アジアのヘソ(The Navel of Asia)新疆ウルムチ市通信 RSSを登録する

21世紀はアジアの時代とも言われてますが、それならやっぱり、ど真ん中に立たないと!ここ中国新疆ウルムチ市は、アジアの地理的中心=ジアのへそ。アジアのど真ん中から、21世紀のシルクロードの生の姿をお伝えします。

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2006/07/31

アジアのへそ( The Navel of Asia)〜アジアのヘソで茶を沸かす〜

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        アジアのヘソ( The Navel of Asia )
         〜アジアのヘソで茶を沸かす〜

        2006年 7月 31日号: Vol.21

  【中国新疆ウルムチ市より、21世紀のシルクロードの風を・・・】
           マガジンID:0000151362
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こんばんは!編集長の柊谷龍哉です。
長らくの無沙汰、申し訳ありません。
いろんな事があり、半年間、配信できずに居りました。
8月より心機一転、精力的に配信してゆきます。

先ずは、今日は、プレ配信と言うことで、
これまでの「アジアのヘソ」に一区切りつけるため、
話が中途のままの、「ニセひらまさ旅行記」を配信します。
で、明日は、「笛吹きコラム」の「サイマホン」の話を再配信。

そして、8月4日から、新生・「アジアのヘソ」を配信再開いたします。

今後とも、何卒よろしくお願いいたします。


┏━INDEX<目次>◆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

┃ 1.ニセひらまさ旅行記  〜 トルファン二泊三日バカツアー 〜
┃ 



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│1.ニセひらまさ旅行記 〜 トルファン二泊三日バカツアー 〜
└─────────────────────────────────●

私は旅行が嫌いである。
もともと長距離の移動が嫌いである。そのため4年間日本に帰らなかったくら
いである。また短い移動も何か目的がないと行わない。散歩なんて何が楽しい
のか理解できないでいる。
そんな私が1999年の夏1ヵ月半をかけて南新疆を旅した。

まずは準備である。旅行嫌いの私でも旅行に対する美学はある。
その理想は手ぶらで旅行することである。しかし、そうもいかないので荷物を
入れるものが欲しい。そこでカバンを買いに行った。条件は安くて丈夫。見た
目は二の次である。

そうすると解放軍グッツが一番手頃である。私の冬の靴は、今でも1997年
の暮れ頃に買った解放軍の大頭靴である。4年経ったが、靴ひもが切れただけ
で、いまだ現役である。
(2006年1月、未だに彼は履いています。By:編集長)

そんなわけで解放軍グッツには絶大な信頼を置いているわけであるが、今回は
外国人旅行者らしい格好をしようと思い、別のものを買うことにした。O氏に
スポーツ用品店の場所を聞き、NIKKOのリュックを買い求めた。500元
くらいしたが、こいつもいまだ現役である。私もなかなか買い物上手である。

というより物持ちがいいのである。これは母親の影響がとても強く、この冬日
本に帰国したとき気付いたのであるが、私の使っていたバスタオルが体を拭い
ていると布のちぎれる感触がして、何かおかしいと思い、バスタオルのガラを
見てみたら札幌オリンピックのバスタオルであった。

札幌オリンピックの開催は1970年代であるから少なくとも20年以上使わ
れていたことになる。

さて、話を旅行に戻すが、準備も大切だが、この旅行を有意義なものにするた
めには計画を立てねばならない。一応頭の中でぼんやりと考えていたものは、
タクラマカン砂漠を一周するというものである。でもどういう手段で一周する
かというと、それはやはりバスでするしかないようである。しかしそのときの
私はどこからどうやってバスに乗るかはわかっていなかったのである。

なぜなら、そのときまでに新疆に留学してから行ったことのあるのはトルファ
ンだけで、しかも団体旅行のバスに乗せてもらったりした他人まかせのもので
あった。

「旅行が嫌いだ」と言っておきながら旅行しているじゃないかと言われればそ
れまでだが、人には断われないお誘いというものがあることを考えてほしい。
私は「飲みに行こう」なんて言われたら絶対に断われない。

と書いてて思い出したが、一人旅ではなかったが私が主体になって行った旅行
があった。それはこの一人旅に出発する前の三ヶ月前、1999年3月末頃の
ことである。


事の発端は「平政」の社長が、まだ「平政」を開店させる前にその視察の為に
新疆に来たことによる。彼に言わせると別に視察に来たわけではなく、遊びに
来ただけであると言っているが、結果その半年後に「平政」をオープンしたこ
とになるのであるから視察と言ってもいいであろう。

まあ、ともかくその時の社長は数ヵ月後の自分を思い描くことも無く、観光気
分に浸っていたのである。

そこで、社長とその兄であるO氏(当時新疆に在住)との間で、せっかく新疆
くんだりまで来たのであるからトルファンでも行ってこよう、しかし社長は
(当時)中国語ができないのでO氏がついていってやりたいが、仕事のため行
けないので誰かガイドでもつけよう、私だったら暇を持て余しているから頼め
ばホイホイついてくる、という話になったそうだ。

案の定、私はホイホイとついていったわけであるが、やはり、それまで自分の
力で旅行をしたことが無かったので、少し不安になり新疆大学に留学していた
Fを誘ってみた。

私はその当時Fは付き合いの悪い人間だと認識しており、「行きたくない」と
いう返事が返ってくると思っていたが、意に反してFはトルファン行きに乗り
気になり二つ返事で同意した。しかし考えてみると、Fはその当時留学して半
年くらいしか経っていなかったので、言葉の面ではそれほど期待はできなかっ
たのであるが、まあ三人寄れば何とかというように、いないよりはましだろう
と思った。

という訳で、社長、F、私の三人の旅行団が結成されたわけである。

出発当日の朝、新疆大学の正門で社長と待ち合わせをして、勇んでトルファン
行きのバス停に向かった。しかし、私はそのバス停の場所を知っている人間に
大体の場所を聞いただけで下見をしなかったので、初っ端から行き当たりバッ
タリの旅行になってしまっていたのである。そんな事も知らず、社長とFは何
の不安も抱かず私に付き従っていた。

1路バスの延安路バス停から歩いて、団結路と交差する十字路を東に曲がった
とき、1台の大型のバスが急停車してきた。

そうしたらオッサンが出てきて「トルファン!トルファン!」、いや中国語だ
から「吐魯番(トゥールーファン)!吐魯番(トゥールーファン)!」と我々
に叫びだした。ナンダナンダと立ち止まって、よく見てみるとトルファン行き
のバスであった。

本当はバス停まで行って料金とかをよく確かめてから乗車したかったのである
が、すぐにバス停を見つけられるか自信がなかったので、このバスに乗り込ん
でしまおうかと思った。

思ったが、ぼられるのではないかなとの思いもよぎり、乗るかどうかためらっ
ていた。そうしたらオッサンが「快(クワイ)!快(クワイ)!」、めんどう
だから日本語にするが「早く!早く!」と叫んでいる。バスの中を見てみたら
かなり人が乗り込んでいる。
そこで「席はあるのか!」と聞くと、「あるぞ!あるぞ!」と答えた。
「一人いくらだ!」と聞くと、「20元!」と答えた。

何かやたらと「!」が多いが、
このようなときの中国語の会話は「!」なのである。

20元という値段は人に聞いていたものと同じであったのでまあ良いかと思い、
社長に「これに乗りますか」と尋ねると、「そうしますか」と答えた。日本人
のこのようなときの会話は実に穏やかである。というわけでこのバスに乗り、
一路トゥルファンを目指した。

後方に席が空いており、社長とFを一緒に座らせた。意図としては面識がない
二人に会話をさせようと思ってのことである。なんとか二人は話し始め、私は
安心して寝に入った。

そのうちにバスの料金を回収しに来た。しかし、20元ではなく、22元払え
と言ってきた。

「オイ、さっき20元と言ったじゃないか!何で22元なんだ!」と叫ぶと、
「2元は高速代だ!」と言い返してきた。

それなら最初から22元と言えばいいのにと思いつつ、社長に
「2元は高速代で、合わせて22元ですよ。払ってください。」と言った。
社長は何の文句も言わず、バス料金を払った。そう、この時の旅行は全て社長
持ちであったのである。


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★ここでお詫びと訂正
「全てお金は社長持ち」と書いたが、Fの費用は自分持ちだったらしい。社長
から先日そのことを指摘され、今(01年5月12日)、Fから電話がかかっ
てきて、確認したらどうもそうらしい。つまりタダ旅行は私だけだったみたい
である。ごめんF。
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そんなこんなで無事トルファンのバスターミナルに到着した。

私は到着したらすぐやろうと思っていたことがあった。それは社長も賛成して
くれ、Fも普段だったら「NO!」と言うところだが、旅で浮かれていたせい
か、すぐ賛同してくれた。

つまりビールを飲むことである。

ニセひらまさ旅行社のメイン企画「着いたらすぐビール!!」である。

到着してすぐに私は、
「ビール!ビール!!冷たいビールを飲みましょう!
                  ねえ、社長そうしましょう!」と言い、

社長も「イイですな!!」と言い、

Fも「まあ、良しとしますか」などと言っていた。

そこで私は先頭にたって冷たいビールを売っている店を探しはじめた。
トルファンは3月だというのに汗ばむ陽気で、これはぜひとも冷たいビールが
ほしいところである。

そこで登場したのがガイドのアンドゥルである。

中国語で「あの〜、ガイドはいりませんか?」と聞いてきたアンドゥルに、
「いらん!」と取り付く島も与えない私。
「あの〜、いりませんか、いりませんか」とちょっとしつこいアンドゥルに、
「いらん!いらん!」とどこか行けという風に嫌な顔をする私。
そして社長に「こんなやつは無視して早くビールにしましょう」と言ったら、
アンドゥルが日本語で「あなたたちは日本人ですか?」と聞いてきた。

 私 :「おまえ日本語できるのか?」
 ア :「すこしだけ・・・」
 私 :「アッソー、じゃーね」
 ア :「あの、あの、あの・・・」
 私 :「ナニ、何か用」
 ア :「ガイドはいりませんか・・・」
 私 :「社長、コイツしつこいですね。どうします?」
 社長:「そうですね・・・オイ、冷たいビールあるところ知っているか?」
 ア :「知ってます!知ってます!」

何か脈がありそうだとみたヤツは急に顔を輝かせてきた。

 ア :「ホテルは決まっていますか?」
 私 :「ホテルなんて今はどうでもいいから、早くビールを飲ませろ!」

なんと言ってもこの旅行が成功するかしないかは、この時点での冷たいビール
にかかっているのである。

また、昼飯時だったので、

 私 :「うまいラグメン食わせるとこ知っているか?」

と聞いた。
やはりうまいものを食べたいのであれば地元の人間に聞くのが一番である。

 ア :「知ってるねー」

と即答したので

 社長:「じゃあ、そこに案内セーヤ」

ということになり、ヤツに連れられて冷たいビールとうまいラグメンを目指し
た。しかし、ヤツは道すがらしきりに「ホテルは・・・ホテルは・・・」と言っ
てくる。私はホテルも自分で決め、ガイドもいらないし、車もタクシーかなん
かで済まそうと思っていたから、ビールを飲んでラグメンを食べたら、ヤツと
はその場でオサラバするつもりでいた。そこで「ウルサイなー。後で、後で」
と言って先を急がせた。


さて、ヤツが案内した店はバスターミナルの入口の向かいにあるウイグル飯屋
であった。店に入り席について、我々は「ビール!ビール!」と言い、アンド
ゥルが店の人間に注文したら、なんとその店は「酒はダメ!」の店であった。

「オイオイ、そりゃネーぜアンドゥル」なのであるが、ムスリムの飯屋なので
そう無理も言えず、店の中で飲むのはあきらめたのである。

しかし、「店の中で飲む」ことはあきらめたが、「ビールを飲む」ことはあき
らめていないのである。運良く飯屋の近く(5m先)に雑貨屋があり外にテー
ブルが置いてある。

そこで、まずその雑貨屋に行き冷たいビールがあるかどうかを確認した。ウル
ムチではまだこの時期、ビールを冷蔵庫に入れていないが、さすがトゥルファ
ンではきっちり冷蔵庫に入っていた。

それからラグメンとカバブを注文した。やはりビールを飲むのでカバブははず
せないし、ラグメンは腹が大きくなるのを見越して小さい皿のものをたのんだ。 

 「くぅーー」
 「クゥーー!プッハ!」

つまり「ゴクゴクゴク・・2秒待ち (この時にクゥーー) ・・プッハ!!」


これが真夏のトルファンだったら

 「ゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴク・・・4秒待ち 
        (クゥーーーーーーーーーー)・・・プッッッハー!!!」

てなわけになるのである。
本当なのである。真夏のトルファンに行って試されてみるがよい。 

もうこれでトルファン旅行は成功したのである。
大成功である。

いくら最後の日に、また途中でビールを飲んだとしてもイカンのである。なぜ
イカンのかと言われてもイカンものはイカンのである。

この旅行を成功裏に終えた私は、それ以降はそれなりのをガイド的なことを始
めたのである。おざなりガイドとも言える。

ビールを飲み終えた頃には既にラグメンは出来上がっており、そしてFは既に
ラグメンに食らいついていたのである。なんとFは腹が減っているのでビール
よりラグメンを選んだのである。

やはり付き合いが悪いぞF。おまえのトルファン旅行はここでおしまいだF。
グッバイF。しかしFは懸命にラグメンを食っている。

F:「うまいですよこのバンメン!」

ここでラグメンと拌面の違いを説明しましょう。

・ラグメンとはウイグル人が作るもの、
・拌面(バンミェン、バンメン)は回族が作るもの。

私は常にこう呼び分けており、この飯屋はウイグル人の店なので、やはり「ラ
グメン」と呼んだ方が良いのである。しかしFはその時まだ新疆に来て半年位
しか経っていないので、その違いがまだ分からなかったのである。

未熟者めF。しかしそう呼び分けているのは私だけしかいないけれどね。

今(01年5月19日)も平政の中国人スタッフのお姉ちゃんに、このことを
力説しても「ふ〜ん、言っていることは分かるけれども、だからどうしたのよ」
てな顔をされてしまった。

しきりにFは「うまい!うまい」を連発していた。最後には「今までウルムチ
で食っていたバンメンはなんだったのか」とか「こんなに美味しいバンメンが
トルファンにあるのが悔しい」とか言い出してきた。

しかしFは1ヵ月後に友達とトルファンを旅行し、この店のラグメン(Fの言
うところのバンメン)を食いに行ったのであるが、味が違っていたそうである。
Fはその時非常に悔しがっていた。世の中とはそんなもんだよF。

そしてビールを無事飲み終え、ラグメンも一応食った我々は勘定をしてホテル
探しに出たのである。

 ア:「あのあのあの・・・」

そう、まだアンドゥルはついて来ていたのである。
無視して歩き続ける我々。カモを逃すまいとしてついて来るアンドゥル。

 ア:「あのー、ホテル・・・」
 私:「オイどこか安いところ知っているか!」

追い払うのが面倒くさくなったので、ヤツの話に乗ることにした。

そんなこんなで連れて行かれたのがちょっと小奇麗な4、5階建ての建築物で、
一見したところ、ホテルには見えなかったが「××賓館」とあったので入って
行き、フロントの人間に「部屋はあるか!」と尋ねたら「ある!」という答え
であった。値段もまあまあだったし、そこで決めようとしてパスポートを出し
たら、「外国人はダメね〜」と言われてしまった。

よく見たらフロントも取って付けたような作りだし、フロントの人間もやる気
なしだし、これが噂に高い中国人専用宿舎か、と気づいた。

つづく・・・



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