2006/04/06
3kan.netの塩崎です。73号『島の思い出』
「感動・感激・感謝 3kan.net」■通巻第73号(まぐまぐ配信第60号)■ http://www.3kan.net/ 2006年4月6日号■ ■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━■ 先々週、ゆきよの 「私のおじちゃん」をお届けしましたが、 それを読んでくださった読者の<田舎娘>さんから 子供の頃に出会ったおじさんにまつわる 思い出という感動ストーリーが届きました。 まだ大人になる前、ひとりの少女が垣間見た 島に住むおじさんと大人たちの世界です。 ■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━■ 『島の思い出』 私の田舎は 四国は愛媛県、松山沖にある小さな島です。 中学生の頃まで毎年夏休みになると、 母方のおばあちゃんの親戚宅を頼って 家族で訪れていました。 夏休みの7月8月といえば、 島の人々の生計を支える タコ漁の真っ最中。 親戚といえど、のんきにお泊りに行く私たちを お客さま扱いしてくれるはずはありませんが、 山を探検したり、海で泳いだり したいことがたくさんあるわけですから ガミガミ言われないだけ、 子どもとしてはかえって好都合で 私はそんな島への小旅行を毎年楽しみにしていました。 私たち家族がお世話になっていた親戚とは、 おばあちゃんの姉にあたる人です。 私のことを「宝物だ」といってくれるその人を、 私は“もうひとりのおばあちゃん”と 慕っていました。 島ではそのおばあちゃんの母屋に 寝泊りさせてもらっていたのですが、 その母屋にはおばあちゃんのほかに もう1人“おじさん”がいました。 物心ついたときからそのおじさんはいたので、 私はてっきり おばあちゃんのだんな様だと思っていたのですが 後から知った話で、 その人は元大工さんで、 仕事で訪れたこの島のあまりの美しさに一目惚れして、 いつしか移り住んでしまったということでした。 どうやらおじさんは だんな様ではないらしいとわかってからも、 なぜそのおばあちゃんと一緒に住んでいるのか ということは 子どもの私には「どうでもいいこと」で、 聞いたこともありませんでした。 おじさんは耳が不自由だったせいか無口で、 いつもみんなより一歩引いたところで ただにこにこしている、そんな人でした。 当時は、耳が遠いから 私たちの話にはいってこないのだろう と思っていましたが、 大人になっておじさんの立場を知ってから、 それはおばあちゃんの親戚である私たちに対する 遠慮だったのだと気づきました。 そんなおじさんのことで 強烈に覚えている出来事が1つあります。 ある日の夕暮れ、ひょんなことから 私はおじさんが作ったという海辺の小さな小屋で おじさんが海で獲った、山ほどあるウニを 一つひとつ割っていく作業を手伝いました。 慣れない手つきの私でしたが、 おじさんは特に注文をつけることもなく ただ好きに手伝わせてくれました。 黙々とウニを割り続ける二人。 潮の香りのする小屋の中、 ガラスのない窓からは夕焼けのオレンジの光が まぶしいほど差込んでいました。 私たち二人のまわりを、ただ穏やかに ゆっくりと流れる時間は子どもの私にも心地よく、 日が落ちるまで随分と長い間そこにいました。 おじさんと二人で何かをしたというのは、 後にも先にもそれっきりでした。 いつしか時が経ち、大きくなってからは 島を訪れる回数も次第に減り、 親戚であるおばあちゃんたちとは連絡をとりあっても、 おじさんの話が出ることも滅多とありませんでした。 大人になった私が おじさんのことを久しぶりに思い出したのは あまりに突然の 悲しい知らせによってでした。 ・ ・ ・ <続きはこちらで> http://www.3kan.net/ ■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━■ 子供の頃に見ていた おじさんやおばさんたち。 おじさんは なぜあの時、あんな顔をしてたんだろう おばさんは なぜ泣いていたの? 大人になると、ふとした瞬間にある場面がよみがえり、 その時のことを理解することがあります。 みなさんの心の中にもありますよね、 不思議だった大人たちの思い出。 ■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━■ ■感動・感激・感謝-3kan.net- ■発行者 塩崎 周司 ■編集者 大植 幸代 ■ホームページ http://www.3kan.net/ ■メール info@3kan.net ■発行周期 週刊木曜日発行 ■登録・解除はこちらから http://www.3kan.net/merumaga.html


