2009/10/26
渡部亮次郎の「頂門の一針」1707
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渡部亮次郎の「頂門の一針」1707号
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平成21(2009)年10月26日(月)
ペリー提督の黒船来航に似た世情:古澤 襄
「温暖化」はもはや神学論争:平井修一
「ワクチン1回」に慎重な欧州:石岡荘十
にほひぞ いづる:上西俊雄
再訪 遠藤周作文学館:馬場伯明
中国にもウォシュレット?:渡部亮次郎
身 辺 雑 記
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ペリー提督の黒船来航に似た世情
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古澤 襄
外交・安全保障で右往左往する民主党をみていると、ペリー提督の黒船
来航で右往左往した幕閣をみる思いだと評する人が多い。鎖国を続けた
江戸幕府は海外事情に疎い。アメリカ合衆国が日本との通商を求めて、
ペリー提督率いる黒船が来航した時には上を下への大騒ぎとなった。
このときに薩摩藩の島津斉彬公は老中首座の阿部正弘にアメリカ海軍の
東インド艦隊の琉球を来訪した以降の動静を詳しく報告し、警鐘を鳴ら
している。しかし太平の夢をむさぼっていた幕閣には危機感がなかった。
老中・阿部正弘については評価が分かれる。しかし外交姿勢からは「優
柔不断」「八方美人」な性格だったのは否定できない。ペリー艦隊来航
から日米和親条約締結に至るまで1年余りを無為に過ごしている。リー
ダーシップなき老中首座といわれても仕方ない。
よく言えば柔軟な人物であり、悪く言えば主体性のない人物だといえる
が、どこかの総理大臣とよく似ている。開明派の島津斉彬公に較べれば、
かなり人物が劣るのではないか。
浦賀沖に投錨したペリー艦隊は、アメリカ独立記念日の祝砲や、号令や
合図を目的として、湾内で数十発の空砲を発射したという。江戸市中は
大混乱となった。
普天間移設でラチがあかない鳩山政権に対して、ゲーツ米国防長官が
「威嚇した」と韓国の朝鮮日報が伝えている。空砲に怯える日本政府を
風刺している。
「太平の眠りをさます上喜撰 たった四はいで夜も寝られず」の狂歌に
ならねばよいが・・・。
動乱の兆しがみえた中で徳川将軍・家慶が死去した。相変わらず混迷を
続ける幕閣に対して異国排斥を唱える攘夷論が高まった。鳩山政権がダッ
チロールを続ければ、反米右翼が台頭する危険性がある。幕末にも水戸
藩の徳川斉昭公が日米和親条約締結に反対して幕閣を去った。
安政5年、開国派であった井伊直弼が大老に就任すると、日米修好通商
条約に調印。「開国と富国強兵こそ日本が生き残る道」と考え、その急
進的な政策が攘夷派の反発を招いた。安政7年、江戸城桜田門外で水戸
藩浪士に襲われ暗殺された。
井伊直弼についても評価が分かれる。司馬遼太郎は「攘夷派を弾圧した
が、開明論者でもなく、西洋嫌いであった」という。その評価は別とし
て、安政の大獄などの強行策によって、徳川幕府の基盤が揺るぎ、明治
維新の時期を早めたことだけは間違いない。
2009.10.25 Sunday name : kajikablog
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「ワクチン1回」に慎重な欧州
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石岡 荘十
新型インフルエンザワクチンは1回打つだけで充分な効果が得られるの
か、それとも、やはり2回接種しなければならないのか。
わが厚労省は、はじめ小規模な試験の結果を根拠に、「13歳以上は原則
1回」でいけると判断した。ところがこれに、足立信也政務官が疑義を
はさんだ。再検討の結果、最終的には
・20代から50代の健康な医療従事者についてだけ1回接種とする
・妊婦や持病のある人、1歳未満の保護者、中高生、高齢者は原則2回
とする。1回接種については今後の検討課題とする
ということになった。
http://www.melma.com/backnumber_108241_4648006/
ところが、10月23日付け欧州の審査当局(EMEA)のプレスリリースによ
ると、ヨーロッパでは、現段階では「2回打ちのまま」とすることになっ
た。
EMEAの委員会(CHMP)は欧州で承認されているH1N1新型インフルエンザ
ワクチン3品目についての臨床試験を行い、その結果を公表している。
臨床試験では3品目のうち2品目については成人では1回接種で十分であ
ることの示唆もあったが、委員会は「データが非常に限られている。1回
接種 スケジュールを一般的な使用として推奨するにはデータが不十分で
ある」とした。
EMEAの臨床試験は、初回接種3週 間後の結果をレビューした結果、
「18-60の成人においては1回接種で十分であるかもしれない。健康成人
での免疫原性は、インフルエンザワクチンの基準に従って、1回接種で適
切なレベルであることが示された」(プレスリリース)という。
しかしEMEAは、「1回接種でいいのではないかと推論させるデータがな
かったわけではないが、さらに、この推論を裏付ける治験を続ける(必
要がある)」という慎重な結論を導き出した。
振返ってみると、厚労省は20歳以上60歳未満の健常成人194人を対象に、
半数に1回接種、3週間後にHI抗体価(新型インフルエンザに対する免疫)
が明らかになった。
つまり、1回で「免疫力がつくのではないか」と推論させる、限られた
データが出たとたん、「誰でも原則1回でいける」、「免疫力がつく」
と三段跳びで自分たちに都合のいい判断をしたのだ。EMEAと同じような
方法の治験で、同じようなデータを得ながら結論が180度違ったのはなぜ
か。
近年、医学は科学であり、Evidence Based Medicine(EBN)、つまり、
根拠のある医療という概念が強く求められるようになっている。「科学
的なエビデンス(根拠)のない推論は無意味」ということだ。
この科学者としての医師の基本を、医師免許を持つ医系技官は失ってし
まった。結果、「推論」を「事実」と勘違いし暴走したということだろ
う。
国民は危ない橋を渡る医系技官主導のインフルエンザ対策の道連れにさ
れるところだったのだ。
今回は、図らずも政務官の判断で最終政策は、ほぼ欧州を同じ方向をた
どることとなった。EMEAは「同様の1回接種を10歳より上の小児にも適用
することも考えられる」との展望を明らかにしている。
各国の治験の結果に期待したい。
ところで、<米ホワイトハウスは24日、新型インフルエンザ感染に対
し非常事態を宣言した。米国ではすでに感染者が、数百万人、死者は
1,000人を超え、歯止めがかからない状態になっている>(10/25 産経
新聞)と伝えられている。
北部はすでに冬である。米国では季節性インフルエンザで36,000人が死
亡した年もある。日本での新型インフルエンザによる死者はまだ30人と
少ないが、季節性インフルエンザだけで1万人が死亡した年もある。新
型インフルエンザワクチンの番が高齢者に回ってくるのはまだ先のこと
だ。とりあえず季節性インフルエンザワクチンを打っておくようお薦め
する。 20091025
新型インフルエンザワクチンは、何回打てばいいのか?
東京大学医科学研究所 上 昌広(かみ・まさひろ)准教授
厚労省の足立政務官は16日の合意(原則1回打ち)を白紙撤回し、健康
な医療従事者以外は従来の2回打ちを基本とする方針を打ち出した。こ
れは、医学的には全く妥当な判断だ。
ところが、これに記者クラブが噛みついた。いつもと同じく、役人の説
明通りに記事を書いたのに、足立政務官のせいで、誤報になったのだか
らたまらない。
足立政務官の方針変換が現場に混乱を引き起こしていることを強調し、
かつ匿名の厚労省高官を登場させ「医師だからといって専門知識を振り
かざしたり、自分に近い専門家らの意見ばかり重用するなら、医療行政
の私物化につながる」というネガティブキャンペーンを張った。
一方、森澤、森兼、岩田委員のコメントを掲載した新聞はない。あまり
にも一方的だ。
面子を潰された記者クラブと、やりたい放題ができない医系技官の思惑
が一致した形だ。
一連の報道で、ワクチン接種の回数について医学的な議論にウェイトは
置かれていないことは、記者クラブの問題意識の所在を示している。
ところが、この議論、徐々に盛り上がりを見せつつある。週刊誌が内情
を暴露する記事を書いたり、また、全国医学部長会議などの学術団体が
見解を発表した。いずれも足立信也政務官の判断を是としている。
EMEAもインフルエンザワクチン接種の標準は2回打ちで、これを変更す
るには、臨床試験に基づく十分な検証が必要という、臨床医としての基
本を守っており、極めて妥当な判断と言えよう。
基礎研究などの都合のいいところだけを貼り合わせては、議論を誘導す
るのは、臨床研究の禁忌だ。EMEAの主張を、大手新聞社がどのように扱
うか見物である。この情報は、国民にとり極めて重要であることは言う
までもない。彼らの良心を信じたい。
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「温暖化」はもはや神学論争
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平井 修一
贔屓(ひいき)というのは理性を超えた感性だろうなあと思う。可愛い
からノリピーには執行猶予を、と願うのは贔屓心である。選挙も贔屓だ
から、この世は贔屓で成り立っているのではないか。
特に女性は物事を判定するのに「カワイイかカワイクナイか」の尺度を
多用するから小生は失恋の連続だった。還暦を迎えようという歳になっ
てもそれは人生の痛恨事のままだ。
ところで「論より証拠」というが、「証拠よりも論」という話もある。
「温暖化の原因はCO2」という人もいるが、「CO2増加の原因は温
暖化」という学者もいる。「温暖化よりもむしろ寒冷化している」とい
う論者もいる。
真実はどちらか、あるいは両方か。大声を出した者勝ちなのか。
「今いわれているように、気温の上昇が二酸化炭素やフロンの濃度上昇
によるものとするなら、人間活動のなかった、それより古い時代に見ら
れる温度上昇は、これらの物質とは無関係ということになり、温室効果
ガス説は根拠を失うことになる」(坪村宏・大阪大学名誉教授)
一方で、
「20世紀半ば以降に観測された世界平均気温の上昇のほとんどは、人為
起源の温室効果ガス濃度の観測された増加によってもたらされた可能性
が非常に高い」(文部科学省、環境庁、気象庁)
という論もある。神がこの世を創ったのか、この世が神を創ったのか。
もはや神学論争で、どちらが正解かは「神のみぞ知る」。誰も勝者には
なれない。南京大虐殺みたいに無から有を創作する人もいるからご用心、
ご用心だ。
気象庁によると世界の平均気温はこの100年間でプラス・マイナス0.5度
の範囲である。色々な計算モデルによると今後の100年で1度から3度くら
い上昇するというのが国際標準の理解だそうだ。ホントか? 人気に合
わせた贔屓ではないか?
専門家はリーマンショックを予測できなかったが、人智を集めた政府さ
え来週、来月、来年の気候も予測できないのに、100年後を予測するのは
「?」ではないか。
常に眉に唾をつけるる覚悟で報道などには接しないと、いいように騙さ
れる。メディア・リテラシーとは冷静に報道を見る目である。
友愛、共生、エコとか口当たりのいい言葉には特に注意しなければなら
ない。誠実な人から詐欺師までが、善意から、あるいは悪意から同じ言
葉を吐くのである。悪はしばしば正義を装う。
100億円の資産を持つ大金持ちがセレブライフを楽しみながら友愛を説き、
格差是正を説く。慈善財団でも創って困っている人を助ければいいと思
うが、金持ちはおおむねケチだから金を出さない。口先男という。
エコを唱えることをビジネスにしている人もいて、20室もある自宅では
普通の家の20倍の電気を使っており、言っていることとやっていること
が別でも平然としている。詐欺師の類だ。
Nashville Electric Service indicated that the Gore household
uses 20 times as much electricity as the average household
nationwide.(wiki)
ファンクラブというのは人気者に群れるから群盲みたいなもので、人気
者が他所から貶されたりすると本人以上に怒ったりする。人気者に毀誉
褒貶はつきもので、いちいち目くじらを立てるなよと言っても聞かない。
贔屓というのはそういうもので、「趣味は小沢一郎」なんていう気持ち
悪い人までいてこの世が成り立っているのだから、まあ他人の異説やら
悪口雑言に過剰反応するのは精神衛生上もやめたほうがいい、と言って
も多分無駄だろう。
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にほひぞ いづる
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上西 俊雄
公教育の目的は生徒が獨り歩きできるところまで導くことだと思ふ。獨
り歩きするとき助けになるのは地圖や辭書だ。地圖も索引が引けなけれ
ばばならないから結局これも辭書の一種と言ってよい。
辭書を引くには五十音圖や漢字の部首の知識が必須。アルファベットの
ことを考へてみて欲しい。ローマ字のためであればLQVX、もしそれ
が訓令式であれば更にCFJも不要だけれど誰もこれらの字母を小學校
で教へることは無用だとは言はない。
將來の英語辭書檢索のためにはアルファベットの字母を全部覺えること
が必要だ。假名字母も最初から全部教へておくべきなのだ。
ローマ字のことを書いた小文を讀んだ湯仲間が『しゃがむ姿勢はカッコ
惡いか』といふ本をもってきてくれた。ローマ字のことがでてゐるとい
ふのだ。
數字は4桁區切りにすべきであるとか、ローマ字書き姓名の順序を變へ
るべきでないとか同じやうな主張があるので驚いた。ただし時々ついて
いけなくなる。
「小學校の先生たちへ」と題する一文のなかで日本古謠の歌詞を比べた
ところ。著者は「教科書に出てゐる歌詞が、子供が童謠集レコードで覺
えたものと異なる。
レコードのヂャケットに書かれてゐるそれは、周知のやうな古謠のまま
である。この兩者を比べてみて、小學校の先生たちよ、何か想ふところ
がないだらうか。やや大袈裟に言へば、私には教科書の方の詞が、まる
で民族滅亡の歌のやうにみえる」と言はれる。
著者が古謠のままとするのは次の通り。なほ引用に際して傳統的表記に
直してきたが歌詞の部分はそのまま。
さくら さくら
やよいの そらは
みわたす かぎり
かすみか くもか
においぞ いずる
いざや いざや
みに ゆかん
これがどうして古謠のままなものか。ニホヒゾイヅルでなければ變だ。
そのイヅルがイズルとなってゐるのはまるで民族滅亡の歌のやうにみえ
ないのだらうか。
ヅズはローマ字で書分けないから二つは必要ないと假名字母の一方を使
用禁止にしたのが現代かなづかひだ。
ただし「主として現代文のうち口語體のものに適用する」ものだから、
古謠に適用したのはレコード會社の勇み足。しかしATMの端末もカラ
オケのリモコンも缺損五十音圖だから、我々は勇み足を至る所にみるこ
とになる。
でもどうやってイズルを國語辭書で調べるのか。ゾが係り結びの助詞で
連體形を要求するからイズルは連體形。終止形はイズだ。ではイズとい
ふ語が國語辭典に出てゐるのだらうか。手許の辭書で出てゐるものはな
い。古語辭典ではイヅで出てゐた。
表音主義者は音が基本だとして萬葉から昭和の敗戰まで使ひ分けされて
ゐた假名の遣ひ分けをやめた。そのため我國の國語辭書は古語辭書と國
語辭書に別れ、古語辭典は平安中心。
古語辭典のための假名を何時教へるのか知らないけれど、アルファベッ
トを二段階に分けて教へる愚を犯してゐるわけだ。普通の生徒は國語辭
典しかつかふことができない。戰前のものは讀めずともよいといふ姿勢
だ。
「小學校の先生たちへ」の中で著者は君が代がサクラサクラと異なり文
語體のままだと憤ってゐる。サクラサクラについて言ってゐることと全
く逆。結論が先にある。結論が氣に入らなければ方法を變へる、これが
ついていけないところだ。
その上、文語體のままだといふが、國家國旗法の場合と同じく節約字母
表記。平成11年の國家國旗法で改竄がなされたと思ってゐたが『家庭畫
報』昭和48年11月號に掲載されたといふこの文章からすると遲くとも昭
和47年の教科書ですでに行なはれてゐたことになる。
『Romazi no Nippon』昭和54年3月1日號掲載といふ「ローマ字は日本
式でなければならない」といふ短文がある。書出しがいはば歴史の證言。
<今も覺えてゐる中學2年のときの光景がある。そのとき私たちはハダ
シで體操の時間を終へたあと、水場で足を洗ってドヤドヤと校舍にはい
る途中だった。同級生のqN君が足を洗ひながら横のだれかに話してゐる
のを耳にした。
---「日本語をローマ字にしたらどうかって案が出たんださうだぞ。そし
たらマッカーサーが「そりゃあ良いことだ」っちうことになったんだっ
て...」>
筆者はこのとき「反對だ」と反射的に思ったとある。マッカーサーとい
ふ名前に反撥したのかもしれない。日本式でなければならないとする根
據は何なのだらうか。ひょっとしたら字母の使用がヘボン式に比べて少
ないといふことがあるのかもしれない。さうであれば古謠が節約字母で
書かれてゐることに違和感を持たないのと一般だ。
節約字母表記、現代假名遣、表音主義表記、どう言っても同じことだが、
彼らは言葉の形式より意味や内容を問題にする。「にほひぞいづる」が
「においぞいずる」となっても氣にはしないが「あさ日ににおう」とな
ってゐるのが問題だと思ふのだ。
或る大臣が國會開會に際して下される陛下のお言葉を問題にした。莊重
な文語體であれば時代を超越するものとしてかかる問題提起はなかった
かもしれない。さすがに同じ黨の人からさへ政治利用に繋がるものだと
窘められたやうだが、この主張は見えないところで我國の土臺を侵蝕し
民主黨の支持基盤を強化すると思はれる。
表記といふ形式をときに應じて變化させること、形式より表現される内
容を問題にすること、これこそ表音主義のテーゼだからだ。マスコミに
も國民にも表音主義者が多い。敵は本能寺とみるべきかもしれない。
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再訪 遠藤周作文学館
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馬場 伯明
長崎への帰省ついでに遠藤周作文学館を再訪した。五島灘から東シナ海
に連なる角力灘(すもうなだ)を西に見下ろす長崎市東出津町(旧外海
町)の断崖の上にある。
遠藤周作の代表的な作品である「沈黙」の舞台になった場所である。
「・・心の故郷である長崎」であったという氏の意を忖度し順子夫人ら
の希望により、長崎県外海(そとめ)町が選ばれ建設された。
《 『女の一生』は私【にとって】の心の故郷である長崎への恩返しの
つもりで書きあつめている作品である。私は長崎の生れでもなければ、
長崎育ちでもない。
しかし、今から十数年前、この街にはじめて旅してから今日まで、【長
崎への】愛着は【強】深まりこそすれ、【決して】弱くな【り】ったこ
とはない。(「筆門雑話」草稿!)238頁) 》なお、展示されている現物
では【 】内の文字は線(-)で抹消してある。
2000/12、2778.17!)の敷地に2階建1073.85!)の美しい白壁の文学館であ
る。施設は、1階に、展示室!)(常設・テーマ展示)展示室!)(多目的)
展示室!)(聴濤)と閲覧室・書庫・ホール・ショップ・軽喫茶。2階にラ
ウンジがある。
展示室!)(常設展示)のパネル「遠藤周作の生涯」には次の6区分がある。
幼少の頃/学生時代とフランス留学/文壇への出発と闘病生活/「沈黙」の
時代/純文学と狐狸庵エッセイ/晩年と「深い河」。
展示のパネルから、深い印象を持ったフレーズを現場で抜き書きした
(ここは撮影禁止である)。
《 この年齢になってみると私はかつて犯した愚考も、かつて私の身に
起こった出来事も、たとえそれがそのまま消えてしまうように見えたも
のでも、決して消えたのではなく、ひそかに結びあい、からみあい、そ
して私の人生に実に深い意味を持っていたことに気づくのだ。
私の人生のすべてのことは、そう、「ひとつだって無駄なことはなかった」
と今にして思うことができる。(「生き上手死に上手」より) 》私た
ちは死に際に《無駄なことはなかった》と悟ることができるだろうか。
《 この雅号をつけたのは特別な意味があるのではない。ある雑誌で連
載随筆を頼まれた折、題名に苦労した。あれこれ思案してもいい題が思
いつかぬ。
それで「こりゃ、あかんわ」という関西弁を感じで書いてみた。その結
果、「狐狸庵閑話」という題が生まれ、狐狸庵という名が私の雅号にな
ったのである。(「ほんとうの私を求めて」より)》
《 わが想 似たり落葉の 吹きだまり(「狐狸庵閑居図」町田市立図
書館蔵の色紙より) 》原稿を書く狐狸庵先生(遠藤周作本人)が描か
れ、俳句が書かれている色紙(複写)。
《 S40(1965)10/8 14:25羽田発 17:25大村着 》長崎行きのス
ケジュールが書いてある10月のカレンダー、1枚。 偶然、10/8は私の
誕生日である。
《 何が彼等をこの大きな苦しみに耐えさせ、大きな情熱に駆りたてた
か。それは今、私にはわかるのです。 》「沈黙」草稿。この一文が右
上の欄外に赤ペンで追加されている。
また、右下の欄外には同じ赤ペンで次のように。《 帆は、満足そうに
膨れ、飛魚の群が銀色に光りながら波間にはねるのがいつも見えました。
》
紺碧の海、角力灘のことである。
遠藤周作の、決して達筆ではない素朴な字、推敲の過程がよくわかる原
稿、そして関係者等の写真なども多くある。特別な、熱狂的なファンで
なくても、興味を持てるような親切で丁寧な展示がなされている。
団体旅行の人たちもいたけれども、独りで来ている風の老若男女がけっ
こういた。眼下に広がる青い海を臨む広い石畳のテラスに立てば、憂い
の心も解き放たれるであろう。建物の一角の喫茶室ではコーヒーを横に
置き、じっと海を眺めている人もいた。
遠藤周作は、「沈黙」で、権力者の厳しい弾圧により棄教した人、つま
り、踏み絵を踏み、転んだ弱い人に寄り添いその心理を描いた。彼らも
強い人と同様に苦しむ。その信仰心に変わりはないという。
まるで、「善人なほもて往生をとぐ、いはんや悪人をや・・・(歎異抄)」
と他力本願を説いた浄土真宗の祖、親鸞の逆説の論理と符合するようだ。
私はキリスト教徒でも、熱心な仏教徒(浄土真宗)でもない。だが、遠
藤周作の「沈黙」などに登場する心が弱い人物の挙動を通して、宗教と
いうものの真髄が見えてくるような気がする。
遠藤周作文学館は日本の西の果てにある。そこには地味で静かな空間が
ある。機を見て訪れてください。おそらく、損はしません。(了)
(追記)
遠藤周作文学館から海岸沿いの道を少し下れば外海(そとめ)地区の旧
跡がある。ド・ロ神父記念館・墓、旧出津(しつ)救助院(国指定重要
文化財)、出津教会(県指定文化財)、黒崎教会がある。
また、枯松神社(キリシタン神社)や外海歴史民族資料館などで、隠れ
キリシタンの歴史を豊富な資料や遺品などで知ることができる。遠藤周
作文学館がこの地に建設された訳がわかる。(2009/10/23千葉市在住)
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中国にもウォシュレット?
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渡部 亮次郎
中国人は用便中を他人に見られて平気だ。それに手は滅多に洗わない。
日中国交回復のための田中角栄首相の同行しての初訪中(1972年9月)。
このとき万里の長城行きの取材バスに乗り遅れて、特別車を仕立てて後
を追いかけたら、天安門から5分も走らぬ北京市内で、肥え桶を担ぐ人
に出合って驚いた。まさか日本人記者が来るとも知らずに共産党は通行
を許可したのだ。
しかし、次の場面では、それこそ仰天した。万里の長城に登り始めると
ころにある公衆便所である。仕切りが何も無い。体育館みたいな広さの
床に四角い穴が何十もあけられ、人々は他人に尻穴を見せながら用を足
すのである。しかも手を洗う水はどこにも無い。
そういえば、街の食堂で料理人はトイレに立っても、事後に手を洗わな
い。おそらく、中国では水が少ないので、手洗いの習慣が無いのだろう。
そういう中国で、どれほどかは知らないが、用便後、便座にすわったま
まで尻を洗える「ウオシュレット」が売れているというから、やや驚き
だ。改革・開放が尻にまで及んだか。驚き以外の何物でもない。
洗った尻は汚れていないのだからと、ますます手を洗わなくなる事を恐
れて、出来ることなら、中国へは行きたくないものだ。
「ウォシュレット」は、TOTOが販売する、温水洗浄便座の登録商標及び
商品名である。しかし、世界では日本しか普及していなかったから、大
臣に随行して外国出張を重ねていた外務大臣秘書官の時代は携帯水洗器
を持ち歩いたものだ。
TOTOのウオシュレットは発売が1980(昭和55)年6月。以来、2005年6月
には累計販売台数が2000万台を突破した。
2006年10月現在、中国・香港・台湾・韓国・ベトナム・シンガポール・
インド・ドバイなどの中東地域・アメリカ・カナダで販売されている。
『頂門の一針』常連執筆者平井修一さんが紹介するワシントン・ポスト
の記事によると、インドでは人口のおよそ半分の6億6500万人がトイレに
不自由しているというから、TOTOの市場は世界にまだ相当残っているわ
けだ。
最近のアメリカやヨーロッパの方面での実際の普及状況はわからない。
古くて歴史を誇るホテルではどうだろうか。古くからビデ完備だったパ
リのオテル・クリヨンでもウオシュレットを取り付けたろうか。
「ウオシュレット」は温水洗浄便座では高いシェアを誇り、INAX(同社
の名称はシャワートイレ)や他社製の同種類のものも含め、「ウォシュ
レット」と呼ばれるほど定着しているが、ウォシュレットの名称は先に
述べた如くTOTOの登録商標(日本第1665963号)であるため、注意が必要
だ。
TOTOは1960年代に米国からの輸入によって温水洗浄便座(ウォッシュエ
アシート)の販売を行っていた。主に病院向けに医療用や福祉施設用に
導入されていたものである。
1969年にはこれを国産化したが、当時は販売価格も高く、なおかつ温水
の温度が安定しないために火傷を負う利用者もいた。
男装で有名だった女流作家が、ビデを使ったらなんと熱湯が出てきて大
火傷をした。係りが呼び出されて謝罪したが、男装なのに、あそこは男
性でなかったのかと、帰り途で2人で大笑いしたという話を耳にしたこ
とがある。
TOTOは独自に研究開発を進め、清潔好きな土壌を持つ日本での普及が見
込めることなどから、1980年に2機種の設定によって発売を開始した。
特に、肛門位置などの数値データは存在していなかったので、社員など
の協力を得てデータを収集し、噴出位置を設計するという工夫をこらし
た。
温水貯蔵式でおしり洗浄のほか、乾燥と「ウォームレット」の機能であ
る暖房便座機能を持つ「Gシリーズ」(Gはゴージャスの意)と、水を瞬
間式で温水にし、おしり洗浄と暖房便座機能に絞った「Sシリーズ」(S
はスタンダードの意)の2種類がある。
以後現在まで基本モデルはこの2種類で、これにコンパクトシリーズが
1993年以降追加されるようになった。また、便器の大きさによって、レ
ギュラー(標準)サイズとエロンゲート(大型)が用意されている。
1982年には、当時話題のタレント・戸川純を起用したCMで、コピーライ
ター仲畑貴志による「おしりだって洗ってほしい」のキャッチコピー
(第2弾コピーは「人の、おしりを洗いたい」)、その独特のCM中の歌に
よって一気に知名度を高めた。
CMについては、初回の放映時間がゴールデンタイムであったことより、
視聴者から「今は食事の時間だ。飯を食っている時に便所の宣伝とは何
だ!」などとクレームが入り、おしりという言葉を使用したことなどにつ
いても批判されたが、それを乗り越えるだけのインパクトがあった。
以後、すべてのラインナップで着座センサーを導入した(それまでは着
座していなくても温水が噴出した)。ふたの自動開閉や便器洗浄、さら
には消臭、脱臭、芳香の機能の搭載にも成功した。
ウォシュレットを装備した一体形便器(商品名「ネオレスト」「Zシリー
ズ」など)の登場、また住宅用に限らず公共施設やオフィス、ホテル用
のラインナップも整備された。
抗菌・防汚にも配慮がなされ、ノズル部分は肛門から跳ね返ってきた温
水が周囲に掛からないような角度(43度、ビデは53度)に設定されてお
り、格納時やおしり洗浄前にノズルを温水で洗浄する機能も付属してい
る。
また、おしり洗浄とビデ洗浄では吐水する配管も変えられている。他に
も、省エネルギーにも配慮して節電機能を設けたほか、操作部も一部機
種では壁付けの別体リモコンの採用で使いやすくするなどの改良が加え
られている。
また2005年10月には音楽のMP3再生機能が備わったウォシュレットが発売
されるなど、多機能化が進んでいる。このようなトイレの多機能化は日
本独特のものであり、世界的にはこのような便座はまだ普及していると
はいえない。
歌手のマドンナが2005年に来日した時、彼女は「日本の暖かい便座が懐
かしかった」とコメントしている。
しかし、マドンナの発言から類推するところ、アメリカでの急速な普及
は想像できない。ヨーロッパ各国でも同様ではないか。日本人は、極端
と言われるほどに清潔好きなのだ。
1998年には累計販売台数1000万台を突破したが、この頃から多くの便器
で装備するようになり、以後7年で倍の2000万台に達した。他社製品も含
めれば、普及率は6割程度まで伸び、新規に建設されるオフィスビルでも
標準的に取り付けられるようになっている。2009・10・10
出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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身 辺 雑 記
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東京湾岸は26日、朝から2日続きの雨、寒い。一昨日まで半袖シャツで散
歩していたのに、いきなり上着。こうして冬が近付いて来るのですね。
日本は四季のはっきりした国。だけど国家意識の薄弱な国になりました。
戦争を60年以上もしないと、皆、こういう国家になるのだろうか。ドイ
ツが日本を軽蔑していると思う。
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