2008/12/09
「兵庫県弁護士会メルマガ通信」(第49号)
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ ◇◆◇◆ 「兵庫県弁護士会メルマガ通信」(第49号) ◇◆◇◆ ◇◆◇◆ (2008.12.9配信) ◇◆◇◆ ◇◆◇◆ http://www.hyogoben.or.jp/ ◇◆◇◆ 発行:兵庫県弁護士会 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ ◆ 目次 ◇ 模擬裁判・傷害致死事件(その3) 執筆者:朝本行夫弁護士 ◇ 「公判前整理手続」って何? 執筆者:富田智和弁護士 ◇ 今月の法律相談のページ 「不公平な遺産分与−共同相続人に賠償請求も」 執筆者:大削武雄 弁護士 「大家から立ち退き要求−双方の事情を比較し決定」 執筆者:白川聡子 弁護士 ◇ ニュースの読み方 〜「未必の故意」〜 執筆者:坂口裕昭 弁護士 ◇ 編集後記 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ ■□■□■□■□ 模擬裁判・傷害致死事件(その3) ■□■□■□■□ 兵庫県弁護士会 裁判員制度実施本部 本部長代行 朝本行夫 弁護士 1 平成20年10月27日及び28日の2日間,神戸地裁,神戸地検及び兵庫 県弁護士会が合同で実施した傷害致死事件の裁判員裁判模擬裁判について,今回 が3回目のご報告です。 2 1回目は,この事件(傷害致死・島拓郎事件)の内容及び争点が,実刑判決 か執行猶予付判決,即ち被告人を直ちに刑務所に入れる懲役刑か,それとも懲役 刑の執行(刑務所への収容)を数年猶予するかであること,2回目は,弁護人の 主張の一部と被害者のご遺族(奥様)の証言を紹介しました。 今回は,裁判官と裁判員の方々が,最終的にどのように判断されたかをご紹介 させて頂きます。 3 判決(主文)は,「被告人を懲役3年に処する。この裁判確定の日から5年間 その刑の執行を猶予する」という内容です。 尚,我々弁護人の感覚としては,この事件で懲役3年なら,執行猶予期間は 4年程度が相応しいと考えておりましたので,5年の執行猶予期間という結論は 意外でした。 4 傷害致死罪が成立することは,弁護人は争いませんでしたが,犯行態様につ いては,検察官の主張を争いました。評議・判決ではほぼ弁護人の主張が採用さ れています。 (1) 検察官は,「被害者の頸部に表皮剥奪・皮内出血が残っていることを根拠に, 被告人が右手拳で被害者の顔面をかなり強い力で殴打した」と主張しました。 これに対して,裁判官と裁判員は,「被害者の頸部に存在する表皮剥奪・皮内 出血は,転倒する直前に右手拳で殴打した際に生じたものと認定できず,胸倉を掴 んだほかの機会に生じた可能性を否定できない。 また, 被告人が背もたれのない 丸椅子に座り,足が床に着かない状態で殴打していることからすれば,被告人が検 察官がいうほど強い力で殴打したものと認定することはでない」と判断していま す。 (2) 検察官は,「被告人は,被害者が意識を失っているのを分かった上で被害者 の胸倉を掴んで数回殴打し,被害者を掴んでいた手が離れるなどして被害者が転倒 することを予期しており,被害者が床上に転倒するのを助けることができたにもか かわらず何もしなかった」と主張しました。 これに対して,裁判官と裁判員は,「証拠上,被告人において,被害者が転倒す る前に意識を失ったことを認識していたとは認定できず,被告人も相当酔っており, 激昂した精神状態であったことからすると,被害者が転倒するのを防止しなかった からといって転倒することを予期していたのにそのままにしたと認定することは できない」と判断しました。 (3) 検察官は,「被告人は,被害者が床上に転倒した後も被害者を助けようとせ ず,『寝てんじゃねえよ。』と足で小突いており悪質である」と主張しました。 これに対して裁判官と裁判員は,「被告人は,『寝てんじゃねえよ。』と言って いること,被害者がいびきをかいていたことからして,寝ていると思っていたもの であり,これを前提にすれば, 被告人の行為は,さほど悪質であるとはいえない」 と判断しました。 以下のように,検察官の主張は全面的に排斥されていますが,被告人を,幾ら 重く処罰したいからといって,証拠上認定できない事実及び態様をことさら誇張 した主張をしても,裁判官と裁判員は,惑わされないことは,予め十分予想され た筈です。 5 裁判官・裁判員は,この事件は,被害者の被告人に対する心ない発言に一時的 に激昂したことによる偶発的犯行である, 被害者が死亡したのは,座っていた椅 子が背もたれのない丸椅子で被害者の足が床に着かない状態であったことから殴 打された被害者がたまたま椅子からずり落ちて床で後頭部を殴打した結果発生し た不幸なものである,と考えました。 そして,被告人が被害賠償金として100万円 を既に支払い,今後更に300 万円を支払うことを約束して遺族との間で示談が成立していること,遺族が被告人 を許していること,被告人が,事実関係を認め,本件犯行の結果,人ひとりが死亡し たという重大な結果を真剣に受け止め,深く反省悔悟していること等を総合的に考 慮し,執行猶予付の判決を言い渡しました。 執行猶予を付けるという結論は,評議の場での意見表明では全員一致です(終 了後の意見交換で,裁判員の1名は,実刑判決の方が良かったと感想を言われて おりますが,評議では,執行猶予付判決に賛成されていました)。 尚,他の裁判員の1名の方は,評議の席で,懲役3年が多数意見となった後も 私は懲役2年にして,それに執行猶予を付けることが相応しいと主張され,3年 という多数意見には,賛成できないと明確に意思表示されていました。 このような姿勢は本当に立派でした。 ■□■□■□ 「公判前整理手続」って何? ■□■□■□ 富田智和 弁護士 1 最近、マスコミを賑わす事件の裁判が連日的に行われ、初公判から判決まで の期間が以前に比べて短くなっていると感じたことはないでしょうか(例えばラ イブドアの代表者に対する判決などを思い浮かべてください)。実はこれには裁 判員制度に対応するために設けられた「公判前整理手続」という制度が関係して いるのです。 今日はこの「公判前整理手続」について解説したいと思います。 2 これまで日本の刑事裁判では、初公判までに争点や証拠を整理するといった ことは特に行われてきませんでした。裁判官は初公判まで起訴状(被告人が行っ たとされる犯罪を検察官が簡潔に記載した書面であり、通常A4版の用紙で1枚 から2枚程度のものです)以外の書面を目にすることは許されていませんでした。 そして、初公判が終わった後は約1か月間隔で裁判が行われるというのが通常で した。弁護人としても、検察官による立証が終了した段階で初めて検察官の主張 のうち、どこを争うのかを詳しく主張をしたり、弁護人の主張を証明するための 証拠を提出するといったことが当然のように行われてきました。 このような審理方式のもと、初公判から判決までに数年を要するといったこと も珍しくありませんでした(オウム真理教による一連の事件でも、首謀者とされ た被告人に対する一審判決が出されるまでに初公判から8年近くもの年月を要し ています)。 3 しかし、裁判員制度等のもとでは、裁判が行われている期間、裁判員の方を 拘束することになるため、このように長期間にわたって裁判を続けることは予定 されていません。そのため、初公判から判決までの期間を短くするために事前に 争点及び証拠を整理しておく必要があります。このために設けられたのが「公判 前整理手続」です。 この公判前整理手続は、重大事件ではすでに実施されていますが、裁判員制度 のもとでは、裁判員が関与する事件は、事前に公判前整理手続を経ることになり ます。 4 公判前整理手続は、裁判員の方の関与なく裁判官・弁護人・検察官の三者で 行われます。そこでは、検察官提出の証拠を整理し、弁護人としても検察官の主 張のどこを争い、どこを認めるのかといったことが話し合われます。そして、初 公判までに当該事件の争点はどこにあるのか、そのためにどんな証拠が両当事者 (弁護人と検察官)から提出されるのかといったことが明らかにされます。 この公判前整理手続のもとでは、検察官が持っている証拠が従来よりも広い範 囲で弁護人にも見せられるようになりました。その反面、弁護人としても検察官 の主張を争うのであれば、事前に争う箇所を明らかにしておかなければならず、 また公判前整理手続において提出しなかった証拠は特段の理由ない限り公判にな ってから請求することは出来ないなどの制限が課せられています。 5 以上のように、公判前整理手続のもとで迅速な裁判が目指されていますが、 「迅速」を心がけることは、一歩間違えれば「拙速」へとつながってしまう危険 性があります。つまり、被告人が検察官の主張に対して十分に反論する機会を与 えられない状態で判決が下されるという危険性があるのです。現に、公判前整理 手続においても手続を急ぎたがる裁判官もなかには存在すると言われています。 我々弁護人としては、「迅速」を心がける必要があるのはもちろんですが、 「迅速」な裁判は被告人が検察官の主張に対して十分に反論するだけの機会が与 えられて初めて実現されるべきであると考えています。そのため、手続が「拙速」 に流れてしまわないように監視していく必要があると考えています。 ■□■□■□■□ 今月の法律相談のページ ■□■□■□■□ ◇◆「不公平な遺産分与−共同相続人に賠償請求も」◇◆ 執筆者:大削武雄 弁護士 神戸新聞2008年10月7日掲載 Q: 母の相続の際、兄3人と遺産分割協議をしましたが、私が遺産として取得し た不動産が実は他人の物であったことが分かりました。私は兄らに何かいえるの でしょうか。なお、兄のうち1人は遺産分割後、破産をしており資力がありませ ん。 A:ご質問のように、遺産分割で取得した不動産が、実は遺産に属さず他人の物 であった場合、あなたはそれを取得することができません。 しかし、それではあなたとほかのお兄さまとの間で不公平が生じます。このよ うな場合、民法は、「各共同相続人は、ほかの共同相続人に対して、売り主と同 じく、その相続分に応じて担保の責任を負う。」(911条)として、相続人間 の不公平を是正しています。 そこで、あなたは、ほかのお兄さまに対し、具体的相続分に応じて損害賠償を 請求することができます。例えば、3人のお兄さまをA、B、Cとし、各自の相 続分を4分の1ずつとします。あなたが遺産として取得した不動産が1200万 円だった場合、あなたは、A、B、Cに300万円ずつを請求することができま す。 もっとも、本件のように資力のないお兄さま(例えばA)がいる場合、仮にあ なたが請求しても効果がありません。しかし、あなただけがAの無資力を負担す るのは公平であるとはいえません。そこで、公平の観点から、民法では相続人中 に担保責任をとる資力がない者がいるときは、この者の負担すべき部分は、ほか の共同相続人全員が相続分に応じて負担するとされています(民法913条本文)。 つまり、Aが負担すべきであった300万円について、あなたとB、Cの3人で 分担することになります。これによってBとCに対し、100万円ずつ請求する ことができ、結局前の300万円を含めて、BとCに400万円ずつ請求するこ とができます。 このほかにも、すでに行なった遺産分割協議を解除して、本来の遺産の再分割 を求めることも可能です。(ただし、解除を制限する考え方もあります) なお、以上について、被相続人であるお母さまが遺言で別段の意思を表示した 場合には、それに従う(民法914条)ことになります。 ◇◆「大家からの立ち退き要求−双方の事情を比較し決定」◇◆ 執筆者:白川聡子 弁護士 神戸新聞2008年10月21日掲載 Q:住んでいるアパートの大家さんから「アパートを取り壊してマンションを建 てるため、来年の契約更新時に明け渡して欲しい」と告げられました。引っ越し するにもお金に余裕がなく困っています。大家さんに何も言えないのでしょうか。 A:結論から申しますと、大家さんに何も言えずに、明け渡さなければならない ということはありません。また、事情によっては明け渡さなくてよいということ もあり得ます。 大家さんとあなたとの関係は、借地借家法という法律で規定されています。ご 相談のような、大家さんからの契約更新の拒絶については、借地借家法第28条 に規定があり、「正当事由があると認められる場合」でなければ、大家さんから の契約更新の拒絶はできないとされています。 この「正当事由」については、大家さんとあなたのそれぞれの事情を比較して 判断することとされており、大家さんの事情だけで決められるものではありませ ん。どのような事情を比較するかというと、(1)大家さんが建物を使用する必要性 (2)あなたが建物を使用する必要性(3)あなたの資産状況(4)これまでの経緯(5)建物の 改築・修繕・新築の必要性(6)建物の有効利用(例えば古い建物を取り壊し、高層 建物へ建て替えるなど)の必要性などが挙げられます。 加えて、大家さんから立ち退き料を支払うとの申し出があった場合、「正当事 由」があるということの一つの事情として考慮されます。立ち退き料の提供はあ くまで一つの事情ですので、場合によっては提供がなくとも、「正当事由」があ るとして大家さんからの明け渡しが認められることもあります。 あなたが建物を使用する必要性が高い場合であっても、大家さんが立ち退き料 を支払うことで明け渡しが認められることもあります。立ち退き料の金額は事情 によって異なり、一定の金額が決められているわけではありません。 冒頭でも書きましたが、あなたは、何も言えないわけではなく、大家さんに対 し(1)あなたがアパートを使用する必要性があること(2)引っ越しをする経済的余裕 がないこと−などを主張することができます。 大家さんからも、アパートを取り壊してマンションを建てる必要性などをきち んと説明してもらいましょう。 ※「今月の法律相談」のページは、神戸新聞に毎月第1、3火曜日に掲載され ている「くらしの法律相談」から、神戸新聞の了承を得て転載しています。 なお神戸新聞のサイトは、 http://www.kobe-np.co.jp/ です。 ■□■□■□■□ ニュースの読み方 ■□■□■□■□ 〜「未必の故意」〜 坂口裕昭 弁護士 2008年10月21日早朝、大阪市北区の路上で、歩行中の男性が車にはね られ、その後、約3キロにわたって車に引きずられて死亡する、という痛ましい 事件が起こりました。 さらに、それから1か月も経たない11月16日早朝、今度は、同じ大阪府の 富田林市の路上で、ミニバイクを運転していた男性が車にはねられ、その後、6 キロ以上(一部報道によると9キロ)にわたって車に引きずられて死亡する、と いう事件が、またしても起こってしまいました。 両事件とも、車に引きずられたことが致命傷になったと考えられ、事故直後に 救助されていれば、命を落とすことはなかった可能性が高いということで、殺人 罪の適用も視野に入れて捜査が進められているようです。 悲しいひき逃げ死亡事件は後を絶たず、飲酒運転による事故の多発と相俟って、 昨今、様々な議論がなされているところですが、今回は、自動車の交通事故案件 において殺人罪が適用される場面で問題となる「未必の故意」について考えてみ たいと思います。 そもそも、自動車の交通事故は、通常、運転をする者が、自身に課された注意 義務に違反すること(いわゆる過失)によって引き起こされるものであり、刑法 上は、自動車運転過失致死傷罪等の過失犯の成否が問題となるにすぎません。 しかし、今回取りあげた事件のように、過失によって引き起こされた事故自体 によるケガは命に関わるものではなかったにも関わらず、その後の引きずり行為 によって人の死という結果が引き起こされたと考えられるような場合などには、 殺人罪のような故意犯が成立することもあり得ます。 もっとも、運転をする者に、過失犯を超えて故意犯を問うためには、少なくと も、「未必の故意」があったと言えなければなりません。 ここに言う「未必の故意」とは、罪となる犯罪事実の発生(特に結果の発生) を、確実なものとまでは認識しておらず、また、積極的に意図まではしないもの の、自分の行為により、そのような事実が発生してしまうかもしれないと思いつ つ、そうなっても構わないと思う心理状態を言います。殺人罪について言えば、 少なくとも、「自分がこういうことをすれば、人が死んでしまうかもしれないが、 それでも構わない」という心理状態で行為を行ったと言えなければならないわけ です。 では、「未必の故意」があったかどうかという判断はどのようにするのでしょ うか。これは、人の内面に関わることなので、非常に難しい問題です。仮に、運 転していた者が、「人が死んでしまうかもしれないと思っていた」と自白したと しても、それだけを決め手とすることはできませんし、逆に、「人が死んでしま うとは思っていなかった」と弁解しても、それだけで「未必の故意」がなかった と認定するわけにもいきません。 結局、(1)実際にどのような運転がなされたのか、(2)その運転はどのような動機 によってなされたのか、(3)そのような運転がなされる前後に運転していた者はど のような行動をしていたのか、といった事情を丹念に調べあげ、総合的に判断す るしかないのです。 実際の裁判では、今回取りあげた事件のように、交通事故を起こした者が、逃 亡するために、下敷きになった被害者をそのまま引きずって運転を続けて死亡さ せた場合に、「未必の故意」を認め、殺人罪を適用した例があります。 今回取りあげた事件については、まだまだ不明な点も多く、この先の捜査の行 方を見守らなければはっきりしたことは言えませんが、上記裁判例と同様、被害 者を引きずりながら長い距離を運転し、それが致命傷となって被害者が亡くなら れていることを考えれば、裁判において、最終的に、殺人罪が適用される可能性 も十分にあり得るのではないかと思われます。 しかし、仮に、殺人罪が適用されることになったとしても、被害者や遺族の方 々の悲しみ、無念を完全に晴らすことなど到底できません。 私を含め、自動車を運転する者は、今一度、運転行為自体の危険性を認識し、 責任ある行動を取らなければなりません。特に、これからの季節、お酒を飲む機 会も多くなりますので、一層の注意が必要であることは言うまでもありません。 ■□■□■□■□ 編集後記 ■□■□■□■□ 兵庫県弁護士会メルマガ通信第49号をお届けします。 はやくも年末。今年最後のメルマガとなりました。来年の景気などがたいへん 心配ですが、皆様にとってよき年でありますように。 あらたまの年の終りになるごとに 雪もわが身もふりまさりつつ 在原もとかた (健)


