2010/01/30
視点を変えてみよう。
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(ー†ー) あなたは、聖書を誤解している? vol.013
2010/01/30
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視点を変えてみよう。
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<1.見えていたのに、見てなかった>
先日、韓国に行く機会がありました。
目的は、オンヌリ教会というソウルの教会での研修です。
僕は、今まで韓国の方とのおつきあいは、あまりありませんでした。
しかし、ここ1,2年で、韓国の方との不思議なご縁が続きました。
大学の先輩が韓国教会にハマって1度ソウルに行くように薦めてきたり
僕自身も韓国の教会で聖書を語る機会が与えられたりと
いろいろな出会いが続き、今回の渡韓へとつながりました。
韓国に行くことが決まると、みえてくるものが変わりました。
それまでと同じ道、同じ街を歩いていても、韓国ネタのものが、やたらに目につく。
ウォン両替、韓国語講座、ソウルグルメ・・・。
街には、今までも同じ看板はあったはずなのに、
韓国に行くことが決まった後は
なぜか韓国系の看板や雑誌が目に入ってきました。
同じ道を歩いていても、こんなに見えてくるものが変わるものかぁと
我ながら驚きました。
<2.視点を変えることで、考え方が変わる>
「宗教経験とは、新しい視点、価値観を与えられること」
という定義を聞いたことがあります。
これは、経験上、正しいと思います。
生来、無宗教を自認していた僕は、
大学在学中に聖書の神に出会い、物事のとらえ方が大きく変わりました。
たとえば、試練へのとらえ方。
かつて、辛いことがあると、ただジッと我慢したり、
一人でイライラしたりしていました。
しかし、キリスト者となった後、考え方が変わってきました。
「この試練には、きっと意味がある」
「神様は自分に何を教えようとしてくれているのか」
と試練を前向きにとらえることができるようになってきたのです。
「この苦しみの後には、希望がある。今から楽しみだなぁ」
と達観する余裕(?)すらでてきたように思います。
神が与えた試練という視点が入ることで
同じ苦しみの中でも、僕の内面が大きく変わったわけです。
キリスト教は、御利益(ごりやく)宗教ではない。
信仰生活に入ったからといって、苦しいことや不運がなくなるわけではない。
ただ、僕自身、キリスト教徒となり
苦しいこと、不運へのとらえ方は、間違いなく変えられたと思います。
韓国に行くことが決まってから、街を歩いていても見えてくるものが変わってきた。
それと同じように、キリスト者になってから、
試練が起きても、試練に対するとらえ方が変わってきたわけです。
神への祈り
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神様。なんのために、この試練をお与えになったのですか。
<編集後記>
発行者・だんな雄作です。
久しぶりのメルマガで申し訳ありません。
2010年がスタートして1ヶ月。
昼は聖書と格闘、夜は家で2歳半の息子と格闘の毎日です。
先週は、イスラエル聖地巡礼から帰ってきました。
http://inori.livedoor.biz/archives/51378184.html
帰国すると妻子がノロウイルスに感染し、息子は夜に何度も嘔吐(>_<)
去年、僕が倒れた時には妻に親身になって看病してもらったので
ここは夫として頑張らなければと、この2,3日、買い物や洗濯に奮闘していました。
今、妻と息子が寝静まって、久しぶりにメルマガを書く時間が与えられました。
寒い日が続き、風邪も流行っているようです。
皆様の体調が守られますように。
だんな雄作
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□ 発行者 :だんな雄作 http://www.brandnewlife.jp/
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□ ご意見・ご感想お待ちしております。 dan@cho-inori.com
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(以上です)



