広原盛明のつれづれ日記  RSSを登録する

広原盛明が、まちづくり、市民運動、文化・芸術について語るメールマガジン。週1回配信。

現在休刊中です    
解除

規約に同意して

2008/02/24

広原盛明のつれづれ日記

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
2008/2/24 広原盛明のつれづれ日記 vol.114  
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  
http://www.hirohara.com/ 



◆目次◆

つれづれ日記


・08年2月10日:遅れ馳せながらの2008年京都市長選挙論

・08年2月20日:「相乗り選挙」へ厳しい審判
                    (2008年京都市長選に思う、その1)


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


08年2月10日:遅れ馳せながらの2008年京都市長選挙論

 1月末から2週間余り、ホームページの通信トラブルで日記
を掲載することができなかった。この間に京都市長選は本番入
りして日々刻々新たな動静が伝えられていたのだが、なんだか
機を逸したような気持ちになってしまってなかなか筆が進まな
い。読者からも「どうして京都市長選のことを書かないのか」
というお叱りを受ける始末だ。そこで、もはや終盤情勢に入っ
ている京都市長選で感じていることを二三遅ればせながら書い
てみたい。

 今回の市長選と前回のそれが異なる最大のポイントは、候補
者のいずれもが新顔だということだろう。前回は、3期目のオー
ル与党現職候補に対する新人候補(私)の挑戦ということもあっ
て、マスメディアなどは「はじめから勝負ありき」ということ
でろくに報道もしなかった。候補者間の公開討論会もなかった
し、新聞での政策座談会もなかった。経済界も各種団体も完全
にダンマリを決め込んだままだった。

 わずかに、地元テレビのKBSが「どうする京都」という番組で
唯一候補者討論会を開いたのだが、しかしこの番組の作り方が
実に酷かった。なにしろ番組の司会とコメンテーターが現職側
の選対幹部で占められ、彼らが候補者間の討論に割って入る
(現職側の応援団として)という露骨な番組編成だったのであ
る。「放送の中立性」など「どこ吹く風」といっていいほどの
政治番組だった。その結果、私は敵陣のなかでひとり孤軍奮闘
する破目になったことはいうまでもない。

 この間の詳しい事情については、ホームページにも個人的な
総括文書として掲載しているので読んでほしいが、全体として
は現職側の作戦である「無風選挙戦略」に体制側の各セクター
が協力し、一致して「論争させない選挙」、「争点を明確にさ
せない選挙」を演出したのが前回選挙の際立った特徴であった。

 私のマニフェストは、世界の文化都市京都を内外からの破壊
と腐敗から守るために、「脱同和」、「脱高速道路」、「脱高
層マンション」の3点を掲げた。いずれも思想信条にかかわりな
く、良識ある京都市民にとっては解決しなければならない喫緊
の課題である。京都市政の宿痾(しゅくあ:業病)ともいうべ
き同和行政は、もはや誰もが否定できないまでの深刻な政治課
題と化していたのだから、マスメディアでも選挙争点として大
々的に取り上げられるものとばかり思っていた。だが案に相違
して、私の主張は完全に黙殺された。しかしその後間もなくし
て、指摘した事態が「同和系市職員不祥事事件」として市役所
を揺るがす大事件として相次いで発覚したのである。

 今回の市長選挙における京都市政の問題構図は、景観問題を
除いては前回とまったく変化していない。それにもかかわらず、
同和行政や高速道路問題が市長選の争点として浮上しているの
はなぜか。また候補者間の公開討論会が開かれ、新聞紙上で政
策討論会が掲載されるのはなぜか。私はここに前回とは異なっ
た新しい情勢が見え隠れしているように思える。

 まず選挙構図として、事前に予測されたオール与党新人候補
と市政刷新を標榜する革新候補の「2極選挙」ではなく、同和
行政を批判する無所属候補が第3者としてあらわれたことが第1
の変化である。それに民間企業からの候補者も員数に加えれば、
表面的には「2極+アルファ」選挙になっているように見える。
民主党と自民・公明党が相乗りして万全の与党体制を敷いてい
るにもかかわらず、なぜかくも「埒外の候補者」があらわれる
のか。

 表面的に考えると、それだけ同和行政の腐敗が深刻化し、こ
れまで無所属議員でありながら与党会派の一員として行動して
きたこの人物が、「あかんものはあかん!」として敢然と選挙
に打って出たという善意の解釈も成り立つだろう。だが、これ
ではあまりにも真面目・素直過ぎて、分析としては今ひとつ面
白くない。政治の世界はもっとドロドロした楽屋裏があるのが
当たり前だからだ。なぜ無所属候補が出馬したかの突っ込んだ
析が必要だ。

 ひとつの解釈は、前にも書いたように、無所属候補自身の国
会への政治的野心の存在が挙げられる。市長選が名前を売り込
む絶好の機会であることは明らかなので、たとえ落選してもも
う一度ぐらいは市会議員へカムバックし、次の次あたりの国政
選挙出馬へのステップとして今回の市長選に出たというものだ。
だがこれは京都の選挙事情から言って、それほど可能性がある
とは思えない。京都選挙区は、自民党(幹事長、政策審議会長
など)にしても民主党(副代表、政審会長など)にしても党幹
部がひしめき合う激戦区だから、およそ支持基盤もない若手市
会議員などの「出る幕」は百に一つもないのである。

 となると、今回の無所属候補の立候補には「別の風景」が見
えてくる。つまり今回の彼の行動の裏には多くの取り巻き連中
がいて、マスメディアへの根回しをはじめそれなりの出馬環境
を整えたことから推察すると、事態はもう少し大掛かりな政治
背景があると考える方が自然なのだ。その真の狙いはどこかと
いうと、同和行政の腐敗を長年にわたって告発してきた市政刷
新を掲げる革新候補の批判票を拡散させ、オール与党候補を相
対的に浮上させるための「助っ人」あるいは「分身」「ダミー」
としての役割を内々に(あるいは客観的に)与えられたのでは
ないかということである。

 そういえば、この無所属候補が立候補のネタとして公表した
同和地区の「コミュニティセンター」(旧隣保館)の実態調査
報告書はやけに詳しすぎる。一介の市会議員程度の思いつき程
度の調査では到底入手できないような情報が盛り沢山なのであ
る。当局の(隠れた)協力を得なければわからないような詳細
な内部情報がなぜいま出てくるのか。それがなぜ無所属候補の
調査報告書として公表されるのか。私は、そこに周到に準備さ
れた今回の市長選対策の与党側シナリオが横たわっているよう
に感じる。

 現職市長の後継者である与党候補の公約は、当選すれば「1年
間で(同和行政の)膿を出す」というものである。これまで当
人は「すでに膿は出し切った」とまで公言していたのだから、
事態が未解決であることを認めたのは一歩前進だとしても、も
し本気でそれを実行しようとすると、これまでの「身内」であ
る部落解放同盟との摩擦は避けられない。もしかすると、彼ら
の間だけにしか知らていないような与党候補の裏側の行動が暴
露されることも十分にあり得る。そうなれば新市長としての職
責の遂行はおろか、与党会派の支持を失うことも考えられる。
また世論の袋叩きに合うことも覚悟しなければなるまい。その
時は名実共に彼らが権力の座から滑り落ちるときでもある。

 こんな事態を避けるためには、予め解同幹部たちに「事態が
厳しい」ことを実感させておく必要がある。つまり世論という
外圧を利用して、これまで解同と馴れ合ってきた与党候補が
「止むを得ず同和行政を終結させる」ような手筈を選挙前に整
えておくことが必要なのである。そこで市当局の手を借りて無
所属候補に隣保館の乱脈な実態を調査暴露させ(彼がそれを自
分の意思で行ったと信じているかどうかは別にして)、彼の立
候補への道筋をつけて反同和世論を高めて解同を牽制する─こ
んな手練手管を弄したのではないか。

 これが私の無主属候補出馬の背景分析であるが、「2極対決」
を一見打破するような口実で「有権者の政治選択の幅を広げる」
という彼の出馬表明は、無党派層の一定の支持を集めるだろう。
また解同利権や同和系職員不祥事事件に強い反感を抱く一般市
民層の共感も呼ぶことだろう。そして、そのことが革新候補の
票を分散させることにつながる可能性は十分あるのである。

 私が与党候補の選挙参謀なら、この方法は「一石二鳥の秘策」
として十分に実行に値すると考える。第1は、革新候補が獲得
するはずの同和批判票を分散させて与党候補を浮上させるため
である。第2は、同和批判世論を高めて解同幹部を牽制し、同
和行政から撤退準備をするためである。しかし大事なことは、
いずれの場合にしても同和行政の終結は、京都市政にとっては
もはや避けられなくなったという政治状況が訪れていることで
ある。いかなる人物といえどもこのまま乱脈行政に頬被りした
り、解同との癒着関係を続けることはもはや不可能である。こ
れを容認するような市長は早晩失脚を免れないし、またそのと
きは革新候補が最終的な勝利を手にするときでもある。

 2月17日の投票日まで残された時間は幾許もないが、この
種の与党候補の「ダミー」には惑わされず、残る時間での努力
を革新候補のために集中したい。4年前の市民派市長選挙では、
政党と厳しい一線を画してきた選挙参謀の折田弁護士も、今回
ばかりは弁護士仲間の中村候補の推薦人として名前を連ねた
(そのハガキが私の家にも届けられた)。思想信条にかかわら
ず党派を超えた支持の輪が広がる現在、市民のみなさまのもう
一押しの力を貸してほしい。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


08年2月20日:「相乗り選挙」へ厳しい審判
         (2008年京都市長選に思う、その1)

 投票日の翌日、大学へ行く途中でいつもの「うどん屋」さん
に立ち寄ったら、店のご主人にいきなり、「先生、惜しおした
なあ。雪が降ってなかったら逆転してましたで」と声をかけら
れた。「僕のときはコテパンに負けましたからね」と応じると、
「そんなことあらしません。ひとつ一つずつ積み上げていかん
と仕方ないのと違いますか」との答えが返ってきた。他の客も
いるので短いやりとりではあったが、こんな会話のなかに、い
みじくも今回の京都市長選に対する市民の評価とこれからの展
望が込められているよう思う。 

 大都市の首長選挙のなかで、与党陣営と革新陣営がこれほど
の大接戦を演じられるのは多分京都ぐらいだろう。しかしそれ
にしても投票総数43万2千票あまり(投票率37.8%)のうち、
勝敗を分けたのは僅か951票だったというのだから、「選挙とい
うものは恐ろしい」と誰しもが感じたのではないか。勝った門
川氏の顔が引きつり、負けた中村氏の顔が無念の思いで歪んで
いたのも当然だろう。

 投票日の翌日から各紙で選挙戦に関する論評が始まった。な
かには、例のごとく「政策争点がなかったので選挙は低調だっ
た」とする質の低い解説記事(読売)もあることはあったが、
多くは与党候補に対する「相乗り批判」の記事で溢れていた。
それもそうだろう。各紙とも真意はどうあれ、出口調査で明ら
かになった投票者の意思を無視するわけにはいかなかったから
だ。

 余談になるが、出口調査は馬鹿にできない。これまで私は、
選挙管理委員会の開票結果が公表される前に、出口調査の結果
で候補者の「当選」や「当確」が決まるなんて許せないと思っ
ていた。だが4年前の京都市長選では、私の得票率は出口調査と
開票結果の間でほとんど差がなかった。今回も出口調査の予想
通り、いやそれ以上の大接戦となったのである。

 今回の出口調査結果で面白いと思ったのは、各紙が「相乗り
の是非」を投票者に尋ね、それとの関連で支持政党や投票した
候補者とのクロス分析をしていることだ。それによると、地元
紙の京都新聞では「相乗り反対」39%、「賛成」24%、「どち
らともいえない」23%で、明確な反対意思を表明した投票者が
4割近くに達していて、賛成を大きく上回っていた。

 一方、全国紙の朝日新聞は、京都新聞のように明確な態度表
明を求める「反対」「賛成」という尋ね方ではなく、「好まし
い」「好ましくない」という婉曲な尋ね方をしたので、結果は
「好ましくない」51%、「好ましい」11%、「どちらともいえ
ない」35%と大きく否定側に傾いた。「反対」とはいえないま
でも「好ましくない」と感じている人が10%以上もいるわけだ。
いずれにしても、投票者の過半数が「相乗り選挙」に「反対」
あるいは「好ましくない」と考えていることが明らかになった
のである。

 しかし京都の「相乗り選挙」は、国政選挙で政策を異にする
政党間の一般的な意味での相乗り選挙ではない。また直前の大
阪府知事選・大阪市長選のように、選挙のときだけ自民・公明
両党と民主党が「偽装対決」するような余裕のある選挙でもな
い。正真正銘、同和利権行政に裏打ちされた隠しようのない自
民・公明・民主・社民オール与党の「相乗り選挙」なのである。

 だが、かくもあからさまに「相乗り」されると、さすがの民
主党・社民党本部も体面上推薦できなくなる。せめて「偽装対
決」程度の演出でもできればよかったのだが、それすらも出来
ないほど京都の「相乗り勢力」は追い詰められていたといえる。
つまり「恥も外聞もない」選挙をせざるを得ないほど、「同和
利権相乗り勢力」は市民世論に追い詰められていたのである。

 このことを象徴するのが「相乗り各党」の支持者の投票行動
だろう。まず自民党支持者の門川氏への投票率は、京都新聞68
%・朝日新聞66%というものでほぼ2/3にしかない。民主党支
持者に至っては京都37%・朝日32%で、僅か1/3の水準にし
か達していない。こんな数字をみると、門川氏を真っ先に推薦
した民主党京都府連の幹部連中などは、さぞかし不明を恥じて
辞任でもするかと思っていたら、開票後のインタビューで「ホッ
とした」と言っていたのには仰天した。「当選さえすればよい」
というのが彼らの本音であり、「目的のためには手段を選ばな
い」のが彼らの本質なのである。

 それでは、「相乗り各党」の「非門川票」はいったいどこへ
行ったのだろうか。自民党支持者の場合は、中村氏に京都12%
・朝日15%、村山氏(無所属)に京都13%・朝日14%である。
民主党支持者の場合は、中村氏に京都23%・朝日29%、村山氏
(無所属)に京都30%・朝日29%である。つまり自民党支持者
の3割、民主党支持者のうち6割がほぼ中村氏と村山氏に2分して
流れたことになる。また無党派(支持政党なし)の投票者は、
中村氏に京都39%・朝日35%、村山氏に京都29%・朝日31%、
門川氏に京都24%・朝日26%という内訳になり、「非門川票」
が8割と圧倒している。つまり「相乗り門川氏」(朝日新聞見
出し)は、与党支持者であるはずの投票者からも少なからず拒
否され、無党派層からは完全に無視されたのである。

 そこで勝敗の鍵を握る存在となったのが村山氏の存在である。
朝日の解説記事には、「二極崩れ大接戦に」という見出しが打
たれている。村山氏の出馬が門川氏と中村氏の二極対決構図を
崩したとの見方である。だがこの認識は果たして妥当なのか(続く)


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

本メールマガジンは、HP「広原盛明の市民フォーラム」にて
掲載された「つれづれ日記」をまとめて、
週1回配信しております。

発行:広原盛明
メールアドレス:hirohara@skyblue.ocn.co.jp
URL:http://www.hirohara.com/

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
現在休刊中です
解除

規約に同意して

最近の記事

上へ戻る