八幡西教会 礼拝レポート
−−−− 2008年10月5日 世界聖餐日礼拝−−−−−
神の高みに目を向ける
新約聖書 ルカによる福音書 14章25〜35節
大勢の群衆が一緒について来たが、イエスは振り向いて言われた。
「もし、だれかがわたしのもとに来るとしても、父、母、妻、子供、兄弟、姉妹を、更に
自分の命であろうとも、これを憎まないなら、わたしの弟子ではありえない。
自分の十字架を背負ってついて来る者でなければ、だれであれ、わたしの弟子ではありえない。
あなたがたのうち、塔を建てようとするとき、造り上げるのに十分な費用があるかどうか、まず
腰をすえて計算しない者がいるだろうか。そうしないと、土台を築いただけで完成できず、
見ていた人々は皆あざけって、『あの人は建て始めたが、完成することはできなかった』と言うだろう。
また、どんな王でも、ほかの王と戦いに行こうとするときは、二万の兵を率いて進軍して来る敵を、
自分の一万の兵で迎え撃つことができるかどうか、まず腰をすえて考えてみないだろうか。
もしできないと分かれば、敵がまだ遠方にいる間に使節を送って、和を求めるだろう。
だから、同じように、自分の持ち物を一切捨てないならば、あなたがたのだれ一人としてわたしの
弟子ではありえない。」「確かに塩は良いものだ。だが、塩も塩気がなくなれば、その塩は
何によって味が付けられようか。畑にも肥料にも、役立たず、外に投げ捨てられるだけだ。
聞く耳のある者は聞きなさい。」
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
この主の教えは大変冷酷なものに思える
これが特定の弟子に向けられたものであるなら理解も出来よう
しかしこの教えは大勢の群衆に向けられたものである
この教えを文字通り実践しなければ弟子となれないのなら大方は落第だ
主の教えの真意はどこにあるのであろうか
この教えを語られた時の状況を考えてみよう
この時期主に対する噂が広まり、多くの人から期待を受けていた
ある時著名なパリサイ派の議員に招待された それほど主の評判は高まっていた
人々の好奇心と野次馬根性で多くの人々が群がっていた
ある者はユダヤの解放運動の指導者を期待した
ある者は奇跡の癒しを頼っていたのかもしれない
ある者は主の人柄に魅力を感じたのかもしれない
けれども主は大勢の群衆が抱いていた期待や幻想を打ち砕こうとされた
それゆえに今日のテキストのようなことを語られたのであった
現世的利益、即物的報復を望む心を捨て去らせるために
どんな状況の中でも主イエスと共に歩む、天の父の前に立つこと
それが主の望まれることであった
主の語られたのは家族軽視の言葉ではない
家族や自分の命までも捨てるという言葉は33節の言葉と合わせて考えるべき
それは自分の持ち物をいっさい捨てるということである
つまり主の弟子たる者は、自分自身の命さえも自分のものであると主張してはならないのだ
最も単純で素朴な信仰告白は「イエスは主である」ということである
主は自分ではなくイエスである 自分が自分の主であることを放棄すること
それが主の弟子たる者の条件である
自分自身や家族への愛も、主への愛があればこそである
家族を自分の所有物と思う心からは本当の愛は生まれない
すべては神のものである 神からの賜物として家族を愛し、自分を愛する
旧約におけるアブラハムとイサクにおける見事な親子関係
息子を捧げよとの主の命令に対しためらうことなく従うアブラハムの信仰
この場面でアブラハムに信仰的葛藤があったとは書かれていない
息子は神の賜物であることを常に覚えていたからだ
ヨブも豊かな富と家族とを自分の所有物であるとは考えていなかった
富いっさいを失ったとき「主が与え主が取りたまう、主の御名は誉むべきかな」と言った
人生の危機の際、「イエスこそがわたしの主」という信仰が試される
塔を建てる者と戦う王のたとえとは、信仰へ入る者への心構えを示している
主に従おうとする者はこのようなものである
自己の一切を捧げ尽くして従おうとする姿勢がなくてはならない
主に従う者は、十分考えて決意すべきであることを教えている
しかしそれは人間の思いで信仰生活への計画が出来るというものではない
信仰への自信も不安もそれぞれ人が解決できるものではない
中途半端な気持ちからではなく真実の心からありのままの自分をすべて捧げる
途中で止めるくらいなら初めから止めた方がいいというのではない
主に従おうとする者は、よく考えて永続的に主に従う心構えを求められている
信仰生活はその生涯を捧げるに値する喜びあるものである
十字架を負う生活は、一時的な心と高ぶりではなく生涯かけての闘いである
塩が効き目を失ってしまった塩はもはや何の役にも立たず捨てられる
主の弟子になろうとする者は自ら塩とならねばならない
キリストの弟子となりながらこの世のものに固執して信仰生活をおざなりにする者も同じ
塩は防腐剤、調味料、肥料となっていた
塩は弟子たちに求められた役割を示している
この役割を果たさない弟子たちは捨てられるしかない
これらの言葉は群衆に語られた主の警告である
主と共に十字架を負うか、この世のわざに身を任せるのか
主が語られた厳しい言葉の最後は
「聞く耳のある者は聞くがよい」
キリスト者になるということ
それは自分自身の価値観の序列に目覚めることから始まる
趣味、仕事、家庭、家族、自分自身のこと、神のこと
それらも私たちにとっては大切であり価値を持つ
しかしそれらの中で最高の価値を天の父なる神に置かねばならぬ
そこからすべてはとらえられるべきものである
そこから真の価値を見いだすことが出来る
人間的情や欲望から神への思いを見失いがちな人間
主に従う者はしっかりと神を見つめる姿勢が大切
主を見つめる目をそらさないこと
幻想や期待から抜け出るための信仰の闘い それは日々の闘い
神の高見に瞳を向けた歩みの確かさ
その中にこそ主にしっかりと従う信仰者が生まれる
罪の贖い主である主の十字架を見つめる心が神の恵みとして与えられる


![転職なら[en]社会人の転職情報!転職成功者続出 転職なら[en]社会人の転職情報!転職成功者続出](http://kamogawa.mag2.com/bn/recommend/sya.gif)
![派遣のお仕事探しなら[en]派遣のお仕事情報 派遣のお仕事探しなら[en]派遣のお仕事情報](http://kamogawa.mag2.com/bn/recommend/haken.gif)
![アルバイト探しは[en]本気のアルバイト アルバイト探しは[en]本気のアルバイト](http://kamogawa.mag2.com/bn/recommend/baito.gif)
![就職サイトは[en]学生の就職情報 就職サイトは[en]学生の就職情報](http://kamogawa.mag2.com/bn/recommend/gakusei.gif)
![転職なら[en]転職コンサルタントキャリアを活かした転職に! 転職なら[en]転職コンサルタントキャリアを活かした転職に!](http://kamogawa.mag2.com/bn/recommend/consul.gif)