2009/01/07
☆名言セラピー【日本を今一度せんたくいたし申候】
日本を変えた男 坂本龍馬のある日の1日を いま、判明してる可能なかぎり正確に描写。  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ■名言セラピー [1日]  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ その日の夜五ツ半。 午後9過ぎこと。 近江屋の2階の一室で数日来風邪気味だった坂本龍馬は 同士の中岡慎太郎と話してました。 龍馬は真綿の胴着をつけ、 その上に舶来品である絹入れを着込み、 さらに黒羽二重の羽織をつけて火鉢にあたっていました。 そこに 「十津川の者だが、坂本先生に御意を得たい」と訪ねてきた者がいた。 下僕の藤吉が名刺を取り次いで階段をのぼる。 帰ってきた藤吉は突然、斬りつけられたおれた。 そのとき2階にいた龍馬は、藤吉がたおれこんだ音を、 店の前で若者が戯れてるものだと思い、 「ホタエナ」と一言叱責したといいます。(ホタエナ、静かにしろの意味です) その直後です! 突然、龍馬たちのいる部屋に 七人の刺客が押し入り、慎太郎の後頭部を斬った。 もう一人が、龍馬の額を横に払った。 床の間に置いてあった刀を取ろうと振り返った時、龍馬は右の肩先から 左の背骨にかけて大袈裟に斬られる。 それでも龍馬は刀をとって立ち上がり、 刀を抜く暇がなかったので 三の太刀を鞘のまま受けた。 この部屋の天井は斜めになっており 低いので、龍馬の刀の鞘の末端が 天井を突き破った。 刺客の刀は龍馬の刀の鞘を削り、流れて、龍馬の額を斬った。 最初の太刀によって、龍馬は 脳漿(のうしょう)が白く噴き出すほどの深い傷をおった。 堪えきれずに 「石川、刀はないか。石川、刀はないか」と叫びながら倒れた。 (石川とは、中岡慎太郎の変名) 慎太郎の刀は、屏風の後ろにあったが、それを取ることができず、 短刀をもって立ち上がったが抜く暇がなく、 斬りつけられた。 剣客が立ち去った後、龍馬は正気に戻り、 刀を抜いて燈火の前ににじりより、 「残念、残念」と言った。 さらに慎太郎を振り返り、 「慎太、慎太、どうした、手が利くか」と聞いた。 「手は利く」と慎太郎は答える。 龍馬は次の六畳間へ行き、手すりのところから、 「新助、医者を呼べ」と声を出した。 「慎太、僕は脳をやられた。もうだめだ」とかすかな声で言って倒れ、 龍馬は 息絶えた。 これが日本を変えた男 坂本龍馬、人生最後の1日です。 慎太郎はこの2日後に亡くなりました。 脳漿が白く噴き出し 自分自身がまさに息絶えようとしているときに、 龍馬は…… 龍馬は…… 友達の慎太郎の身を案じていたのです。 【出典】「幕末武士道、若きサムライ達 」著(ダイヤモンド社) http://amazon.co.jp/o/ASIN/4478920400/nicecopy-22 ━━━━━━━━━━━中岡慎太郎 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%B2%A1%E6%85%8E%E5%A4%AA%E9%83%8E 笑顔を浮かべた写真は当時としては非常に珍しい。 中岡慎太郎、普段から気さくな笑顔を絶やさなかった。 他藩との会合の後も即座に立ち去る事はせず「お互いに大変だなぁ」と肩を叩いて労った。 その人徳は厚く、「中岡は信用に足る」と評判で、 明治維新、真の立役者は慎太郎であるという声も多い。 「日本を今一度せんたくいたし申候」by 坂本龍馬 命をかけて 日本を新しくしようとしていた 明治の志士たち。 そんな志士たちから 僕らはバトンをうけ継いだのです。 ひすいこたろうでした。 hisuikotaro@hotmail.co.jp ▲▲▲アリガ島▲▲▲


