紅龍の夢  RSSを登録する

追放同然に人界へと出てきた魔界の王子サマエルは静かな暮らしを望むが、敵対する神族や兄との確執がそれを許さず、天界との最終戦争に巻き込まれてゆく。巻の一~五/完結、HP掲載。巻の六「死の花嫁」配信中!

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2009/06/13

ファンタジー長編小説「紅龍の夢」第245号

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\ \ \\    ┃フ┃ァ┃ン┃タ┃ジ┃ー┃長┃編┃小┃説
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                  ┃紅 ┃龍 ┃の ┃夢

     ┃第245号

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      □ 巻の六

         ── 死の花嫁 / The Bride of Death ──

       ◇第22回

*……*……*……*……*……*……*……*……*……*……*……*……*……*……

 8.光中の闇(3)

 碧龍シュネを連れたダイアデムが、サマエルの部屋に現れると、数分早く
到着していたタナトスは、彼を睨みつけた。
「遅いぞ! 貴様、何をもたもたしておったのだ!」
「ご、ご免なさい、あたしが……」
 言いかけるシュネをかばい、ダイアデムは前に出た。
「いや、オレが悪いんだ、説明に手間取っちまってさ。
 ンなコトより、早く行こうぜ」
「落ち着け、タナトス。妾(わらわ)も共に参るゆえ」
 ニュクスがなだめ、ダイアデムと一緒にその姿が輝き出す。

 一瞬後、黄金に輝く巨大なライオン、次いで夜色をした豹……双方共に、
人界の獣の倍はある……が現れ、皆を驚かせた。
 シンハさえもが顔をこわばらせて、黒豹を凝視する。
「な、何だ、この豹は!?
 まさか、貴様、テネブレか!? どうやって封印を解いた!」
 中でも、タナトスが最も驚いていた。
 彼は、凶悪な化身であるテネブレを封じたことで安心し、これでもう“黯黒
の眸”を伴侶にする上での障害は、すべて取り除かれたと思い込んでいたのだ。

 プロケル公爵の息子で、今は公爵の位を継いでいるカッツが、この獣を見た
なら、恐怖に震え上がったかも知れない。
 この姿は、かつて“黯黒(あんこく)の眸”が、まだサマエルの弟子だった
ジルを異界に拉致(らち)したときに、カッツを脅し、従わせるために取った
形態だった。

 唖然(あぜん)として、黄金のライオンと漆黒の豹を見比べているうちに、
魔界王は、以前、“焔の眸”の化身が主張したことを思い出した。
 ダイアデムは、神族との戦いを目前にした今だけでも、テネブレを封じて
おくべきだと言い張ったのだった。

 なぜかと問い返す彼に、少年は答えた。
 モトの最初の生まれ変わりであったベリアル王は、テネブレの企みにより、
殺害されてしまったのだと。

 ベリアルはシンハを寵愛(ちょうあい)し、王妃を娶(めと)ってからも、公然
と寝所に連れ込んだりした。当然、王妃はそれを快く思わなかった。
 テネブレはその嫉妬心に付け込み、彼女を操って、“焔の眸”を宝物庫に
戻させた。
 一旦は眠りについたシンハが異変に気づき、駆けつけたときはすでに遅く、
家臣の一人と結託した王妃に、ベリアルは毒殺されてしまっていたのだった。

 そんなことまで……と驚く彼に、ダイアデムは重ねて言った。
 平和になってからも、寝首をかかれたくなかったら、テネブレは眠らせて
おいた方がいいのではないかと。
 そこで魔界の王は、とりあえずテネブレを封じることにしたのだった。
 だが、それがこうも早々と封印を解き、出て来られてしまうとは……。

 正式な披露(ひろう)こそまだだったものの、どうにか家臣達に“黯黒の眸”
との関係を黙認させるところまで漕ぎ着けたところだったのだ。
 それなのに、テネブレにまたも封印を破られたとなれば、家臣達の反対を
抑えて、“黯黒の眸”を王妃に据えることは難しくなり、またも日陰の身に
戻さなければならないだろう。 
 命の瀬戸際まで追い詰められた挙句、ようやく最愛の者を手に入れることが
できたと思ったのに、すべてが水の泡となってしまうかも知れないのだ。
 予想外の出来事に、タナトスは動揺していた。

 そんな彼の心を知ってか知らずか、紅い口をカッと開け、黒い獣は答えた。
『否。テネブレの封印は未だ解けてはおらぬ。
 他人(あだびと)を機(わかつ)るテネブレとは異なり、我は、干戈(かんか)を
司(つかさど)る者。
 此度(こたび)、彼(か)の者が封じられたゆえ、独立した個人性を有すること
と相なったのだ』

(独立した個人性……戦いを司る者? シンハと同じということか?
 生意気にも、テネブレごときと自分を一緒にするな、と言いたげだが。
 それにしても、“黯黒の眸”の中に、まだ、こんな化身がいたとは……。
 ──くそ、面倒な! 火閃銀龍と一戦交えねばならんという、危急存亡(き
きゅうそんぼう)の秋(とき) に!)

 魔界王は歯ぎしりし、黒豹に指を突きつけ、シンハを睨みつけた。
「貴様は知っていたのか、こいつのことを!
 何ゆえ、俺に黙っていた!」
 魔界のライオンは、否定の身振りをした。
『我もその化身は初見だ。名も知らぬ』

「何ぃ、俺に嘘をつく気か、貴様!」
 タナトスは、思わず声を荒げた。
 しかし、知っていたならシンハは正直に言うだろうし、何よりベリアル王の
前例がある。
 陰謀を好むテネブレのこと、化身の一つや二つ、兄弟に隠れて所有するなど、
造作(ぞうさ)もないことだろう。

 そう思い直した魔界王は、闇色の獣に向き直った。
「……まあいい、詳しくは後で聞いてやる。貴様、名は何という?」
 豹は黒い頭を横に振った。
『テネブレより分かたれしばかりの身ゆえ、我は未だ、おのれ自身の名を持つ
に至ってはおらぬ。我はただ、敵対する者と戦うのみ』
「何、名無しだと……?」
 タナトスはさらに驚いて、こんどこそじっくりと獣を眺めた。

 ジルをさらった当時、この豹の眼は、テネブレ同様、洞窟の闇も同然に、
ひたすら暗く、不気味な雰囲気を醸(かも)し出していた。
 しかし現在は、かつての禍々(まがまが)しさは完全に消えてしまっており、
眼自体も、漆黒の虹彩(こうさい)の中央部に、金色(こんじき)に輝く丸い瞳孔
(どうこう)を持つように変化している。

 以前の姿を知らないタナトスは、今ここにいる獣に対して、嫌悪の情は感じ
なかった。
 それどころか、この黒豹の精悍(せいかん)さに惹きつけられ、好ましい感情
が湧いて来るのを覚えるほどだった。

「ふん、たしかにヤツとは別の人格のようだな。ならば、俺が名をつけてやる。
 そうだな……“カーラ”というのはどうだ。
 黒、暗黒、死を意味する名だ。我が妻に、ふさわしい名だろう」
『カーラか。良き名を頂き、恐悦至極(きょうえつしごく)に存ずる、我が君主
サタナエルよ』
 黒い獣は、うやうやしく頭を下げた。

 魔界の君主は、豹の眼を覗き込んだ。
「それはいいとして、もう、俺に隠し事をするなよ!」
 叱責(しっせき)口調で言い捨ててから、彼は、相手が生まれ立ての化身で
あることに思い至り、少し抑えた口調で言い直した。
「……いや、これでもう、俺の知らん化身はおらんだろうな、“黯黒の眸”」

 黒豹は真っ直ぐに彼を見据え、淀(よど)みなく答えた。
『おらぬ。おぬしが望まぬ限りは』
「ならばよし」
 タナトスは心からほっとし、親愛の情を込めて豹の頭を軽くたたいた。
 獣はそれに応え、ごろごろと喉を鳴らしながら、彼の手に頭をこすりつける。
 その仕草は、まるっきり猫と同じと言えた。

 ニュクスでの手酷い失敗を教訓としたお陰か、今回、この化身との信頼関係
の確立にはすんなりと成功したようだった。
(また一からやり直し、などはご免だからな……まあ、でかい猫を一匹飼う
ことにしたと思えばいいか。
 テネブレよりは、飼い慣らしやすそうだ)
 タナトスはつぶやいた。

 彼らのやり取りを気遣わしげに見ていたシンハは、安堵したようにたてがみ
を揺すり、口を開いた。
『閑話休題(かんわきゅうだい)、相手は名(な)にし負(お)う火閃銀龍、されど、
ルキフェルは、驪龍(りりょう)頷下(がんか)の珠(たま)。
 皆、努々(ゆめゆめ)気を抜くでないぞ!』
 次の瞬間、二頭と三人は、サマエルの精神内部に着いていた。

「うわ、真っ暗だ……あ」
 思わずリオンは声を上げ、慌てて口を押さえる。
「ホント、何も見えないわ。……シンハ、怖いよ」
 シュネは小声で言って身震いし、ライオンにしがみついた。
「ふん、たしかに暗いな、この俺でさえ、先がまったく見通せん。
 シンハがいなかったら、身動きが取れんところだな」
 森閑(しんかん)とした闇の中、常日頃豪胆(ごうたん)なタナトスでさえ、
切迫するような気味悪さに、鼻を鳴らさずにはおれなかった。

 身の毛もよだつこの濃密な闇の中で、晴れやかな顔をしているのは、新しい
名前をつけてもらったことで機嫌がよく、また“カオスの闇”に慣れ親み、
こよなく愛しもする、“黯黒の眸”の化身だけだった。
『尸林(しりん)の如(ごと)く、欣快(きんかい)なる闇よ』
 カーラは、楽しげに喉を鳴らしていた。

『怯えるでない、ベリル。
 誓って、汝(なんじ)は我らが守護致すゆえ』
 こちらも“黯黒の眸”同様、闇を恐れない“焔の眸”の化身は、シュネの頬
をぺろりとなめた。
 ライオンのたてがみは、闇中に赤々と燃え上がり、彼女の眼にも反射して、
明るく輝かせていた。
 それでも光が届くのは、シンハがいる周辺だけで、後は深い闇が果てしなく
続くのだった。

「そんなことより、サマエルはどこだ?」
「そうだ、サマエル様はどこ?」
 タナトスとシュネが、同時に尋ねた。
『今少し進んだ先だ。なれど、我らに気づけば火閃銀龍が力を揮(ふる)い、皆、
打ち揃って捕縛されてしまうやも知れぬ。
 “黯黒の眸”よ、汝が隠形(おんぎょう)の術を用いて、我らの風姿を晦(く
ら)ますがよい』
 シンハは答え、兄弟を促す。

『心得た、“焔の眸”よ。皆、近(ちこ)う寄れ』
 金の瞳を、爛々(らんらん)と光らせてターラが言う。
 三人と一頭はその言葉に従い、身を寄せ合った。
『──シュマシャーナ!
 これでよし、後は黙して進め』
 黒豹は闇に溶け込み、輝くライオンに続く。
 残りの者は、その後ろについた。

 姿を見えなくする技は、“黯黒の眸”が最も得意とするところである。
 ニュクスが地下迷宮に隠れたときも、この術を使っていたため、タナトスは
捜し出すことができなかったのだ。

“……む、この気配は!”
 かなり歩いたと思える頃、シンハが鼻をうごめかし、いきなり駆け出した。
 皆が追いついてみると、黄金のライオンは、倒れている人影を揺さぶって
いた。
“モト、しっかり致せ”

“ふん、こいつが初代紅龍、モトか”
 ぐったりと横たわる青年の顔を見たタナトスが、つぶやく。
“へえ、父さんそっくりかも……髪の色は違うけど”
 リオンが言った。

 シンハの揺らぐ炎に浮かび上がった青年の体は、傷だらけだった。
 火閃銀龍の攻撃は容赦なく、モトの魂に傷をつけていたのだ。
“まあ、ひどい傷だわ。あたしが治してあげる。
 ──フィックス!”
 シュネが治癒魔法を使うと、ようやくモトは意識を取り戻し、薄目を明けた。
“あ、ああ、シンハ……”

“モトよ、これが黔(けん)龍王タナトス、現魔界王サタナエルだ。
 そして朱龍リオン、碧龍シュネ……真の名はベリル。
 最後に、我が兄弟、“黯黒の眸”の化身だ”
 シンハは前足で指し示し、彼らを引き合わせた。

“なるほど……だが、龍達よ……お前達はまだ、力に目覚めていない、のだな
……”
 皆を見回して弱々しく言い、モトは再び眼を閉じる。
“力に目覚める? どういう意味だ?”
 タナトスが問いかけると、モトは突如、カッと眼を見開いた。
“そうか、ようやく分かったぞ、我らが何ゆえ、未だ眠ることができずにいる
のかが……!
 ──出ておいで、我が子達よ!”
 虚空に向かって手を差し伸べ、モトは呼びかけた。


                                    to be continued...

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     ◆ 後記 ◆

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 せいかん【精悍】 
 顔つきや態度に勇ましく鋭い気性が現れていること。また、そのさま。

 こうさい【虹彩】 
 眼球の血管膜の前端部で、角膜の後方にある環状の膜。
 色素に富み、その沈着状態によって、茶色や青色の眼になる。
 中央の瞳孔(どうこう)で開閉を行って光の量を調節する。 

 普通の豹は、虹彩が金、中央の瞳孔が黒ですが、カーラの眼はその逆です。
 巻の二の3にチラッと出て来るこの黒豹の姿は、シンハと同じく戦闘用の
形態ですが、“黯黒の眸”は誰かを操って戦わせる方が得意なので、その後は
出番がありませんでした。一応、オスです。

 わかつる【機る/誘る】 あやつり動かす。また、うまく人を誘いあざむく。

 かんか【干戈】 干(たて)と戈(ほこ)の意 1武器。2たたかい。いくさ。

 ききゅうそんぼう【危急存亡】の秋(とき) 
 危機が迫って、生き残るか滅びるかという重大な瀬戸際(せとぎわ)。
《諸葛亮(しょかつりょう=孔明)「前出師表」から》

 危急存亡の「時」でも間違いではないが、本来は「秋」と書いて「とき」と
読む。↓
 http://www.asahi-net.or.jp/~hh5y-szk/onishi/colum241.htm

 しんかん【深閑/森閑】 物音一つせず、静まりかえっているさま。

 おんぎょう【隠形】
 呪術(じゅじゅつ)を用い、自分の姿を隠して見えなくすること。

 名(な)にし負(お)う 
 名高い。評判である。「名に負う」に同じ。《「し」は強意の副助詞》

 驪龍(りりょう)頷下(がんか)の珠(たま) 
 黒色の竜のあごの下にある珠。危険を冒さなければ得られないもののたとえ。

 尸林(しりん=シュマシャーナ)
 中世インドの葬儀場。しばしば処刑場を兼ねており、斬首や串刺しにされた
罪人の死骸が晒(さら)されてもいた。
 かつては色々な女神が祀(まつ)られ、尸林自体も女神の名前がつけられた。

 きんかい【欣快】  非常にうれしく、気持ちのよいこと。よろこび。 

 かんわきゅうだい【閑話休題】 
 むだな話はさておいて。それはさておき。さて。  
 話を本筋に戻すとき、または本題に入るときに用いる言葉。接続詞的に用い
る。

 <おまけ>
 『カーラ』に『マハー』をつけると『マハーカーラ』になります。

 マハーカーラ(サンスクリット語:Mahaa-kaala、音写:摩訶迦羅など)。
 ヒンドゥー教の神の一柱で、シヴァの別名の一つとされる。
 マハーは「大いなる」、カーラは「黒、暗黒」を意味し、世界を破壊する
ときに恐ろしい黒い姿で現れる。
 シャマシャナという森林に住み、不老長寿の薬をもつ。

 仏教にも取り込まれて大黒天と呼ばれ、「大黒」と「大国」の音が通じて
いることから神道の大国主神と習合している。
 本来の姿と違い、日本の大黒天が柔和な表情なのはこのためである。

 戦闘・財福・冥府という3つの性格を持つ。
 破戒・戦闘 尸林(しりん)に住み隠形(おんぎょう)・飛行に通じて、
血肉を喰らい、祀れば加護により戦いに勝つという。
 財福 ヴィシュヌや地天の化身として、インドの寺院にて祀られる。
 冥府 焔摩(えんま=閻魔)天と同一視して塚に住むという。

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 ■発行者   :流河 晶
 ■マガジン名:紅龍の夢
 ■マガジンID:0000131099
 ■発行周期 :週刊

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 ◎発行者Webサイト:
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