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2009/04/20

●週刊 北海道雑学百科● 北見という地名はどこから始まった?

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┃\/┃ [週刊] 北 海 道 雑 学 百 科 ! Vol.247    2009/04/20
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 <魅惑の大地"北海道"がもっとわかる!"北海道うんちく王"になる!>


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     < 北見という地名はどこから始まった? >



 オホーツク最大の都市「北見市」。この市名の裏には、壮大な物語が
隠されていました。そもそも「北見」という名称の発祥が、現在の北見市
のある地域ではないのです。その北見の名前の由来はこんなところにあり
ましたとさ。


▼北見国の誕生

 北見という名前はアイヌ語由来ではなく、和人がつけた名です。松浦
武四郎が命名したのですが、オホーツク海岸を「北海岸」と呼んでいた
ことから「北」、稚内の海岸からは快晴の日に樺太が見えることから「見」、
一字ずつ取って「北見」としたとされています。

 当時は宗谷という広域行政区域はなく、現在の豊富町を除いて、利尻、
礼文、稚内〜北見枝幸〜紋別〜常呂〜網走〜斜里までの海岸線沿い一帯が
すべて北見国に属していました。一方、北見という町は当時は存在しません
でした。ただの広域行政区域の名称だけでした。


▼網走に北見誕生

 北見という町ができたのは、1881年のこと。現在の網走市中心部付近を
「北見町」と名付けました。ここは開拓使網走外三郡役所所在地となって
いました。現在の北見市の場所とは異なります。

 その後、北見町は網走町の一部となります。しかし1926年に大字が廃止
されると、網走町北見としての北見は消滅しました。というわけで、廃止
されたとはいえ、北見という地名は網走市にとって専売特許のようなもの。


▼突然盆地に北見誕生

 北見という地名がなくなった網走。1882年に3県が発足し、現在の宗谷・
網走のような区域に変更され、さらに1897年に支庁が発足したため、1926年
以降は北見という行政区が存在しない状態でした。しかし、再び北見という
地名が突如あらわれたのは北見盆地の中央でのことでした。

 常呂郡にあった野付牛村は鉄道の要所であり、大きな町として成長してい
ました。野付牛は拡大を続け、1916年に町制施行し野付牛町、1942年には
市制施行し、その間に、置戸、留辺蘂、端野などを分村していきました。

 急速に発展してきた上での市制施行に伴い、野付牛町は旧北見国の名前
をとって「北見市」へと改称されました。改称する話は以前からあったよう
ですが、旧北見国では初となる市制施行であることと、市制施行にあたり
「のつけうしし」と言いづらくなることも理由の一つにあったものと
思われます。

 しかし、アイヌ語由来の歴史ある名称を改称してしまうことに反対の声
があがったり、”町名本家”網走の住民から反対があったりと、簡単では
なかったようです。とはいえ、この市制施行により北見という地名が復活
したといえるでしょう。


▼そして現在・・・

 宗谷・網走を含んでいた時代の旧北見国。名前の由来も宗谷に関係する
ところがありましたが、その名称は引き継がれ、野付牛の位置に地名として
残ることになりました。

 広域行政として支庁がありますが、現在は北見支庁なるものは存在せず、
網走支庁となっています。しかし、旧国名の時代につけられた北見山地
など、北見市から近くはない場所にも「北見」という地名を見つけること
ができます。

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■連載:行ってみたくなる北海道観光スポット探訪!
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【 旧余市福原漁場 】

 定番度:★
 オススメ度:★
 住所:余市町浜中町150
 アクセス:国道229号線沿い、中央バス浜中町下車すぐ

 訪問最適時期:通年。
 営業日/時間:月曜日と祝日の翌日、年末年始を除く通年9:00〜16:30
 滞在時間(目安):30分。
 必要経費:大人300円、小中学生100円
 駐車場:無料あり。

 余市町市街地から国道229号線で積丹方面へ車で約5分。国道沿い内陸側
に木造建築物群がある。福原家の所有していた民間の建物である。福原家は
明治時代にニシン漁を営んでいた家である。1982年2月12日に国指定史跡、
また重要文化財。

 この施設では、ニシン漁をしていた家がどのような作りになっているかが
よく分かる。番屋は2階建ての出稼ぎ漁夫の宿泊施設であり、米味噌倉は食糧
保管庫、文書庫は書類や衣類保管庫、網倉は漁具保管庫であった。また、
ニシンを干す干場・白子干場が残されている。

 初代福原才七は江戸時代末期に余市にニシン漁の出稼ぎにやってきた。
明治中期1885年に現在の土地を購入しニシン漁拡大を続けた。1912年に
なると川内家に施設を売却した。後に買い受けた川内家が現在地を本拠地
とすると、1917年に主屋を改築した。

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【発 行】 「北海道雑学百科-ぷっちがいど」企画編集部
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