氏 もうひとつ尋ねる。松岡農水大臣の事務所費問題があった。あ
れは、事務所費として内容を(政治資金収支報告書に)記載せずによか
ったが、内容が示されていないということで、あなた方は貴重な国会の
場で質疑をした。あの問題はどう思うか
鳩山氏 もう必ずしも記憶が定かでない部分もあるが、松岡議員が亡く
なられたことは大変ショックなことだった。あの問題に関して、私の記
憶にあるのは、必ずしも、いわゆる国民の皆さんに対して正確な情報と
いうものが伝えられてなかったのではないかということで、疑いがどん
どん加速度的に膨らんでしまったのではないか。そのように認識してい
る。
西田氏 松岡大臣の事務所費問題は違法であるとの認識か
鳩山氏 今、十分にそれにお答えできる状況にはない。
西田氏 政府参考人に聞く。事務所費の内訳を公表をしなかったのは違
法になるのか
田口総務相選挙部長 一般論として答える。当時は事務所費は項目の
総額を収支報告書に記載する仕組みになっていた。
西田氏 違法かどうかを聞いている。そこを答えてください。
田口選挙部長 総額を記載するということなので、内訳を書かないこと
は違法にはならない。
西田氏 松岡大臣の件は違法ではないと答弁があった。あなた方は、内
訳を知りたいと執拗に国会で追及してきた。鳩山総理の友愛政経懇話会
は、違法なことが疑われている。その認識はありますね。
鳩山氏 虚偽記載に関しては、当然、それは違法の行為だと理解してお
る。私としては、そのことがわかった段階で、極力、収支報告の修正は
したが、そのことの違法性は変わらないと思っている。
西田氏 違法でない方についても、あなたは法律の要件以上にお求めに
なった。違法の疑いがあると認めたあなたの件も、自ら政治責任として
内容を全部、国民に知らせるべきではないか
鳩山氏 その前のお尋ねでもう一度申し上げると、違法性があると感じ
ているが、違法であるかどうかの最終判断は司法に委ねないといけない。
司法をまたなければならない。
私のことに関して、国民の多くの皆さんが、まだまだ説明が足らんぞと
いうのはよくわかる。私自身もその思い。すなわち、本来ならば、元実
務会計担当者と接触をして、いろんな思いを、正直にうかがいたいとい
う思いもあった。
しかし、接触が断たれている以上、そしてすべての書類、資料が検察の
手にゆだねられている以上、そこにすべてがわかっているわけですから、
そこの判断を待ちたい。
西田氏 まだあなたの罪が確定しているわけではもちろんない。ただ、
捜査を受けているというのが疑いがあるということ。ところが、松岡を
追及してきたあなたが、なぜまともに答えられないのか。勝場さんと接
触できないというが、勝場さんの弁護士はあなたの弁護士と違うのか
鳩山氏 弁護士は違います。違う人が弁護士になっている。勝場君も弁
護士はついている。
西田氏 弁護士はあなたの紹介ではないのか。
鳩山氏 私は一切、そこにはタッチはしておりません。
西田氏 昨日、木庭健太郎委員(公明)から質問があった。六幸商会か
ら、いくら友愛政経懇話会に毎年寄付されているのか。明細をお尋ねし
たいというと、それは調べればわかると答えた。質問通告もしたが、今
ここで明らかにしてほしい。
鳩山氏 今お尋ねの件に関してお答えする。六幸商会の私の個人口座は、
これは前から申し上げている通り、私の個人の人間としての支出の部分
もあるし、また、個人の政治家として支出の部分もある。
また、友愛政経懇話会の部分もある。それが、ある意味で一体となった
中での額だという風にご理解いただきたいと思う。私個人の資産から元
会計実務担当者にゆだねていた個人資産のうち、六幸商会の私の個人口
座からの出金分は年平均約5000万円。詳細は捜査中なので控えさせてい
ただきたい。
繰り返しになるが、このお金のなかには、個人が個人として支出すべき
部分も入っているし、一政治家として支出すべきお金も含まれていると
いうことだ。
西田氏 あまり大きなお金で、ちょっと私も言葉を失ってしまったが、
5000万円は何年間にわたってか
鳩山氏 調べております範囲は、6年間だ。
西田氏 そこまで調べたのだから、内容を精査して身の潔白を明らかに
するためにも、国民の前でしっかり報告する気はないか
鳩山氏 今、申し上げたように、洗いざらい申したつもりだが、詳細は、
どこに使っているかの話は、今すべてデータが検察にわたっているので、
そこで調べているところだと理解している。
西田氏 総理は非常にまじめな方だと思う。総理の人格を尊重して信用
したい。総理が自ら示してほしい。
次だ。小沢さんの事務所費問題だ。ここに資料がある。資料をどこから
とってきたか。民主党さんのホームページだ。今日も掲載されているが、
かつて小沢代表が、平成19年2月20日に、自らの事務所費問題で釈明さ
れたときに、提出された資料がそのままホームページにアップされてい
る。
ここを見るとわかるように、まず不動産売買契約書。ここには、黄色い
線だが、要は平成16年10月5日に契約して、その時に1000万円の頭金を
払い、残余の金額は平成16年10月29日までに払うということが書かれて
いる。そして、もう一枚の売渡証書。ここには、平成16年10月29日付で
売り渡しをしたという証書があるわけだ。
つまり、平成16年10月29日までにすべての代金決済がされてるというこ
とをこの書類は証明している。そうなると、この支払、この事実は、陸
山会の平成16年のその時の支出として書かなければならないと思う。政
府参考人に聞きたい。まず、その年の収入、支出はその年に書かなけれ
ばならないのではないか。
田口選挙部長 政治資金規正法では、その年における収入、支出を記載
するとされる。支出は金銭、物品、その他とされる。したがって、一般
論として言うと、支出はその年で金銭物品、財産の供与・交付を記載す
べきと理解される。
西田氏 要するに、支出した年に報告されなければならない。登記日は
認められていないと。ところが、陸山会が報告したのは登記をした翌年
の1月7日だ。これは認められるのか。
田口選挙部長 只今申し上げた通り。その年において金銭物品、その他
供与があったものを記載すべきと。
西田氏 要するに、法律で認められていない。明らかに虚偽報告になる
と思うが、原口大臣、あなたは先日、事実であるなら答えると言った。
事実を踏まえて答えて下さい。
原口総務相 総務省は個別の調査権を有していない。具体的な事実関係
を承知する立場にないので、答えは控える。
西田氏 あなたは政治家であり民主党議員だ。そして民主党のホームペ
ージに載っている。総理は民主党の代表だ。ホームページに今も記載さ
れており、明らかに虚偽報告だと思うがどう思うか
鳩山氏 今、原口大臣が申したように、個別の事実関係は話はうかがっ
ているが、全く承知していないので答えは差し控える。委員の主張は主
張として、不動産問題として何度も取り上げられ、小沢幹事長も記者会
見などで質問に答えている。したがって仮定の質問はさしひかえさせて
いただく。
西田氏 いま答えられなくてもあなたの党の幹事長、前代表だ。しかも
ホームページに出ている。党として調査する気はないか。
鳩山氏 もう既に小沢氏自身も、様々、発言をしていることと思うが、
党としてこの問題に対して、いま、西田議員からそのようなお尋ねがあ
った。検討させていただきたい。
西田氏 必ず調査をして、国民に事実を知らせていただきたい。政府参
考人に聞く。鳩山総理は毎年5000万円入ってきたと。個人のお金が政治
団体にいくとか、それが限度額を超えるとか様々出ている。課税上も政
治資金が個人に渡ったり。政治資金として個人が受けたらどういう金か。
もしあったらどういう課税関係になるか。
岡本国税庁次長 一般論だが、政治家個人が提供を受けた政治資金は、
所得税上、政治家個人の雑所得の収入金額として取り扱う。雑所得は総
額から必要経費を差し引く。差し引いた残高が課税対象となる。
西田氏 小沢の問題は、完全に虚偽報告として破たんしている。党とし
て民主党として明確な回答を求めます。
…予算委シリーズはとりあえず今回までとします。お付き合いください
ましてありがとうございます。さて、私は当初から、鳩山首相はそう長
くもたないだろうという観測を書いてきましたが、政府関係者と話して
いてもそういう見方が増えています。
しかし、鳩山氏が仮に倒れたら次は菅直人首相かあ。それもなんだかパ
ッとしないというか、それで何か期待できる気もしないというか。まあ、
物事はすべて、なるようになるのだから、先回りして心配しても仕方な
いですね。http://abirur.iza.ne.jp/blog/
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『李登輝学校研修』報告
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門 佳之
『日本李登輝友の会』が主催する『李登輝学校研修(10月30日~11月3日)』
は、今回で12回目を迎えた。毎回、台湾を代表する先生方を招いて講義
をしていただき、間に野外見学などへ行き、最後は李登輝先生自ら講義
をされ、修了証を授与するという流れである。小生は韓国と縁を持ち、
丁度10年前にソウルへ1年留学した。
帰国後10年近く経つが、韓国について常々関心はあるものの、それとと
もに日本統治を15年も長く受けた台湾に対する関心が日増しに高まって
いた。
色々な情報に接する度に、両国を比較したくなり、何よりも李登輝元総
統へ心酔していった。李登輝学校はもちろん、台湾へ行くのも初めてで
ある。
11月1日の午後から翌2日は野外見学で、李登輝学校研修では初の『金門
島』へ赴いた。金門空港はタラップで乗り降りするという今時珍しい空
港で、写真撮影も一向お構いなしであった。
確か韓国では軍事機密上撮影は禁止されていたような記憶がある。面積
約150平方メートルの金門島は、大体川崎市と同じくらい(142平方キロ
メートル)だが、川崎市が長細いのに対し、金門島の形は四国とそっく
りである。
大陸の厦門(アモイ)と最短2キロしか離れていないこの島が中国領にな
っていないことが不思議なほどだが、半世紀前にはここを舞台に大変な
砲撃戦が国共間で行われ、50万発も打ち込まれた砲弾が材料となって今
は特産の『金門包丁』として売られている。小生も一1買って母の土産
にした。
1日半かけて観光地を回ったが、地下壕などの戦跡は激戦が繰り広げられ
ていたことがよく分かる。中でも大陸と最も近い『馬山観測所』では、
参加者の携帯電話が台湾ではなく中国側の電波に変わってしまうという
珍事が起きて盛り上がった。中国側からすれば、いつでも金門島は奪え
るから敢えて手を出さずに、事が起きた時ら利用するのではないかと邪
推してしまう。
11月2日の夕方に淡水へ戻り、唯一の自由時間を参加者二人と台北中心へ
と地下鉄で観光に出かけた。新しい地下鉄は、日本と同じように女性専
用車両があったり、駅のエレベーターも完備されていた。興味深かった
のが、車内の飲食が禁止されており、それを破ると罰金を払わなければ
ならないということだった。
一方で、携帯電話は平気で使用していた。外資スーパーの『カルフール』
のお菓子売り場は、日本のお菓子が半分近く占めており日本語表記もそ
のまま、ついでに韓国企業のお菓子も進出しており、ロッテ、ヘッテな
どのお菓子がこれまたハングル表記でそのまま陳列してあった。
11月3日最終日和服に着替え、いよいよ李登輝先生との対面である。SP付
きでサングラス姿の李登輝先生が登場した。あとで聞いたところによる
と、白内障の手術をされ、9月の来日時にもサングラスをかけていたのは
それが理由だそうである。
椅子に座られ、1分近くだろうか、一人一人の顔をゆっくり観回し、『金
門島はどうでしたか?』と2,3お話をされてから、『今日は「台湾が直
面する困難」という題でお話しようと思います』と原稿に目を向け本題
へ入られた。
「中国の大国化により、現在の台湾は指導者層がはっきりとした政策を
打ち出せないまま’’うわついてしまっている’’。馬英九政権のこと
である。今の台湾は主体性なきまま、中国に踊らされ、根拠もなく結論
ありきで物事を進めている。台湾の『意志』が欠落していると主張され
た。
台湾が国際的に信頼されるためには、民主的な政治をしっかりと信頼さ
れるものにしなければならない。台湾人の抵抗意識や確固たる意志が、
結果的に中国をためらわせる要素となる。
中国の悪口を云うことはないが、実態を世界に知らしめることが肝要で、
中国一辺倒で交流するのではなく、日本などとも交流を深めねばならな
い」。
講義中にいくつかエピソードを語って下さったが、李登輝先生が総統に
就任して間もない頃、まず内戦に終止符を打たんがため国家統一委員会
を設置し、国家統一綱領を作成することで、外省人の反発を抑えようと
された。
これには李登輝先生の目論見があって、国家統一綱領を作成しようとす
れば、必然的に統一が不可能だという結論に達すると分かっていたそう
だ。外省人は見事に嵌められたのである。また、馬政権が『九二共識』
をもとに台中関係を促進しようとしていることについても李登輝先生は
批判をした。
92年に台中間で交渉された第1回協議で、中国側が『一つの中国』原則を
持ち出したが台湾側は拒否したにもかかわらず、馬英九はあたかも合意
したものとして今の政策を進めているそうである。李登輝先生は、就任
間もない馬英九と会った際に、はっきりと『嘘をついたらいけない』と
たしなめたそうだが聞く耳持たずとのことである。
一通りの話が終わると、李登輝先生は『どうです、皆さん?日本も同じ
でしょう?』と鳩山新政権の迷走ぶり(特に東アジア共同体構想につい
て)を批判していた。『なんだか、日本は落ちたような気がするなぁ』
と我々にとっては冗談にならないような冗談も云われた。
李登輝先生は、この日の40人の研修団のために、しっかりと原稿を作成
されて来ておられた。以前の研修では原稿がなかなか仕上げられず夜中
の3時までかかったこともあったそうだ。まさに、座右の銘『誠實自然』
を実行されている。
ついでに、李登輝先生は対談した漫画家小林よしのりさんのことを『よ
しりん』とあだ名で呼び、漫画もちゃんと読んでいるようだ。この日は9
月の日比谷公会堂での講演と異なり、度々原稿から外れて、ちょっとし
た経験談などを語ることが多く得した気分であった。
『87歳になるけどね、まだ(ゴルフは)18ホール回れるんだ。あらかた
の検診は済ませたから、もうやらない。あと5年は頑張る。やる人がいな
いもんだから私がやるしかないんだよ』と笑顔で話されていた。その元
気なお姿に頭が下がる。
最後は一人一人に修了証を手渡され、お別れとなった。87歳だというの
に、毎日のスケジュールはびっしりと詰まっているようで、すぐに次の
予定へと向かわれた。
一連のスケジュールが終了し、研修団も住まいの地域によって分かれて
帰国の途に就いた。帰りの機内では、柚原事務局長と隣の席となり、李
登輝友の会のことをはじめ沢山のお話をしていただいた。
ちなみに、柚原さんの住まいは、小生が訪問介護で廻っているエリア内
で、いずれ仕事中にばったり会うかもしれない。あっという間の5日間だっ
たが、充実した研修となった。李登輝先生はじめ講師の方々、事務局の
皆さん、参加者の皆さん、そしてここまで読んでいただいた方々に心よ
りお礼申し上げる。
主宰者より:講義の詳細は割愛しました。
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東北人の西洋との出合い
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平井 修一
日本に西洋音楽は欧米列強の軍楽隊とともに上陸した。次いで賛美歌と
して広まったという。軍隊、その次にキリスト教というのは当時の帝国
主義の方程式であり、明治維新がなければ日本も植民地化されたであろ
う。危ういところであった。
能因法師の歌「都をば 霞と共に立ちしかど 秋風ぞ吹く 白河の関」。
東北の地は大昔から辺境であったが、明治10年頃でも日光あたりまでは
どうにか文明開化の匂いがしたものの、白河の関(福島県)以北となる
と所々の宿場町以外の小さな村はまさに「未開の寒村」で、英国婦人イ
サベラ・バードが「日本奥地紀行」にその模様をしっかり書き残してい
る。
明治11(1978)年、日光金谷ホテルで快適な数日を過ごしたバードは、6
月下旬、いよいよ北へ針路をとる。梅雨と台風シーズンの東北踏査旅行
の始まりだ。
よりによってこの時期を選んだのは、小生が思うに、その前なら雪が残っ
ており、その後なら北海道に渡る頃は雪になってしまうから、旅には最
悪のシーズンを選ばざるを得なかったのであろう。女史は書く。
<6月24日 安楽な生活は日光で終わりであった>
鬼怒川沿いに北上する。栃木県から福島県へ。辛い6日間の行程だった。
県境の手前の横川(当時20戸)でバードは昼食をとる。
<横川の街路の中で昼食をとった。茶屋では無数の蚤が出てくるので、
それを避けたかったからである。すると、私のまわりに村の人たちのほ
とんど全部が集まってきた。
・・・群集は言いようもないほど不潔でむさくるしかった。ここに群が
る子供たちは、きびしい労働の運命をうけついで世に生まれ、親たちと
同じように、虫に喰われ、税金のために貧窮の生活を送るであろう。
彼らのおとなしい、裸で時代おくれの姿を見ていると、どうして貧乏人
の子どもが、かくも多くあふれるのか、と疑問が出てくる>
時節がら褌一丁、腰巻だけの村人は2時間もバードを見物した。彼女が
この地を訪れた最初の西洋婦人だから、住民にとっては珍しい動物を見
る思いだったに違いない。
<朝早く起き、ようやく坂下(ばんげ、910戸)を出発することができた。
二千人をくだらぬ人々が集まっていた。私が馬に乗り鞍の横にかけてあ
る箱から望遠鏡を取り出そうとしたときであった。群集の大逃走が始まっ
て、老人も若者も命がけで走り出し、子どもたちは慌てて逃げる大人た
ちに押し倒された。
伊藤(通訳)が言うのには、私がピストルを取り出して彼らをびっくり
させようとしたと考えたからだという>
<朝の五時までには豊岡の人はみな集まってきて、私が朝食をとってい
るとき、私は家の外のすべての人々の注目の的となったばかりでなく、
土間に立って梯子段から上を見上げている約四十人の人々にじろじろ見
られていた。
宿の主人が、立ち去ってくれ、というと、彼らは言った。「こんなすば
らしい見世物を自分独り占めしているのは公平でもないし、隣人らしく
もない。私たちは、二度とまた外国の女を見る機会もなく一生を終わる
かもしれないから」。そこで彼らは、そのまま居すわることができたの
である!>
貧しい農村に衝撃を受け、一方で桃源郷のような農村に感激し、この世
のものとは思えない美しい景色に感銘し、土砂崩れなど大自然の猛威に
脅かされたバードの旅。バードは大層感動したが、バードを見物した人
々もまたその感動を一生語り継いだであろう。
以上は昼寝の「一炊の夢」のごとき話だが、読者にとって面白かったの
かどうか。反応を聞きたいなあとは思う。人と接触していたい、関係を
結んでいたいというのは、老境のゆえかもしれないなあ。明日は「食品
衛生管理責任者資格」と大型免許に挑む。暇をつぶすのは結構な仕事で
ある。
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身 辺 雑 記
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東京湾岸。13日は冬のような寒さ。おまけに夕方から再び降り始めた雨
はまさに氷雨。寒い北国で生まれ育ったから、寒さは嫌悪に値する。殆
ど怒りだね。
14日の東京湾岸は、どんよりとした曇天、寒い。憂鬱。
鳩山は天皇陛下の昼食会を断り、アメリカ大統領を見送る事もせず、13
日夜のうちに夫人と共にシンガポールへ出発してしまった。なんという
失礼な行為だろう。シンポールが笑うだろう。ダメダネ、コリャ。
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