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追放同然に人界へと出てきた魔界の王子サマエルは静かな暮らしを望むが、敵対する神族や兄との確執がそれを許さず、天界との最終戦争に巻き込まれてゆく。巻の一〜四/完結、HP掲載。巻の五/緑柱石の記憶/配信中!

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2008/07/19

ファンタジー長編小説「紅龍の夢」第206号

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     ┃フ┃ァ┃ン┃タ┃ジ┃ー┃長┃編┃小┃説


                  ┃紅 ┃龍 ┃の ┃夢

     ┃第206号

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      □ 巻の五

      ── 緑柱石(エメラルド)の記憶/The Memory of Emerald ──

       ◇第40回

*……*……*……*……*……*……*……*……*……*……*……*……*……*……

 11.小夜鳴き鳥の唄(1)

 その数日後のことだ。
 静かな森の中を一人歩いていると、どこからか、美しい小鳥のさえずりが
聞こえてきた。
 木漏れ日の中、いくら探し回っても、声の主は見つからない。
 深い森だから、生い茂った木や葉っぱが、姿を隠してしまっているんだろう。
 いい声なのにな……。
 がっかりしたとき、僕は目覚めた。

「何だ夢か……あれ? まだ聞こえる……」
 僕は耳を澄ました。
 歌声は外から聞こえてくる。
 この歌のせいで、あんな夢を見たんだな。
 僕は静かに窓を開け、バルコニーに出ていってみた。

 大きな満月が綺麗な暖かな晩で、月光に煌々(こうこう)と照らし出された
中庭は、一度だけ見に行ったことがある屋外劇場の舞台みたいだった。
 色とりどりの花が咲き乱れている中に、声の主はいた。
 白い月の光に濡れたように輝く石のベンチに腰掛けて、長い髪をもてあそび
ながら、澄んだ声で歌っているその人の顔は、陰になって見えない。

 こんな夜中に、誰だろう。お客さんが来てるって話も聞いてないけど。
 でも、とってもイイ声だなぁ……。
 僕は、本物の舞台を見ている気分になって、心に染み入る美しい歌声に、
うっとりと聞きほれてしまっていた。

 どれくらい経ったのだろう。
 月が少し傾き始めた頃、ふと手を止めて顔を上げ、その人は立ち上がった。
 夜目にも細いシルエット。柔らかな光に浮かび上がったのは、僕よりも
いくつか年上の、美しい女性だった。
 紫がかった紅い髪をかき上げては下ろす、ほっそりとした腕、華奢な指先。
そのたび彼女の長い髪は、流れる水みたいにサラサラと落ちていくんだ。
 自分の歌声に陶酔しているように、眼を閉じたまま、彼女は歌い続けた。

 どこかで会ったことがある感じがする人だった。
 でも、どこでだろう?
 女性の肌は抜けるように白く、光の加減か青白くさえ見えて、まるで滑らか
な陶器でできているみたい。
 鼻も、すんなりと形がいい。
 紅い唇は、夜露に濡れたバラの花を思わせ、そこからあふれ出す声は、すら
りとした姿には似合わないほど豊かだった。

 その時、僕は息をのんだ。女性が眼を明けたからだ。
 彼女の眼は、紫がかった紅色。
 でも、僕が驚いたのはそのせいじゃない。
 その瞳の中には、ダイアデムそっくりな金色の炎が、妖しい美しさを湛(た
た)えてゆらゆらと踊っていたんだ。

 思わず僕は、バルコニーから身を乗り出した。
 眼を凝らしても、女性の頬には、彼みたいなそばかすは一つもない。
 そして、胸元が大きく開いた薄紫色のドレスを着ているから、豊かな胸が
あるのがはっきり見えた。
 うーん、やっぱり……ダイアデムじゃないのかな。
 ひょっとして、彼のお姉さん……従姉妹(いとこ)とか?
 頭をひねったとき、中庭を挟んだ部屋の窓が、勢いよく開けられた。

「そこにいるのはフェレスか!?」
 サマエル様は叫び、二階のバルコニーから飛び降りた。
 ドキッとしたけど、もちろん大丈夫。
 彼の背中には翼が生えてる。
 サマエル様は、大きな月を背景にして力強く羽ばたき、女性のそばに舞い
降りた。

「久しぶりね、サマエル」
 女性は、にっこりした。
 声もダイアデムそっくりだけど、話し方はやっぱり違う。
「ああ、フェレス……。
 こんなに早く会ってくれるなんて……!」
 サマエル様の声は震えている。

「意地を張っててごめんなさいね。
 でも、わたくし、不安で……」
 女性は眼を伏せた。
「いや、それは当然のことだ。
 私のように問題の多い男が相手では、お前がためらうのも当たり前だ。
 会ってもらえるまで、もっと長くかかると覚悟していたから、うれしいよ。
 ああ、フェレス……私の炎の女神……」
 サマエル様は女性の足下にひざまずき、ドレスの裾にキスした。

「駄目よ、サマエル。立って。誰かに見られでもしたら……」
 彼女は周囲を見回した。
 サマエル様は頭(かぶり)を振った。
「笑いたい者には、笑わせておくさ。
 私がお前に夢中なのは、魔界人なら誰でも知っていることだ。
 ずっと女性でいてほしいなどと贅沢は言わない、お前がどんな姿をとろうと、
構わないから……」

 ああ、やっぱりこの人は、“焔の眸”の化身なんだ。
 タィフィンが、『四つの姿を持っている』と言っていたし。

「サマエル……本当にいいの? 後悔しない?
 わたくしは“石”、あなた達のように、心変わりなんてできない……。
 もし、後になって『いらない』なんて言われたら、わたくしは粉々に砕け
散ってしまうわ……」

「バカな! この私が、そんなことを言うわけがないだろう!」
 サマエル様は、自分の胸に手を当ててそう言い切った。
 でもそれから、ちょっと顔を曇らせる。
「むしろ不安なのは、私の方だ。また何か余計なことを言って、お前に愛想を
尽かされでもしたら……そう思っただけで、体が震える……。
 私は軟弱者だから、タナトスのようにはなれない。魔界の王にふさわしい、
強い心は持っていないのだ。
 そう、たとえ私が継承権を捨てなくとも、お前は私を選ばなかっただろう
な……」

 女性は、首を横に振った。
「それは違いますわ。
 第一あなたは、カオスの貴公子……歴代の魔界王よりも強大な魔力を持ち、
魔界最強と謳(うた)われる、“紅龍軍”を統(す)べる総帥(そうすい)ではあり
ませんか。そんな風に仰っては……」
 サマエル様は肩をすくめた。
「それは皮肉かい?
 紅龍軍を手に入れたのも、女性絡みだと知っているのだろう?」

「ふふっ、そうでしたわね。
 あまりにあちこちで浮き名を流していらっしゃるから、さすがのわたくしも、
すぐには思い出せませんでしたわ、浮気者さん」
 ダイアデム……いや、フェレスは、くすくす笑った。
 その紫がかった紅い瞳の金の炎が、いたずらっぽく輝くと、少年の面影が
甦(よみがえ)る。

 サマエル様は、昔からかなりモテていたらしい。
 彼女は全然気にしていないようだったけど、サマエル様は唇を噛んだ。
「すまない……。こんな私ではやはり……」
「いいえ。あなたがそうなったのも、すべてわたくし達のせい……。
 責任は取らなくてはね」

「それは違うのではないか? 母の死はお前とは無関係だし、幼少の頃、
私の孤独もシンハが埋めてくれた。
 女性の色香に迷うのは、私の不徳の致すところだと思うのだが……」
 そのとき、サマエル様は急に彼女の顔を見つめた。
 声が、すがるような響きを帯びる。
「それとも母の死も……まさか、お前が……?
 そ、そんなはずはないね、違うと言って……いや、正直に言っておくれ、
フェレス……」

(えっ、まさか、そんなことまで……!?
 いくらなんでもあんまりだ……違うと言ってあげて、ダイアデム。
 これじゃ、サマエル様が可哀想過ぎるよ)
 僕はぎゅっと手を握り締め、彼女の次の言葉を待ち受けた。

 サマエル様の言葉に、フェレスもうつむく。
「信用がないのね。自業自得で、仕方がないことだけど……」
「い、いや、信じられないわけではないよ……。
 私に何かを隠すことは、もうやめて欲しいだけだ……」

 彼女はぱっと顔を上げた。
 その瞳は猫の眼みたいにギラギラと凄味(すごみ)を帯びて光っている。
 大きく息を吸い込み、思いつめた表情でフェレスは言った。
「それでは、もし、わたくしがあなたの母上の死に関与していた、と言ったら
……? あなたはどうなさるおつもり?」

 さっとサマエル様の顔色が変わる。
 でも、それも一瞬のことだった。
 すぐに彼は落ち着きを取り戻し、穏やかに答えた。
「たとえお前が手を下したとしても、過去のことは過去のこと、私の気持ちは
変わらないよ、フェレス。
 前にも誓ったように、昔のことで責めはしない、信じてくれ」

 サマエル様の答えにびっくりして、僕は口がぽかんと開けてしまった。
 僕だったら多分、許せない。きっと、怒って責めてしまうと思う……。

 フェレスは、眼を紅く燃え上がらせた。
「──バカ! わたくし達は、魔界王家の守護精霊だったのよ!
 そんなことをしていたら、とっくに告白してるわ、あなたには、もう何の
隠し事もしていない!」
 けれど、たちまち彼女は、辛そうな口調に戻った。
「でも……悪かったと思ってるわ、もっとちゃんとした、温かい家庭で育って
いれば、あなたは……」

 僕は胸をなで下ろし、サマエル様の声も、一層優しくなる。
「疑ってすまなかったね。だが、冷静に考えてごらん。
 お前が私に何もしなかったとしても、タナトスやベルゼブル陛下が、私を
可愛がってくれるわけがない……私を産んだせいで、母上は亡くなったのだ
から……。
 つまり、どう転んでも、私の性格は暗いままだったのさ、フェレス」

「そうね……。
 でもわたくし達、あなたには酷いことばかりしてきたような気がして……。
今でも、自分を許せないのよ……」
 フェレスは眼を伏せた。

「……そうか。では、どうしても責任を取りたいと言うのなら、これから先も
ずっとそばにいてくれないか?
 私を幸せにしてくれることが……あまりいい表現ではないが……お前の罪滅
ぼしになるのかもしれないよ」
「ええ、サマエル。
 わたくしを必要として下さるなら、いつまででもご一緒します」
 フェレスはにっこり笑い、優雅にお辞儀をした。

「ありがとう、フェレス……私の美しきアダマスよ……。
 そう言ってくれるのを、どんなに待ちわびていたことか……!」
「いえ、わたくしはダイアモンドでは……」
「分かっているよ。たとえお前が、道端の名もなき石だとしても、私にとって
は何者にも代えがたい、至上の宝だ。
 やっと、やっと、手に入れた……」
 サマエル様は、彼女の、ユリのように白い手をそっと取った。
 まるで、また拒絶されてしまうのではないかと怯えてるみたいに。
 でも、フェレスは嫌がったり逃げたりせず、うるんだ瞳で彼を見上げている。

「天界人でさえ魂を奪われ魅了される、類希な美しさを持つお前……。
 “黄金の箱の主、王の杖、魔界の王冠、貴石の王”……数多(あまた)の名を
持つ魔界の至宝、“焔の眸”よ……。
 そのお前を独り占めする責めは、すべて私が負う、だから……」
 サマエル様は彼女を優しく抱き寄せ、二人の顔が近づく。
 フェレスは静かに眼をつぶり、もうすぐ唇が触れ合うというとき、サマエル
様がすっと手を振った。

 その途端、黒い雲が月を覆い隠し、辺りが真っ暗になった。
 思わず声を上げそうになった僕は、口を押さえて部屋に戻り、そっと窓を
閉めてベッドに座り込んだ。
(はー、びっくりした……)
 心臓はまだドキついてる。
 フェレスはともかく、サマエル様は、僕が見てるのに気づいていたらしい。

(夜目が利くから、暗くても見えるんだけど、二人の邪魔はしたくないし。
 これでハッピーエンドだな。
 けど僕、このままここにいたら、お邪魔虫になっちゃう。
 それに、ケジメはつけなくちゃいけないよね、やっぱり……)
 僕は窓に背を向け、ひざを抱えて考え込んだ。


                                    to be continued...

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     ◆ 後記 ◆

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 さて、巻の五もそろそろ終盤。8月中に終わる予定です。
 続けて巻の六を配信したいと思っていますが、まだ<巻の一〜四>をお読み
になっていない方は、先にそちらをどうぞ。
 巻の六では、サマエルの兄、タナトスの話が中心になりますので、彼のこと
が分かっていないと話が見えないと思います、どうぞよろしく(笑)。


 アダマス adamas
 「征服しがたい」という意味のギリシャ語。ダイアモンドの語源。
 a(否定辞)+damazein(征服する)

 ダイヤモンド
 万物中の至宝にして宝石の王。
 宝石言葉「変わらぬ愛、純愛、清浄無垢」。
 明晰な認識、精神的な自由、自主的な意思決定を促し、性格の強さや論理的
な思考を助ける。
 不滅勝利を導き、潜在能力を引き出して敵に打ち勝つなどの効果があると
される。
 持ち主を不運や悪い力から守るが、持ち主が邪心を抱くと効力を失うとも
言う。
 夫婦の硬い絆を象徴し、また、純粋無垢な輝きにより、妻を悪や邪気から
守るとされ、婚約指輪などに使われる。
 神経、感覚器官、ホルモン分泌線、脳の治療を促す。
 体を浄化し、便秘や冠状動脈の詰まりに効果を発揮する。
 また、腎臓、膀胱、胃、背中や手足の痛みなども和らげる。
 精神錯乱を防ぐ力や、新陳代謝を活発にして抵抗力を高める働きもあると
言われる。

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 ■発行者   :流河 晶
 ■マガジン名:紅龍の夢
 ■マガジンID:0000131099
 ■発行周期 :週刊

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