紅龍の夢  RSSを登録する

追放同然に人界へと出てきた魔界の王子サマエルは静かな暮らしを望むが、敵対する神族や兄との確執がそれを許さず、天界との最終戦争に巻き込まれてゆく。巻の一~五/完結、HP掲載。巻の六「死の花嫁」配信中!

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2009/02/28

ファンタジー長編小説「紅龍の夢」第235号

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\ \ \\    ┃フ┃ァ┃ン┃タ┃ジ┃ー┃長┃編┃小┃説
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                  ┃紅 ┃龍 ┃の ┃夢

     ┃第235号

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      □ 巻の六

         ── 死の花嫁 / The Bride of Death ──

       ◇第25回

*……*……*……*……*……*……*……*……*……*……*……*……*……*……

 6.裏切りの貴公子(2)

 ダイアデムは途方に暮れた。
 タナトスとニュクスに恨みはない。少なくとも、サマエルが彼らに対して
感じているような強い遺恨は、持ってはいない。
 それどころか、できることなら二人には、幸せになって欲しいとさえ思う。
 しかし、緊迫した今の状況は、それを許してくれそうにもなかった。

「うっ、うう、うう……く、苦し……」
「やめろ、サマエル、狂ったか、貴様!」
 散々思い迷う間にも、ダイアデムの目前では、兄弟が絞め殺されかかって
おり、体内で暴れ狂う闇との戦いに力を取られているタナトスは、彼女を助け
られないでいるのだった。

 このままでは確実に、サマエルはニュクスを殺してしまうだろう。
 かといって、自分が逆らい続ければ、サマエルは怒りを制御できなくなり、
最悪の場合、“紅龍”が出現して、世界を破壊してしまうかも知れない……。
 貴石の化身は頭を抱えた。

「そんなに悩まなくていいよ、お前のせいじゃない。全部、僕がいけないんだ
から。
 でも、ねぇ、“焔の眸”。お前だけは、僕の味方だと思っていいんだよね
……?
 僕、お前がいなかったら、もう生きていけないんだ」
 わざと子供っぽい口調を使い、哀願するように第二王子は言った。

「サマエル……」
 “焔の眸”の化身は、心がかきむしられるような思いがした。
 その言葉遣いと深い悲しみを湛(たた)えた瞳が、幼い頃、必死にシンハに
すがって来た、第二王子の姿を思い起こさせたのだ。
「ダ、ダイアデム殿、いけませんぞ、そんな、童子のごとき態度に騙されて
は!」
 ひどい火傷の痛みに耐えながら体を引きずり、部屋の中ほどまで戻って来て
いたプロケルが叫ぶ。

「るせー、プロケル、てめーに何が分かんだよ!」
 ダイアデムは眼を潤ませて叫び返し、それから夫に向けて言った。
「分かった、サマエル、お前の好きにしていい!
 オレ、もう邪魔しねーから!」
 そして、最愛の人が、兄弟の命──仮そめとはいえ、命には違いない──を
消すところを見まいと、固く眼をつぶってうずくまり、自分の膝に顔を埋めて
しまった。

「そう、それでいい、ダイアデム。見ていると辛いからね。
 大丈夫、すぐに終わらせるよ」
 サマエルは、すぐに大人の口調に戻って優しく答え、もがく美女の首を締め
付ける力を、さらに強めていった。
「う、く、ううう……」
 ニュクスのうめきも抵抗も、徐々に弱くなってゆく。

「……や、やめん、か、サマ、エル、殺す、ぞ、貴様……!」
 肩で息をするタナトスは、途切れ途切れに抗議するのがやっとだった。
 体が鉛のように重く感じられ、ニュクスに近寄ることはおろか、立っている
ことさえ危(あやう)くなってきていたのだ。
「はぁ、はぁ、くそっ、俺としたことが!」
 歯噛みしつつも、不覚にも座り込み、しまいに彼は床に手をついてしまう。

「だいぶ弱ってきたな、あまり嬲(なぶ)るのも可哀想だ、そろそろ終わりに
してあげようね、ニュクス。
 苦しいのならタナトスを恨むがいい、その姿を創ったのはあいつなのだから。
 口先ばかりで、お前を守ることもできなかった哀れな男を、ね。
 ……ああ、そうだ、何か恨み言の一つでもあるのなら、これが最期だ、言わ
せてあげるよ」
 サマエルは、ことさらに優しげな笑みを浮かべ、ニュクスの体を兄の方に
向ける。

「い、今だ、逃げろ、ニュクス……!」
 魔界王の声はひどくかすれ、ほとんど聞き取れないほどだった。
 口を開き言葉を発する、たったそれだけの動作にも、ありったけの気力を、
奮(ふる)い起こさなければならないほどになっていたのだ。
 体中から汗が噴き出し、支えている腕からも力が抜けていき、もはや彼は、
上半身を起こしていることも難しくなり始めていた。

 しかし“黯黒の眸”は、喉にかかる力がゆるむのを感じても、逃げなかった。
 自身が力を分けたカオスの貴公子、その力量のほどを知りつくしていた貴石
の化身は、この状況下では、サマエルから逃げ切ることは無理だと知っていた。
 ならばせめてタナトスに、きちんと別れを告げておきたい、彼女はそう考え
たのだ。

 苦しい息の下、ニュクスはどうにか声を振り絞った。
「……タ、ナトス……真に遺憾(いかん)ながら、妾は、もはや、おぬしのそば
には、おられぬ……。
 新たなる化身は、おぬし、ではなく、サマエルを、主とする、こととなろう
……。
 なれど、妾の心は、常に、おぬしと、共に……さらば、だ、タナトス……」
 彼女は、自分を捕らえているサマエルの手を押さえるのをやめ、主に向けて
白い手を伸ばす。

「ニュクスっ!」
 タナトスが、悲痛な声を絞り出した刹那、彼の頭の中で不気味な声が響いた。
“我が主、魔界王サタナエルよ”
“き、貴様、テネブレだな!”
 それは“黯黒の眸”に宿る、もう一人の化身の思念だった。

“左様。かような仕儀(しぎ)と相成(あいな)り、我もまた消滅する。ゆえに、
我もおぬしに別れを告げたく思うてな“
“ふん、貴様と別れられるのだけは、心底ありがたいと思うぞ!”
 タナトスは、冷ややかな思念を送った。
 驚きと腹立たしさで、一時的に闇の支配が緩んだのは皮肉だった。

 薄気味の悪い声は続いた。
“相も変わらず、冷たい素振りよ。そこがまた、おぬしに惹きつけられる
所以(ゆえん)でもあるのだがな。
 魔界王家の守護たる“焔の眸”にならばいざ知らず、災いの種なるこの我に、
新たなる体と名を与え、愛人と成すなど、何者も考えつかなんだ大いなる茶番、
心ゆくまで楽しませてもろうたぞ、くくく……”
“黙れ、貴様ごときを喜ばせるために、ニュクスを創ったのではないわ!”
 魔界王は、たたきつけるように念話を返す。

 彼らの会話は、闇の力でつながっているサマエルにもはっきりと聞き取れた。
「くすくす……もらい泣きしそうだよ、タナトス。
 よかったな、お前にしては珍しく、相思相愛ではないか。
 ニュクスのみならず、テネブレにまでも、しっかりと愛されているとはね。
 ああ、この際だ、お前も彼女達に、何か言い残したいことがあったら……」

 軽薄な口調で言いかける弟王子を、タナトスは、床に這いつくばった格好で、
さえぎった。
「言わせておけば、サマエル、この裏切り者……殺してやる……!」
 しかし、その声は弱々しくかすれて、いつもの迫力はまったくない。
 第二王子は、普段なら決して人前では見せない類(たぐい)の酷薄な笑みを
浮かべ、兄を見下ろした。

「くくく……兄上、いくら強がって見せたところで、そんな格好では、ちっと
も怖くないですねぇ。魔界の君主が泣きますよ、みっともない」
 サマエルは、わざとていねいな言葉を使う。
 それから彼は靴を片方脱ぎ捨て、裸足でタナトスの顔を踏みつけた。
「くっ、き、貴様……」
 屈辱に、魔界王は顔を紅潮させた。

「ふふ、さぞやお悔しいでしょうねぇ、タナトス陛下?
 お分かりですか? あなたに踏みにじられてきた弱い者は、皆、こんな風に、
自分の無力さを噛み締めていたのですよ……?」
 第二王子は、満足げに兄の顔を覗き込む。

「サ、マエル、やめて、おくれ、そんな、こと……」
 捕らえられたままのニュクスが悲しげに言ったが、彼は、聞く耳を持たなか
った。
「いい気味だよ。これで下位の者の苦しみが、少しは理解出来たろうさ。
 ……ね、タナトス陛下? ふふふ」
 笑いながらサマエルは、兄の顔を執拗(しつよう)に踏みにじる。

「お、おやめ下され、サマエル殿下……!」
「さっきからうるさいな、この年寄り猫は」
「うっ!」
 体中にひどい火傷を負った身で、まだ彼を止めようとする元魔界公爵を、
第二王子は、表情も変えず蹴り飛ばす。

「よ、よせ、サマ、エル……!」
「タナトス、こんな死に損ないのことより、彼女に話しておくことは何もない
のかい?
 “黯黒の眸”は事実上不死だとは言っても、化身である“ニュクス”は、
簡単に殺してしまえるのだよ……こんな風にね」
 揶揄(やゆ)するように言い、サマエルは、美女の首にかけた指に一層力を
込めて見せる。

「ぐっ、苦し……っ!」
 ニュクスは美しい顔を苦痛に歪め、再びサマエルの手をつかんだ。
「やめろ! くそっ、体さえ動けば……!」
 不甲斐ない自分自身に苛立ち、タナトスは渾身(こんしん)の力を振り絞って、
無理矢理体を引き起こした。
「ぐわっ! うっ、ぐふっ、げっ、げほ、げぼっ!」
 途端に、激烈な痛みが全身を走り抜け、彼は再び倒れ込む。
 激しい咳と共に吐血し、大理石の床に紅い水溜りができていく。

「なぜだ……くそっ!」
 幾千幾万本もの太い針で、体の内外から刺し貫かれているかのような苦痛の
中、タナトスの心には、弟と闇の力、双方に対する、ふつふつとたぎるような
怒りが湧き上がって来ていた。
 たしかに過去、自分が幼い弟にした行為は、思い返してもかなりひどいこと
で、それを未だ根に持っている、サマエルの気持も分からないではない。
 しかし、最近になって過去の所業を心から悔いた彼は、弟に謝罪し、さらに
は、生け贄の身分からも解放してやったのだ。
 なのに、自分だけでなくニュクスをも裏切り、これほど残虐な仕打ちをして
のけるとは。

 さらにタナトスは、体内を暴れ狂う闇……祖先の霊がぶつけてくる恨みの
念に対しても、憤(いきどお)りを感じていた。
 遥かな過去から現在へ延々と続く、神族の理不尽な圧力に対してはたしかに
彼も腹を立ててはいたし、連中に代償を支払わせてやることに異存はなかった
が、かといって仇討ちの押し付けなど、真っ平ご免だった。
 どうせ戦うなら、自分の意志で。
 そうでなくては意味がないと、彼は思った。

 だがその間にも、タナトスに取り憑いた闇は、外へとあふれ出て、黒い霧状
の物質となり、彼の周囲を取り巻き始めていた。
「ぐふっ、い、息ができん……」
 呼吸することが次第に難しくなっていき、弱々しくもがくものの、闇は、
すさまじい力で彼を押さえつけ、手を動かし喉に当てることもままならない。
 さらには頭がしびれたようになり、つい今し方まで、あれほど強く感じて
いた怒りが消えていくのを彼は感じた。
 同時に目蓋がひどく重くなって、眼を明けていることさえ困難になりつつ
あった。
(まずい、このままでは……ニュクスを助けられんどころか、俺自身が……)

 そのときプロケルが、ようやく彼の元にたどりついた。
「タ、タナトス様、陛下! しっかりなさって下され……!」
 必死の思いで取りすがり、彼を呼ぶ元公爵の声を、遠くでタナトスは聞いた。
 このまま意識を手放してしまったが最後、闇の力に支配され、二度と自我を
取り戻すことはできないだろう。
 それはタナトスにもよく分かっていたが、もはや、抵抗する気力は完全に
奪われてしまい、彼はただ、無様にも自室の床に横たわり、自我の喪失、もし
くは死を、待つばかりの状態になってしまっていた。


                                    to be continued...

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     ◆ 後記 ◆

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 やゆ【揶揄/邪揄】
 からかうこと。なぶること。嘲弄(ちょうろう)。


 今週初めにまた降った大雪、歩道にはまだたくさんありますが、道路の方は
ようやく溶けました。
 このまま春になるといいな。
 でも、こんなに雪があると、花粉症の季節って言われてもぴんと来ませんね。

 私も昔、突然花粉症になりましたが、不思議なことに、チラシやタウン誌を
宅配する仕事(週二回、三時間半ほど)を始めて数年したら、いつの間にか、
治ってしまってました。
 今では、よっぽど花粉の多い年にマスクをするくらい。

 最近、お医者さんのメルマガで読んだんですが、自転車通勤にしたり、運動
を始めたりすると花粉症が治ってしまう人って、割といるらしいですよ。
 理由はまだ不明ですが、是非とも突き止めたいそうです。
 もし、治るメカニズムが分かったら、ノーベル賞ものかもしれませんね(笑)。

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 ■発行者   :流河 晶
 ■マガジン名:紅龍の夢
 ■マガジンID:0000131099
 ■発行周期 :週刊

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