私の復活方法  RSSを登録する

私は、1974年に日本で初めて、ご家庭での保育や介護サービスの会社を経営しておりました。しかし、2002年会社が倒産し、現在復活に向けての事業を行っております。体験談をエッセイとしてまとめました。

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2009/08/03

「私の復活方法」復活ノート おまけ「今日も、ムーズが降りてきた~きみと漫才を~」

復活ノート

                           「臨時ビジネス」
祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり・・・おごれる者も久からず・・・
ご存知のように「平家物語」の冒頭です。
私は、清盛の四男の知盛が好きです(日本のヒーローでは一番という歴史学者がいるほどです)。
清盛も一番信頼を置いていたようで、清盛の死後、兄の宗盛が跡を継いだのですが、
最初から知盛が一族のリーダーになっていれば、地方の豪族も味方につき、源氏も太刀打ちできなかったかもしれません。
しかし、壇ノ浦の合戦で負け、「見るべき程の事をば見つ」と言って自害したのは、ご承知のとおりです。
さて、私たちにもどりますと、「盛者(じょうじゃ)必衰の理(ことわり)」に涙するわりには、自分だけはという思いがどこかにあるようです。
経済不況で、「やはりそうだったか」と臍を噛む経営者も大勢出てくることでしょう。
この経済不況は、世界的なものですから、「平家物語」を世界で売るビジネスはどうでしょうか。
この経済不況の後を見据えている(?)私たちは、そんなことより、自分の体を心配しておきましょう。
毎日、おとしよりを見ています。あんなふうにならなければいいがと密かに思っていますが、「たけき者も遂には滅びぬ」がこの世の「理」です。
しかし、「風の前の塵(ちり)」のようにすぐに消えることができず、
「濡れ落ち葉」ようにどこかにとどまっている期間を過ごさなければなりません。それは、歩行困難や寝たきりといった状態です。今や、それが、老後の「理」です。
そこで、階段などを移動できる機械を探しています。カーゴのようになっていて、そこにすわって移動できるのです。しかも、階段に置くだけです。
もちろん、今も、そういうものはありますが(介護保険を利用することもできます)、仮設トイレなどのように、すばやく設置できるものがほしいのです。
室内ならば、寝室を階下にすればいいのですが、玄関から道に出るのに階段を使わなくてはならない家には、これがあれば便利です。
他人の助けを借りなければ動けないということは気が滅入ります。遠慮すると、心身ともに老化がどんどん進みます。
これは、若い人が骨折などしても役に立ちます。いずれいらなくなるのですから、臨時的で、しかも安くつくものが求められます。
そのように、生活全般の中で、「臨時的」という視点で、商品やサービスを掘りさげたらどうでしょう。
平家物語は、そう語っているように思いましたが、深読みでしょうか。



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                     今日も、ムーズが降りてきた~きみと漫才を~

                              「・」
大雨が終ったら、また暑うなるやろ。そうなりゃ、ノウテンファイラ~になって、「なついあつですなあ」とゆう毎日が続く。
氷の塊をもらう動物園の白熊がうらやましくなる(中の鮭はいらんけど)。
突然やけど、暑いときに見るとよけいに暑くなるのが、言葉に中にある・や(チョンと呼んでもナカグロと呼んでもええけど)。
今新聞を見たけど、「リーマン・ショック」とか「村瀬哲司・龍谷大教授」とかある(8月2日の朝日新聞)、あれや。
どうしても・をつけんとあかんの(ベッピンさんに、「あ・げ・る」とゆわれるのやったらええけどな。
もうノウテンファイラ~かてか)。
外人の名前と苗字の間にも・をつけるけど、あれは、どこまで名前かわからせるためか。
「デー・ブスペクターともデーブス・ぺクターともちがうで。
もう日本人みたいなデーブ・スペクターやからどうでもええけど、エライ外人さんやったら恥かくから、デーブ・スペクターで練習しとき」とゆうことなんやろな
(それなら、日本人のときもそうしいや。船場・太郎か船・場太郎かわからへん。うそうそ)。
そのデーブ・スペクターが、「日本人と話をすると、話と話の間で、すっーと息を吸いこむけど、最初あれは言葉やと思うていた」とゆうていたけど、
あんなことゆうから煙たがられるのやろな(「住めば都はるみ」ゆうのはおもろいけど)。
まあ、・は、漢語の読み下し文や句読点などの日本のお家芸の一つなんやろ(「モーニング娘。」は画期的やった)。
明治の新聞のように、漢字の横に読み方が印刷してあるのも、学校へ行かれへんもんでも読めるようにしたんやな。
せやけど、教えたろとゆう親切心の押し売りか、「ちゃんと知ってます」ゆう見栄っ張りかしらんけど、・がどんどん増えていっているような気がする。
最近格差社会とゆわれているけど、ほとんどのもんが高校へは行っているんやから、・はもうええのんとちがうの。
せやけど、散髪屋には、まだ「bar   ber」と離して書いてあるから、・は、まだいるのやろか(散髪屋や看板屋ゆうもんはよっぽど英語が嫌いなんやな)。
・みたいな小さなことをこだわっているから、自分のことしか興味がない世の中になったんちがうか。
テレビの番組も、自分がどうのこうのばっかりや。
古手の俳優も、仕事がないのか、そこに混じっている。それに輪をかけたのがブログゆうや(ぼくには、露出狂としか見えんが)。
昔は、自分のことを社会でゆうのははしたないとゆうことやった。この2,30年でえらい変わったもんや。
今が悪いとはゆわへんけど、大きいもんも頭に入れておかんと、ええ社会がでけへんような気がする。
小さなことから大きなことを考えるとはなかなかのもんやろ?
それより、気が小さいのをなんとかせいてか。そりゃ、すんまへん。
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