紅龍の夢  RSSを登録する

追放同然に人界へと出てきた魔界の王子サマエルは静かな暮らしを望むが、敵対する神族や兄との確執がそれを許さず、天界との最終戦争に巻き込まれてゆく。巻の一~五/完結、HP掲載。巻の六「死の花嫁」配信中!

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2009/10/03

ファンタジー長編小説「紅龍の夢」第253号

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\ \ \\    ┃フ┃ァ┃ン┃タ┃ジ┃ー┃長┃編┃小┃説
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                  ┃紅 ┃龍 ┃の ┃夢

     ┃第253号

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      □ 巻の六

         ── 死の花嫁 / The Bride of Death ──

       ◇第30回

*……*……*……*……*……*……*……*……*……*……*……*……*……*……

 10.龍の邂逅(3)

『ルキフェル!』
「ああ、シンハ……!」
 飛び立つような勢いで駆け寄って来た黄金のライオンを、サマエルは思い
切り抱きしめた。
『戻って参れ、現実世界へ。我が許へ』
 願いを込め、シンハもまた彼にしがみつく。
 サマエルは身を固くし、それから、ささやくように答えた。
「それはできない。私はもう、選んでしまった……自己の消滅を……おのれの
死を……」

『何ゆえ? 我をこうして抱(いだ)く、温かき腕(かいな)をも消し去ると?』
 シンハの悲しげな問いかけに、暗い眼差しでサマエルは答える。
「私は……安息を得ることは許されないのか……お前達は、それほど私が憎い
のか……?」
『まさか、左様なことはない』
「私はただ、自由になりたいだけなのに。
 死ぬことが唯一、私にとっての救いなのだから……」

「死んじゃ駄目だよ、お父さん!」
「死んじゃわないで、サマエル様!」
 シンハの後ろにいた、リオンとシュネが同時に叫ぶ。
「どけ、俺に話をさせろ、貴様らでは埒(らち)が明かん」
 タナトスが話に割り込み、皆を押しのける。
 ライオンは仕方なく場所を譲り、サマエルから離れた。

「お前が何を言おうと無駄だよ、タナトス。
 皆が口をそろえて言う……『幸せになれ』と。
 そこで私は考えてみたのだよ、一番の幸福とは何かと……考えに考え抜いて、
たどり着いた結論は……死ぬこと、だった。
 完膚(かんぷ)なきまでの自己破壊、私という存在の滅却(めっきゃく)、それ
が答えだ……お前に分かるか、タナトス」
「分かるか、そんなもの!」
 憮然(ぶぜん)としてタナトスは言い捨てる。
 しかし、それが耳に入った様子もなく、サマエルは続けた。

「見ての通り、私は火閃銀龍に飲み込まれつつある……こうしてくわえ込まれ
た部分から少しずつ溶かされ、吸収されていっているのだ。
 とても苦しい……例えるなら、大きな岩に体を挟まれ、さらに、重しをかけ
られて、じりじりと潰されていくような感覚……とでも言えばいいか……。
 だが、一方で、とても気持ちがいいのだよ……」
 第二王子は、脂汗をにじませつつも、微笑んだ。
「……苦しいのに気持ちがいい? 何だそれは?」
 タナトスは眉を寄せた。

「少しずつ“私”が消えていく……さながら、かつての私……ごく幼かった頃
の、自分の意思すべてが黙殺されていた頃と同じ……とても痛くて、悲しくて、
苦しくて、それでいて……その状態が心地よくなり、もっと続けて欲しいと
願うようになっていき……。
 もうすぐ火閃銀龍は、私の鼻や口を覆う……すべて飲み込まれるその前に、
息が詰まるだろうね……そして私は、空気を求めてもがき、苦しむ……龍の口
の中をかきむしって爪が剥がれ、血だらけになり、それでも龍は私を解放する
ことはないだろう……。
 やがて私は気が遠くなり、視界は暗くなって、死という名の、永遠の安息が
訪れる……それを考えるとね、今まで感じた、どんな快楽よりも上を行くよう
な気がして、今から楽しみなのだよ……」
 話し続けるにつれ、サマエルは恍惚(こうこつ)状態となり、うっとりとした
眼差しで、あらぬ方を見ていた。

「貴様、苦しみもがきながらの死が、楽しみだと……!?」
 タナトスは、歯を食いしばった。
 そんな病的な考えは、完全に彼の思考の外だった。
 このまま正気を失うかと思えたサマエルは、いきなり真っ直ぐに彼を見た。
「……こんな風に、私の心は壊れている。
 私はもはや、苦痛を与え続けられなければ、生きてはいけない体なのだ。
 こんな私を生き長らえさせたところで、意味がない……私を生かしておく
には、常に拷問にかけ続ける必要があるのだからね。
 ふふ……タナトス。お前にそれができるのかい……?」
 サマエルは、兄の頬に手を当てた。

「くっ……!」
 その冷たさだけでなく、自分を見る弟の目つきの異常さに、思わずタナトス
は身震いする。
「ねえ、お優しいお兄様?
 心を入れ替えたから、私に優しくする、だって?
 白々しい……何を今さら!
 今頃になってそんなことを言い出すのなら、なぜ私が完全に壊れてしまう前
に、助けてくれなかった?」
 そこまで言うとサマエルは、両の拳を握り締め、兄の肩をたたき始めた。

「どうして、どうしてだ!
 今になって、今になって、今になって!
 私が、こんなに、取り返しがつかなくなるまで壊れてしまった後で、何ゆえ、
救おうなどとっ!」
 語気の荒さとは裏腹に、拳にはさほど力は入っておらず、本気でたたいて
いるとは思えない。
 それでも、この弟が怒りを露(あらわ)にすること自体が珍しく、タナトスは、
面食らったようにサマエルを見つめた。

 しばしの後、やっと気が済んだのか、サマエルは手を止めた。
 うつむくその顔は、タナトスには見えなかったが、肩に押し付けられた弟の
拳はかすかに震え、懸命に涙をこらえているように、彼には思えた。

「……サマエル。
 たしかに俺は昔、弟のお前に、鬼畜(きちく)と思われても仕方がないことを
仕出かしてしまった……それは弁解の余地はない。
 だからといって、間違いを正すのに遅過ぎるということもないだろう。
 二度とは言わん、よっく聞け。
 俺は……今頃になって気づいたのだ……お前を愛していると言うことにな。
 それに気づくのが遅過ぎて……お前をこんなにしてしまった……それは、
すべてではないにしろ、俺の責任だ……。
 それゆえ俺は、償いをしようと思う。
 お前に魔界王の位を譲る。俺は王になど向いてはおらんし、“黯黒の眸”
さえおればそれでいい」
 言うなりタナトスは、弟の顔を強引に上げさせ、口づけた。

「……!?」
 サマエルは眼を見開き、体を硬直させたがそれも一瞬で、すぐに兄の体に
むしゃぶりついた。
 その体が紫に輝く。
「何だ!?」
 驚いたタナトスが唇を離すと、サマエルは子供……人族で言うと七、八歳
くらいの姿へと変わっていた。

「き、貴様!?」
 面食らうタナトスに向けて、少年のサマエルは紅い眼をうるませ、悲痛な声
を上げた。
「兄様、ご免なさい!
 もし兄様が、本気でそう言ってくれてるんだとしても、僕、王様にはなれ
ない!
 だって僕は、ベルゼブル陛下の血は、引いてないんだから!
 あいつが言ったんだよ、本当の父親は自分だって!」

 タナトスは眼を剥き、吼えた。
「何ぃ、貴様の本当の父親だと!? 誰だそれは!?」
 その剣幕に怯えたサマエルは、震えながら首を横に振った。
「わ、分かんない、んだ。僕、忘れちゃった、から……」
「忘れただと!? そんなわけがあるか!」
「誰かが言ったんだ……悪い夢だから、忘れなさいって……だから僕、忘れて
たんだけど、少しずつ思い出して……」

「シンハ、貴様が忘れさせたのか!?」
 タナトスは血相を変えて詰め寄るが、ライオンは頭を左右に振った。
『我は知らぬ。……汝に心当たりはあるか、“黯黒の眸”』
 シンハは兄弟に尋ねてみた。
「否。テネブレの仕業ではない」
 カーラもまた、関与を否定した。
「くそ、では、どこのどいつだ!? それに、こいつの真の父親……!?」

 戸惑う彼らを尻目に、サマエルは話し続けた。
「でね、僕、やっと分かったんだ……陛下が、僕の眼を見て下さらなかった
わけ……。
 母様が死んじゃったのは僕のせいで、その僕は、あの方の子供じゃない……。
 ずっと忘れてたかったのに、思い出しちゃって……僕、もう、消えてしまい
たいって思った……。
 だから、兄様に殺してもらおうと思ったのに、それもうまくいかなくて…
…」

 タナトスは、眼をカッと見開いた。
「貴様、それであんなことを……!?」
「……ご免なさい。
 兄様を怒らせたら、全部、終わりにできるって思ったの……」
 サマエルは鼻をすすった。
「この、たわけ!」
 子供の姿の弟を怒鳴りつけ、拳を振り上げたところで、タナトスは動作を
止めた。
 彼の行動に反応した火閃銀龍の三つの首が近づき、牙を剥いて威嚇したのだ。

「ご免なさい、ご免なさい……っ!」
 幼いサマエルの紅い眼から、現実世界では決して流すことのできない涙が
あふれ出て、頬を濡らし、彼を捕らえている龍の頭にこぼれ落ちてゆく。
『もうよい、ルキフェル。サタナエルも、心底では汝を許しておるゆえ』
 黄金のライオンは、泣きじゃくる少年の頬をなめた。

「──ち。それで今度は、火閃銀龍を呼び出しおったというわけか。
 まったく面倒なことを……!」
 拳を下ろし、タナトスは天を仰いだ。
 彼らの眼前には、巨大な壁のごとく、伝説の龍が立ちはだかっていた。
 三つ首は、皆からやや離れたところで、くねりながら監視を続けている。

『して、ルキフェルよ。
 汝はいかにして、彼(か)の龍を呼び出(いだ)したのか?
 何者も知らぬはずの召喚の呪文を、いかにして汝は知ったのであろうな?』
 優しくシンハは尋ねた。
 この第二王子が本当に幼かった頃、話しかけていたときのように。

 すると、ようやくサマエルは泣きやみ、頭(かぶり)を振った。
「……ううん、僕が呼んだんじゃないの。
 僕が泣いてたら、急にこの龍が現れて、びっくりしてる僕に言ったんだ。
 そんなに消えたいなら、お前を食べてやろう、って。
 お前を食べたら、この夢の中から出ることができる……命をもらう代わりに、
お前の望みを叶えてやる、って……」

「……まったく。こいつときたら、今もってこの通り、ガキの精神のまま、
マイナス思考の塊だからな。火閃銀龍も、それに吸い寄せられたのだろう」
 タナトスは肩をすくめる。
 黄金のライオンは、それを否定するように大きく体を揺すった。
『ルキフェル一人の力に、ではなかろう。紅龍……混沌の力に惹きつけられた
のやも知れぬ』
「まあいい。それからどうしたのだ、サマエル?」
 幾分語気を和らげ、タナトスは続きを促す。

「それで……僕、大昔に戻って、攻めてくる前に神族を滅ぼして来てって、
お願いしたの。
 でも火閃銀龍は、今の僕に、直接関係あることじゃなきゃ駄目だって……。
 だから、僕が生まれて来なかったことにして、って頼んだの。
 そしたら、母様も死なずに済むし、兄様もベルゼブル陛下も……皆、幸せで
いられるでしょう?」
 銀髪の少年は、泣きはらした眼でにっこりした。

「そ、そんな!
 あなたがいなくなったら、ぼくとシュネも生まれて来れないよ!」
 思わずリオンが叫ぶと、少年のサマエルは眼を丸くした。
「え、キミは誰?」
「お父さん、ぼくが分からないの!?」
「お、お父さん……!?」
 きょとんとして、サマエルは彼を見返す。

『リオンよ、見ての通りルキフェルは、幼少期に退行致してしまっておるゆえ、
汝らに関する記憶はないのだ』
 そう言うと、シンハはリオン達を指し示した。
『ルキフェル。このリオンと、隣におるシュネは、汝と人族の娘との子孫だ。
 汝が存在せぬとなれば、彼らもまた消滅致し、この世に生まれ出(いず)る
ことすら叶わぬのだぞ』

                                    to be continued...

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     ◆ 後記 ◆

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 めっきゃく【滅却】 
 ほろびること。すっかりなくなること。また、ほろぼすこと。すっかりなく
すこと。


 次々書きたいことが浮かんでくるんで、巻の六、中々終わんなくて済みま
せんって感じですが(笑)。
 それでも、そろそろってことで、巻の七の校正に手をつけ始めてます。
 ああ、また長いな……とか思いつつ(笑)。
 その反面、連載終わったらどうしよう……とか思ったり。
 もう何も、書けなくなっちゃいそうな気もしますが……いや、それはないか
(笑)。

 ようやく体調が戻って来ました、今頃(笑)。
 近所の小中学校でも学級閉鎖が相次いでるみたいなので、インフルにだけは
罹らないようにしなきゃ、って思ってます。
 若い人ほど罹りやすいみたいですね、皆さんもお気をつけて。

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 ■発行者   :流河 晶
 ■マガジン名:紅龍の夢
 ■マガジンID:0000131099
 ■発行周期 :週刊

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