2008/06/04
「兵庫県弁護士会メルマガ通信」(第43号)
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ ◇◆◇◆ 「兵庫県弁護士会メルマガ通信」(第43号) ◇◆◇◆ ◇◆◇◆ (2008.6.4配信) ◇◆◇◆ ◇◆◇◆ http://www.hyogoben.or.jp/ ◇◆◇◆ 発行:兵庫県弁護士会 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ ◆ 目次 ◇ 女性の権利110番のお知らせ ◇ 模擬評議の裁判員募集のお知らせ 執筆者:朝本行夫 弁護士 ◇・裁判員裁判・責任能力の問題(その2) 執筆者:朝本行夫 弁護士 ◇あなたが裁判員です! パート5 〜刑事裁判の諸原則・具体例を挙げながら 執筆者:富本和路 弁護士 ◇ 今月の法律相談のページ ・「示談金の負担」 執筆者:森川 拓 弁護士 ・「遺言書隠した兄」 執筆者:森川 拓 弁護士 ◇ 編集後記 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ ■□■□■□■□ 女性の権利110番のお知らせ ■□■□■□■□■□■ 女性に対する暴力(ドメスティック・バイオレンス、ストーカー、セクハラ) を中心とする女性の権利一般に関する無料電話相談・面談相談を実施します。 離婚事件、夫婦関係調整事件で、夫あるいは相手の男性が暴力を振るうケース や職場や社会での女性差別などの問題について、弁護士が、無償で対処方法や正 しい法律知識を提供し適切なアドバイスを行います。お気軽にご相談下さい。 日時:2008年6月27日(金)午前10時〜午後4時 場所:神戸市男女共同参画センター(あすてっぷKOBE) 神戸市中央区橘通3−4−3 内容:(1)電話相談 受付電話番号 078−341−8105 ※電話相談は予約不要 (2)面談相談 ※面談相談は要予約 相談時間は1人30分程度。 6月5日(木)から先着順で予約受付します。 ご予約は078−361−6977まで。 問い合わせ先 兵庫県弁護士会 TEL078−341−7061 主催:兵庫県弁護士会・日本弁護士連合会 共催:神戸市男女共同参画センター・姫路市男女共同参画センター ■□■□ 模擬評議の裁判員募集のお知らせ ■□■□ 兵庫県弁護士会 裁判員制度実施本部 本部長代行 朝本行夫 弁護士 1.兵庫県弁護士会におきまして下記のとおり,裁判員裁判の模擬評議を開催い たしますので、裁判員役をご担当頂ける方を募集いたします。 裁判員裁判の模擬裁判を撮影したビデオ(平成18年2月に裁判所・検察庁と 合同で行いました模擬裁判)を,裁判員役に選任された市民の皆様にご覧頂き, その後,裁判官役弁護士と一緒に有罪か無罪かを,そして有罪の場合に,どのよ うな刑罰で処罰するかを話し合っていただきます。 記 実施日時 平成20年7月12日(土)午後1時 から5時30分まで(予定) (審理ビデオをご覧頂き,評議もこの時間内に終えます) 実施場所 兵庫県弁護士会本館 募集人数 18名(募集人員は応募状況による増減することもあります) 2.裁判員役にご応募頂ける方は,模擬評議案内チラシの記入事項をご確認のう え、ご応募をお願いいたします。 応募者が18名を越える場合には,年齢構成等を勘案の上,書類選考させてい ただき,2008年6月末頃に応募者に選考結果をご連絡させて頂きます。 なお,裁判員役に応募されない方及び応募頂きましたが裁判員をお願いしなか った方も,当日,会場にお越しいただき,ビデオ・評議をご覧いただけます。 3.市民の皆様方の評議中のご意見を検討し,評議の在り方を検証するため,模 擬評議の模様は,DVD撮影させて頂きますが,これを一般に公開することはあ りません。 また,誠に恐縮ですが,裁判員役をご担当頂きました皆様には,兵庫県弁護士 会から,粗品をご用意させて頂くだけで,謝礼のお支払いは予定しておりません こともご了承下さるようお願い申し上げます。 以 上 ■□■□ 裁判員裁判・責任能力の問題(その2) ■□■□ 兵庫県弁護士会 裁判員制度実施本部 本部長代行 朝本行夫 弁護士 1 平成20年2月27日から29日までの3日間,神戸地方裁判所において, 神 戸地方裁判所,神戸地方検察庁及び兵庫県弁護士が合同で実施した裁判員裁 判の 模擬裁判は,次のような内容の事件(森一郎事件)でした。 【事案】 統合失調症にかかっていた被告人は,レンタカ−を借りたが返還期限 を過ぎ再三,催促を受けても返還しなかったため,レンタカ−会社の社員が被告 人には連絡せず,車両を引き揚げた。 被告人は,自動車は別の会社から借りたているという妄想を抱いていたことか ら,自動車が盗まれたと考え,自動車を取り返すつもりで刃物を持ってレンタカ −会社を訪問したが,当然返して貰えず,被告人と応対したレンタカ−会社の社 員の一人を,刃物で突き刺して死亡させた。 事実関係は概ね争いがなく,責任能力の有無,正確には,責任能力が完全に失 われていたか(無罪),それとも完全には失われておらず,著しく減退していた だけであるか(有罪)が,検察官と弁護人との間で争いになりました。 2 この模擬裁判で裁判長は,裁判員に方に対して,責任能力の問題について, 理解しておく必要のある基本的な考え方を次のように説明しました。 今回の裁判では,被告人が精神の障害のために正常な判断能力を欠いていたの ではないかということが問題になっています。 犯罪行為をして罪に問われ,刑罰を受けるのは,自分の行為が悪いことである と判断し,その判断にしたがって犯罪行為を思いとどまるよう自分をコントロー ルすることができるだけの精神能力を持っている人です。そのような精神能力を 持っている人だからこそ,犯罪行為をしたという理由で社会から非難を受けても やむを得ないといえます。 したがって,精神に重い障害を持っている人が,その障害のために自分の行為 が悪いことであると判断し,その判断にしたがって犯罪行為を思いとどまるよう 自分をコントロールすることができるだけの精神能力を失った状態で,たとえ重 大な犯罪行為をしても,社会がその人を非難することはできず,罪に問い,刑罰 を受けさせることはできません。 このように,ある人が罪に問われ,刑罰を受ける前提となる行為当時の精神能 力のことを,「責任能力」と呼び,この「責任能力」を,罪に問うための必要条 件とする考え方を「責任主義」と呼んでいます。 法律も,この「責任主義」の考え方に基づいて,精神障害者の責任能力に関し て「心神喪失者の行為は,罰しない。」(刑法39条1項)と規定しており,こ の「心神喪失者」というのが,重い精神の障害のために,自分の行為が悪いこと であると判断し,その判断にしたがって犯罪行為を思いとどまるよう自分をコン トロールすることができるだけの精神能力を失っている状態の人のことを言い, その状態にあった時に犯罪行為をした場合には,罪に問われないとされています。 また,法律は,「心神耗弱者の行為は,その刑を減経する。」(同条2項)と も規定しており,先ほどの精神能力が,完全には失わわれていないが,普通の人 よりも著しく低い状態にある人のことを「心神耗弱者」と呼んで,その状態にあ った時に犯罪行為をした場合には,不完全な「責任能力」しかない者としてその 刑を減経することとしています。 なお,このように「責任能力」を,罪に問うための必要条件とする考え方に立 つ以上,「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の大原則から,被告人に 罪を問おうとしている検察官が,被告人に「責任能力」が備わっていることを明 らかにしなければなりません。 したがって,審理の結果,被告人が犯罪行為をした時,「責任能力」,つまり, 自分の行為が悪いことであると判断し,その判断にしたがって犯罪行為を思いと どまるよう自分をコントロールすることができるだけの精神能力を失った状態に あった疑いが残る場合には,「責任能力」はないものとして無罪としなければな りません。 また,審理の結果,「心神喪失者」の状態ではなかったとはいえるものの,普 通の人よりも著しく低い「心神耗弱者」の状態にあった疑いが残る場合には, 「責任能力」が不完全であったものとして刑を減経することになります。 今回の裁判では,被告人の「責任能力」が問題となっており,検察官や弁護人 などから,「心神喪失者」であるとか,「心神耗弱者」であるというような主張 がなされていますが,裁判員のみなさんにも,今述べてきたところを十分理解し ていただき,適切な判断をお願いすることになります。 3 さて,先程の裁判長の説明に,「心神喪失者」というのが,重い精神の障害 のにより,自分の行為が悪いことであると判断し,その判断にしたがって犯罪行 為を思いとどまるよう自分をコントロールすることができるだけの精神能力を失 っている状態の人のことをいうとありますが,これは生物学・医学的な判断が影 響することは確かです。 そうであるなら,「心神喪失者」かどうかは,専門医が判断することであって, その分野の素人である裁判官や裁判員が判断できることではないという考えが出 てきても不思議ではありません。 その点について,これまでの刑事裁判では,心神喪失・心神耗弱の判断は,法 律的な判断であるから,裁判官は,精神医学者が出した心神喪失かどうかについ ての鑑定結果にそのまま従う必要はないという取扱をしてきました。 刑法学者も,国民一般の規範意識(社会通念)を基礎として,刑事政策的視点 を含めて,即ち,このような精神状態の被告人に刑罰を課すことが社会的に必要 かどうかという判断も加味して,心神喪失・心神耗弱の判断をせざるを得ないと いう説明をすることがあります。 心神喪失かどうかの判断は,法律的な判断であるといっても,事実の認定に関 することであり,「法令の解釈に係る判断」ではありませんので(後者なら,裁 判官だけが決めることになります・裁判員法第6条2項),評議では,裁判員の 方が,裁判官と同じ立場で意見を述べることができます。 したがって,例えば,精神科医が鑑定人となり,法廷で,この被告人は,犯行 当時,統合失調症の影響で,人を刺して殺す行為が悪いと判断すること,そして 自分の行為のコントロ−ルことの,両方ができなかったという証言をした場合, 裁判官3名が,その鑑定人の意見とは反対に,悪いという判断及びコントロ−ル する能力も,それぞれ著しく減退しているだけであるという意見であっても,裁 判員6名が鑑定人の意見のとおりの判断をすれば,被告人は無罪になります(無 罪意見に,裁判官が少なくとも1名含まれていなければならないという制約は, ここではありません)。 今後,裁判員制度が実際に始まれば,裁判員が,精神科医等の専門家の判断に 耳を傾け,その判断を尊重して,裁判官の意見とは異なった意見を述べることも 十分予想されることでする。これは,弁護人の尋問技術や弁論の説得力如何によ り,大きく左右されることかと思います。 ■□■□■ あなたが裁判員です! パート5 □■□■□ ■□■□■ 〜刑事裁判の諸原則・具体例を挙げながら □■□■□ 富本和路 弁護士 1 はじめに 前回は、いろいろな原則の中のほんの一部ではありますが、刑事裁判における 大切な原則などを抽象的にお話させていただきました。繰返しますと、(ア)無辜の 不処罰、(イ)無罪推定の原則、(ウ)検察官が立証(挙証)責任を負担すること、(エ)疑 わしきは被告人の利益に、の原則の4つについて、説明いたしました。 しかし、抽象的な話でしたので、分かりにくいこともあったかと思います。そ こで、今回は、いつものように架空の具体例を挙げて、上記(ア)〜(エ)の原則につい て、お話させていただきます。念を押しますが、架空の例ですので、実際にあっ た裁判とは関係がありません。前回(パート4)のコラムも参考にしつつ読んで いただけると幸いです。 2 具体例に照らして 前記(ア)〜(エ)の諸原則を、具体例に照らして見てみましょう。架空の例ですので、 若干現実離れしており、例えば、盗まれた財布がどこから出てきたのか、とか、 AやBと関係のない証人がなぜAやBの顔や背の高さを覚えているのか、とか、 他の証拠関係はどうなっているんだ、とかいったもっともな疑問が出てきますが、 そのような疑問は考えずに、つたない教室事例として読んでみてください。 【具体例】 検察官は「AがBのサイフを盗んだ」として、Aを起訴しました。Aの言い分 は「自分はBのサイフなんて盗んでない。見ていた人もいるはずだ。」というも のでした。実際の状況としては、混雑しているデパートでBがサイフを盗まれた という状況であり、偶然見ていた人もいました。 そして、見ていた人3人が証人として呼ばれ、検察官が申請した証人Xは「確 かにAがサイフを盗んでいるのを見た。」と言い、弁護側が申請した証人Yは「い や、もっと背が低い人だったと思う。」と言い、弁護側が申請した証人Zは「A はBの近くにはいなかった。」と言いました。3人の証人は、特別にAやBと利 害関係はなく、まったくの中立の第三者ばかりで、3人のうち誰の証言が信用で きるのかが分かりませんでした(この事例では、3人のうちのYとZの証言が信 用できて、Xの証言が信用できなかった、という設定ではないことに注意してく ださい。) このケースで、その他の証拠と照らし合わせて合理的に考えてみても、やはり Aがサイフを盗んだのかどうか分からない、という場合、Aは無罪であると判断 しなければなりません。Bが誰かにサイフを盗まれた事実自体は争いがないため、 証人の誰かあるいは証人全員が勘違いをしているということになります。 このような結論に、皆さんは納得できるでしょうか? 個々人いろいろな考え 方があると思いますが、先ほど説明した諸原則の見地から考えてみましょう。 (1) (ア)無辜の不処罰の見地から まず、真実がどうであったかの可能性を検討してみると、当たり前の話ですが、 Bがサイフを盗まれたのは事実であるという前提で、【1】Aが真犯人である場合、 【2】A以外に真犯人がいる場合の2つです。 しかし、【1】の可能性があるというだけで、Aを有罪としてしまった場合、真実 は【2】であったとき、まさに「無辜の不処罰」という取り返しのつかない事態が生 じてしまいます。 反対に、Aを有罪として、真実も【1】であった場合、特に問題がないと考えられ る方もいらっしゃると思います。でも、ちょっと考えてみましょう。真実が【1】か 【2】か分からないから、裁判で争われているのです。裁判で争われるのは、過去の 事実であり、タイムマシンでもない限り、裁判時において過去のその瞬間を見る ことは絶対的に不可能です。本事例においても、結局、「誰が盗んだのか分から ない」という状態になってしまっています。 この状態で、Aを有罪にしてしまうことは、「たとえ10人の犯罪者を見逃し ても、たった一人の罪のない人間を処罰してはならない」という「無辜の不処罰」 に完全に反してしまいます。可能性があるというだけで有罪認定をしてはならな いのです。そして、裁判になる前に捜査機関が一生懸命行ってきた捜査活動があ る以上、Aを無罪にすることで、無制限に犯罪者を見逃していることにはならな いのです。 この例でAを有罪とすることは、「無辜の不処罰」に反していることが分かっ ていただけると思います。 (2) (イ)無罪推定の原則の見地から この例では、誰かがBのサイフを取ったことは間違いないけど、あらゆる証拠 を常識的に判断しても、Aが取ったということはできない、ということになりま した。 Aはもともと有罪判決を受けるまでは無罪の推定を受けており、有罪判決を受 けるまでは、無罪と扱わなければなりません。そして、有罪判決をするには、あ らゆる証拠を常識的に判断して、Aが犯人であると認定できなければなりません。 したがって、この例で、Aに有罪判決を下すことは、無罪推定の原則に反して しまいます。 (3) (ウ)検察官が立証責任を負担するという見地から この例では、全証拠を常識的に判断しても、Aを有罪と認める根拠は見出せま せんでした。したがって、検察官は、Aが有罪であるということを証明できなか ったことになります。 このことは、弁護側が申請した証人Y及びZが信用できるからAが無罪になっ た、ということとは異なります。もしも証人YとZの証言が信用できて、Xの証 言が信用できない、と判断されたのなら、迷うことなくAを無罪とできるでしょ う。分かりやすくいうと、証人YやZの証言があるから、証人Xの証言が信用で きない、という判断になるのです。なお、架空の事例とはいえ、証人Xの名誉の ために言っておきますが、「信用できない=うそをついている」ということでは なく、人間誰しも見間違い、記憶違いなど起しますから、そのような勘違いがあ った、ということです。 検察官に立証責任が課されているということは、検察官が積極的にAの有罪を 証明しなければならないということで、弁護側が積極的にAの無罪を証明しなけ ればならない、ということではありません。証拠を皆さんの常識に照らして考え てみると、Aを有罪と認めることができない、さりとて、無罪と断定することも できない、という判断になり、この場合は、「無罪と断定することはできない」 という判断は結論には関係がなく、「有罪と認めることができない」という判断 が結論に結びつくのです。このような場合に、検察官は「Aの有罪を証明するこ とができなかったために無罪の判決になった」ということになり、これが、検察 官が立証責任を負担するという意味です。 したがって、この例で、Aを有罪としてしまうことは、検察官が立証責任を負 担するという原則に反します。 (4) (エ)疑わしきは被告人の利益に、の原則の見地から 繰返しますが、この例では誰がBのサイフを取ったのか分からない、というこ とになりました。もっとも、証人Xの証言ではAがサイフを取ったということで すので、AがBのサイフを盗ったという可能性もなくはありません。しかし、そ の他の証拠を常識的に判断しても、AがBのサイフを盗ったとはいえないのです から、Xの証言があるから疑わしいというだけで、Aに不利益に扱ってはなりま せん。「Aがサイフをとったかどうか分からない」という「疑わしい=はっきり しない」ということは、「AはBのサイフを盗ってはいない」というようにAに 有利になるように判断しなければならないということです。 3 終わりに 具体例を挙げて、なるべく分かりやすくなるように努めたつもりですが、若干 難しい議論となってしまい、恐縮です。しかし、前回及び今回にわたって説明し た諸原則は、本当に大切なものばかりです。皆さんが、「裁判に提出されたあら ゆる証拠を常識的に考えて、検察官の言っていることにおかしいところがあれば、 無罪にしなければならないんだ。」という考えを持っていただければ、幸いです。 なお、平成21年5月21日から、いよいよ裁判員制度が実施されることが予 定されました。今年中には、候補者名簿が作成される見込みですので、裁判所か ら「名簿に載った」という通知が来た方は、裁判員に選任されるかもしれません。 裁判所から通知を受けた方は、兵庫県弁護士会のメルマガのバックナンバーを読 み返してみてはいかがでしょうか。その際、私のコラムも読み返していただけれ ば幸いです。 ■□■□■□■□ 今月の法律相談のページ ■□■□■□■□ ◇◆「示談金の負担」◇◆ 執筆者:森川 拓 弁護士 神戸新聞2008年3月4日掲載 Q:飲食店でアルバイト中,不注意で熱いスープをお客さんにこぼしてしまい, お客さんがやけどしました。幸い勤務先とお客さんとの間で示談が成立しました が,勤務先からは,お客さんに支払った示談金全額を私に請求するといわれまし た。私は従わなければならないのでしょうか。 A:結論からいえば,全額を支払わなければならないことはありません。 まず,あなたの不注意でお客さんにやけどをさせたわけですから,本来あなた は,お客さんの受けた損害を賠償しなければなりません。ただ,お客さんの損害 を賠償しなければならないのは,あなただけではありません。あなたの勤務先で ある使用者もあなたとともに損害を賠償しなければなりません。なお,法律上は 従業員が勤務中に第三者に損害を与えた場合,使用者が責任を負わない場合もあ ると定めてはいますが,ほとんどの場合で使用者も従業員と共に責任を負うこと になります。そこで,あなたの勤務先がお客さんと示談をしたわけです。 このように従業員がしたことに使用者も責任を負うとされているのは,【1】従業 員を雇って事業を拡大すれば、社会への危険も拡大させることになるので(例え ば,従業員を数多く雇って配達業を営めば,事故のリスクは高まります。),社 会に危険を作り出した者は,その危険が現実化した場合の損害を負担すべきとい う考え方,さらに,【2】使用者が自らの利益のために事業を拡大してきたのに,損 害が発生した場合には,従業員のみの責任であるとするのは不誠実であるという 考え方,に基づきます。 このような考え方からすると,あなたが生じさせた損害を全てあなたが負担す るというのは,筋が通らないといえます。これまでの裁判例でも,使用者が先に 示談金を支払った後,従業員に請求できるのは,事業の規模,労働条件,従業員 の加害行為の態様等を考慮して,「損害の公平な分担という見地から信義則上相 当と認められる限度」であるとしています。 あなたの場合も,諸事情を考慮する必要があるため一概にはいえませんが,少 なくとも全てをあなたの負担とするのはおかしいとして,交渉できると考えます。 ◇◆「遺言書隠した兄」◇◆ 執筆者:森川 拓 弁護士 神戸新聞2008年3月18日掲載 Q:1ヶ月前に父が亡くなりました。相続人は兄、私、妹です。当初は遺言はな いと思っていたのですが、兄が隠していたことが分かりました。兄にすべての財 産を相続させるとの内容のため、私たちが傷つくのではと配慮していたようです。 「遺言を隠した兄は相続できない」と妹は主張しています。本当でしょうか。 A:法律上、「相続に関する被相続人の遺言書を偽造し、変造し、破棄し、また は隠匿した者」は相続人になることができないとされています。また、その他に も「故意に被相続人または相続について先順位若しくは同順位にある者を死亡す るに至らせ、または至らせようとしたために、刑に処せられた者」(例えば、両 親や兄弟に対し、殺人行為を行った場合が該当します)、「詐欺または強迫によ って被相続人が相続に関する遺言をし、撤回し、取り消し、または変更すること を妨げた者」、「詐欺または強迫によって、被相続人に相続に関する遺言をさせ、 撤回させ、取り消させ、または変更させた者」など、相続人になることができな い場合が法律で定められています。この制度を一般に相続欠格といいます。 あなたのケースでは、お兄さんはお父さんの遺言書を隠していたということで すから、形式的には「相続に関する被相続人の遺言書を」「隠匿した」といえま す。ですから、妹さんのいうことも理由がないとはいえません。 ただ、最高裁判所は、「相続に関する被相続人の遺言書を偽造し、変造し、破 棄し、または隠匿した者」が相続人になることが出来ないとされているのは、 「遺言に関して、著しく不当な干渉行為をした相続人に対し、相続人となる資格 を失わせるという民事上の制裁を課そうとするところにある」から、遺言を隠し たのが、相続に関して不当な利益を目的とするものでない場合には、相続欠格の 対象とならないとしました。 この判例からすると、あなたのお兄さんは自らが全てを相続するとの内容の遺 言をあなた達に配慮して隠したということですから、相続に関して不当な利益を 目的とするものではないといえます。したがって、お兄さんは相続欠格の対象と はならず、相続人の資格を失わないと考えます。 ※「今月の法律相談」のページは、神戸新聞に毎月第1、3火曜日に掲載され ている「くらしの法律相談」から、神戸新聞の了承を得て転載しています。 なお神戸新聞のサイトは、 http://www.kobe-np.co.jp/ です。 ■□■□■□■□編集後記■□■□■□■□ 兵庫県弁護士会メルマガ通信第43号をお届けします。 やはり5月と言えば不如帰(ホトトギス)。 春は花夏ほととぎす秋は月冬雪さえてすずしかりけり 道 元 (健)


