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2009/03/23

●週刊 北海道雑学百科● 絶滅したエゾオオカミ

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┃\/┃ [週刊] 北 海 道 雑 学 百 科 ! Vol.243    2009/03/23
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 <魅惑の大地"北海道"がもっとわかる!"北海道うんちく王"になる!>


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N ■    本 日 の 北 海 道 豆 知 識 !
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     < 絶滅したエゾオオカミ、復活なるか >



 北海道にもかつてはオオカミが生息していました。名前は「エゾオオカミ」
で、樺太や千島にも生息していました。本州以南では「ニホンオオカミ」
が生息していましたが、国内からはともに野生のオオカミは絶滅してしまい
ました。


▼エゾオオカミとは

 オオカミはイヌ科最大の動物ですが、ハイイロオオカミはオオカミの中
でも最大の大きさです。そのハイイロオオカミの亜種の一つがエゾオオカミ
でした。エゾオオカミの大きさはシェパードほどだったとされています。

 体長は120cmほど、体重35kgほど、尾は30cmほどで、ニホンオオカミより
も大きいサイズです。毛の色は褐色で、尾端は黒毛。耳のふちは毛が多く、
目の周りや唇が黒いのが特徴です。

 北海道犬と間違いやすいということも挙げられます。実際、2001年春に
札幌市大通小学校で発見されたエゾオオカミとされる剥製はDNA鑑定の結果、
北海道犬の可能性もあるとされています。


▼エゾオオカミ絶滅の理由

 アイヌの人からはエゾオオカミも同様に「カムイ(神)」と呼ばれてきま
した(ホロケウカムイ)。絶滅の主たる原因は、明治時代に北海道に入植して
きた人々です。発端は和人によるエゾシカ乱獲です。毛皮や食肉のためです。

 これが、エゾオオカミに影響を及ぼし始め、えさが少なくなったオオカミ
たちは、今度は家畜を狩猟するようになりました。こうして、人々は
「エゾオオカミ=害獣」と認識するに至りました。

 明治時代に北海道で活躍したエドウィン・ダン氏は、エゾオオカミ駆除
に乗り出しました。餌に毒(硝酸ストリキニーネ)を盛り、1876年から1888年
にかけての12年間は高額な懸賞金(1頭につき10円)までかけて、駆除活動が
全道で行われました。

 結局、1879年冬に発生した大雪による大量餓死といった悪環境も重なり、
1889年に確認されたオオカミを最後に絶滅し、商人が毛皮を扱ったのも1896年
の記録を最後に途絶えました。報奨金制度開始からわずか十数年の間の出来事
でした。

簡易年表
1876年 政府による報奨金制度スタート、1頭2〜10円(2、7、10と徐々に引き上げられた)
1879年 大雪によりエゾシカ大量餓死、従ってエゾオオカミも大量餓死
1888年 政府による報奨金制度廃止
    12年間で1539頭駆除の記録が残る(記録外を含むと3000頭)
1889年 最後の1頭が確認される
1896年 函館の毛皮商人松下熊槌による最後の毛皮輸出


▼絶滅による”二次災害”

 オオカミは北海道において、食物連鎖のピラミッドの頂点に位置して
きました。主にエゾシカがえさでした。しかし、オオカミが絶滅してしまった
ため、エゾシカが急増しています。さらにエゾシカの増加により樹木への
被害が多くなってきています。

 現存する剥製標本としては、世界唯一、北大農学部付属博物館にある確認
済み2体のみですが、頭骨は新ひだか町の資料館、大英博物館にあります。
写真は残されていません。近年、再導入の話も出てきています。海外では
成功例もありますが、国内、道内でも実施されるかどうかは未定です。


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■連載:行ってみたくなる北海道観光スポット探訪!
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【 旧下ヨイチ運上家 】

 定番度:★★
 オススメ度:★★
 住所:余市町入舟町9番地
 アクセス:中央バス「余市町役場前」下車徒歩約10分。

 訪問最適時期:通年。
 営業日/時間:月曜日と祝日の翌日と年末年始を除く通年9:00〜16:30。
 滞在時間(目安):20分。
 必要経費:大人300円、小中学生100円。
 駐車場:無料あり。

 余市町市街地、余市川河口にある施設。モイレ山、モイレ岬が近い場所
である。目の前はヨットハーバー、背後にはモイレ山。江戸時代1818年まで
に松前藩・場所請負人が設置した運上家であるが、これは和人とアイヌ人
が交易する場所(拠点)のことである。場所請負制廃止の1869年まで使用され
ていた。

 運上家というのは道内独特のシステムであるが、ここは国内で唯一の
現存する運上家である。大変貴重なため、1971年12月に国指定重要文化財
となり、敷地は1973年に国指定史跡となった。

 ここは1825年まで藤野喜兵衛が場所請負人で、その後秋田出身の林長左衛門
という場所請負人に交代し、以後4代は林家が務めた。ニシンが漁獲できる
ことや、積丹と小樽を結ぶ交通の要所であることから、最適な場所に設置した
とされる。

 図面で記録に残るものとして1853年改築時のものがあるが、この図面を
もとに1979年12月に復元された。面積540m2、間口側40m、奥行き16mの細長い
木造平屋(一部2階建て)造り。北陸地方の建築様式と同様の格子窓、上障子戸
が採用されている。

 屋根は置石式。福井のヒノキの樹木の皮を3000枚敷いて、その上に
余市川の石を約2000個載せている屋根である。復元工事にあたって、使用
している柱など木材は213m3におよび、多くは当時のものを活用している。

 正面玄関前には道路があるが、裏手には庭が復元造成されている。屋内
は展示資料となっており、内部を有料で見学できる。ここには江戸幕府目付
の遠山金四郎景元(遠山の金さん)も宿泊したといわれている。

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【誌 名】 0000133694「週刊 北海道雑学百科!」
【発 行】 「北海道雑学百科-ぷっちがいど」企画編集部
【周 期】 週刊(月曜日予定)
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