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2008/04/06

気ままおやじの「花と遊ぶ」

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┃  〜 気ままおやじの“花と遊ぶ” 〜      第169号 2008/4/6
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┃ 大阪の花屋の「気ままおやじ」です。花を通して触れ合ってきた人々への
┃ 感謝の気持ちを文章にしたいと思っています。 
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友禅模様
日本の代表的な着物の柄に「京友禅」が上げられます。
歴史的に見ると「文様」としては新しい技術によるものです。
「染める」と言う言葉は「布をどっぷりと染める」と言う意味ではなく「柄を染め上げる」
という意味で使われるくらい代表的な染色方法になりました。

京都の「扇面絵師」であった宮崎友禅斎が着物に描きはじめたのが元祖といわれています。
後に加賀に「加賀友禅」を伝えたといわれています。

友禅斎については諸説あり「実在したという説」と「架空の人物」であるという説が
あるそうです。
しかし、井原西鶴の戯曲「好色一代男」や「好色三代男」に「友禅斎の扇を持たない者
は無粋である」と有るそうで、その名前はかなり有名になっていたようです。
ひょっとしたら商魂たくましい者の企画だった可能性があります。

商魂から生まれたスターという意味では現代も同じようなことが言えるかもしれません。
しかし、友禅斎が架空の人物であったとしても、実在した技術者(黒子)がいたわけで
あり、その技術が優れていたからこそ、友禅斎がスターになれたわけです。
集団的技能者の代表がスター友禅斎であった、といえるのかも知れません。
豪商たちが金に射止めをつけず「豪奢な衣装」を身に着けたためにご法度が出ました。
天和3年(1683)の幕府の衣服制限令が「金紗(きんしゃ)」「刺繍(ししゅう)」「総鹿
の子(そうかのこ)」の三品を禁止しました。
友禅模様も「贅沢禁止」の中から生まれた技法であり、やはり「ハングリーな時代の落と
し仔」ということが出来ます。
これまでの技術を結集して新しい方法を見つけ、禁止されていない、ぎりぎりの中で贅沢
を楽しんだわけです。
これも金儲けのため、といってしまえばお仕舞いですが、技術的には大きな躍進をした
わけです。

「時代」と、それを乗り越えようとする「企画者」、そして「技術者」が共同で頑張る
ことにより生まれた「可能性」が京友禅であるといえるのではないでしょうか?

「宮崎友禅斎」ばんざ〜い!!



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