学園改革支援の『開窓』 RSSを登録する

私立だからできる。今すぐ学校改革!先生、あなたが主役です!現場教師が学校を変える技術。

最新号をメルマガでお届けします    
登録 解除

規約に同意して

登録した方には、まぐまぐの公式メルマガ(無料)をお届けします。
2007/05/15

学園改革支援の『開窓』 −「共感力を磨くべし」−

この記事を取り寄せる

>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>

【 学園改革を支援する『開窓』 -064-】2007年5月号

私立学校の改革をお手伝いするメールマガジンです。
現場の声でトップを動かし、改革を推進するためのヒント集。
改革をゴールにせず、スタートにしなければ意味がありません。
そのプロセスを実現するのは、あなたです!

<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<


○○「共感力を磨くべし」○○


長期の休刊により、大変なご心配とご迷惑をおかけ致しました。
深くお詫び申し上げます。また、購読継続へのお礼を申し上げます。
人々に支えられているこの身のありがたさを痛感しております。
休刊の事情は先日発行した <長期休刊のお詫び> をご覧ください。
復刊の第1号、この半年の思いを込めてお伝えして参ります。



私は最近、教育をめぐる行政・立法の動きに警戒心を強めています。
中央教育審議会も教育再生会議も、表面的な発想に支配されており、
教育の根幹を見据えた抜本的な建て直しからは懸け離れていますね。

教員の免許更新制度は言うに及ばず、国家教育の方向性についても、
あまりに軽薄な発言が後を絶たず、国の将来への恐怖心さえ覚えます。
机上の空論を転がすだけのお気軽な学者たちを、私は信用できません。

委員の学者たちは「世論の擁護者」気取りで胸を反らしています。
世論がすべて絶対普遍的な国家の理想になるわけではないはずなのに。
教育現場に身を置き、困苦の中で暗中模索する経験が必要なのでは?
国民への表面的なお追従は、見ているだけで不愉快な気分になります。

もし読者の中に先述の2会議に参加なさっている方がいましたら、
よくよく教育現場の裏側までも体験学習してほしいと思います。
実際に教壇に立ち、昨今の学校が抱える問題を体感してほしいものです。
自らの精神と肉体で感じ取らない限り、空論はいつまでも空論です。

行政や立法の関係者に足りないもの、それは「共感力」ではないか?
私はそのように考えます。「知る」だけでなく「感じ取ること」。
もちろん自分の感想をよくとらえなさい、という意味ではありません。
政府と行政の推し進めてきた教育が、いかにゆがみを生じていることか。

現場の教員や生徒児童、保護者や学校周辺の住民たち、学校経営者。
それぞれの立場で、それぞれの人物が何を考えているのか。
同じ立場に立って自分自身の問題として考えてほしいものです。
他人の悩みや苦しみを理解できない者に教育を語る資格はないからです。



ここまでずいぶん厳しい言葉をたくさん並べてきましたが、
行政や立法の関係者を指弾することが、私の目的ではありません。
この半年、私は究極のホスピタリティを要求され続けてきました。
妻の死病に直面し、「共感力」の重要性を肌身で感じてきたのです。
これは今までに経験はおろか想像さえし得なかった試練となりました。

妻への病名告知。8歳になる一人息子への通告。
死期が差し迫った妻との対話は、まことに辛い「共感」となりました。
母親の死を息子に伝える時も、究極の「共感力」を要求されました。
理不尽な現実と、それを受け入れざるを得ない空虚な気持ち。
人に「共感」することが、いかに困難なことであるかを学びました。

特に、息子との対話は迅速かつ的確な教育的配慮を要求され、
教育者でありながら、自信を持てない日々が続いたものです。
「本当にこんな対応で良いのだろうか?」との思いの連続だったのです。
職務の中では感じたことのないような、大きな不安との闘いでした。
しかしその体験の中で、私は大きな成長を得たような気がしています。

一人の教育者として、これほど職務に益する体験はありませんでした。
自身の死と向き合わざるを得なかった妻の不安に共感すること。
母親の死を受け入れざるを得なかった息子の苦悩に共感すること。
「相手の立場に立って物事を考えなさい」と生徒には指導していながら、
自身の「共感力」の不足と向き合うこととなった私がそこにいました。

未経験の焦燥と絶望の中で、私は生徒たちのことを考えていました。
千羽鶴とビデオレターを、妻のために届けてくれた生徒たち。
彼らの「共感力」は私のそれを大きく超えていたような気もします。
そんな彼らへの恩返しを考えるうち、教育の難しさにも気付きました。



人に「共感」するためには、最低限、「同化」の段階が必要となります。
私は生徒と「同化」しているつもりでいながら、実際には不十分でした。
生徒たちの作った千羽鶴の重さ、ビデオレターの温かさにそれを感じたのです。
「これほどまでのホスピタリティーを、自分は彼らに提供しただろうか?」
そんな自省の気持ちが、私の中で頭をもたげていました。

私の教育目標は「生徒による高度の自治の実現」なのですが、
これはシステムを提供しても現実化するものではありません。
システムを有効活用するためには、それを支える風土と人物が必要です。

教員として、その風土形成を援助し、生徒を人材(財)化させること。
そのスタートは、生徒たちの立場に立って共感することだと思います。
彼らが自主独立的に倫理観と秩序意識を構成できる材料を提示すること。
その段階は自信を持たせつつ過信を取り除くという、とても地道な作業です。
彼らの気持ちをしっかりと受け止めなければ、破綻を避けられないのです。

教員は生徒の人数と同じ数だけ、判断の基準を持たなければなりません。
また、不安材料や過信の材料にも、人数分の注意を向けなければなりません。
そのあまりにも多彩な材料を包括し、一定の結論を導き出さなければなりません。
その場にいる生徒一人一人の不安や不満を解消する必要も出てきます。
しかもその結果について、生徒たちに責任を押し付けるようでは教員失格です。

「一人一人の生徒への《同化》を、どこまで高次元で実践できるだろうか?」
この、教育の下地とも言える作業を、私はまだまだ実践できていないようです。
なぜなら、次の課題を解決するのに、多大な時間を要してしまったからです。

「彼らが全員の意思を反映して私の妻に向けてくれた行動に、どう応えるか?」

この一つの命題を解決するのに数ヶ月を要することになろうとは。
彼らもまた私と同じ不安や苦悩を共有してくれていたのですから、
私自身がそれを解消できない限り、その解決は得られなかったのです。
結局、妻の死後まで解を導き出すことはできませんでした。



かつて私は、このメルマガの中で「人間力」に触れたことがありました。
そのバックボーンとして掲げた項目を、あなたは覚えていらっしゃいますか?

・経験豊かで、成功や失敗のデータベースを脳内に多く貯めていること
・他者の不安や不満、喜びや悲しみを受け入れ、共感できること
・自分なりの手法に一定の自信を持ちながら、日々、反省を忘れないこと
・「気付き」を得たら、自分の手法に取り入れ、改善する素直さ
・自分自身の不得手を知っており、貪欲な学習意欲を維持し続けること

これらの項目は、他者の立場に立てない人には実現できないものばかりです。
学校の建て直しを見据えることはとても大切なことですが、それを語る時、
主語が「学校」や「教員」のままでは真の改革は実践できません。
受験生や在校生、またその保護者たちが何を求めているのか。
もちろん、求められてないものを学校が追っているならば、馬鹿げた話です。

学校は企業と違い、目に見えるサービスや商品を持っていませんね。
こうした業態ではリファラル(口コミ)マーケティングが命運を左右します。
教師との深い「共感」体験を持つ学生や保護者は、意外と少ないものです。
その機会をより多く、より深く、より多彩に提供できないものだろうか。
これからの教育界には、こうした発想が求められることでしょう。

行政主導の公立学校では、表面的な業態変更を「改革」と呼んでいます。
現場には、その瑕疵に気づき苦悩の中で生徒と接している教員がいます。
われわれ私学は、そうした欺瞞とも言える教育を排除しなければなりません。
この国の近代を、社会の成長を支え続けてきた私立学校の一員として、
「ごまかし」や「まやかし」を許すわけにはいかないと思いませんか?

真のホスピタリティーを提供することこそ、教育の第一歩です。
心の痛みを子供たちと分かち合い、共に成長の機会を創出してください。
生徒たちの提言によって改革されてこそ、学校としての真の成長です。

それは決して「言いなりになれ」という意味ではありません。
生徒たちが真の愛校心を発揮して、教員と共に学校を改善したくなるよう、
学校が生徒たちの信頼を得なければならないということなのです。

学校側が学校側を主語として改革を唱えても、空転するばかりで終わります。
学校の評価は生徒たちの人格や行動、そして社会への関わり方で決まります。
その生徒たちが、自分の学校を社会的に高く評価して欲しいと願うこと。
その機運が高まらなければ、真の「学校アイデンティティー」は発現しません。

学校改革というと、とかくシステムに頼りがちな学校が目立つばかりですが、
受験生や生徒、保護者との共感を経なければ成功し得ないことは明白です。
現場教員がどれだけ「共感力」を発揮できるか。
その尺度を明確にし、必要があれば教員の社会的感性の養成をすべきです。
独りよがりの「学校改革」モドキに陥らないために。



ブログとメールアドレスは下記「発行者」欄をご覧ください。
コメントやトラックバックも歓迎します。
このメールマガジンへのご意見・ご感想など、ぜひお願いします!

本日もご購読、有り難うございました。



  このメールマガジンは!
  『まぐまぐ!』 http://www.mag2.com/ を利用して発行しています。
  配信中止はこちら http://www.mag2.com/m/0000134521.htm
  発行者Webサイト: http://kaisou.seesaa.net/
---------------------------------------------------------------------

 【発行者】       【 学園改革を支援する『開窓』】
               スクール・アイデンティティ研究室
                       代表  藤井 宗茂
              http://kaisou.seesaa.net/
             メール:horus0204@ybb.ne.jp

  著作権:『開窓』    無断商用転載を禁ず。(勤務先内は複写可)

 ※私へのアドバイスや扱ってほしい題材など、メールでお気軽にどうぞ。
 ※このメルマガにあなたも寄稿してみませんか?まずはメールください。
 ※お友達やご同僚にも、ぜひこのマガジンをご紹介ください! 
 ※学内での回覧のみ自由ですが、ご利用の際、必ず出典を明記して下さい。

この記事を取り寄せる
最新号をメルマガでお届け
登録 解除

規約に同意して

登録した方には、まぐまぐの公式メルマガ(無料)をお届けします。

最近の記事

上へ戻る