2009/11/06
驚くほど役に立つ「名言集」vol.0388
================================================================= ♪北海道を応援します♪ ★カニ市場 『北国からの贈り物』⇒ http://s-url.jp?27176 ★花畑牧場★人気No1の生キャラメル!⇒ http://s-url.jp?27170 ================================================================= 2009.11.06-Vol.0388 ----------------------------------------------------------------- ■先人の知恵に学ぼう!驚くほど役に立つ「名言集」■ ----------------------------------------------------------------- ご登録いただき有難うございます。 このメルマガは古今東西、世界の金言・格言・故事・ことわざ・名言・・・ の中から厳選して、毎週一回(金曜日)配信の予定で名言をご紹介します。 古今東西の先人たちのシンプルな言葉の中に隠された奥深い真理を学ぼう! 言葉の魅力とは不思議なものである。 この激動の時代に一瞬立ち止まり、歴史の試練に耐え民衆の支持を受け続け る先達(せんだつ)の言葉に耳を傾けてみよう。 金言や格言とは凝縮された言葉の中に隠された真理を通して、私たちに気付 きや勇気を与えてくれる。 悲しい時、寂しい時、辛い時、嬉しい時、その一言が私たちを勇気づけてく れるのだ。 一口豆知識や雑談コーナーもお楽しみに! ================================================================= ★今日の名言★ ================================================================= 元始、女性は実に太陽であった。真心の人であった。 今、女性は月である。 他によって生き、他の光によって輝き、 病人のような蒼白い顔の月である。 <平塚らいてう> ================================================================= ◆一口豆知識◆◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇広辞苑より◇◇◇◇ 真心(まごころ)・・・誠の心。いつわりのない真実の心。赤心。 ================================================================= ※喫煙室(雑談コーナー) 一時期、平塚雷鳥という名で活動することもあった平塚らいてうだが、 強烈な個性の持ち主で日本の女性運動の指導者である。 婦人参政権運動や母性保護運動、平和活動などに取り組み、新日本婦 人の会を結成したことで知られているが、私が興味を持ったのは与謝 野晶子とらいてうとの間で [母性保護論争]が起こったことだ。 正確には、明治時代末から大正時代に生きた二人の生い立ちから入ら なければならないところだが紙面が無い。 Wikipediaから[母性保護論争]について引用させていただくと、 <平塚らいてうは、国家は母性を保護し、妊娠・出産・育児期の女性 は国家によって保護されるべきと「母性中心主義」を唱えたことに対 し、与謝野晶子は国家による母性保護を否定。妊娠・出産を国庫に補 助させようとする平塚らいてうの唱える母性中心主義を、形を変えた 新たな良妻賢母にすぎないと論評し、国家による母性保護を「奴隷道 徳」「依頼主義」と難じた。「婦人は男子にも国家にも寄りかかるべ きではない」と主張した。> 働く女性と子育てについて繰り広げられた論争であり、仕事と子育て についての古典ともいえる 浪漫派の歌人である与謝野晶子は与謝野鉄幹との間に11人もの子供を 儲ける一方、平塚らいてうは避妊により出産を2回にとどめ産児制限 を唱えた婦人解放運動家である。 一見逆の立場を取るように思える子沢山の晶子は、「母性に甘えるな」 という立場。進歩派のらいてうは「母性を社会で支えあうべきである」 と正反対の立場を取ったのは非常に興味深いことである。 今でこそ、出産年齢は高年齢化しているが、まだまだ男尊女卑の差別 が残っている時代に、若い夫婦や女性が一人で子供を育て上げるには 収入や諸々の差別などで大変な苦労があったに違いない。 子育てと仕事を両立していくことは、並大抵のことではない筈である。 一つだけ言えることは、両極端に走ると危険である・ということだ。 ☆------------------------------☆ 平塚らいてう 平塚 らいてう(ひらつか らいちょう、1886年(明治19年)2月10日 - 1971年(昭和46年)5月24日は、日本の思想家・評論家・作家・フェ ミニスト。明治時代末からの女性解放運動・婦人運動の指導者で、後 年には平和運動にも関わった。表記は一定せず、漢字で雷鳥と書く場 合や、塩原事件で有名になったために、本名の平塚 明(ひらつか は る)や平塚明子で評論の俎上に上がることもある。 [出自] 1886年(明治19年)2月10日、東京府麹町区三番町に3人姉妹の末娘と して生まれる。本名は平塚明(ひらつかはる)。生まれつき声帯が弱 く、声の出にくい体質だった。父・平塚定二郎は紀州藩士の出で明治 政府の高級官吏(会計検査院に勤務)、のちに一高の講師も勤めた。 母・光沢(つや)は徳川御三卿のひとつ田安家奥医師の飯島家の出。 一説によると、関ヶ原の合戦(1600年)で戦死した西軍の武将平塚為 広(大谷吉継の与力・美濃垂井1万2000石)の末裔とも言われ、為広 が討ち取られたとされる場所には彼女の意向で建立された慰霊碑が現 存する。 [平塚明] 幼少時は、1887年(明治20年)から1年半欧米を視察巡遊した父の影 響で、ハイカラで自由な環境で育った。しかし、1892年(明治25年) に富士見小学校に入学してまもなく、父は従来の欧米的な家風を一夜 にして捨て去り、国粋主義的な家庭教育を施すようになった。 1894年(明治27年)、平塚家は本郷駒込曙町に引越し、明は誠之小学 校に転入。1898年(明治31年)に誠之小学校高等科を卒業し、父の意 思で当時国粋主義教育のモデル校だった東京女子高等師範学校附属高 等女学校に入学させられ、「苦痛」の5年間を過ごす。ただし、テニ ス部で活躍したり、修身の授業をサボる「海賊組」を組織するなどそ れなりには楽しんでいたらしい。 1903年(明治36年)に「女子を人として、婦人として、国民として教 育する」という教育方針に憧れて日本女子大学校家政学部に「女子に は女学校以上の学問は必要ない」という父を説得して入学。しかし、 翌年に日露戦争が勃発すると、徐々に国家主義的教育の度合いが強く なり、その中にお茶の水時代と同じ思想を見出すと大学生活にひどく 幻滅した。この頃から、自分の葛藤の理由を求めるために宗教書や哲 学書などの読書に没頭する。1905年(明治38年)には禅の存在を知り、 日暮里にある禅の道場「両忘庵」に通い始めるようになった。1906年 (明治39年)に日本女子大学校を卒業。両忘庵で禅の修行をしながら、 二松学舎、女子英学塾で漢文や英語を学び、1907年(明治40年)には さらに成美女子英語学校に通うようになった。 成美女子英語学校でテキストとして使われたゲーテの『若きウェルテ ルの悩み』で初めて文学に触れ、文学に目覚める。東京帝大出の新任 教師生田長江に師事し、生田と森田草平が主催する課外文学講座「閨 秀文学会」に参加するようになった。生田の勧めで処女小説「愛の末 日」を書き上げ、それを読んだ森田が才能を高く評価する手紙を明に 送ったことがきっかけで、二人は恋仲になった。 1908年(明治41年)2月1日に初めてのデートをするが、同年3月21日に 塩原事件と呼ばれる心中未遂事件を起こす。新聞はある事ない事を面 白く書き立て、明の顔写真まで掲載した。明は一夜にしてスキャンダ ラスな存在となり、日本女子大学校に至っては桜楓会の名簿から明の 名を抹消している。その後、1992年(平成4年)に復活する(『日本女 子大学学園事典』)。 [らいてうの誕生] 明は、塩原事件を機に、性差別や男尊女卑の社会で抑圧された女性の 自我の解放に興味を持つようになっていた。この頃、生田長江の強い すすめで、日本で最初の女性による女性のための文芸誌『青鞜』の製 作に入った。資金は母からの援助で「いつか来るであろう娘明の結婚 資金」を切り崩したもの。その資金を元に青鞜社を立ち上げ、企画は 明の同窓生や同年代の女性に拠り、明は主にプロデュースに回った。 表紙は長沼智恵が描き、与謝野晶子が「山の動く日来る」の一節で有 名な「そぞろごと」という詩を寄せた。明は『元始女性は太陽であつ た - 青鞜発刊に際して』という創刊の辞を書くことになり、その原稿 を書き上げた際に、初めて「らいてう」という筆名を用いた。 『青鞜』創刊号は、1911年(明治44年)9月に創刊され、男女で両極端 な反響を巻き起こした。女性の読者からは手紙が殺到し、時には平塚 家に訪ねてくる読者もいたほどだったが、その一方、男性の読者ある いは新聞は冷たい視線で、青鞜社を揶揄する記事を書き、時には平塚 家に石が投げ込まれるほどだった。なお同年9月、金子筑水が日本では じめてエレン・ケイを紹介しており(「現実教」『太陽』)、そのケ イに関心を持ったらいてうが訪ねてきた河井酔茗に話したところ、酔 茗から「今森鴎外さんの処でも其話が出た」と言われたという。らい てうは「そののち、ケイの思想が、わたくしの、ものの考え方や生活 の上にも変化をもたらした。」と、51年後に鴎外の回想文で書いた( 「鴎外夫妻と青鞜」『文芸』1962年8月) [新しい女] 『青鞜』創刊の翌1912年(明治45年)5月5日、読売新聞が「新しい女 」の連載を開始し、第一回に与謝野晶子のパリ行きを取り上げた。翌 6日には、晶子の出発の様子を「ソコへ足早に駆け付けたのは青鞜同人 の平塚明子で(中略)列車の中へ入って叮嚀に挨拶を交換して居る。 」などと報じた(総勢500余名が見送った)。翌6月の『中央公論』( 与謝野晶子特集号)では、鴎外によって「樋口一葉さんが亡くなって から、女流のすぐれた人を推すとなると、どうしても此人であらう。 (中略)序だが、晶子さんと並べ称することが出来るかと思ふのは、 平塚明子さんだ。(下略)」 もっとも、青鞜社に集まる女性が「五色の酒事件」や「吉原登楼事件」 などの事件を起こすと、平塚家には投石が相次いだ。しかし、らいて うはそれをさほど意に介せず、「ビールを一番沢山呑むだのは矢張ら いてうだった」と編集後記に書いて社会を挑発するだけの余裕があっ た。そのうちに「新しい女」というレッテルを貼られるようになった。 すると、らいてうは『中央公論』の1913年(大正2年)1月号に「私は 新しい女である」という文章を掲載すると同時に婦人論を系統立てて 勉強し始め、同年の『青鞜』の全ての号には、付録として婦人問題の 特集が組み込むようになった。しかし、『青鞜』の1913年2月号の付録 で福田英子が「共産制が行われた暁には、恋愛も結婚も自然に自由に なりましょう」と書き、「安寧秩序を害すもの」として発禁に処せら れると、らいてうは父の怒りを買い、家を出て独立する準備を始める ことになった。 青鞜社は『青鞜』の他にも1912年(大正元年)末に岡本かの子の詩集 『かろきねたみ』を皮切りに、翌1913年3月に『青鞜小説集』などを出 版している。同年5月にらいてうの処女評論集『円窓より』も出ている が、出版直後に「家族制度を破壊し、風俗を壊乱するもの」として発 禁に処せられている。 また、時期を並行して、1912年夏に茅ヶ崎で5歳年下の画家志望の青年 奥村博史と出会い、青鞜社自体を巻き込んだ騒動ののちに事実婚を始 めている。らいてうはその顛末を『青鞜』の編集後記上で読者に報告 し、同棲を始めた直後の1914年(大正3年)2月号では『独立するに就 いて両親に』という私信を『青鞜』誌上で発表している。独立後、奥 村との家庭生活と『青鞜』での活動の両立が困難になり始めると、 1915年(大正4年)1月号から伊藤野枝に『青鞜』の編集権を譲った。 『青鞜』は従来の文芸雑誌+αとは別の、強いて言えば「無政府主義 者の論争誌」として活気付いたが、その1年後には「日蔭茶屋事件」が あり、休刊することになった。 奥村との間には2児(長男、長女)をもうけたが、らいてうは従来の結 婚制度や「家」制度をよしとせず、平塚家から分家して戸主となり、2 人の子供を私生児として自らの戸籍に入れている。 [母性保護論争] 『青鞜』の編集権譲渡後は奥村の看病や子育てなどに追われていたが、 1918年(大正7年)、婦人公論3月号で与謝野晶子が『女子の徹底した 独立』(国家に母性の保護を要求するのは依頼主義にすぎない)とい う論文を発表すると、これに噛み付き、同誌5月号で『母性保護の主張 は依頼主義か』(恋愛の自由と母性の確立があってこそ女性の自由と 独立が意味を持つ)という反論を発表した。すると、山川菊栄がこの 論争に加わり、同誌9月号で『与謝野、平塚2氏の論争』(真の母性保 護は社会主義国でのみ可能)という論文を発表。その後、山田わかな どが論争に加わると一躍社会的な現象になった。(母性保護論争) この論争の中、1919年(大正8年)の同誌1月号で、らいてうは『現代 家庭婦人の悩み』(家庭婦人にも労働の対価が払われてしかるべき、 その権利はあるはず)を発表している。同年夏には愛知県の繊維工場 を視察し、その際に女性労働者の現状に衝撃を受け、その帰途に新婦 人協会設立の構想を固めている。 [新婦人協会] 新婦人協会は、1919年(大正8年)11月24日に、市川房枝、奥むめおら の協力のもと、らいてうにより協会設立が発表され、「婦人参政権運 動」と「母性の保護」を要求し、女性の政治的・社会的自由を確立さ せるための日本初の婦人運動団体として設立された。協会の機関紙「 女性同盟」では再びらいてうが創刊の辞を執筆。新婦人協会は「衆議 院議員選挙法の改正」、「治安警察法第5条の修正」、「花柳病患者に 対する結婚制限並に離婚請求」の請願書を提出。特に治安警察法第五 条改正運動(女性の集会・結社の権利獲得)に力を入れた。 しかし、1921年(大正10年)に過労に加え、市川房枝との対立もあり 協会運営から退く。また、伊藤野枝、堺真柄、山川菊栄などの社会主 義者は赤瀾会を結成し、『新婦人協会と赤爛瀾会』(『太陽』大正10 年7月号)を皮切りに新婦人協会及びらいてうを攻撃する。らいてうが 去り、市川も渡米した後、新婦人協会は坂本真琴と奥むめおらを中心 に積極的な運動を継続し、1922年(大正11年)に治安警察法第5条2項 の改正に成功。しかし、その後の活動は停滞し、翌1923年(大正12年) 末に解散。らいてうは文筆生活に入った。 [最晩年] 自伝の作に取り掛かるが、1970年(昭和45年)に胆嚢・胆道癌を患い、 東京都千駄ヶ谷の代々木病院に入院。入院後も口述筆記で執筆を続け ていたが、1971年(昭和46年)5月24日に85歳で死去。 [エピソード] 死語に近いが、相手の女性より年下の恋人をつばめと呼ぶのは、奥村 がらいてうと別れることを決意した際の手紙の一節「静かな水鳥たち が仲良く遊んでいるところへ一羽のツバメが飛んできて平和を乱して しまった。若いツバメは池の平和のために飛び去っていく」をらいて うが『青鞜』上で発表し、一種の流行語になったことに由来する。 1977年3月、孫娘の炎美可が日劇ミュージックホールにデビューして 話題になった。 フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より抜粋 ------------------------------ ★ちょっと一言! ※皆さん、お元気ですか? 今日のメルマガはかなり長いので読む方も大変ですよね。名言だけで も目を通して下さいね。このコーナーしか読まない方もいるようです が・・・^^; アッという間に11月です。旭川では、二日続けて降った雪で冬景色に。 急いでタイヤも交換して庭の冬支度をしています。気ばかり焦ってし まう季節になってきましたが、源太は相変わらずマイペース。 源太は我が家の愛犬です。 ★皆さんのメールが何よりの励ましです。 出来る限り、お返事は差し上げますのでお気軽にメールして下さい。 当メルマガで掲載させていただくこともありますが、匿名希望と書いて いただければ実名を出すことはありません。 まずは自分自身を信じ、愛することから始めよう! ■今号はいかがでしたか? 面白かった、役に立ったと思った方は是非ワンクリックをお願いします! ⇒ http://clap.mag2.com/sloulaiphu ================================================================= ☆「名言集」お勧めのメルマガ☆ ●「マエストロの格言」 毎朝の20秒がビジネス、人生をハッピーに! 登録はこちらから ⇒ http://www.mag2.com/m/0000252880.html ================================================================= ━━画期的英会話教材『スピードラーニング英語』━━ ■ 忙しい人 ■ 電車の中、入浴中、車の中 ■ 勉強嫌いな人 ■ ただ無意識に聞き流すだけ! ■ 飽きやすい人 ● 1日5分からハジめる英会話 ⇒ http://s-url.jp?46036 ----------------------------------------------------------------- 〓ドライブも 〓 ★━┳━┳━┳━┳━┳━┳━┳━┳━┳━┳━┓ 〓 快 適! 〓 ┃視┃力┃回┃復┃手┃術┃レ┃ー┃シ┃ッ┃ク┃  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ┗━┻━┻━┻━┻━┻━┻━┻━┻━┻━┻━┛ レーシックとは、レーザーを使って近視や乱視を矯正する治療です。 全世界で急速に普及し、すでに数百万人が治療を受けているといわれてます。 【視力回復レーシックコム】複数の医院へ資料一括請求! 無料 ▼▼▼ ▼▼▼ ▼▼▼ ▼▼▼ ▼▼▼ 詳しくはこちら →[http://s-url.jp?35364] ----------------------------------------------------------------- 【じゃらん】国内最大級の宿・ホテル予約サイト ■料理、温泉、おもてなし…★クチコミで選ばれた人気宿ランキング★ ユーザーが選んだ!!クチコミ・売れ筋 宿ランキング 詳しくはこちら → http://s-url.jp?35362 ================================================================= ☆お勧めの「無料レポート」大公開☆ ◆先人の知恵に学ぼう!驚くほど役に立つ「名言集」part1◆ ※今まで、メルマガでご紹介したvol.創刊号1~vol.50までの「名言」 を素敵な「名言集」に仕上げてレポートにしました。 ⇒ http://www2.sugowaza.jp/reports/get/1/3236 ★「メルぞう」の無料レポート ⇒ http://mailzou.com/?M=1007 ★メルマガ発行者様へ! ⇒ 「メルぞう」で読者を増やそう! ⇒ http://mailzou.com/pub/publisher.php?M=1395 ★新無料メルマガ読者増サービス【スゴワザ】・・・無料で登録できます ⇒ http://www.sugowaza.jp/?afkey=2240_a04 ================================================================= ■悪質なネット被害が多発しています。 迷惑メールについての正しい知識と対処方法は下記のHPをご覧下さい。 Yahoo!メール - 迷惑メール対策 http://antispam.yahoo.co.jp/index.html ネット被害対策室 http://www002.upp.so-net.ne.jp/dalk/higai.html ================================================================= 編集後記+++++++++++++++++++++++++++++ 世の中には人間の一生をも左右してしまうような、心の底から魂を揺さぶら れるような素晴らしい金言や格言が数多くあります。 あなたも辛い時や悲しい時、何気ない一言で勇気づけられた経験はないだろ うか? 仕事をしながらメルマガを発行しようと決意したのは、そういう名言の数々 を一人でも多くの方々に紹介したいと思ったからです。 今までの仕事だけの人生に物足りなさを感じていたということもあります。 「生きることとは自分自身を表現することである!」と言ったのは誰だった ろう?自分自身を表現することにより、ほんの少しでも周りの人たちを幸せ にするお手伝いが出来れば望外の幸せです。 +++++++++++++++++++++++++++++++++ ここまでお読み頂きありがとうございます。 皆さまからのご意見・ご感想をお待ちしています。 豊かで、より良き人生を共に歩んで行くことが出来ますように! ================================= ☆メルマガ相互紹介募集中!☆ -メルマガ発行者からのご連絡をお待ちしています- (MLM、ネットワークビジネス、宗教関係の紹介はお断りいたします) お申し込みはこちらから⇒ lupin2936★yahoo.co.jp (★→@) ----------------------------------------------------------------- ※メルマガ解除はご自身でお願い致します※ ★まぐまぐ ≫ http://www.mag2.com/m/0000147942.html ★melma ≫ http://www.melma.com/mag/95/m00131695/ ★ミニまぐ ≫ http://mini.mag2.com/pc/m/M0038759.html ----------------------------------------------------------------- -先人の知恵に学ぼう!驚くほど役に立つ「名言集」- ■発行者 ≫ 宮口栄治 ■連絡先 ≫ lupin2936★yahoo.co.jp (★→@) ■ホームページ ≫ http://www.geocities.jp/lupin2936/ ●ウェブログ ≫ http://plaza.rakuten.co.jp/lupin2936/ -----------------------------------------------------------------


