2009/10/11
今日のアフリカ
「今日のアフリカ」は、日本では報道されないアフリカの情報をいち早くお届けします。 「若いアフリカ」より 多くの証言によれば、リベリアのかつての反乱軍兵士―ダディスを支持していると思われるウリモーが、9月28日のコナクリ・スタジ アムで起きた虐殺に関与している。 リベリア内戦(1989-2003年)の元反乱軍兵士が、集会弾圧に関わっていたとさまざまな筋が伝えている。 コナクリの大スタジアムで起きたこの真昼の虐殺は、公式の発表で死者56人、負傷者934人と伝えられたが、国連やNGOによれば150人が死 亡した。 「この野蛮な行為は、ギニアでは起きたことがない。リベリアに雇われていた兵士のしわざだ。」と、野党のフランソワ・レゼニー・フ ァルは言う。彼は女性が銃とこん棒に脅されて強姦されるのを見た。 他の野党リーダージャン・マリー・ドレは、彼に襲いかかった少なくても二人の赤いベレー帽(大統領警備隊)は、確かにウリモ(リベ リア民主統一運動)のメンバーだったと断言している。 「首にかけたグリグリは奴らのものだ。完全に薬にやられていたのは、ウリモだからだ。」 「『おまえをずっと探していた。頭に2発ぶちこむぞ。』『いや、首を裂こう』と、彼らは言った。わたしと争っているのはウリモだけ だからね」。ドレ氏は、チャールス・テイラーのNPFL(リベリア国民愛国戦線)を“支持”していた。 リベリアの隣国ギニアは、リベリア内戦の影響を早くから受け、子ども兵士、あらゆる残虐な行為、組織的集団暴行で際だっている14年 続いた紛争の間、多くの兵士をかくまった。 1984年から昨年死去するまでギニアの大統領だったランサナ・コンテは、ウリモの結成を支持し、ギニアのウリモ・メンバーを監視した 一方で、ギニアの森林地帯の多くの住人は、テイラーが指揮する反乱軍に加わった。紛争の終わりには、数万人がギニアに残った。 「ウリモのメンバーが、ダディス・カマラの軍事政権を取り囲んでいたが、そこには、テイラーのNPFLと一緒に戦ったギニア森林地帯の 部族、ゲルゼやトマも含まれていた」とある兵士はSFPに匿名で語った。 「彼らは、金になればなんでもする。同情など微塵もない。」 「ブダカル・ディアキテ、またの名をトゥンバ指揮する、大統領府警備隊がアウリモとNPFLのメンバーと一緒にしたことだ。この虐殺 は。」「12月の軍事革命政権以来、彼の出身地のギニアの森林地帯で、“ダディスあるいは死”は集められていた。」と、同じ情報源は 言う。 人間の権利のためのアフリカ会議の代表、ギニア人のママディ・カバは、軍事基地にやとわれていた一般人の証言を得た。競技場で見た 英語か方言で話しているグリグリをつけた兵士たちを、コナクリの基地でも見た。」 10月4日ラジオ・フランス・インターナシナルに質問を受けたダディス・カマラ司令官は、「わたしは、反乱軍のリクルートなどして いない。軍を統一させただけだ。」と言っている。 *** 昨日、「ブラッド・ダイヤモンド」を釘付けになって見ました。リベリアが支持する反乱軍RUFも、赤いベレーを被っていました。ところ で昨年の暮れまで紙面を賑わせていたDRコンゴの元フツ族反乱軍リーダー、ローラン・ヌクンダは最近全然登場しなくなりましたが、き っと映画になるとわたしは期待しています。ヌクンダ将軍は深緑のベレーです。


