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2007/08/06

ブックピックオーケストラ<オルケスタ!>

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============================================================no.113
* * *  オ ル ケ ス タ ! * * * no.113
20070806/ book pick orchestra <www.bookpickorchestra.com/>
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こんにちは。オルケスタ!です。

今回は号外「追悼河合さん」です。
去る7月19日、元文化庁長官、臨床心理学者の河合隼雄さんが逝去されま
した。
とくに河合さんを慕うブックピックのメンバーが、その想いを綴ります。
先生のご冥福をお祈りする気持ちをこめて。(クヌギー)


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【オルケスタ!号外 追悼河合さん もくじ】

◇寄稿 「いま、ぐらぐらする」 かめかわあや

◇「追悼、じゃなくてこれからもよろしくお願いします。」 きじま

◇「ドッペルゲンガーとフルートとわたし」 松尾藍子


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◇寄稿 河合隼雄 (かめかわあや)
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あのころ、わたしはうんと狭いなかで重心もなくぐらぐらしてすごして
いた。あのころ、すべては夢のように一瞬だと知らなかった。あのころ、
母は膨大な図書館の本棚のなかで河合隼雄と出会い、人を深く理解して
いる人の存在にわたしのぐらぐらは小さくなった。あのころ、そしてい
ままで、河合隼雄がいれば様々なことが起き悪い流れがあっても大丈夫
だと思っていた。 
いままで、それはたしかにぐらぐらするちいさなわたしをささえつづけた。 
いままで、わたしはだれかをうしなったこともなく人の存在する重さを
知らず人の存在は体重のように実際重さがあるのだと、そしてそれは別
の存在に決定的 に影響をあたえうるのだと知らなかった。 
いままでも、そしてこれからもっと、死に託された意味は私が忘れない
かぎり様々にあらわれ語りかける。近所の烏ねこ黄金虫雲空の色光空気
あめ電車のおと人ごみ涙虹笑顔ひとり風がふき夜の暗闇で、いくどとな
くもはやこわれてしまった世界はわたしに伝える。いつか、いま生きて
息しているわたしにかかわる人々が死んで、語りかけるこえはどこまで
も遠くふくらんでいく。 
いままでも、そしてこれからも、膨大な著書の内側から河合隼雄はむく
むくと湧き出してぐらぐらするわたしをまたたくさんのぐらぐらする
人々をその存在の重さでささえつづけ、それはまたその人自身の重みと
なってゆくことはまちがいないだろう。 

河合隼雄著おすすめ三冊 
*ユング心理学入門 
*無意識の構造 
*神話と日本人の心 



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◇追悼、じゃなくてこれからもよろしくお願いします。(きじま)
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今、ぼくの手元には河合隼雄先生の本が4冊ある。ひとつは日本で初めて
本格的にユング心理学を紹介した本として知られる『ユング心理学入門』
(培風館)、
世界のおとぎ話や民話、童話のなかに普遍的無意識の表現を探っていく
『昔話の深層』(福音館書店)、谷川俊太郎さんとの対談をまとめた
『LECTURE BOOKS 魂にメスはいらない』(朝日出版社)、
それと昨年7月に出版された『神話の心理学』。

恥ずかしながら最初に告白しておかなければいけないのは、ぼくが河合
先生の本に触れているのはこの4冊のみで、しかも一冊きちっと初めから
終わりまで読みとおしているのは『ユング心理学入門』だけだというこ
と。本読みのブックピックメンバーを代表して何かを書けるほど、熱心
な読者だとは、とてもいえない。

そんなぼくが「河合隼雄さんの追悼企画をやろう」と言われたとき、つ
いつい手を上げてしまったのはたぶん、河合先生の不思議な魅力にひっ
ぱられてのことで、脳科学者の茂木健一郎さんも自身のブログで「河合
さんは、その表情やリズムが長年のうちに完成されていて、そのお人柄
に接すると、どうしても打ち明け話をしたくなる触媒作用があるらしい」
と書いている。

ぼくはもちろん、河合先生に直にお会いしたことはないけれど、文章に
もやっぱり、その「打ち明け話をしたくなる触媒作用」が働いている気
がする。

『ユング心理学入門』は、京大文学部での河合先生の講義をまとめたも
ので、1967年に初版が発行されて以来40年読みつがれて版を重ね、現在
では57刷、今でも新刊が手に入る。歴史的名著といってもいいと思う。

ネットで本を販売するサイトで「河合隼雄」と検索すると300冊以上ヒッ
トする。そんななかで、40年前に書かれた1冊しか読み通していないと
いうぼくは、逆にちょっと珍しいのかもしれない。

たぶん、ぼくが今、河合先生の本を読んで感じているドキドキ感は、
40年以上前に初めてユング心理学という思想に出会った京大の学生や、
初版の本を手にとった人たちと共通するところがあると思う。

だから、この文章は、日本におけるユング心理学研究の第一人者の足跡
をたどるものではないし、思い出深い故人を振り返るものでもなくて、
ただ単に「面白い本に出会った!」という喜びを発信するための個人的
な現在形の散文、もしくは私信のようなもの、です。

ぼくは日本人なので、何かありがたいことがあると思わず頭を下げる。
たまに手を合わせたりもする。それは、外から見れば宗教的なしぐさだ。
たぶん、仏さまか何かにあいさつをするポーズ。

でもぼくは、自分が特に仏教徒だと思っていないし、何かに頭を下げて
手を合わせても、それを仏さまだとは意識していない。一神教的な「神」
に対するアニミズム的な「カミ」みたいなものだろうか。とにかく何だ
かわからないけど、昇ってくる朝日には手を合わせてもいいかな、とい
う気分にはなる。

話がいきなり飛ぶようだけれど、東アフリカのエルゴン山というところ
に住む民族をユングが調査したことがあるそうだ。そこの人たちもやっ
ぱり朝日を崇拝している。そこでユングが「太陽が神なのか」と聞くと、
そうではなくて、「太陽は神じゃないけど、太陽が昇ってくるとき、そ
れが神だ」という。この民族の人たちが言っていることは何だかすごく
良くわかる気がする。ぼくだって別に日中ずっと太陽に手を合わせる気
にはならない。

東アフリカの山に住む人と日本の都会に住む人。こんなにかけ離れた人
間のなかに共通の心の作用があるのはなぜか。それは人類が共有してい
るある種のイメージ=元型が「太陽」というかたちで顕在化したから、
なんだそうだ。

グレートマザー、スーパースター、シャドウ、アニマ・アニムス、ワイ
ズ・オールド・マン。秘密のコードネームみたいな「元型」たちがつぎ
つぎに登場する千年の知恵の物語。なんて言っちゃうとまるでファンタ
ジー小説の見出しみたいだけど、まぎれもない今ここにいる自分の心の
話を、河合先生は紹介してくれていた。

ぼくは河合先生の本を、ほんの数冊しか読んでいない。河合先生が発見
した知恵のほんの一部しか知らない。だから、河合隼雄はぼくにとって
は未来だ。そこが本のいいところのひとつだと思う。河合先生が辿って
きた道のりの一部は、ぼくがこれから訪ねていく場所のいくつかに重な
るだろう。

河合先生とは、きっとこれから何度も出会うことになる。先生、これか
らもよろしくお願いします。



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◇「ドッペルゲンガーとフルートとわたし」 松尾藍子
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河合さんは人一倍、ドッペルゲンガーに興味があるようだった。

すごく個人的なことから、とりあえず話を始めさせていただくなら、私
はドッペルゲンガーと聞いてまずは実家の階段を思い出す。高校を卒業
して一人暮らしをするまで、私の部屋は二階にあった。二階の自分の部
屋に行くにはもちろんどうしても階段をこえなくてはならない。階段を
こえなくてはランドセルを自分の部屋におけない。ランドセルを居間に
おいたままで遊ぶと母親に叱られる。えいっ、と何も考えない振りをし
て階段を上ることにする。それでもやっぱり怖いので大きな声で歌を歌
いながら上っていた。いま考えるとびっくりするのだが『ドレミのうた』
だった。嘘みたいな話だけれど。実家に帰って、階段を上る時は、くせ
のように心の中で『ドレミのうた』をくちずさんでしまう。いそいで上
ると「レはレモンのレ」に差し掛かる前に上り切るので、その勢いで部
屋のドアをあける。そこには誰もいない。 

家庭科の時間、先生がいつも授業のおわりに「こわいはなし」をしてく
れた。もちろん「おばけ」とか「亡霊」とかもとても怖かったけれど、
彼らに関する話はもう覚えていない。先生がしてくれた話でおぼえてい
るのがこれだ。 

「北勇治という人が外から帰って来て、居間の戸を開くと、机に向かっ
ている人がいる。自分の留守の間に誰だろうとみると、髪の結いよう、
衣類、帯にいたるまで自分が常に着ているものと同じである。自分の後
ろ姿を見たことはないが寸分ちがいないだろうと思われたので、顔を見
ようと歩いて行くと、向こうを向いたまま障子の細くあいたところから
縁先に出てしまい、後を追ったがもう姿は見えなかった。家族に話をす
ると、母親はものいわず顔をひそめていたが、それから勇治は病気とな
り、その年のうちに死んでしまった。」(河合隼雄『影の現象学』講談
社学術文庫) 

小学生だった当時は、この話にでてくる北勇治の着物の柄まではっきり
と想像できるくらい強烈で、話の後半部分である「死」についてではな
く、自分の部屋に私自身ではない自分がいた、という部分にショックを
受けたのだろうと思う。この「わたしの部屋にわたしじゃないわたしが
いたらどうしよう?」という妄想はずいぶん私を苦しめた。そのせいで
『ドレミのうた』を歌いながら階段を上るはめになったのだが、階段を
上ったところに自分の部屋がない現在でさえ、ドッペルゲンガーの存在、
あるいは現象は未だ私にとりついている。私にとって、このことより恐
ろしいものは無いのではないかと思わせる。それは死に似ているように
思える。死ついて考えることと、自分のドッペルゲンガーについて考え
ることはもしかしたら似ているかもしれない。フロイトが「死にたいす
るわれわれの関係におけるほどに、われわれの思考と感情が原始時代か
ら変化しなかった領域はほとんどないのである」と述べているように、
私の中ではドッペルゲンガーの現象ほど(未だに)無気味に思うものは
ないのである。見たら死んでしまうとかそういうことが不気味なのでは
なく、見てしまったらそれだけですべてのものから遠のいてしまうよう
に思える。それはなぜだろうか。他人でも自分でもあり、あるいは他人
でも自分でもない存在のように思えるからではないだろうか。主観も客
観もなくなる世界を想像してしまうことは恐ろしい。 

一昨年の夏、月に二度、河合さんの講演会に通った。50人くらいしか
いないちいさな講演会で、河合さんはそこで素敵な、大切な本をわたし
たちに薦めてくれるのだ。目を瞑らなくても、あの話のテンポを思い出
すことが出来る。わたしたちひとりひとりと対話しているかのようなリ
ズムとバランス。講演の最後の日、河合さんはわたしたちの前でフルー
トを吹いてくれた。それはとても上手だとはいえないものだったけれど、
あんなに一生懸命なにかをやっているひとをみるのはとてもショックで、
わたしはとても恥ずかしくなった。 

結局最後まで個人的な話で終わってしまったけれど、河合さんのことを
とりあえず誰かに話してください。本を読んでみてもいいし、他にもい
ろんなところで河合さんは一生懸命でした。いつか、ドッペルゲンガー
についての論文を読んでもらおうと思っていたけど叶わなくなってしまっ
た。引き継いだよと言えるよう、真剣に向き合いたい。 


河合隼雄著おすすめ三冊 
*『こころの声を聴く 河合隼雄対話集』新潮文庫 
*『心の処方箋』新潮文庫 
*『明恵 夢を生きる』講談社+α文庫 



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■『オルケスタ!』no.113
■発行日:2007年08月6日
■発行人:川上洋平
■編集係:功刀貴子、神居ボンヌ
■編集・発行:book pick orchestra
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