紅龍の夢  RSSを登録する

追放同然に人界へと出てきた魔界の王子サマエルは静かな暮らしを望むが、敵対する神族や兄との確執がそれを許さず、天界との最終戦争に巻き込まれてゆく。巻の一~五/完結、HP掲載。巻の六「死の花嫁」配信中!

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2009/03/21

ファンタジー長編小説「紅龍の夢」第238号

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\ \ \\    ┃フ┃ァ┃ン┃タ┃ジ┃ー┃長┃編┃小┃説
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                  ┃紅 ┃龍 ┃の ┃夢

     ┃第238号

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      □ 巻の六

         ── 死の花嫁 / The Bride of Death ──

       ◇第28回

*……*……*……*……*……*……*……*……*……*……*……*……*……*……

 6.裏切りの貴公子(5)

「ちょっと待ってろ、サマエル」
 ダイアデムは、夫の頭を膝から外して床に横たえ、痛みにうめく老公爵に
駆け寄った。
「大丈夫か? 今、治してやっからな。
 ──フィックス!」
「おお、かたじけない」
 傷はすぐに癒え、プロケルは礼を言って立ち上がる。

 サマエルはひじをついて半身を起こし、頭を下げた。
 輝く髪がさらさらとまといつき、その美しい顔を隠す。
「プロケル、行きがかり上とはいえ、ひどいことをして済まなかった。
 かくなる上は、反逆者として私を告発するのだね」
「何を仰います、先ほどのことは、すべて芝居だったのでございましょうに」
 プロケルは、王子のそばにひざまずいた。

 サマエルは顔を上げ、真っ直ぐに彼を見た。
「本気でそう思っているのか? 私は二人を手にかけ、王位を簒奪しようと
したのだぞ」
「いいえ、それは、あなた様が仰っていらした通り、兄君様の窮地(きゅうち)
を救わんがため。
 つまりは深い仔細(しさい)がおありになってのことと、それがしは理解致し
ております」

 かすかに微笑み、第二王子はゆっくりと否定の仕草をした。
「騙されやすいねぇ、お前は。
 そんなに簡単に信じては駄目だよ。罪を逃れるためにはどんな嘘も平気で
つき、その場を取り繕(つくろ)おうとする……犯罪者とはそういうものなのだ
から。まずは疑ってかからなければ」

 プロケルもまた、かぶりを振った。
「いえ、それがしにはやはり、あなた様が反逆者であるとは思えませぬよ」
 第二王子は首をかしげた。
「……それは何ゆえ? 確信があるような口ぶりだ」
「ならば、お尋ね致しましょう。兄君様を足蹴(あしげ)になされた時、何ゆえ
素足になられたのですかな?」
 氷剣公は、床にバラバラに転がった彼の靴を指差した。

「……目ざといね。偶然脱げたのさ。私も興奮していてね」
 サマエルは指を一振りし、魔法で靴を履く。
「いえ、それがしのときもまた、あなた様は靴をわざわざお脱ぎになられた。
しかも、蹴る力も弱いものでしたな。
 まあ、あの時は、そこまで頭が回りませなんだが。
 ……ご幼少の砌(みぎり)より、あなた様は、本当にお優しいお方でござい
ますなぁ」
 彼を見る、プロケルの眼差しは温かかった。

 サマエルは暗い目つきになった。
「そんなことを言うなら、お前に聞こう。
 もし、私とタナトスの立場が逆だったら、お前はさっきタナトスをかばった
ように、私をかばってくれたのか?」

 プロケルは息を呑むと眼を伏せ、口の中でもぐもぐと言った。
「そ、それは……それがしの忠誠は、魔界王家に向けられておりますれば…
…」
「王家に忠誠を誓っているから、王が誰だろうと関係ない、か?
 ああ、そういえば、昔、私が腹を空かせて死にかけていたとき、こっそり
菓子をくれたことがあったな……」

「さぞかしお恨みなのでしょうな、それがしのことも。
 結局はあなた様を、お助けすることはできませなんだ」
 元魔界公爵はうなだれた。
 王子は肩をすくめ、あいまいな笑みを浮かべたが、眼は笑っていなかった。
「……さあね。私が何と答えようと、お前の心だけが真実を知っている。
 お前自身に聞くがいい、それが答えだよ」

「おい、サマエル、あんま年寄りをいじめんじゃねーよ」
 ダイアデムが口を挟む。
 サマエルは首を横に振った。
「いじめてなどいないよ。
 魔力もなく、王位に就けそうもない落ちこぼれの王子などより、自分が大事
なのは当たり前さ。
 ましてや、根暗でうじうじしている私などより、タナトスの勇猛果敢(ゆう
もうかかん)な性格の方が好ましいと、武人のプロケルが感じるのも当然だ」

「ま、プロケルならそうだろな。
 けど、オレはタナトスよか、お前の方が好きだぜ」
「……そう。ありがとう。
 でも、どうしてだね? タナトスの方が男らしいし、頼りがいがあるだろう
に」
「だって、乱暴なヤツってヤだし。それに理屈じゃなく、オレはお前がいーん
だ」
 ダイアデムは、彼に笑いかけた。

 かつて、あれほど自分を恐れていた彼が、今は無条件に信頼を寄せてくる。
 ようやく彼の愛を勝ち得たというのに、その笑顔が胸に突き刺さるように
感じられて、サマエルは眼をそらした。
「愛しい妻がいて、理解者も見つけ、兄とも和解した……なのに、どうして
私は、これほどまでに世界を憎んでしまうのだろう……。
 すべてを破壊し、無にしてしまいたい、そんな衝動を時々抑えられなくなる
……あ」
「危ない」
 立ち上がろうとしてよろけたところをとっさに支えた勢いで、プロケルは、
第二王子を抱きしめる形となった。

「……プロケル。お前も私を抱きたいのか?」
「い、いえ、滅相もございませぬ、これは弾みで……失礼を」
 うろたえて放そうとする老公爵に、サマエルはしがみついた。
「お前ならいいよ。
 抑えたつもりだったのに、ひどい火傷を負わせてしまった。
 罪滅ぼしに、私を好きなだけ目茶目茶にすればいい……」

 実直な氷剣公は真っ赤になった。
「何を仰います、そちらに奥方様がおいでなのですぞ」
「構わねーぜ、抱いてやれよ、プロケル。
 けどサマエル、お前、こんなジジイも守備範囲なんか?」
「な、何と!?」
 けろりとしたダイアデムの答えに、プロケルの細長い瞳孔は真ん丸になった。

「彼は、古代のフェレスに一番近い種族だからね。
 とても綺麗な眼だ……」
 うっとりと、第二王子は公爵の猫眼を覗き込む。
「い、いけませぬ、お放し下され、サマエル様……!」
 絡みついて来る彼の腕を、プロケルはどうにか振りほどいた。

 悲しげにうなだれ、サマエルはローブをかき合せた。
「皆が食べ物の見返りに、私の体を汚していたあの頃も、お前だけは私を求め
なかったな。
 お前がくれた小さなケーキ……あれのお陰で、どうにか二日ほどは、体を
売らずに済んだよ。
 でも、本当のところ、お前は私を軽蔑していたのだろう?
 王子ともあろう者が、とね……」

 老公爵は顔を紅潮させた。
「滅相(めっそう)もございませぬ、軽蔑などと!
 あの後、それがしは、ベルゼブル陛下に進言致しましたのです、今のまま
ではサマエル様がお気の毒に過ぎまする、せめてお食事だけでもと!
 ですが、陛下の逆鱗に触れ、これ以上差し出た口を利くようなら、侯爵位を
剥奪して領地を没収、さらには一族郎党、ことごとく処刑すると……仕方なく、
それがしは引き下がり……」

「そう、やはり」
 静かな第二王子の声は、まくし立てていた氷剣公の口を閉ざさせた。
「お前の好意はうれしいけれど、陛下がそうまでお怒りになるほど、私の死を
望んでいらしたとはね……」
 サマエルの瞳は、底知れぬ悲しみで満たされていた。

「も、申し訳ございませぬ、余計なことを申し上げました。
 されど陛下は、それがしの無礼な言い草にご立腹され、弾みで仰られたので
ございますから……」
 プロケルは蒼白になり、額の汗をぬぐう。

 サマエルは首を横に振った。
「いいや、陛下は、私を餓死させるおつもりでいたのだろう。
 その前に、叔母上がお元気になられて果たせなかったから、今度は生け贄に
と……」
「ま、まさか、左様なことは!」
 震える声で、老公爵は懸命に否定する。

「いいのだよ、プロケル。私はそれでいいと思っていた。
 死を夢見て生きて来たのだ……あの方の仰せの通りに、死ぬためにね。
 そして、もう少しで死ねると思っていたのに、この頃、皆が私に『生きろ』
と言う……顔を合わせるたび、死ねと言っていたタナトスでさえ、『生け贄に
なる必要はない』などと言い出す始末だ……。
 でも、死ぬことだけを考えて来た私は、生きろと言われても、どうしたら
いいのか分からないよ……」
 第二王子は顔を覆った。

 少しの間、そんな彼を痛ましそうに見ていた公爵は、意を決したように口を
開いた。
「サマエル様。もう、許して差し上げてはいかがですかな」
「……許す? タナトスのことなら……」
「いえ、あなた様ご自身のことを、でございますよ」
「えっ!?」
 サマエルは珍しく驚きを面に表し、元公爵をまじまじと見た。

「ご自分をお許しになられれば、おそらくもっと、生きるのが楽になることと
存じますぞ。
 お小さい頃のあなた様を、許して差し上げなさいませ。
 そして、童子を扱う時のように優しく褒(ほ)めるのです、このように」
 再びプロケルは王子を抱き寄せ、さらには、幼い子供にするように頭をなで
た。
「サマエル様、今までよく頑張りなさいましたな、よくぞ生きて来て下さった。
 後はもはや、ご自分の幸福をご追及なさればよろしいのです」

 一瞬、けげんそうな顔で老公爵を見た第二王子は、すぐに透き通るような
笑みを浮かべ、その胸に頬を寄せた。
「ああ、温かいな……。
 僕が幸せなのはね、“大っきいにゃんこ”といるときなんだ。
 あとね、甘いお菓子を食べてるとき。あなたがくれたの、とっても美味し
かったなぁ。
 それとね、ベルゼブル陛下に褒めてもらうとき……あ、でも、まだ褒めて
もらったこと、ないんだけどね。
 陛下は、僕が生け贄になれば、皆が幸せになるって仰ったよ。
 僕も母様のところへ行ける。そしてお空の上から、皆が喜んでるところ、
見るんだ。だから、僕は死ななくちゃいけないの。
 そしたら陛下は、褒めて下さるよ、ね……?」

 幼児のような口調で話していたサマエルの目蓋が、ゆっくりと閉ざされた
次の瞬間、いきなり体から力が抜けた。
「い、いかがなされました!?」
 ぐったりとした王子を、慌てて老公爵は抱き止める。

「心配すんな、寝ただけだ。
 世話かけちまって悪かったな、プロケル。
 こいつの『抱いて』ってのは、ガキの『だっこ』とおんなじなんだ。
 さ、こっちにくれ」
 落ち着き払ってダイアデムは、両手を差し出す。

「は。されどサマエル様は、幼少時の心の傷が、まだ癒えておいでではないの
ですな」
 ほっとしたプロケルは王子を渡し、受取った少年は、夫を魔力で浮かせた。
「んでも、最近は、かなり前向きになってたんだぜ。
 また子作りしてみっか、とか言ったりしてよ。
 やっぱまだ、洗脳が解けてねーんだろな」
「左様で。
 やはり魔界に戻っていらしたために……お辛い記憶ばかりですからな」

「……そうだな。
 ああ、タナトスに言っとけ。サマエルが起きるまで、オレらは紅龍城にいる、
逃げも隠れもしねーから、反逆罪で処刑すんならしろって。
 ま、でっけー猫と甘いもん、親父に褒められんのが好きで、自分より皆が
幸福なのがイイなんてヤツに、野望なんてあるわきゃねーけどな」
 ダイアデムは肩をすくめた。

「いいえ、タナトス様のお怒りがどれほど激しくとも、老い先短いこの命に
賭けて、処罰などお止め申し上げますよ」
 力強く、プロケルは請合った。
「そっか、ありがと」
 貴石の化身は微笑んだ。
 その瞳の輝きに老貴族も笑顔で応え、胸をたたいた。
「万事、それがしにお任せ下され」

「うん。
 ……けど、サマエル、お前、ちっとやり過ぎだぞ。
 あんな無茶すりゃ、タナトスが殺してくれるとでも思ったんか?」
 ダイアデムは、愛しそうに王子の顔を両手で挟み、色あせた唇に口づけた。

                                    to be continued...

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     ◆ 後記 ◆

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 配信時間が遅くなってしまいました、どうもすみません。
 最近体調がいまいちなんですよね〜(涙)。

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 ■発行者   :流河 晶
 ■マガジン名:紅龍の夢
 ■マガジンID:0000131099
 ■発行周期 :週刊

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