2008/01/07
広原盛明のつれづれ日記
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 2008/1/8 広原盛明のつれづれ日記 vol.109 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ http://www.hirohara.com/ ◆目次◆ つれづれ日記 ・12月19日:「ええまち堺をつくろう市民のつどい」 に参加して(2) (最近の講演活動や研究報告から、その3) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 12月19日:「ええまち堺をつくろう市民のつどい」 に参加して(2) (最近の講演活動や研究報告から、その3) 堺とはまんざら縁がないわけでもない。海のない奈良県出身の 私は、小さいときから浜寺公園にある親戚の家を訪ねてよく海水 浴に行っていた。実は、生まれてはじめてみた海が、透き通るよ うに美しい堺の白砂青松の海岸だったのである。このとき南海電 車の車窓から見えた大浜や諏訪の森海岸の真っ青な水平線は、い まなお鮮烈な光景として脳裏から離れない。 その後、大阪の高校に通っていたときも、阪和線や南海線沿線 が校区だったこともあって、堺市内にある友達の家に何度か遊び に行ったことがある。また仁徳天皇陵に近い中百舌鳥運動公園で の陸上競技の試合に度々通ったのも高校時代である。これらはい ずれも高度成長期以前のことであり、その後、堺・泉北臨海コン ビナートの造成工事が始まって以来、宝石のような砂浜は無残に も悉く埋め立てられてしまった。 だから、私のこんな半世紀前の堺のイメージからは、現在の堺 市が当面するまちづくりの課題は到底語れない。まるで「今浦島」 のような話になってしまうこと請け合いだ。そこで丸一日をかけ て、海辺(埋立地)から旧市街地そして農村部から丘陵地の泉北 ニュータウンまでの市内全域を隈なく案内していただいたのであ る。 この「まち歩き」の印象は、講演のレジュメにもあるように (1)堺市は第二次大戦の戦災によって市街地の大半を焼失し、 中世以来の旧堺港や歴史的中心市街地すなわち「都市の歴史核」 を失った、(2)戦災復興都市計画によって焼け跡に画一的な市 街地が戦後形成された、(3)高度成長期の臨海コンビナート造 成によって風光明媚な白砂青松の海岸やリゾート空間を失った、 (4)大阪市を中心とする交通網が市域を縦断して建設され(ク ロスする交通網は未整備)、その沿線に団地・ニュータウンが集 中的に開発されて堺市の都市構造が「一体的なまとまり」を失っ た、(5)最近は郊外大型店の進出によって中心商店街の空洞化 が引き起こされて都心地域の賑わいがなくなったことなど、都市 の遺伝子を失った堺市の分析の何よりの基礎資料となった。 しかし「堺らしさ」が失われたその反面、それを取り戻して堺 のまちづくりに立ち上がろうとする最近の新しい住民・市民運動 の現場を見せていただいたのも、この「まち歩き」においてだっ た。(1)最近完成した旧堺港一帯の公園整備と日本最古の木製 灯台の復元、(2)NPO法人の手によって始まった中世・近世 の環濠都市の遺構を活かした環濠舟巡り、(3)南海本線の連続 立体交差事業にともなって壊されようとしている浜寺公園駅舎 (登録文化財、日本人最初の近代建築家・辰野金五の設計)や諏 訪の森駅舎(登録文化財)の地元住民による保存運動、(4)旧 制大阪府立第2中学校(明治28年創立、現三国が丘高校)の同窓 生が中心となって結成した「けやき通りまちづくりの会」(堺市 まちづくり市民組織認定第1号)の歴史遺産を活かした文化活動、 (5)世界遺産登録をめざして運動中の仁徳陵など中百舌鳥古墳 群の景観破壊につながる超高層マンション計画(150m)を断念さ せた市民運動、(6)丘陵部の農地やみかん農園を潰して大規模 住宅地に変えようとする開発計画を中止させた「市民菜園」運動 や「みかん契約栽培」運動、(7)農業生産組合の直営販売所開 設と新鮮な野菜・果物、草花などの販売などがそれである。 そして何よりも驚いたのは、これらの住民運動、市民運動を担 う中心メンバーが挙って25日の「ええまち堺をつくろう市民の つどい」に参加されていたことだった。それも単なる報告や討論 への参加だけでなく、集会後の実行委員会の面々が集まる懇親会 にまで加わるほどの「ディープな参加」だったのである。そして その場では、私も多くのまちづくりに取り組む熟年世代のリーダー と名刺交換ができたし、また実行委員会のメンバーと同じように、 ごく自然な会話を通して意見交換をすることができた。 通常は、この種の労働組合や革新団体が主催する集会にまちづ くり団体が参加するケースはそれほど多くない。普段からお互い に交流する機会が少ないので、「集会のときだけでも」という具 合に簡単にはいかないのである。なぜ堺市の集会ではそれが可能 なのか。 よく言われる言葉に、「要求で団結する」という組織原則、運 動原則がある。要求が一致すれば人間は基本的に団結できるし、 運動も統一できるという意味である。しかし実際はことほどさよ うにいくものではない。要求は同じでも「やり方」が違う場合も あれば、ひとの「肌合い」が異なる場合もある。参加者の行動様 式や文化(カルチャー)が違えば、「要求だけでは団結できない」 ことの方が多い。いや、一致することの方が珍しいのである。 それはそうだろう。言葉づかいや立居振る舞いの仕方、表情ひ とつにしても、お互いが「いけ好かない」と感じるときは、ひと が行動をともにすることはない。要求が一致することは運動が生 れるための「必要最小限の条件」であっても、それが運動を形成 するための「十分条件」とは決していえないからである。ここの ところを、これまでの労働組合や革新団体はあまりにも軽く考え すぎていたのではないか。 従来の運動が(切実な)要求を基礎に団結してきた背景には、 参加者の階級・階層の同一性と要求の共通性があった。同じ職場 で同じような文化と行動様式を持つ人たちが(切実な)要求で団 結し、統一した運動を展開してきたのである。だから敢えて単純 化していえば、適切な要求を掲げれば運動は自動的に組織され、 発展してきたのである。 しかし最近は要求が多様化し、参加者の階層も年齢も拡散してき ている。まして多様な階層が混在する住民運動や市民運動の場合 は、ものの考え方や行動の仕方もそれぞれが独自のカルチャーを 持っていて、この多様なカルチャーをコーディネートし、「諸要 求」運動を大きく束ねる能力とノウハウがなければ、運動の成功 も覚束ない。 「ええまち堺をつくろう市民のつどい」の成功は、労働組合や 革新団体とまちづくり市民組織をつなぐ人材の豊かさにあったの ではないか。日頃からまちづくりに対する熱い思いと行動を積み 重ねてきた堺市職労のメンバーや、建築や都市計画の専門家とし ての理論的・実践的な蓄積を持ったグループが仲立ちとなっては じめて、今回のような多彩なまちづくり市民団体の参加に結びつ いたのである(続く)。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 本メールマガジンは、HP「広原盛明の市民フォーラム」にて 掲載された「つれづれ日記」をまとめて、 週1回配信しております。 発行:広原盛明 メールアドレス:hirohara@skyblue.ocn.co.jp URL:http://www.hirohara.com/ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



