2008/12/21
ガンジー村通信 vol. 334
■■■ □□□ ■■■ □□□ ■■■ □□□ ■■■ □□□ ■■■ 〜 自衛隊イラク派兵反対ハンスト・リレーマラソン 〜 2004年1月26日以来、本日で1792日目 ≪ ガンジー村通信 2008/12/21 vol. 334 ≫ 本誌HP http://www.h2.dion.ne.jp/~hansuto/ ■■■ □□□ ■■■ □□□ ■■■ □□□ ■■■ □□□ ■■■ ◇======================◇ I N D E X ◇======================◇ 【1】「哲学カフェ」の報告 ・・・横山紘一 〜「夢」について〜 【2】「ガンジーの会」声明 ・・・「ガンジーの会」世話人会 航空自衛隊イラク撤退にあたって 〜小泉純一郎・元首相を国会喚問に〜 【3】ハンスト日記 ・・・参加者 ********************************************************************** 【1】「哲学カフェ」の報告(2008/12/10実施) 横山紘一 〜「夢」について〜 ********************************************************************** ■キックオフ・トーカーの発言 こんばんは。私は39回目から毎回参加させていただいております。すごく 楽しいところですので、毎回待ち遠しい気持ちです。 最近は暗いニュースとか不景気とかの話しがありますが、暗い世の中なので、 今日はすこし明るい話題と思って、ここに新聞の切り抜きをもってきましたの で、読ませていただきます。 東京新聞に載っていた「夜回り先生」の記事です。 「人は人を救うことはできません。人の苦しみや悩みは聴くことは、さらに その人の苦しみを増すことになります。苦しみや悩みは聴かないこと。その替 わり、とびきりの夢を話そう。」 それと、五月みどりが書いた一言ですけれど、 「歌をうたっている歌手がいて、苦節三十年、ヒットがでなくても頑張ってき た。昭和の貧しい母と子の情愛を歌った歌が、いま話題を呼んでヒット中であ る。もう一人は美容学校を出て、パリにヘアメイクの修行にいった友人の息子 さんで、いまはパリコレで活躍してメーキャップアーチストになった。まさに 夢を持ちつづけたからこそ、そうなった。夢はいつまでも持ちつづけたい。」 とこのように書いています。 最後にもう一つ、これも東京新聞ですが、 「若い世代に夢をもつことを勧めてくださいと、とある雑誌のインタビューを 受けて、私はとまどい、リクエストとずれた話しをした。無謀な夢をもつこと は怖いことだという話しをした。夢をもつことが大事なこととされ、社会中に、 夢を持とうというメッセイジーがあふれている。でも夢をもつことが美しいこ となのか。昔は、いまとは逆の価値観があった。こぶとり爺さん、したきりす ずめ、などの昔のおとぎ話では、無欲なじいさん、ばあさんは幸せになり、欲 深いじいさん、ばあさんは不幸になるという決まったパターンがあった。億万 長者になりたいという夢を持つことは身を滅ぼすことになる。夢とは欲の一種 である。大きな夢を持つことこそ是とする今の風潮は、そんなところであきら めるな、もっと欲深くなれ、といっているようなものだ。私自身は、夢を持つ ことは悪いとまでは言わないが、あまりにも身の丈に合わない夢を持つことに は賛成できない。夢に縛られ、生きにくくなるからだ。適度な満足、あきらめ を持つことも、美徳と考えていかなくてはならない。夢破れて苦しむ人ばかり が増えていっているようだ。」 以上のように二つの文章が新聞に載っていました。私にも子供がいるのです が、子供から夢を語られて、夢はいいね、でもかなわないかもしれないよ、と いうのは悲しいかなと思います。でも僕は野球選手になりたいと、チームみん なが言って、なれるわけでもないし、どうやってアドバイスするか、またどう 考えていったらいいか、そういうことを皆さんに聞いてみたいと思います。 ■話し合い 以上のようなキックオフ・トーカーの発言を踏まえて、話し合いに入りまし た。まず、私が、キックオフ・トーカー自身が夢を持つことをどう思うかを語 ってくださいとたのみました。キックオフ・トーカーは、 「私は、先月も最後に一言いわせていただいたのですが、なにについて感動 したかといいますと、横山さんが、前に自分は、鳥になるために練習している のだ、と言われましたが、すごくそれは夢があって、それが実現するかどうか ではなくて、横山さんがいつも言われる、<なりきれ、なりきれ>、というこ とではないかと思います。本当に毎日練習しているかどうかは分かりませんが、 そういうことって、私は楽しいと思いますが、どうでしょうか。それを聞いて、 ひどいね、と思う人いるかも知れませんね。」と答えました。 さらに「あきらめたらゼロパーセントですね。あきらめなかったら、確率が 低くてもゼロパーセントではないかもしれない。」 話し合いの中で、まず、次のような発言がありました。 「私の身近なことを紹介したい。私はいま引きこもりの青年と一緒に暮らし ている。二人目だが、一人目は去年、茨城の大学に入って看護士を目指してい るが、二人目は、九大の医学部を目指して、どうしても自分は医者になりたい と、浪人しているのが、私としては、<まずは、自分自身を知れ、自分を掘り 下げて自分の可能性とかを知って、なにがなんでも医学部ということではなく て、転換ということを考えてみてはどうか>、と言っている。しかし、かれは なかなかあきらめきれないと言っている。」 私の発言者への質問。 「<自分自身を知る>とは、身の丈を知ることなのか。能力を見きわめるの か。それとも、もっと大きく、哲学的に<自分の本性>を知ることなのか。」 これに対しての発言者の答え。 「かれがいま持っている夢を徹底的に掘り下げていく。自分自身の能力なり を見きわめることが必要だ。それが大きく哲学的に<自分の本性>を知ること になるまで深まっていけばいいのではないか。」 ここで、私の発言。 「人間にとって、大きな三つの問いかけがある。<なに>と<なぜ>と<い かに>とである。いかに生きるか、その青年は、医者になって生きようとして いる。しかし、その前に生きる主体である自分とは一体<なに>かを知らなけ ればいけない、知らざるをえないのではないか。<なに>から始まって、では <なぜ>、そして<なに>と<なぜ>がわかったら、必然的に<いかに>がわ かる。いつも人は、夢をもってこう生きようと思うが、思う主体の<これは一 体なにか>、これが根本の問いかけである。」 私の質問。 「皆さんのなかで、強い夢を持った人がいるか。」 これに対して次のような発言がありました。 「私は大学時代に事故に遭った。そして身体が駄目になって、4ヶ月間ベッ トに寝た。しかし、病棟の小さな窓から見える青空。その中に、私が誓った言 葉は、<もう一度、黒帯をしめて柔道をしたい>ということだった。そのため に、その後の生き方は、この誓いを実現することに集中した。そして、高校の 教師となって柔道部で指導した。また、アメリカでも柔道を教えた。夢とは、 人からみればささやかなものでも、なにか継続する対象を見つけることではな いか。私はいつも<継続は力なり>と思ってきた。青春時代は再び柔道をする ことを目指し、それにかけてきた。夢をもって続けていくと、人生は充実した ものになるのではないか。ささやかな夢でもいい。続ける対象をもつことだ。 それはだれにでもできることだ。」 逆境から立ち上がってきた人の<夢とは継続する対象を持つことである>と いう言葉―――印象に残った言葉でした。情熱と勇気とが湧いてくるような夢 をもてたら幸せですね。 次に、中国から日本に留学している学生の発言。 「子供ごろは、ゲーム機のプログラマーになりたかった。ただ遊んでいたか ったから。日本にきたは親の都合できた。夢とは人生における最終目的ではな いか。自分はまだそれがわからず、もやもやしている。」 夢とは人生における最終目的である。これも一つの夢の定義ですね。 私の発言。 「夢とか、目標、目的とか、このような概念を無造作に使っているが、そう すると話し合いが混乱してくる。それぞれの概念をはっきりと、これこれであ ると定義した上で話し合うべきではないか。<夢>とは、そもそもなになのか。 漢語の<夢>と英語のdreamとどうちがうのか。」 英語に詳しい女性の発言。 「今まで話してきた夢はdreamを違うのではないか。これまでの夢は英語の wishあるいはwillにあたるのではないか。dreamは寝ている間にみるものであ る。」 さきほどの中国からの留学生の発言。 「中国での夢は、日本で使われる<夢を持とう>という意味での夢ではない。 夢像という言葉があるが、それは果てしない理想という意味である。」 どうも「夢を持つ」というのは、日本人独特の言葉使いのようですね。 次の発言。 「私はこうなりたいというのが夢だとすると、私も娘がおり、学生の時代か ら音楽の道に進みたいという夢を持っている。バンドをやり続けている。学校 を卒業してからどうするかということで、就職したのですが、二度、職を辞め た。そしていま失業状態にある。親としては一体どうすればいいのかと悩んで いる。話し合うが、親の話はあまり聞きたくないようである。人間とは現実原 則と快感原則(フロイトの言葉)との二つをもって生きているのだ。その二つ の間で折り合いをつけて生きていくのが人間だと、フロイトの考えを話すのだ が、なかなかうまく解決しない。皆さんの話し合いを聞いて思ったことは、夢 とは現実的に具体的に達成するところに意義があるのではなくて、<夢は持つ べきものである>と考える。現実がどうあれ、捨てなくて持っていればいいの ではないか。法華経という経典に方便品という章があって、みんなで宝を探し にいこうということで、出かけるが、いつまで行っても見つからない。みんな が疲れ果てて倒れようとする。あきらめようとする。すると、そのリーダーが、 みんなに、<もう宝の目的地は目の前に見えているぞ、立ち上がれ、一緒に進 もうではないか>、というとみんなはまた元気を出して歩き始めるが、そのリ ーダーが言ったことは、実際に宝があるということではなくて、そちらに向か って進もうではないか、とみんなを勇気づけるために方便として言った言葉で ある。キックオフ・トーカーが提起した夢は<達成するためのもの>ではなく て、<持つべきもの>であるのではないか。」 「夢は持つべきものである」、これも含蓄ある発言ですね。 次の発言。 「夢を持って、それに向かって進み動いていれば、そこに幸せがある。それ がかなえられるかどうかは二の次である。」 夢と幸せとの二つの概念を結びつけた発言ですね。幸せと感じる夢をもつこ とができる人は幸せですね。 次の発言。 「人間とは、目覚めないほうが生きられる。自分はこの世界に投げ出された。 一体なにか、なぜ生きているのか、すべては不確かで、世界の実像に目を向け ることなしには生きられない。でも哲学的な気質をもった人でなければ自暴自 虐になるかもしれない。哲学的な気質を持った人、私もそうなのだが、なにか 分かってくると、皮肉なことに、だから何なのかと思うようになる。昔は、日 本の外の世界はどうなのかと知らなかったから日本人は生きられた。しかし、 いまは世界が連絡網で結びついた。宇宙の果てまでもが分かってきた。だから 何なのか。実像を知るというよりも、看護師になるという夢を持って生きて行 く方が被造物としての人間は生きていきやすいのではないか。」 「なにか分かってくると、皮肉なことに、だから何なのかと思うようになる。 」という、このような分かり方は、私には分かりませんが、皆さんいかがでし ょうか。「知ること」が「智ること」までに深まれば、だから何なのだ、とい う気持ちなど起こらないのではないでしょうか。 私の発言。 「世界という言葉を使ったが、その世界という言葉が指し示すものは、一体 なにか、それをはっきりと確認しあった上で、話し合う必要がある。私がよく いう<一人一宇宙>という世界もある。私たちは音の響きだけで<世界>はあ るというが、それでよいのだろうか。」 次の発言。 「夢という漢字は、今は草冠がついているが、もともとは人が横になってい る姿から作られた象形文字である。寝ると角が生えてくる、そのようなことで 作られた文字である。夢想は悪い夢なのだ、という考えがあった。」 悪い夢である夢想はたしかに持つべきではないでしょうね。 同じ人の発言。 「サンスクリットで夢をsvapna(スバプナ)というが、唯識思想を確立した インドの論師・世親は著書のなかでスバプナをよく用いている。部派間でいろ んな意見があるとき、それをまずは論理的に間違っていることを証明する。そ して、また、それら意見は夢のようなものであるから、それに執着してはいけ ない、と説く。すなわち、夢というものを媒介として心を素直にしていく。す ると自分はなにをしたらいいのかが鮮明になってくる。夢といえば暴走しやす い。でもそこに道理があることが分かれば、自分はなにをしたらいいか分かっ てくる。」 私の発言。 「実は今は夢なのだ。<唯識>は外界には<もの>はないのだ。すべて識す なわち心だけである、とう思想である。私は、これは事実であると断言したい。 では外界に、<もの>がなければ、なぜ、このような現実があるのか。それに 対して、<夢の如し>と答えたい。夢中では、外になにもなくても夢をみる。 それと同じく、目覚めていると思っている今でも外界がなくてもこのような事 象が生じるのである。」 「哲学カフェ」で、初めて唯識思想の立場から発言しましたが、皆さん、ど のように受け止めたでしょうか。 以上で、大体、夢の定義についての話し合いは終わったようで、これ以後は、 では各人、具体的にどのような夢を持ち、それに向かってどのように生きてき たか、どのように生きていくか、という話し合いに入りました。 これについてはいずれまとめてみたいと思います。 ********************************************************************** 【2】「ガンジーの会」声明 「ガンジーの会」世話人会 航空自衛隊イラク撤退にあたって 〜小泉純一郎・元首相を国会喚問に〜 ********************************************************************** 航空自衛隊のイラクからの撤収が愈々始まりました。 私たち「ガンジーの会」では、2004年1月26日、陸上自衛隊にイラク への派兵命令が下されたその日の正午から今日に至るまで、24時間リレーで ハンガー・ストライキを続けることで、武装自衛隊の海外派遣は憲法第九条に 違反すると言う理由で、派兵に反対し続けてきました。 つまり、陸・空自衛隊がイラクに派兵されていた5年間、昼間も夜も、寝て いる時間も起きている時間も、絶え間なく空腹に耐えながら「断食」という具 体的行為によって、派兵に反対の意思を表明してきた日本人が相当数(延べ人 数で5千人以上)いたこと、そしてそれが九条を守り、平和を願う大多数の日 本の市民の願いと意思を体現して行わてきたことを、政府・与党、野党、そし てメディアの方々に知って欲しく思います。 そのうえで、不幸中の幸いと言いましょうか、5年にも及ぶ長期間の派遣で あったにもかかわらず、一人の犠牲者も出さなかったことを、私たちは、率直 に喜びたいと思います。 しかし、この間、昨年11月の国会で野党の追及により政府が認めたように、 参加した陸上自衛隊員14名、航空自衛隊員1名、海上自衛隊員20名、合計 35名もの自衛隊員が、不審な死を遂げ、その原因の究明もないまま今日に至 っているという事実も見逃すことはできません。 アメリカに追従する形で、大方の国民世論の反対を押し切って強行された5 年に及ぶイラク派遣は、新聞各紙が指摘しているように、そしてまた今年、名 古屋高裁が違憲と明確に認めているとおり、「戦地」への派遣であり、明らか に憲法第九条の規定に違反する行為なのであります。 それにもかかわらず、一人も直接戦場で戦死者が出なかった、その一番大き な理由は、憲法に違反し、憲法を裏切る形で派遣された自衛隊が、皮肉にも憲 法第九条の基本精神によって守られていたから・・・・つまり、憲法に違反し たうえでの派兵であることを自衛隊のみならず、アメリカやイギリス、オラン ダなど多国籍軍に軍隊を送ったほかの国々も理解し、それゆえに派遣自衛隊が 戦闘行為に巻き込まれないで済むように、慎重に配慮が行われていたからだと いうこと・・・・その事実を、私たちは忘れてならないでしょう。 そうです、九条が自衛隊員の生命を守ったのです。そのことを、私たちはし っかりと肝に銘じておく必要があるでしょう。5年もの間、一人の戦死者も出 さず、現地で復興支援活動に取り組み、国際貢献を果たし、高く評価されたか らといって、海外恒久派遣法を成立させたりすることで、憲法第九条を骨抜き にしてしまうようなことは、絶対にあってはならないことなのです。 次に、私たちは、政府、与党、野党、そしてマスコミ、言論に携わる人々に 対して、派遣期間中に自衛隊が復興支援に名を借りて何をしていたのか、どれ ほどコストがかかったのか、実質的にどれほど貢献したのか、そしてもし派遣 してなければ、それに変わる形としてどのような貢献が可能であったかなどな ど、徹底的に検証し、議論し、解明することを求めたく思います。 今回の陸・空自衛隊のイラクへの派遣は、「イラクが大量破壊兵器を所有し ている」というブッシュ・アメリカ政府の言い分を真に受けて、小泉純一郎元 首相の決断で行われたものでした。ところが、イラクに大量破壊兵器がなかっ たことが明らかになった今になっても、小泉元首相を始め自民・公明連立政府 は、反省・自責の言葉はもちろん、イラクの人々に対する謝罪の言葉も口にし ていません。 退任を一ヵ月後に控えて、ブッシュ大統領はイラクを訪れ、記者会見を開き ました。その席で、イラク人記者から靴を投げつけられたことは、メディアを 通して広く知られているところです。その靴は、ブッシュ大統領にのみならず、 小泉元首相に投げつけられたものであると同時に、後方支援を許してきた日本 国民に投げつけられたものでもあります。イラク戦争で夫を失った多くの女性 たち、父を失った多くの子どもたちの「怒りの靴」と受け止める必要があるの ではないでしょうか。 私たちは、小泉元首相に靴を投げることはしません。しかし、その代わりに、 小泉元首相に対して、犠牲を強いられたイラクの国民及び欺かれた日本国民に 対して誤りを認め、謝罪することを強く求めるものであります。 同時にまた、3年前のいわゆる郵政選挙で小泉・自民党の宣伝作戦に踊らさ れ、自民・公明連立与党に歴史的大勝利を許し、衆議院で3分の2以上の議席 を与えるという戦後最大の錯誤を犯し、結果自衛隊のイラク派兵を5年間も引 き伸ばしにすることを許してしまったマス・メディアとその扇動に乗せられた 国民に対しても、私たちは強く反省を求め、今後二度と同じ過ちを犯さないた めにも、小泉政治の徹底的検証を進める必要があると考えております。 そのためにも、私たちは、民主党はじめ自衛隊のイラク派遣に最初から反対 していた野党に対して、小泉純一郎氏を参考人として国会に招致し、国民の前 で真相を解明し、謝罪させることを求めるものであります。 2008年12月16日 「ガンジーの会」代表:末延芳晴 ***************************************************************** 【3】ハンスト日記 〜参加・終了報告などから〜 参加者 ***************************************************************** ☆____________________________________ | | |先週のリレー・ハンスト参加者(原則として正午から翌正午の24時間)| | | |12月14日(日) 藤森(長野) | | 15日(月) 燿山(岡山) | | 16日(火) 末延(京都) 山川(兵庫) | | 17日(水) 藤森(長野) | | 18日(木) どんぐり(北海道・帯広) 燿山(岡山) | | 19日(金) 相良(北九州市) 如安(埼玉) | | 20日(土) 末延(京都) | |__________________________________________________________________| ◆“加藤周一 1968年を語る”に感銘 相良和彦(福岡・北九州市) 12月14日(日)正午、ハンスト終了して藤森さんに引き継ぎました。 NHK ETV特集 “加藤周一 1968年を語る”が今終了しました。 加藤周一さんに改めて感銘しました。 ◆神野直彦氏の紹介したオムソーリの思想 藤森治子(長野) 12月14日(日)正午から、燿山さんと交代して、相良さんを引き継いでハ ンストに参加中です。 政治も経済も不穏な年の瀬。ハンストに憤りを込めながら、せめて静かに本の 読める日を感謝しています。今日は詩人伊藤比呂美の『とげ抜き新巣鴨地蔵縁 起』という痛快なエッセイで気を晴らしています。 12月15日(月)正午、燿山さんに引き継いでハンスト終了しました。 2年程前、『もしも憲法9条が変えられてしまったら』をテキストに仲間で学 んでいた時、憲法と社会保障について書かれていた文章がとても説得力があり 素晴らしかったので、それを書いた神野直彦という人はどういう人だろうと皆 で知りたがったことがありました。 今夜NHKスペシャル「セーフティネット・クライシス2〜どうする非正規の社会 保障〜」に<もやい>の湯浅誠氏とともに神野直彦東大大学院教授が登場して いました。とてもいい番組でした。(見逃した方は再放送でどうぞ) その中で、スウェーデンやオランダの社会保障の根源にはオムソーリ(omsorg) =「悲しみの分かちあい」という思想があることを知りました。市場原理主義、 勝ち組、負け組などという露骨な言葉が恥ずかしげもなくまかり通る日本社会 の対極にある思想ですね。 「たらたら食べてたらたら飲んで・・・そんな人の分をどうして俺が払わなく ちゃならないのか」などと平然として言う麻生首相には、「悲しみを分かちあ う」なんて外国語のように難しい言葉なのでしょうね。 因みに上記『もしも憲法9条が変えられてしまったら』の最後は次のように結 ばれていました。 「憲法九条の廃止は、国民に『バター』を優先する社会から、『大砲』を優先 する社会への転換を迫るものであることを忘れてはならない。しかも、『大砲』 を優先する社会には、人間の生活そのものの破壊という悲劇の結末しか待って いないのである。」 ◆小泉の喚問を是非実現させたいですね 燿山(岡山) 外出しますので早めに報告します。15日(月)正午より断食に入ります。 藤森さん!有り難うございます。 どんぐりさん!25日(木)はクリスマスの祝いで、障害を担う方々とのパー ティーがあります。申し訳ありませんが、単独でハンストをお願いできますか。 1月1日(木)は何の支障もありませんから私が単独で致しましょう。 16日(火)正午、交換ハンストを終了しました。 政治家の判断の重大性を今後の政治家に切実に認識してもらうためにも、小泉 の喚問を是非実現させたいですね。 数千億円の純益があり且つ株式配当も増加していながら、苦渋の判断と言い、 事も無げに労働契約違反と判例無視をし続ける大企業。もはや政財界の現リー ダーには日本社会の統治・経営能力が無いと断じる他なし。 野宿者急増のため大都市での炊き出しの米が不足しています。可能な方は、身 近なボランティアグループへの提供をお願いいたします。 ◆イラク民衆の気持ちを代弁して靴を投げた記者 末延芳晴(京都) 12月16日(火)正午、燿山さんから引継ぎ、参加します。 バクダッドで開かれていた記者会見場で、ブッシュ米大統領に靴を投げつけた イラク人のテレビ記者が、イラク国内で英雄視され、釈放運動が盛り上がって いるそうです。「夫を失った女性、親を失った子供たちからの贈り物だ!」と 叫んで靴を投げた、つまり、イラク民衆の気持ちを代弁して靴を投げたことが、 国民の共感を呼び、釈放運動の盛り上がりにつながったということなのでしょ う。 それにしても、日本の新聞やテレビの記者に、国民の気持ちを代弁して、これ だけ鋭く麻生首相に迫れる記者がいるのでしょうか?靴を投げろとまではいい ませんが、もう少し鋭く迫れないものでしょうか。 聞くところでは、首相のぶら下がり記者は、政治部の一年生記者ばかりとか。 最初から手を抜いている。これって、報道と政治の癒着の元凶なんじゃないで しょうか。 12月17日(水)正午終了、藤森さんに引き継ぎました。 ブッシュ大統領に靴を投げつけるゲームがはやっているそうですね。小泉元首 相に投げつけるゲームはまだ出てこないのでしょうか?1973年、ニューヨ ークで生活を始めた頃、アメリカではニクソン大統領の顔を印刷したトイレッ ト・ペーパーが売り出されていました。権力者をコケにするゲームや遊びは、 国民の、いえ、人民の特権であり、特技だと思うのですがね。 ◆合わせて神崎前公明党代表にも喚問を 山川トモコ(兵庫) 12月16日(火)正午〜 参加しています。 地元新聞の今朝の一面に、空自撤退への記事が掲載されていました。「戦地へ の5年間 兵士三万人輸送」の見出しに、数年前までは、このような見出しを 打つことさえはばかれていた事を思えば、ようやく、真摯な報道が出来る空気 が出来てきたのかも知れないと感じました。ですが、2001年以来の戒厳令 でも敷かれたかのような状況は、もう二度と作ってはいけないと強く思います。 12月17日(水) 正午に終了しました。 参加報告の欄で、末延さんの書かれた、小泉元首相への喚問要求を拝見し、私 も賛同したいと思いました。 合わせて、国連の席で、イラクの非を説いた原口幸一前国連大使、そして、イ ラクへの自衛隊派遣の安全性を証明するがために、イラクの地で非武装で散髪 を行ったと宣伝した、神崎前公明党代表にも喚問を行って欲しいところです。 ◆海自をソマリア沖の海賊退治に?! 藤森治子(長野) 12月17日(水)正午から、山川さん、末延さんを引き継いでハンストに参 加しています。 政府は海自をソマリア沖の海賊退治に派遣することを企んでいる模様です。こ れを唆したのが民主党の長島議員ですから、油断なりません。こうして、世界 中に「自衛隊」が派遣され、九条は骨抜きにされつつあるのだと思います。 12月18日(木)午後1時、どんぐりさん、燿山さんに引き継いでハンスト 終了しました。 加藤周一氏の『羊の歌』を読み直してみました。むかし、朝日ジャーナルに連 載当時読んだはずなのですが、ほとんど忘れていました。 羊年生まれなので、このタイトルをつけたとのことですが、回想が、ただのノ スタルジックな回想になっていないのは、あくまで過去の自己を客観的に表現 しようという抑制的な複眼的な思考の故なのだと思いました。 「人間の善意の努力の果てに悪が生まれるという考え方、罪の底に深く沈めば 沈むほど救いに近づくという逆説は、人間感情の力学のもっとも深く精巧なも ののようにみえた。」 カトリシズムについて書かれた部分ですが、考えさせられ感動しました。若い 時の読書と歳をとってからの読書とでは感じ入るところが違ってきますね。 ◆若者が想像以上の数で心を病んでいる 如安(埼玉) 12月20日(土)正午、ハンスト終了しました。 きょうは正午までにアクシデントが続き、空腹を忘れていました。無事クリア ーですのでご安心ください。午後から2か所でクリスマス演奏会。ひとつは知 的障害者。もう一つは神経科で、若者が中高年者が想像以上の数で心を病んで るのですね。 ********************************************************************** 編 集 後 記 ********************************************************************** 劣化し続ける政治や傷んで悲鳴の上がりそうな経済のことを、ほんのひとと き忘れたいと思って窓を開けると、欅の梢で鳴き交わしながら冬支度に忙しな い鳥たちのざわめきが耳に入ってきます。小春日和の年の暮れの光の中で、自 然は自然の営みを続け「世はすべてこともなし」といいた気な風景です。この 自然がまだあったか、と傲慢な人間は安堵するのです。 この頃の政治・経済の状態を見ていると、日本は第2の「敗戦」を迎えてい るような気がします。政府も与野党の多くの議員も財界もその深刻さがまだ自 覚できていないし、国民もそこまで深刻と知らされていないのではないのでし ょうか。この経済危機を首相は「全治3年」などと言っていますが大甘だと思 います。アメリカの経済破綻の状況を知らせる情報を見ても、素人でもその数 値の想像を超える桁の大きさに、尋常ならぬものを感じます。 20世紀後半から発展し続けた「アメリカン・ウエイ・オブ・ライフ」が終 焉を迎えつつあり、そのアメリカに付き随ってきた「多国籍軍」・同盟国がす べてこの「経済戦争」の敗戦国となったのです。とりわけ従属的な日本は、経 済・産業・労働構造をアメリカからの「年次要求書」でずたずたにされ、安全 保障・自衛隊も米軍再編の名の下に変質しようとしています。読売新聞社と米 ギャラップ社が11月中旬に実施した日米共同世論調査によると、現在の日米 関係を良いと思う人は、日本では34%に低下したと伝えています。そろそろ アメリカ呪縛の幻想から覚めるときです。 加藤周一は、戦争に向かい、戦争に負けつつある日本の戦前を、一医学生と して見つめ続けながらこう書いています。(『羊の歌』から) <世界はつくられたのかもしれないが、やがて滅びなければならないようにし かつくられていない。「めぐみ」は与えられたのかもしれないが、やがて奪わ れるようにしか与えられていない。すべての存在が死に到るのは、世界の内側 の構造のためであって、世界の外側からの「審判」の介入によるのではない。> 津波のように押し寄せてくるこの傷みは、来年以降は激痛を伴うようになる ことを覚悟していたほうがいいかもしれません。今度の「敗戦」も、やはり最 低10年はかかると思うし、それだけかかっても、「世界第2の経済大国」と か「強い国」には戻れないし、その方がよいとも思っています。戦前にこの戦 争が負けて、日本は惨憺たる状態になることを感知していた人たちがいたよう に、この「経済戦争」での敗戦をここ数年予知してきた人々はいるはずです。 希望がないようにも思えますが、第2の「敗戦」から、本当に自前の国を作っ ていけるチャンスでもあります。 果たして来年の年の瀬を、せめてひとときでも小春日和にさざめく鳥の声を 聞くような平和の中に生きていられるかどうか、どうかそうあってほしいと願 っています。強くなくてもいい、大国でなくてもいい、つましくても皆が人間 らしい生活ができる国であって欲しいと切実に思います。 =================================================================== 【発 行】 ガンジー村通信 編集部 【発 行 人】 末延芳晴 【編 集】 藤森治子 ◆◇◆ お願い ◆◇◆ 1.本メールマガジンやHP「自衛隊イラク派兵反対ハンスト・リレー・マラ ソン」に関するご意見・ご感想をお聞かせ下さい。また、投稿も大歓迎で す。下のアドレスまでご寄稿ください。 v.gandhi@dia.janis.or.jp 2.「ガンジーの会」・メールマガジン「ガンジー村通信」の趣旨を理解し、 この運動を応援してくださる方は、ご友人・知人へのご紹介をお願い致し ます。 本メ−ルマガジンは、下記のHP「自衛隊イラク派兵反対ハンスト・リレ ー・マラソン」のトップページから申し込むことができます。(メルマガ 配信停止も同URLにて手続きができます。) http://www.h2.dion.ne.jp/~hansuto/ 注)このメルマガは固定ピッチフォントでの閲覧を想定してます。フォント設 定を「MS ゴシック」等としていただければきれいにご覧いただけます


