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日々の生活の中で、溜まっていく微量の毒素。蝕まれかけた心から、毒素をこそりと落とすのが、この解毒散です。蓄積した毒を祓い、あなたの知らない世界が視えてくる、短めのお話をお届けします。週一回発行。

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2008/08/20

解毒散 【an antidote powder】 08年08月20日処方

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■ 解毒散 【 an antidote powder 】   08年08月20日号

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 日々の生活の中で、溜まっていく微量の毒素。
 昨日と同じ今日、今日と同じ明日。
 生気に満ちた艶やかな心は、この毒素に包まれて、次第に干割れ、
 静かに死んでいきます。
 生命の死の前に、心の死を迎えたとき、残りの人生を、
 どうやって過ごせばいいのでしょう。
 そんな状態になる前に、蝕まれかけた心から、
 毒素をこそりと落とすのが、この解毒散です。


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☆☆☆ 魔が物紀行 − 巖照(8) − ☆☆☆


「お?」

 姫はきつく顰めていた眉を開いた。

「少しは性(しょう)を取り戻したようだな」

 青き蛇神の身体はその動きを緩やかにしていく。

「しかし食べちゃったからなあ…」

 姫は腕を組んだ。

「まあ、今回のことは悪い夢だったと思って忘れて、
次の時に同じ間違いを犯さないように…」

 言いかけて姫の顔が歪んだ。頭の右側に手を当て、痛そうな顔をしている。

「おまえ、ちょっとはボリューム調整をせんか」

 クシナの身体に、既に発声機関はない。姫の頭の中に直接問いかけてきたのだ。

『どうすればいい?』

「んな事言ったって、食べちゃったからなあ…」

 姫はまた顔を顰めた。言葉にはなっていない、烈しい慟哭が聞こえる。

「むむむ… まあ、とりあえず吐き出してみれば?」

 青いそれは蠕動を繰り返し、中に取り込んだものを吐き出そうとしている。
しかしどうしても吐き出すことが出来ない。姫は痛ましそうにそれを見て言った。

「ああ、ぬしの口の中は逆歯になっているんだろ」

 逆歯になっているために、一度取り込んだものを引き出すことが出来ないのだ。
青いものは狂おしくのた打ち回るが、どうしてもそれ以上引き出すことが出来ない。

「無理だろ…」

 姫は顔を背ける。しかしクシナは諦めるつもりなど毛頭なかった。

『引っ掛かるんだ… だからそこを何とかすれば』

 身を地に打ちつけて苦しむクシナの肌に、刈り込まれて
まだ伸び始めたばかりの草がちくちくと痛い。
ここを刈ったのはしばらく前だが、もう随分と昔のことのように思える。
あの時は二人で腰ほどまでに伸びた草をざくざくと刈った。
暑かったけれど、ここ最近になく楽しい記憶だった。
クシナは顔をもたげた。目の先に、家の近くの納屋が見える。

『あそこだ。あそこに、ある』

 クシナは蛇体のまま、高速で移動した。納屋の戸を押し破り、
薄暗い中になだれ込む。そしてそれはそこにあった。
破れた入口から入る光を受けて、クシナの肌よりも冷たく青光るそれ。
それを手に取るために、クシナは上半身だけを人型に変え、
真っ直ぐに手を伸ばしてそれを取った。

「待て!」

 聞こえた悲鳴は姫のもの。悲鳴を上げたのは姫だから、クシナには関係ない。
クシナはやりたいことをすればいい。クシナは鋭く光る三日月鎌を口の脇に挿し入れ、
躊躇せずに引いた。納屋の薄闇の中に血の匂いが充満する。
異様な形に大きく開いた口の脇から、肉が零れ落ちる。その肉は痙攣し、動いた。
さすがの姫も袂で目を覆って呻いた。

「バカか、おまえは」

 みるみる喪われていく生命反応の中で、クシナは笑っているようだった。
自らを、他者を蔑む嗤いではなく、自棄から来る哂いでもなく。
心の底からの幸せから来る笑いで。

『生きている』

 後は姫が何とでもしてくれるだろう。これで大切なものは喪われずに済んだ。

『よかった』

 自分の生命はあと少しで尽きることになるのかもしれないが、クシナは満足だった。
周りに充満しているのは生命の色。でもこれは他の誰のものでもない。
クシナ自身のものなのだから、何も気に病むことなどなかった。
次第に消えていく光は分厚い緞帳のように引かれるのだろう。
それでお芝居は終わる。この芝居の進みは、なかなかいいものだった。

***

 鍾乳石が牙のように林立する中。滴り落ちる水も音を発しない暗黒の中。
沈黙が支配するこの世界を、高く響き渡る音が裂く。

「おいおいおい、何だってんだよお」

 低く地を這う音がそれに重なる。

「バカが。まったく、いくつになっても」

 幾千年をかけて形造られた大きな鍾乳石が、響く低周波音に負けて崩れ落ちる。
その衝撃音さえ闇の中から伸びる音を掻き消しもしない。

「信用しろ、妹を。何かあれば来るだろう」

 甲高く響き渡る声が笑いを含む。

「違いない。千里も万里も、あれには関係ないからなあ」

「だが、もし何かあったら」

「久しぶりに暴れられるかな?」

 同意を示すくぐもった音が返る。それに甲高い笑い声がかぶさる。
万古の洞窟の中、光の全くない闇の中で、何か大きな力が動いた。
笑い声は唐突に止み、神しか知ることのないだろう深い地下の中、
大きく空いた空洞の中を木霊だけがどこまでも走ってゆく。
その気配も消え、音が聞こえたことすら実際にはなかったことのように、
この奈落の底は静まりかえっている。深く、あくまでも深く。

***

「待て、このクソ」

 クシナの口から零れ落ちた肉槐が唸り声を上げた。
それはずるずると立ち上がり、血まみれではあるが人の形を見せた。

「おぬし、大丈夫か?」

 姫は目を丸くして問いかけた。

「知らん。今はどうでもいい。おい、どうしたら助けられる?」

 目が見えないらしいそれは、手を振り回している。
姫は一瞬躊躇したが、それの意思を感じ取って応えた。

「人間の血だ。たぶんそれで」

「わかった」

 それはクシナが自らの口を裂いた鎌を探り当て、手首に当てて迷わず引いた。
刃は的確に動脈を切り裂き、新たな血がほとばしる。
それは既に蛇体を喪いつつある少女の身体にかかり、薄い煙を上げながら癒してゆく。

「バカが! 動脈を切る奴が…」

「間に合わなかったら意味ないだろ」

 そしてそれは崩折れた。目に滲みるような鉄の匂いの中で、
二つの身体は折り重なって倒れていた。

「ああ、もう!」

 姫の悲鳴はもう二人には届かない。
二人は恋人同士のように寄り添い、血煙の中に沈んでいる。


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最近の出来事;


書きたいお話がたくさんあります。

いつも赤っぽい雲に覆われた世界で、その世界を変えるために彷徨っている者たち。

東都周辺で様々な異界の者の起こす怪奇を解いている勝気な少女。

西の孤立した世界で約束を守るために姿を喪う少女。

南で自らに呑み込まれようとする少年を捨て身で救う少女。

暴走しかかっている燃焼炉を、必死で止めようとしている作業者たち。

書いているうちに書くことがなくなるのではないかと怖れた事もありましたが、
書けば書くほど新たな世界が私の前に広がってきます。

それはたとえば一つの印象的な光景だったり、一つの真摯な思いだったり。
それを表現しようとすると、私が思ってもいないようなお話が、
私の中で広がり始めます。

そして書き進むに連れて、思いもしなかった世界に迷い込んでいることに
気づきます。私自身がそのつもりがなくても。

ちなみに上の三人の少女は、この魔が物紀行のお兄さんの妹たちです。
性格はそれぞれ違うけれど、みんな色々とがんばっております。


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☆ 解毒散は、毎週水曜日に処方されます。週の半ば、溜まり始めた毒素を、
  きれいに落として、週末までの日々を存分に過ごされますよう。
  今宵、貴方の見る夢が、幸せな空気に満ちていることをお祈りします。

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■ mm  ; 解毒散【 an antidote powder 】(マガジンID:0000141236)
■ 発行者 ; 李・青山華 mint@fe.velvet.jp ご感想をお寄せください    
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