紅龍の夢  RSSを登録する

追放同然に人界へと出てきた魔界の王子サマエルは静かな暮らしを望むが、敵対する神族や兄との確執がそれを許さず、天界との最終戦争に巻き込まれてゆく。巻の一~五/完結、HP掲載。巻の六「死の花嫁」配信中!

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2009/08/22

ファンタジー長編小説「紅龍の夢」第250号

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\ \ \\    ┃フ┃ァ┃ン┃タ┃ジ┃ー┃長┃編┃小┃説
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                  ┃紅 ┃龍 ┃の ┃夢

     ┃第250号

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      □ 巻の六

         ── 死の花嫁 / The Bride of Death ──

       ◇第27回

*……*……*……*……*……*……*……*……*……*……*……*……*……*……

 9.龍の目覚め(4)

“だ、大丈夫だ、カーラ、シンハ。大した、ことは、ない。
 前の、経験のお陰で、耐性でも、できたのだろう、さ……”
 平然を装おうとしても、息苦しさと胸の痛みに襲われているタナトスの呼吸
はどうしても荒くなっていく。
 それでも、今感じている苦痛は、以前、カオスの力を受け入れたときの、
凄(すさ)まじかったものとは比較にならないほど軽かったが。

 主が無事と見極めがつくと、カーラはさっとモトに向き直り、牙を剥き出し、
体中の毛を逆立てた。
 テネブレとは一味違った、紫のオーラが全身から立ち昇り、眼全体を黄金の
威嚇色(いかくしょく)が覆う。
“モト! おぬし何ゆえ、かようなことを致した!”

 するとモトは、さっと片ひざをつき、王に対する正式な礼をした。あたかも
サマエルが、兄に対してするように。
 さらに、そういう態度を取るときサマエルが使う口調そっくりに、彼は話し
始めた。

“お願い致します、現魔界王、サタナエル。どうぞ、ロムルスとレムスを受け
入れてやって下さい。
 アナテは、女神の座から降りる気はないように思われます……そうなれば、
息子達は、幾度生まれ変わっても、母親に会うことはできません。
 あなたの中にいれば、彼らの淋しさも少しの間は紛れるでしょう……。
 わたしはあなたの仰る通り、自分の魄(はく)と一体化致します。
 罪悪感も消えた今のわたしなら、おそらく、ルキフェルと一緒になれると
思われますから”

“貴様……!
 そ、そういうことは、前もって言え、不意打ちとは、卑怯だろうが……!”
 顔を歪め、脂汗を流しながら、タナトスは抗議した。
“お返しですよ。先に仕掛けていらしたのは、そちらの方ですからね”
 モトはにっこりした。
“ちっ……! その後、貴様は俺に抱かれるのを望み、俺も可愛がってやった
ではないか!”
 言い返したものの、相手の笑みに怒りが隠されていることに、気づかない
ほどタナトスは鈍くはなかった。

 モトは、かつてフェレス族の長であり、今は女神となったアナテの、息子に
して配偶者である。
 そしてタナトスは、アナテの生まれ変わりだった。
 だが、いくら前世で愛し合っていた仲とはいえ、性格も弟そっくりと思われ
る先祖のこと、子孫にとっては愛情表現だと言われても、受けた屈辱を、そう
簡単に水に流すとも思えなかった。

 敬(うやま)うべき先祖にひどい行為をしてしまった自分に、タナトスは腹を
立てたものの、それも自業自得だった。
 元々感情のままに行動することが多かった彼も、王となってからは、それを
抑えるよう努力して来たのだが、本気の弟を抱いて以降、欲情の抑制がひどく
困難となってしまっていたのだ。
 仕方なく、彼は再度謝った。
“いや、弁解はよそう、たしかに、あれは俺が悪かった、済まなかったな”
 モトは、頭(かぶり)を振った。
“いえ、わたしも……何というか、慣れておりませんでしたのでね”

(くそ、俺が理性的に振舞うことができんのは、やはり魄(はく)……肉体に
宿る気、のみで動いているためなのか?
 そう考えれば、辻褄(つじつま)は合うが……)
 タナトスは唇を噛み、改めて尋ねた。

“今さらだが、魂(こん)や魄(はく)の話は、本当のこと、なのだろうな……?
 いや、真実だと、仮定してもだ、お前が言うように、前世の者……アナテと、
俺が、魂を分かち合う……などといったことが、本当に、可能なのか……?
 あるいは、他人の魂を……しかも、二人も受け入れることなど、できるのか
……?
 貴様はただ、仕返しのために……俺を苦しめる目的で、ロムルスとレムスと
やらを、俺の中に、入れたのでは、ないのか……?”
 息をするにも苦しく、タナトスは自分の喉に手を当て、途切れ途切れに念話
を送った。

 モトは、すぐに首を左右に振った。
“まさか、そんなことはありませんよ、第一それでは、大事な息子達も不幸に
なってしまいますからね。
 最初の予言で、あなたは紅龍を食らい、『火閃銀龍』になるはずだった……
それほど大きな器をお持ちならば、息子達を受け入れることも容易と思いまし
てね。
 予想通り、あなたは二つもの魂(こん)を体内に入れても、未だ意識を保って
おられる……普通の場合、自分自身の魂が戻っただけでも一時的に失神すると
思われるのですが。あんな風に”

 モトは、すぐそばに横たわるシュネとリオンを指差す。
 隠形の術から出てしまわないようにと、タナトスが二人を連れて来ていた
のだった。
 そのときシンハが、ぶるんと体を揺すり、話に加わってきた。
“ふむ。それを考えれば、たしかにサタナエルは、他人の魂(こん)を受け入れ
る余地があると思われるな。
 されど、モトよ。
 今ならば、ルキフェルと一体化できる可能性は高いであろうが、万が一、
しくじるようなことがあれば……”

 その言葉が終わらぬうちに、モトはライオンの首に抱きついた。
“ありがとう、シンハ。でも心配はいらないよ。
 万一失敗しても、もうわたしに苦しみはない、また次の機会を気長に待つさ。
 それに、二度と生まれ変われなくとも、別に構わない……淋しくもないよ、
また、子供達の誰かが戻って来るかも知れないしね”

 その頃になってカーラはようやく、モトに害意がないと判断して威嚇の構え
を解き、振り返って主の顔を覗き込んだ。
“大事無いか、サタナエルよ”
“……ふ、案ずるな、カーラ。
 この程度の、こと、どうということも、ない……心配、いらん”
 本当のところ、意識を保つのもやっとだったが、タナトスは虚勢を張り、
無理に笑顔を作ってみせた。

“されど、かように汗が……生き物が発汗するのは、病(やまい)のときなので
あろう?”
 カーラは、なおも心配そうにタナトスの臭いを嗅ぎ、こめかみ辺りから流れ
落ちる塩辛い汗を、紅い舌でなめ取る。
“いや、病気ではない。
 魂が、俺に同化し、落ち着き所を見つけるまで、少々……その、暴れている、
といったところだろう、やんちゃそうな、ガキどもだったからな。
 こら、大人しくしろ、ロムルス、レムス!
 ……そう、そうだ、いいぞ……”

 タナトスは、大きく息をつく。
 ちょうどそのとき、双子達は彼の内部で居場所を見つけたらしく、潮が引く
ように苦痛が治まったのだ。
 彼らがタナトスとの同化を完了すると同時に、シュネとリオンが正気づき、
眼を明ける。
“うーん”
“あれ……?”

“気づいたね、お前達。
 これで三人共、龍への変化ができるようになっているはずだ。
 あとはわたしが、ルキフェルの中に入ることができさえすれば、四頭の龍が
揃い、火閃銀龍にも対抗できるだろう……”
 そう話すモトは、どこか物言いたげな顔でタナトスを見る。
“何だ? まだ何か、文句でもあるのか、モト”
 苛ついた表情を、タナトスは浮かべた。

“いや、文句を言いたいわけでは……その、わたしは……”
 モトは眼を伏せた。
 ためらう彼と、タナトスにだけ聞こえるように、シンハは念話を送った。
“モトよ。サタナエルはいずれ、弟王子を抱くこともあろう。
 首尾よく、汝がルキフェルと同化できた暁には、汝も再び、彼に抱かれる
ことが叶うのだ”

“い、いや、わたしは、そんなつもりでは……”
 しどろもどろに答えるモトの頬は、真っ赤になっていた。
(……ち、仕返しだのなんだのと言っておきながら、結局は俺の虜(とりこ)に
なっているではないか。
 ……まったく。『心』などというものは、しち面倒だな。
 “黯黒の眸”が、生き物の複雑な感情を理解できんのも無理はない……先が
思いやられるわ)
 タナトスは額に手をやってため息をつき、“焔の眸”の化身と、自分の伴侶
とを見比べた。

 長期に渡り魔族に仕えてきたシンハと、元は人間だったダイアデムもいる
お陰なのだろう、“焔の眸”は、相手の感情を汲み取ることに、さほど不自由
はしていない……少なくとも、タナトスにはそう思えた。
 それに引き換え“黯黒の眸”には、生き物の不条理さについて、一から十
まで教えてやらなければならないのだ。
 だが、現時点でも子供程度の理解力はあるようだし、“焔の眸”という先例
もある、忍耐深く教え込んでいけば何とかなるだろうと、タナトスは楽天的に
考えることにした。

 それにしても、なぜ自分はこの宝石に、ここまで惹かれてしまうのか。
 “黯黒の眸”の方も、彼のことを気に入っているようだが。
 タナトスは首をひねり、改めて黒豹を観察してみたが、自分達が惹かれ合う
理由は分からなかった。
 彼は頭を切り替え、先祖に話しかけた。
“ともかく、弟を頼むぞ、モト。
 お前と一体になれば、少しはあの男も、前向きになれるだろう”

 モトは少し悲しそうな顔をした。
“確約はできないよ。わたしの生まれ変わり……ベリアルとディーネは二人共、
結局は自滅の道を歩んでしまったからね”
“ディーネはともかく、ベリアルは違おうぞ。
 彼(か)の王は、妃の裏切りにより、殺害されたのであろう”
 シンハが口を挟む。

 モトは否定の仕草をした。
“いや、彼も、みずから殺されるように仕向けたのさ……わざと妃をぞんざい
に扱って。ああ、もちろん、お前のことは愛していたとは思うけれど。
 彼らは、みずから選んだのだよ、天寿を全(まっと)うしない生き方をね……。
 それゆえ、自分を責めることはない、シンハ。彼らの自滅的性格は、わたし
のせいなのだから”

“ならば尚のこと、汝が同化に成功致した暁(あかつき)には、ルキフェルの
破滅思考は影を潜(ひそ)めるのではないのか?”
 ライオンはさらに尋ねた。
“……そうだとよいのだが、ね。
 ともかく今は、力を合わせて、彼を現実世界に連れ帰るのが先決だ”

 モトはそう言い、ちょうどそのとき立ち上がったシュネとリオンを、抱き
締めた。
“ベリリアス、シナバリン、幸せになるのだよ。苦労してきた分だけ、お前達
には幸福になる権利がある”
“……お父様!”
“父上!”
 シュネとリオンもまた、彼に強く抱きつく。

“さ、もうお別れだ”
 ややあってモトは名残惜しげに二人を放し、タナトスと向かい合った。
“では、わたしは行くよ。
 光が満ちあふれたら、ルキフェルが目覚めた証だ。もう隠形の術は必要ない。
 堂々と姿を現し、偉大なる龍と対峙するがいい。
 さらばだ、サタナエル……アナテの生まれ変わりよ。
 子供達は、必ずやお前達の役に立つことだろう”

 モトは素早くタナトスに口づけ、カーラが怒りを露(あらわ)にするより早く、
空中に浮き上がった。
“火閃銀龍を倒すことのできる者は存在しないと言われているが、お前達なら
……。
 ここでは、あの龍も無闇に暴れることはできないはず……すべてを吸収する
前にルキフェルが壊れてしまったら、元も子もないからね。
 健闘を祈る”
 そう言い遺し、先祖は闇の中へと消えていく。

“待て、俺達は、どうやったら龍に変化できるのだ?”
 タナトスの問いかけに、かすかな思念が応えた。
“子供達は、すでに答えを知っている……”


                                    to be continued...

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     ◆ 後記 ◆

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 しちめんどう【しち面倒】 
 「面倒」を強めた語。非常に面倒なさま。



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 ■発行者   :流河 晶
 ■マガジン名:紅龍の夢
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